商人対策
「商人対策か。本当に必要なのか」
タイクーンが尋ねる。
「もちろん必要ですが、その前提部分を述べておきたいと思います。
まず通貨発行量、つまり世の中全体のお金の量は、通貨発行者による通貨の発行や受取などの通貨発行者による行為なしには、増えることも減ることもありません。
通貨利用者甲が通貨利用者乙にお金を渡した場合、甲の手元のお金が減り、乙の手元のお金が増えますが、通貨利用者同士のお金のやり取りでは、世の中全体のお金の量は増えることも減ることもありません。お金は通貨利用者間を輾転流通するのみです」
「金を作れるのは幕府だけなんだから当然だな」
「その通りです。それを踏まえた上で商人対策について検討していきたいと思います。
まず商いの基本は、安く買って高く売ることで利鞘を稼ぐことにあります。お金を物に換え、物をお金に換えることを繰り返すことでお金を増やすのが、商人の役割といえましょう。
もっとも、お金を増やすといっても、商人には世の中全体のお金を増やすことはできません。だから、ある商人の手元のお金が増えるということは、他の者のお金が減るということでもあります」
「うむ」
タイクーンが頷く。
「では、商人の活動を規制することなく放置すればどうなるか。当然、商人の手元にお金が集まり、他の者の手元からお金がなくなるということになります。
そうなれば商品の買い手もいなくなり、商売も続けられなくなります。商売を継続していくためには、継続的な買い手の存在が不可欠です。では、どうするか?
お金を集めて手元に持っているのは商人なのだから、商人に継続的な買い手を用意してもらえば良いのです。とはいえ、商人の仏心に期待してもあまり成果は出ないでしょう。やはり商人相手であれば利益に訴えかけるのが良いですね」
「具体的にどうするのだ?」
タイクーンが質問し、オトモビトが答える。
「金は天下の回り物ですからね。商人がお金を手元に積み上げるより、周囲に対して積極的に分配したほうが得になるようにします。商人に儲けたお金の分配を促すのです。
そのために税金を使います。商人の売上に対してではなく、利益に対して税金を課すのです。儲ければ儲けるほど高い税率で税金を課してやり、儲ければ儲けるほど却って商人が損をするように仕組むのです。いわゆる累進課税制度というものです。
商いの基本は、安く仕入れて高く売ることで利鞘を稼ぐことにありましたが、累進課税制度下では利益を抑えようとするでしょう。
商人は仕入れ値を上げようとするでしょうし、顧客への売り値を下げるかもしれません。使用人の給与を上げようと考えるかもしれません。否、むしろ最低賃金を定めて強制すべきかもしれませんね。
まあ、とにかく、儲けを減らそう、儲けたお金を積極的に分配しようとする商人が増えるようになるでしょう。
儲け過ぎは世の中に出回るお金をなくす悪徳行為です。儲け過ぎる悪徳商人を規制するために、商人の利益に対して税金を課します。
しかし、税金を課すのは、あくまで分配を促すためであって、財政上の必要からではありません。通貨発行者たる幕府は1ゼニの税金すら必要としないからです。あくまで社会統制の必要からです」
「なるほど」
「このような税制度を踏まえれば、巨視的に見た商人の役割は、世の中に偏在するお金を集めては分配し、集めては分配することで、お金が天下を巡り巡って、世の中の隅々まで行き渡るようにすることだといえるでしょう。
翻って、通貨発行者たる幕府の役割を鑑みれば、商人の利益に対し累進的に課税する前述の税制度を適切に運用することで、商人の役割とされる通貨の収集・分配機能を維持増強することだといえます。またそれにより、お金を世の中の隅々まで行き渡らせることです。
とはいえ、商人の活動は利益を上げることが前提となりますから、利益が上げられない分野では商人を利用できません。その場合は、その分野で活動する人を支援するなどしなければなりません。そのような支援活動もまた幕府の役割といえましょう」
「うむ」
タイクーンが大きく頷く。
「つらつらと述べてきましたが、そろそろまとめに入りましょう。
前提として、商人、通貨利用者は世の中に出回るお金を手元に集めることはできますが、世の中全体のお金を増やすことはできません。それができるのは通貨発行者だけです。
そのことを踏まえた上で、
まず、受取約束という債務負担行為により通貨価値は生じます。とはいえ、通貨需要がなければ通貨の発行は難しいですが。この点は、通貨を徴税対象として広く領民に納税義務を課せば、通貨需要を創出することができ、通貨の発行が容易になります。
また、徴税対象を調達物から通貨に移行することにより、調達と負担を分離することができます。さらに、調達物の対価にいくらでも発行できる通貨を利用することで、財源が不足する事態が生じなくなります。
加えて、累進課税を利用することで、商人に通貨を収集・分配する役割を負わせます。こうして、通貨を世の中の隅々まで行き渡るように図ります。
徴税対象が通貨になると、通貨発行権は通貨の発行に関わり、徴税権は通貨の受取・消滅に関わる権限として、表裏の関係にあるといえます。また、どのような税制度を採用するかによって、通貨の流れが規制されます。通貨発行権と徴税権はともに通貨に関わる権限として密接不可分の権限です」
オトモビトの説明が終わった。
「うむ。両権限が密接不可分である以上、通貨制度の改正に加え、税制度の改正も行う。会議は以上で終わる」
会議は、タイクーンの言葉で終わった。
この物語で採用しているのは、通貨発行者Xと通貨利用者ABのみが登場する最も単純なモデルです。当然ですが、中央銀行Yや市中銀行Zなどが登場すれば、話はより複雑になります。