地租改正
「地租改正?」
タイクーンが尋ねる。
「はい。地租、つまり徴収する年貢を米から“ゼニ”へと改めます。地租を改めるから地租改正ですね。
今まで年貢として米1石を徴収していたところ、これからは米1石を買い上げて1000ゼニを渡し、年貢として1000ゼニを徴収するという形にします。1000ゼニ渡し1000ゼニ受け取ることにすれば、米1石を直接徴収する場合と実質的には変わりありませんね」
オトモビトが答える。
「幕府が米を買い上げれば、一時的に通貨発行量を増やすことができるだろう。しかし、実質的には変わらないのなら変える意味はあるのか」
タイクーンが頻りに頷く。
「もちろんあります。例えば年貢を半分にする場合を考えてみましょう。
年貢を米で徴収する場合であれば、幕府は米5斗を徴収することになります。この場合、領民の手元に残るのは米5斗です。
対してゼニで徴収する場合、幕府は米1石を買い上げて1000ゼニを渡し、年貢として500ゼニを徴収することになります。この場合、領民の手元に残るのは500ゼニです。
つまり幕府は年貢を半分にしながら、米1石を調達できています。これが地租改正、通貨を介在させる効果です」
「なるほど。確かに違うな」
「では、何故こうなるのか?
本来、税とは取る側からすれば対価のない調達であり、取られる側からすれば対価のない負担です。
実際、年貢の対象は、米や特産品、労役などの幕府が必要とする物資、労働力であり、幕府は年貢としてこれらを対価なしに調達しているのです。また、領民は対価なしにこれらを負担させられている訳です。
年貢として調達物を直接徴収する場合、増税や減税の効果は、調達物自体の増加や減少として現れます。幕府にとっても領民にとってもです。調達と負担は本来、表裏の関係にあるからです」
「ふむふむ」
「しかし、地租改正をすれば、米や特産品、労役などの幕府が必要とする物資、労働力は、ゼニを対価に調達することになります。領民も物資や労働力をゼニを対価に提供することになります。
そして、地租改正後は徴税対象がゼニに変わることから、幕府は対価なしにゼニを徴収することになり、領民は対価なしにゼニを徴収されることになります。つまり、領民の負担対象が調達物からゼニへと移行するのです。
ゼニを対価に調達物を買い上げる場合、必要な調達物は買い上げによって賄うことができるから、増税や減税の効果は、調達物自体の増加や減少としては現れません。この場合、増税や減税は領民の負担の増加や減少としてのみ現れます。このように、通貨を介在させると、調達と負担を分離することが可能になる訳です」
「調達と負担の分離か。大したものだ」
タイクーンが感心したように頷く。
「はい。調達と負担の分離は非常に重要です。
幕府が本当に必要としているのは調達物であってゼニではありません。なぜなら、調達物は幕府自らが作り出すことはできませんが、ゼニは通貨発行者として幕府がいくらでも作り出すことができるからです。
幕府は税として対価なしにゼニを徴収することになりますが、調達物を買い上げるという財政的な面から見ると、幕府は税としてゼニを徴収する必要がありません。ゼニは通貨発行者として幕府がいくらでも作り出すことができるからです。
幕府がゼニを受け取れば通貨発行益が失われることを考慮すれば、むしろゼニを徴収したくないのが本音でしょう」
「では、ゼニを徴収せんのか?」
とタイクーンが尋ねる。
「いえいえ、もちろん徴収いたします。ゼニは通貨発行者たる幕府が独占的に作り出す物であり、通貨利用者には作り出せませんから、社会統制手段として極めて有効です。
幕府が年貢としてゼニを徴収すれば、ゼニを自ら作り出せない領民は、物品や労働を対価にゼニを手に入れる必要に迫られる訳です。ゼニの必要が納税義務者に物品や労働の提供を強制するのです。納税できなければ脱税で酷い目に遭わされるからです。
納税義務が通貨需要を生み、通貨需要が物品や労働の提供を強制する関係にあります。
幕府が年貢としてゼニを徴収すれば、誰でもゼニを欲するようになり、貨幣経済が促進されます。とりわけ商人の活動は著しくなるでしょう。それだけに商人対策は必要不可欠になります」