5.希望の見えた日
今日は祖父が久しぶりに我が家を訪れてくれる日だ。
私は嬉しくて昨日の夜はあまり寝付けなかったが、全然眠くない。
早く祖父に会いたくて、朝からお出迎えの準備に余念がなかった。
つい先日、ライアン様が突撃訪問してきたのち、王宮から正式な謝罪があった。
そして、第一王子はまだ未熟にて、当分は婚約者を作らず、改めて王族としての姿勢を学ばせる期間を設けると、そう記されていたそうだ。
一先ずはライアン様の婚約者は回避出来た。
次にする事は、母の病気を治すことだ。
そう思っていた矢先、祖父から手紙の返事が届き、近々隣国の客人を案内するため、王都にやってくると書いてあったのだ。
祖父はちゃんと父にも同様の手紙を出し、久しぶりに娘と孫に会いに来ると父に伝えてくれた。
そして、今日が待ちに待ったその日だ。
「お嬢様、ファブリック前辺境伯様がお着きになられました」
ジェシカがそう伝えに来た。
「分かったわ!」
私は急いでエントランスホールに向かう。
私室のある2階の階段上からエントランスホールを見下ろすと、すでに父が居た。
そして、父の前には、数年ぶりであるにも関わらず、まだまだ若々しい祖父の姿があった。
祖父の隣りには、見かけない男性と少年もいる。
「お祖父様!」
嬉しくなって思わず駆け寄ると、父から
「ルーシー?」
と苦言が入ったので、慌てて礼節をとる。
「ルーシー、久しぶりだな。元気だったか?」
お祖父様が優しく声を掛けてくれた事に、また嬉しくなって抱きつきそうになったが、そこはきちんとした挨拶をしなければと踏みとどまり、カーテシーを披露した。
「お祖父様、お久しぶりでございます。ますますのご健勝のことお喜び申し上げます」
「ははっ。ルーシー、堅苦しい挨拶は抜きだ。
ルーシーにも紹介しよう。
こちら、隣国のリーズテッド王国から来られたロットマイン伯爵と、そのご子息のケイン君だ。ロットマイン伯爵は医学博士で、その道の権威で有名なのだよ。お前の母親の事を話したら、一度診て頂けるとの事で、一緒に来てもらったのだ」
「私はザイル・ロットマイン。そして13歳になる息子のケインだ。小さなご令嬢、よろしくね」
なんと、お祖父様は隣国の医学界の権威を連れて来てくれただなんて!
あまりの事に感極まって、泣きそうになるのを必死で抑えながら挨拶をする。
「遠路はるばる、ようこそお越し頂きました。
ルーシー・ヘルツェビナと申します。本日は我が母の為にお越し頂けた事、誠に有難く思います。どうぞ母をよろしくお願い致します」
心を込めてそう挨拶をした私に、ケイン様もにっこりと笑顔で挨拶をし返してくれる。
「ケイン・ロットマインです。父に付いて医学の勉強をしています。本日は父と共に、貴女の母上を診察させていただきます事をご了承ください」
ケイン様がそう伝えてくれた後、お祖父様が母への診察を、父に改めて申し出る。
「ヘンリー殿。もちろん公爵家にはお抱えの医師がいる事も承知の上だ。貴殿に不満を訴えている訳では無い。
しかし、シエンナの病状が一向に良くならないのが気になって仕方ないのだ。
親バカだと笑ってくれていい。
医学界の権威である、ロットマイン伯爵に診てもらえるこの機会を逃したくない。
診察してもらってもいいだろうか?」
このような祖父の申し出に、父は断る術は無い。
「どうぞ。妻の部屋にご案内致します」
そう言って父は、メイドに母の部屋の案内を申し付けた。
先ずはメイドと私が母の部屋に入り、私が母に事情を説明して、母の承諾を得てから、祖父とロットマイン伯爵とケイン様を部屋に招き入れた。
そして診察中は一旦祖父と私は部屋を出て、診察結果をすぐに聞けるように廊下で待っていた。
「ルーシー、すまなかったな。一人で不安に思っておったのだろう。もっと気にかけておればよかったわ。不甲斐ない祖父で許してくれ」
廊下で待っている間に、祖父がそう言って頭を下げて私に謝ってくる。
私は慌ててお祖父様に頭を上げてくれるように伝えて言った。
「謝らないで下さいませ! 辺境伯の地を守っていらっしゃるお祖父様がお忙しいのは、よく理解しております! それなのに、わたくしの手紙にお心を砕いて下さったこと、とても感謝しているのですよ」
私が必死でそう言うと、祖父は優しく私の頭を撫でて下さる。
「いい子に育ったな、ルーシー。数年ぶりに会ったら随分と大人になったものだ」
「お祖父様から教えて頂いた絵は、今も続けているのですよ。母の部屋にもわたくしが描いた花の絵が飾ってあるのです。後で見てくださいますか?」
「もちろんだとも。楽しみだな」
数年ぶりに会って話す祖父との会話は楽しくて。
何年も会っていないとは信じられないくらいに、すんなりと打ち解けて話す事が出来ていた。
そうして祖父との会話を楽しんでいると、中からロットマイン医師の診察終了の声が聞こえた。
母の部屋の中に入った私と祖父は、母の元に駆け寄る。
「先生、母の具合はどうでしたか?」
私の質問に、ロットマイン医師が答えてくれた。
「後天的な気管支喘息のようだね。呼吸する管が狭まることによって、呼吸困難を起こす病気だ。
辺境伯地の、綺麗な空気の中で育ってきたから、王都の雑多な空気には合わなかったのかもしれないね。
原因はそれだけではないにしても、治療を怠ると死に至る事もある怖い病気だから、ちゃんと治療しないといけないね」
なんですって?
気の病とか、全然違うじゃないの!
ちゃんとした治療を受けていなかったから、前の人生では母が亡くなってしまったのかと思うと、今更ながらに自分の不甲斐なさに腹が立った。
前の人生でも、少しの勇気と行動で、母を助けられたかも知れない。
そう思うと、今のこの人生において、絶対に母を死なせないと心に誓う。
「先生! 治療はどのようにすれば?
わたくしにできる事はありますか!?」
必死になってそう聞いた私に、ロットマイン医師は優しく答えてくれた。
「君はとても素晴らしい令嬢だね。
聞いたよ。君の薦めで、この部屋の換気をマメに行なっていると。
食事も食べやすく、栄養価の高い物を摂れるように工夫してもらうようにしたとね。
あとは適度な運動で体力をつけて、規則正しい生活を送る事。
もちろん、喘息の誘発になりそうな、ほこりやチリなどを除去するように、清掃は怠らないこと。
あとは薬物療法で経過を診ていけば、元気になる可能性は高いよ」
医師であるロットマイン伯爵には、感謝の気持ちでいっぱいだ。
治療法が分かれば何とかなる。
「ルーシー、ありがとう。貴女がわたくしを心配して、お父様に手紙を出してくれたそうね」
お母様はそう言って、私を手招きする。
皆が見ている前で、母に抱きつくのが恥ずかしくなって、モジモジしていると、
「恥ずかしがる事ないわい、ほれ、母が呼んでいるぞ」
と、お祖父様に背中を押されたので、その勢いで、母の胸に飛び込む。
「お母様、ちゃんと病名が分かって良かったです。治療して早く元気になって下さいませね」
お母様に抱きついてそう話す私を、祖父やロットマイン医師親子が微笑ましそうに見ていた。