34.忍び寄る危機①
あの日から2日後、マリーナはポルシュラス男爵家に引き戻された。
しかし、マリーナと男爵の関係にも確執が生まれている事から、男爵家の敷地内にある離れにマリーナが一人で住むらしい。
これでようやくマリーナは、公爵家とは繋がりがなくなった。
父もマリーナの豹変ぶりを目の当たりにしている為、二度と預かるような事はないだろう。
クラスメイト達のおかげで、学園内の噂もかき消され、私は安心して通う事が出来ている。
噂と言えば、新たにマリーナの噂で持ち切りだが、マリーナはあれから学園には出てきていなかった。
「ルーシー、これでようやく安心ね。
あの子、本当に何を考えているか不気味だったもの」
モニカがそう言って笑っている。
「確かに安心したけど、学園に出て来てないのも少し気になるわ。
男爵家に帰ったとは聞いているけど、何故学園に来ないのかしら?」
私が気になって、そう言うと、モニカはなんて事のないふうに肩をすくめる。
「みんなと合わせる顔がないだけなんじゃない? 相当、好き勝手言ってたし」
モニカの返答に、確かに、と思い直す。
「それよりも、明日はとうとう待ちに待った野外実習の日でしょ? いい場所が取れるといいわね?」
そうモニカが言う。
「そうね! 野外での写生だなんて、楽しみすぎるわ!」
私は気持ちを切り替えて、そう言った。
マリーナは次の日も学園に出てくる事なく、野外実習の日を迎えた。
今日の野外実習は、学園の裏山にて行なうそうだ。
学園の大型乗合馬車で、1学年の生徒達が皆、裏山に向かう。
裏山は、学園が所有する山なので、一般の人が入ってくる事はなく、安全性が保たれている為、安心して野外実習を行う事が出来るのだ。
皆が目的地に到着し、先生方からの注意事項の説明を受ける。
「これより、各自で好きな場所で写生をしてもらいます。制限時間は今より2時間。
制限時間までには、皆さん一度ここに戻って来て下さい。
あと、くれぐれも森の奥には行かないように。
危険な野生動物はいないとは思いますが、森の奥は暗くなっており、見通しが利かなくなっていますので、必ず見晴らしの良い場所で行動して下さい」
学年主任の先生の説明が終わり、各自で写生する場所を探す。
先生方は、この場所にて予め設置した簡易休憩場所で待機しているようだ。
簡易テントも張ってあり、そこが具合の悪い人を休ませる保健室の代わりの場所としている。
ケイン様は、他の先生方と共に休憩場所にて待機している。
チラリとケイン様を見ると、すぐに目が合い、にっこりと微笑んでくれた。
私も微笑んでから軽く会釈をして、踵を返す。
その様子を見ていたモニカが、私をからかってきた。
「なぁに、今の? ルーシーったら、いつの間にロットマイン先生と仲良くなっているのかしら?」
ニヤニヤ顔でそう聞いてくるモニカに、私は誤魔化すようにモニカを急き立てる。
「なんでもないわよ。
早くいい場所を探して絵を描かないと、あっという間に制限時間になってしまうわ。
さ、早く探しに行きましょ?」
そう言って、周りを見渡しながら絵を描きやすい場所を探す。
だが、他の生徒も同様に探すため、いい場所は直ぐに誰かに取られてしまい、なかなか納得する場所が見つからない。
「もう、時間もないし、適当で良くない?
私はこの辺りでいいわ」
そう言って、モニカは適当な岩に座って絵を描く準備を始めた。
「んー。わたくしはもう少しだけ探してみるわ。気にしないでモニカは先に始めていてね?」
「分かったわ。あまり奥まで行っては駄目よ?
ルーシーは、絵を描く事に夢中になって周りが見えなくなる事があるもの。心配だわ」
「ふふ、大丈夫よ。気をつけるわ」
モニカにそう言って、私はもう少しだけ森の中に入って、いい対象物や景色はないかを探し出した。
しかし、なかなか納得する対象や場所が見当たらない。
周りにも数えるほどしか人がいなくなってきたから、モニカの所に戻ろうかと考えていた時、突然声が掛かった。
「ルーシーお姉様」
その声に振り向くと、来ているはずのないマリーナがそこに立っていた。
「……あなた、休みのはずでは? 何故ここに居るの?」
警戒しながらそう聞いた私を見て、マリーナは楽しそうにクスクス笑う。
「やだ、お姉様。そんなあからさまに警戒しなくても。
お姉様なら、絶対に描く物にこだわりを持って、森の中まで入ってくるだろうなって思ったから、ここで待っていたんですよ?
お姉様の事は私、何でもお見通しなんです」
そう言って、私に近づいてくる。
マリーナは明らかに、何か仕掛けようとしているような、異様な雰囲気を醸し出していた。
「近寄らないで」
私は後ずさりしながら、マリーナの行動を警戒していく。
「お姉様、知ってます?
この森、以前も来た事あるんですよ?」
「お姉様呼びはやめてと言ったはずですわ。
わたくしはこの森には初めて来ましたの。
何を言っているのか分かりませんわ」
マリーナにそう返答しながら、周りに助けを求められるような、誰かいないか見回したが、すでに先ほどまでチラホラいた人達も、戻っていってしまったようだ。
最近ライアン様も近寄って来ないし、マリーナも来ていないと思って油断していた。
しかも、マリーナに行動を先読みされるなんて、なんて情けない!
そんな事を考えながら、森から出るタイミングを見計らっていた時、マリーナが言った発言に身体が固まった。
「いいえ、お姉様。
貴女はここに来た事があるんですよ?
質素な馬車に乗って、娼館に送られる時にね。
そして、この先にある崖から落ちて死んだのよ」
そう言って、マリーナは可笑しそうに笑った。