35.忍び寄る危機②
「な、何を言って……」
気丈に振舞おうとするが、声が震えてしまう。
前世で味わった死ぬ瞬間の恐怖に、自分の意思と反して勝手に身体が反応してしまっているのだ。
「ふふ。その様子だと、やっぱりお姉様には前世の記憶が残っているのですね。
なら、覚えているでしょう? あの馬車がこの森を駆け抜けていった時の事を。
その途中で馬車から放り出されて、崖から落ちた事をね」
そう言いながら、いつの間にか私のすぐ目の前まで迫ってきていたマリーナは、私の手を掴んで、思い切り私を引っ張った。
「な、何をするの!?」
必死で抵抗しようとするが、恐怖で固まった身体は言うことを聞かず、足がまともに動かない。
「お姉様に、この先の崖を見せてあげるわ。
私が連れていってあげる」
そう言ってマリーナは、強引に私の腕を引っ張りながら、私を引きずるように崖の方に連れて行く。
どんどん森の奥に引っ張られ、それと共にあの前世で見た馬車の中からの景色が鮮明に思い出されて、恐怖から力が入らず、マリーナの手を振りほどけない。
あっという間に、私は崖の近くまで引っ張られて連れて来られた。
「何故わたくしをこんな所に?」
マリーナに必死でそう聞くと、マリーナは立ち止まって、私に振り向いた。
「何故? この世界を、本来のあるべき姿に戻すためよ?」
そう言ったマリーナは、常軌を逸しているように見えた。
「お姉様が色々と小細工をしたから、この世界が狂ってしまっているの。
だから、お姉様にあの時と同じ方法で死んでもらったら、この世界も元に戻るのではないかしら?」
「そんな事をしても、貴女はもう公爵家とは関係ない存在なのよ!?」
「いいえ、お姉様さえ居なくなれば、また公爵様は私を受け入れてくれるはず。
だって、あんなに私を可愛がってくれていたのですもの。
それに、ライアン様と結婚する為にも、私は公爵家の娘でないと駄目なの。
だからね、お姉様は邪魔なのよ」
そう言って、マリーナは隠し持っていたナイフを取り出し、じわじわと私を崖の方に追いやってくる。
「来ないで!
貴女はもう、違う人生を歩んでいるのよ!?
今更こんな事をしても、前の人生には戻れないわ!」
そう必死で叫ぶ私に、マリーナは歪んだ笑みを浮かべた。
「それならそれで構わないわ。
でもね、どうしてもお前だけが幸せに生きているのが許せないの。
だからね、ここで死んでちょうだい?」
そう言って、マリーナはナイフを持ったまま両手を前に突き出し、私を崖から突き落とそうとした。
────落ちる
そう思って目をつぶった時、急に私の身体は違う方向に引っ張られ、受け止められた。
「ルーシー! 大丈夫か!?」
その声に目を開けると、しっかりと私の身体を受け止めてくれて、心配そうにしているケイン様の姿が目に映る。
「ケイン様?」
「ああ、そうだ! ルーシー、何処か痛いところはないか!? 傷つけられてはいないか!?」
そう言って、ケイン様は私を見て確認している。
そんなケイン様を見た私は、安心してしまい、そのまま気を失ってしまった。
「ルーシー嬢!?」
ケイン様と一緒に来ていたライアン様が、私の様子を見て驚いて、声を張り上げた。
「大丈夫だ。どうやら気を失ってしまったらしい。
私はルーシーを連れて、先に戻る。
ライアン王子殿下、あとの事は任せても?」
ケイン様がそう聞くと、ライアン様は頷いて了承する。
「ええ、任せて下さい。ここからは、こちらで対処すべき問題ですから」
ライアン様の返答を聞いて、ケイン様は軽く頷き、そのまま私を連れて待機場所まで戻っていった。
「さて、マリーナ。これはどういう状況か確認させてもらおうか」
ここに駆け付けていたのは、ロットマイン医師だけではなく、ライアンとダビデ率いる側近たち、それに数名の騎士まで揃っていた。
「な、何よこれは! 何故こんな所にライアン様達や、護衛騎士まで来ているの!?」
マリーナはすでに騎士によってナイフを取り上げられ、腕を捻りあげて、動きを押さえられている。
「そのままマリーナを城まで連行しろ。
尋問は私が直々に行う」
ライアンはそう騎士に命じて、ダビデ達と共にその場を離れる。
「ま、待って! ライアン様! 誤解なんです! ライアン様、助けて下さい!」
マリーナはそう叫び続けたが、騎士によってそのまま連行された。