41.プロポーズ
王宮に行ってから数日が経ったある日、ケイン様が私を訪ねてきた。
「ケイン様、ごきげんよう。
今日はどうなされたの?」
「今日はルーシーに話があって」
そう言ってケイン様は私に花束を渡す。
「ありがとうございます? どうなさったの? 花束なんて、珍しいですわね?」
私の言葉ににっこりと微笑むケイン様を不思議に思いながら、いつもの四阿に案内する。
椅子に腰かけて、お茶が運ばれたあと、再度ケイン様に尋ねた。
「ケイン様、お話とは?
今日は何だかいつもと違いますわね?」
「そうかな? さすがに緊張してるからかな?」
「緊張?」
首を傾げながらそう聞いた私に、ケイン様は立ち上がり、私の席のそばに来て、突然跪いた。
「ルーシー・ヘルツェビナ公爵令嬢。
私は貴女が好きです。
私と結婚して頂けませんか?」
そう言って、私に手を差し出す。
あまりに突然のプロポーズに、私は言葉が出ない。
「嫌なら、この手を跳ね除けてくれていい。
でも、出来るなら手を取ってもらいたいな。君にプロポーズする日を私は何年も前から望んでいたのだから」
あまりの事に動揺して、なんて言っていいのか分からない。
「ま、待って! いきなりですわ! 突然結婚だなんて!
まずは、両親と相談して、婚約してからで!」
パニックになりながらも、何とかそう言う私に、
「では、私と婚約してくれる?」
とケイン様は笑顔で言う。
私は恥ずかしくて頬が熱くなる。きっと顔が真っ赤に染まっているだろう。
「いや?」
とケイン様に聞かれ、慌てて、
「嫌なわけありませんわ! わたくしもケイン様の事が大好きですもの!」
と、叫んでしまった。
「良かった。
では、改めて。
ルーシー、私と結婚して下さい」
そう言うケイン様に、
「……はい」
と、ケイン様の手を取る。
「ありがとう」
ケイン様はホッとしたように微笑んでから、立ち上がって私のおでこにキスをした。
「ケ、ケイン様! まずは両親に報告して許可を得ないと! ケイン様のご両親にも!」
キスされたおでこに手を当てながら、私は真っ赤な顔のまま必死でそう叫ぶ。
「大丈夫だよ。私の親もルーシーのご両親も、すでに何年も前から了承を得ている」
愛おしそうに私の髪を撫でながら、ケイン様がそう言った。
「え?」
「実は、君と幼い頃に一緒に過ごした時から君と婚約したいと思って、父に話したんだ。
でも、まだ公爵夫人の状態が落ち着いてなかったから、もう少し状態が落ち着いてから婚約を申し込もうと言う事で、あの時は国に帰った。
公爵夫人の主治医から、その後の様子を確認してから、改めて父から公爵に婚約を申し込んでもらった。
公爵もすぐに受け入れてくれたんだ。
でも、一つ条件を出された」
「条件?」
「うん。私が立派な医師になる事。
ルーシーを守れる男に成長するまではルーシーには伝えず、保留にしておくって」
「父がそんな事を?」
「ああ。だから、今回の交換留学で私から直接ルーシーにプロポーズして、OKを貰うと公爵と約束した」
ああ、父があんなに機嫌よくケイン様を迎えたのは、いずれ私たちが結婚すると分かっていたから。
両親とも、やたらケイン様と二人きりでのお茶を容認してくれたのは、そういう事だったのね。
どうりで、この歳になっても婚約の話を両親共に薦められないわけだ。
「ケイン様、わたくしは公爵家を継ぐ為に入婿を取らなければならないって言われていたわ。
その事は父から聞いています?」
「もちろん。申し込んだ時に一番にそう言われたよ。
幸い、私は次男で家を出る立場にあったからすぐに了承した。
でも誤解しないでくれよ? 公爵家に入らなくても、私はルーシーを養うくらいの力はある。それを証明したくて必死で医師になったのもあるからね」
そう言って笑うケイン様には、頭が上がらない。
ケイン様は私との未来を見据えて、今まで頑張ってきてくれていたんだ……。
「ありがとうございます、ケイン様。
改めて、これからよろしくお願いいたします」
私がそう言うと、ケイン様も
「こちらこそ、ありがとう。私を受け入れてくれて。
本当は臨時保健医の期間が終わってからプロポーズしようと思ってたんだけど、今回の事があったからね。
これで堂々とルーシーを守れる権利を貰えた。
今回の事件では言いたくない何かがあるようだけど、話したくないならそれでもいいよ。
でも、君が危険に晒されるのはもう嫌なんだ。
これからはどんな事でも、相談してほしい」
そう言ってくれるケイン様には感謝しかない。
「はい、本当にありがとう。ケイン様」
まだ前世の事を話す勇気はないけど、いつか話せるようになればいいな……。
そう思いながらお礼を伝えた私に、ケイン様は優しく微笑んでくれた。
 




