冥府の女王と呼ばれて
森に集まっていた兵士たちは、その後、わたしの止められない怒りに感化された竜たちによって皆殺しにされていた。竜たちを止める術などどこにもなかった。わたしが気が付いた時には、ノアとともに金色の竜の背中に乗り、そして上空から土地が焦土と化すのを黙って見守った。
わたしたちは森の中の遺跡まで戻り、ここを拠点にして、まずは付近を偵察することから始めた。
竜とともに行動しているとどの町や村に行っても必ず怖れられたが、こちらが危害を加えないことを知ると話に応じてくれる人たちもあった。竜の伝説の残る地域の人々はおしなべて好意的だった。
そうして話を聞いていくうちに、わたしたちが竜の国への暗闇に足を踏み入れて戻ってくるまでに、実は数年の年月が流れていたことを知った。その間に、近隣の町や村の多くは、かつてわたしたちがいた村のように、リステンダール国に服従させられ、広大な土地を領土としていた。しかもどうやら元々住んでいた人々は殺されるか、あるいは追放されていたのだった。
そのようなリステンダールの植民地となった場所へ偵察に行った時、なぜそこまでするのかと兵士たちに何度も問い詰めたことがあった。当然竜を連れているので、それはもはや脅迫に近かったが、決まって、リステンダールの国民は神に選ばれた特別な民族だからだという答えが返ってきた。それ以外の民族は本来不要であり、ましてや我々が神から与えられた土地に他人が住んでいるなどということは許しがたい所業であると。
子供であっても殺すのかとわたしが聞くと、躊躇なく頷いた。大人であろうと子供であろうとそれは関係ないと。わたしはその答えを聞くたびに憎悪をもってその者たちの首をはね、穢らわしいものを浄化させるかのように、あたり一帯を跡形もなく焼き払わせた。そして、そこにいた大勢の子供の悲鳴も灰となって地面に還っていった。
これ以降、リンステンダールの植民地となった場所では、もはや話し合いをする余地はなかった。わたしたちの姿を見た途端に激しい攻撃を仕掛けてくるので、交渉はもう端から放棄し、片っ端から焼き払った。
それからわたしたちは、本格的に暗黒の竜を探し始めた。
四方八方へと竜を探索に遣ったが、徐々にリステンダールの抵抗が激しくなり、命を落とす竜も出てきた。紅い竜は強大な力を持っているが、それに比べると他の竜の力はさほど強くなかったのだった。
リステンダールはそればかりか、竜を見付け出しては捕らえようとすることもあった。さすがにやすやすと捕まるようなことはなかったが、見逃しておくことはできず、その都度、一団となって反撃せざるを得なかった。
リステンダールに対しては、そのすべての人々に対して非情に徹し、老いも若きも男も女も、たとえ命乞いをされようが、もはや情をかけることはなかった。神に選ばれた特別な民族を自称し、それを盾に傍若無人な振る舞いを是とするならば、竜に選ばれなかったその運命をも受け入れるべきだろうと。少なくともわたしたちにとっては邪魔でしかなかった。
一方でわたしたちは、リステンダールに土地を奪われ、家族や友人を殺され、山奥や辺境の地に追放された人々から歓迎されることもあった。この人々のことは竜に守らせた。
冥府の竜帝国。
竜を従え突如として現れたわたしたちのことを、人々はそう呼んだ。
ノアは男の王として、わたしは女の王として、竜を統べるふたりの王として君臨した。
ある時は大量虐殺を厭わない忌むべき悪魔の集団として、ある時は人の世の理不尽な輪廻の輪から救い出してくれる敬うべき救いの集団として。
……人々の目にはそう映っていた。そう思われていることは、わたしたちの真の目的を隠すうえで好都合だった。
*
だが実際のところ暗黒の竜を探すのは難航していた。
まず、多くの町や村がリステンダールの植民地にされる過程で、その歴史や文化など多くのものが破壊されてしまっていること、そして口伝によって伝えれていた暗黒の竜に繋がる伝説なども人々の虐殺に伴い消え去っていたこと、さらにはわたしたちが町や村を焼き尽くしてしまったことで手掛かりは遠のき、ほんのわずかばかり残った痕跡から暗黒の竜を探さなければならなかった。
やがてノアが病に倒れ、あっけなく死んでしまった。
志半ばで逝ってしまったノア。ずっとわたしと一緒にいてくれたその思いを胸に、必ず成し遂げる誓いを新たにした。
けれど、ノアがいなくなったことで、竜との契約が半分になった。人の世界で活動できる竜の数は減り、それぞれの力も弱くなった。これに気付いたのは、わたしと金色の竜、そして紅い竜を含めた一部の竜だけだった。
確実に暗黒の竜に近づいている。あともう少しなのに、ここで後戻りをするわけにはいかない。そのために、このことは誰にも知られてはならない。少なくともリステンダールの耳には絶対に入れてはならず、強大なメイドラグニフを演じ続けなければならない。悟られないように、細心の注意を払い、どんな些細な兆候も見逃してはならない。
そのために、リステンダールとの接触をできるだけ避け、交戦する場合は外に情報が漏れないように、徹底して殲滅することを厳格化した。
そしてわたしは、メイドラグニフを統べる唯一の王として、そして人の心を持たない冷徹で残酷な女として、いつしか冥府の女王と呼ばれた。
わたしのことを名前で呼んでくれる人は、もう誰もいなくなった。
リタなんて名前はもう捨ててしまおう。これからは冥府の女王として生きていこう。すべてはあの日殺された、エレナのために。
*
「やっと見付けたぞ!」
紅い竜が珍しく興奮気味に伝えてきた。
「暗黒の竜を見付けたの?」
「いや、竜そのものではなく、体の一部らしい。どおりでなかなか見付からなかったわけだ。だがそれだけでも十分だ」
「それで、どこにあるの?」
「海の向こうの島にあるそうだ。間違いない」
海……なんて懐かしい響き。若い頃に一度見てみたいと思った海。
「なんとしてでも持って帰ってくるのよ」
「言われなくてもな」
紅い竜は他の竜を従えて飛び去り、わたしは金色の竜に事の顛末を見届けるように言った。
「あぁ、ノア、やっと見付けたわ……」
夕日を浴びて飛んでいく竜たちの群れを見ながら呟き、シワだらけになった手のひらを見つめた。
「待っててね、わたしたちのエレナ。もうすぐよ。必ず、必ず生き還らせてあげるから…………」
〈第一章 おわり〉