4.突然の来訪
「大変でございます! 第一王子殿下がお越しです!」
私が自室で、母に対して他にできる事はないか考えていた時、ノックもそこそこに転げるようにジェシカが入ってきて、そう告げた。
「え? なんで?」
頭に?マークを浮かべながら、そう返答する。
私はライアン様の婚約者になっていない。
だったら、私への訪問ではなく、父に何か用事があったのではないの?
そう答えが出た私は、ジェシカを落ち着かせるように、穏やかに返答した。
「多分、父に何かご用事があったのではないかしら。でも、挨拶には出向かないと行けないわね。ジェシカ、準備をお願い」
そうして私は着替えて、エントランスホールに向かった。
エントランスホールにはすでに父がライアン様を出迎えており、私も急いで父の元に行く。
「ようこそおいでくださいました。第一王子殿下をお迎え出来、大変光栄に存じます」
カーテシーにて挨拶をすると、ライアン様はチラっと私を見て、鼻を鳴らす。
「お前がなかなか城に来ないから、様子を見に来たのだ。
お前は私の婚約者である事をちゃんと理解しているのか?
この私にここまで来させるとは、不敬に値するぞ。今後はこのような事はないように気をつけろ」
…………。
えっと?
婚約者とは?
今回の人生では、まだ婚約者にはなってませんよね?
チラっと父の方を見ると、父も目を見開いている。
どうやら、父も知らないという事は、私と父の認識は一致しているという事だ。
「だ、第一王子殿下。立ち話も何ですから応接室にご案内致します。さぁどうぞこちらへ。
第一王子殿下を案内して差し上げろ」
父が執事にそう命令し、執事長にこっそり王室に確認するよう指示を出している。
何がどうなってるの?
婚約者なんて、絶対、嫌なんですけど!
「ふん、公爵家の応接室とは、思ったより質素だな」
応接室に着くなり、ライアン様は悪態をついている。
「申し訳ございません。さぁ、今、お茶を用意させております。どうぞお寛ぎ下さい」
父がやや顔を引き攣らせながらも、笑顔で対応しているのを横目で眺めながら、私も父の隣りに座った。
前の人生では、マリーナがこの家に来るまで、うちを訪ねて来た事はない。
なのに、何故今の、婚約者ではない人生において、ライアン様がうちにやって来たのだろう。
しかも、盛大な勘違いをして。
そう考えながら、無言でライアン様を見ていた私が気に障ったらしい。
「おい、お前! 何故黙ってるんだ! 私を楽しませるように、何か話せ!」
う~ん。
ライアン様は私と同じ歳だから、今は7歳。
こんな歳の頃から、こんなに横柄だったかな?
マリーナと出会うまでのライアン様は、気難しいながらも、まだ節度は弁えていたような気もするけど……。
「気の利いた会話が出来なくて、申し訳ございません。第一王子殿下は、こちらへはお供の方はお連れになられなかったのでしょうか?」
そう。
第一王子ならば、お付きの人が必ず付いてくる。なのに、今回は護衛2人のみを連れての訪問なのだ。
その護衛の人も困惑している様子だし、これは王子の突発的な行動なのだと思った。
「何故そのような事を聞く? 別にあの者達が居なくても不都合はない!」
いやいや。
貴方に不都合はなくても、こちらは大ありなのですよ。
話の通じない、やたら権力だけある7歳児を野放しにしないでほしい。
まぁ、父が確認しているようだし、王宮からお迎えが来るまでは、当たり障りがない程度に相手をしておかないとね。
「そうですね。
あ、今運ばれたお茶菓子、最近売り出されたばかりのムースのケーキなのですよ。口当たりが滑らかでとても美味しいのです。
ぜひご賞味下さいませ」
取り敢えず、子供には美味しいお菓子を与えておこうという、安易な気持ちで薦めてみる。
実際、ライアン様は甘党だ。
きっと、このムースケーキが気に入るだろう。
このムースケーキも前の人生で知った食べ物だ。もう数年先には、王都中で大人気となるケーキ屋なので、つい最近、店ごと買い取った。
ここの店長であるパティシエは、お菓子作りの腕はピカイチだが、経営者には不向きで赤字経営だったのだ。
前の人生では、それを知った別の貴族が、ここの店を買い取ってから、莫大な利益を得たのを私は知っている。
なので、父にもうすぐ8歳になる誕生日プレゼントとして、私名義で買い上げてもらった。
数年後には、何店舗も支店を出すくらいに人気のある店になるだろう。
もちろん経営は、前の人生で学んで知識があるので、お手の物だ。
人生、どう転ぶか分からないから、蓄えはしっかりとしておかないとね。
「美味いな、これ。気に入ったぞ。次はこれを持って城に来い」
上機嫌で食べながらそう話す殿下に、次などありません、と心の中で返事をしながら、笑顔で答える。
「お気に召して頂けて嬉しいですわ。まだ有りますので、お土産としてお包み致しますわね」
にっこりと笑ってそう返事した頃に、ようやく王宮からのお迎えが到着したようだ。
「ライアン王子がこちらに先触れなく訪問したとか。本当に申し訳ございません。
さぁ、ライアン様、王宮に戻りますよ」
専属のお付きの人が、そう言ってライアン様を連れて帰ろうとする。
「婚約者の家に来て何が悪い! この者が王宮に来ないから、私がわざわざ出向いてやっただけだ!」
そう言って、ライアン様は憤慨している。
「またそのような事を! ヘルツェビナ公爵令嬢は貴方様の婚約者ではありません!
まだ誰にするとも確定していないと、この前も陛下に言われたばかりではないですか!」
「いずれ、この者が婚約者になるのだ! だいたい、何故まだ確定していないのだ? この前の謁見で決定のはずだろう!」
ライアン様の返答に、お付きの方は頭を抱えている。
「とにかく、陛下がお待ちです。さぁ、早く帰りませんと陛下に叱られますよ!」
そう言ってライアン様を急き立て、こちらに頭を下げながらお付きの方は、ライアン様と共に馬車に乗り、帰って行った。
それを見送っていた私は、父に確認する。
「お父様。わたくしはライアン第一王子殿下の婚約者にはなっていませんよね?」
「ああ。今後どうなるかは分からんが、現時点では婚約者ではない。
しかし、あの第一王子殿下のご様子は、どういう事なんだ……?」
父は突然訪問し、横柄な態度で接してきたライアン様に、何か思うところがあるようだ。
このまま、父の心象を悪くし、婚約者に選ばれる事を阻止してほしい。
その為には、先物取引での損失を補うようにしないと、また王家との繋がりで立て直しを図ろうとするだろう。
する事がいっぱいだなと、気持ちが逸る中、ライアン様のあの言葉が胸を曇らせている。
“いずれ、この者が婚約者になるのだ”
ライアン様は、確信を持ってそう言っていた。
この前の謁見で決定のはずだとも。
まさか、ライアン様も前の人生の記憶がある?
もしかしてマリーナがいると思って、この屋敷に来た?
でもムースケーキの事は知らなかったみたいだし……。
「まさか……ね?」
他にするべき事を考えようと、ライアン様の事を考えるのは放棄した。