27.後期学園開始
今日から後期の新学期が始まる。
「ルーシー様、一緒に学園に行きましょう」
マリーナがそう話しかけてきた。
学園が始まるのを機に、自宅謹慎は解除されたようだ。
「……そうね」
マリーナと同じ馬車に乗って、学園まで行く。
マリーナは、社交界デビューの時の事など忘れたかのように、
「公爵家の馬車は、乗り心地が違うわね。ルーシー様は……と、同じ歳なんだから、二人きりの時はルーシーでいいよね?
ルーシーは、いつもこんな馬車に乗って学園に通っていたのね。
私なんて、男爵家の質素な馬車なのに……」
そう言って、ジトッとした目で見てくる。
「ポルシュラス男爵領は、港町が栄えているから、お金には困っていないはずよ?」
私がそういうと、
「男爵位に相応しい生活をって言うのが、継父の口癖だったわ」
と、嫌そうにマリーナは言った。
これ以上何か話しても、全てマリーナにとっては気に入らないのだろうと感じたので、それ以上は何も話さずに窓の外を眺める。
マリーナはつまらなそうに肩を竦めて、同じように窓の外を見ていた。
学園に到着し馬車を降りる。
私の次に、マリーナが公爵家の馬車から降りてきたのを、周りの生徒たちが見て驚いていた。
「ふふ。みんな、びっくりしてるわね。
ルーシー、これからも一緒に行きましょうね」
マリーナは周りに勝ち誇ったような顔をしながらそう言った。
マリーナは、いつまで公爵家に居るつもりなのだろう?
これから毎日同じ馬車で通うなんて、考えただけでも憂鬱になる。
「……始業式に遅れるから、先に講堂に行くわよ」
そう言って、私は始業式の始まる講堂に向かった。
マリーナの視線を感じたが、とにかく一刻も早くマリーナから離れたかった。
前世の時から、このマリーナの視線が苦手だったのを思い出す。
その視線を感じた後は、何かと嫌な出来事が起こっていたからだ。
講堂の椅子に座り、教員達の並んでいるところを見渡すと、ケイン様の姿が見える。
ケイン様の姿を見た途端に、ホッとした。
ああ、今日からケイン様がこの学園にいるんだ。
そう思うだけで、心が落ち着く気がした。
「諸君に紹介しよう。保健医のロットマイン先生だ。前の保健医の先生が都合で退職された為、来期に常勤の保健医が来られるまでの半年間だけだが、みんな、よろしく頼む」
学園長の紹介にて、ケイン様がみんなの前で挨拶をする。
「保健医のロットマインです。
半年間と短い間ですが、よろしくお願いします。
あと、派遣先の都合で、たまに違う保健医が代わりに来る事がありますが、支障のないよう対応しますので、安心して利用してください」
そう言って、割と簡素な挨拶をして、すぐに壇上から降りたが、その姿はやはり、見惚れてしまいそうになるくらいに洗練された立ち居振る舞いだった。
案の定、女生徒がチラチラとケイン様を見ている。
絶対、皆からモテるんだろうな……。
始業式が終わり、私はモヤモヤとする気持ちを隠しながら、教室に向かった。
後期学期が始まって数日が経ち、教室では担任から、今度の野外授業について説明があった。
「もうすぐ野外授業の日となる。
今回は学園の裏山にて、写生を行うこととなった」
担任の説明に、私は嬉しくなった。
写生だなんて!
外で絵が描けるなんて、なんて嬉しいの!
幼い頃はまだ王国全体が、男性主流にて画家も男性の仕事とされていたが、数年前より、隣国の影響を受けて、徐々に女性の社会進出が注目されている。
その中には、画家も含まれていて、本格的に絵を習う女性も増えてきた。
学園でもその影響は受けていて、数年前より美術の授業にも力を入れているらしい。
ワクワクしながら、担任の話を聞く。
「当日の引率は、学年担任の先生方と保健医の先生だ」
その説明に、主に女子学生が嬉しそうに、ざわめいている。
貴族学園といえども、まだまだ子供だ。
感情を隠せず、みんなソワソワしていた。
「ロットマイン先生は、あくまで怪我人や体調不良の人が出た時の為に来てもらうんだ。
みんな、くれぐれも迷惑をかけないように」
担任の先生は、女子生徒の態度を感じとって、野外授業の説明に、そう付け加えた。
「ルーシー、この前の先生ね?
私たちは1歩リードしてるわね」
モニカが嬉しそうにそう言ってくる。
「リードって……。あくまで、保健医の先生として来られているのだから、何も……」
そう言いながらも、自分も、ワクワクしている事に気付く。
楽しそうにモニカと話している姿を、マリーナはジッと見ていた。