26.つかの間の休息
次の日、公爵邸にケイン様が来訪した。
「ケイン様! いらしてくれたのですね!」
エントランスホールにて出迎え、ケイン様の姿を見た途端に嬉しくなって、駆け寄った。
「また……。ルーシー、失礼だぞ」
「あ……申し訳ございません」
父に諌められて、態度を改める。
その様子を見て、ケイン様はクスッと笑って私を見た。
「昨日はとても素敵なレディに見えたのに、今は昔のままのルーシーだね」
そう言ったケイン様に、悔しくて姿勢を正す。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。
さぁ、応接室にご案内致しますわね」
前世の王妃教育の見せどころとばかりに、態度を一変させて、ケイン様を案内する。
ケイン様は苦笑しながらも、頷いて応じてくれた。
応接室にて、父と私とでケイン様に応対する。
マリーナは、今日は反省の意味を込めて、自室から出ないように父から言われていた。
「昨日はビックリしただろう。確かケイン君は、ルーシーとダンス中だったはず」
「そうですね。あの後が心配になったので、様子を見に来てしまいました。
大事には至りませんでしたか?」
父の言葉に、ケイン様は頷き、そう言った。
「マリーナは、今、自室で謹慎中だ。
まさか、作法もまともに出来ず、陛下達にあのような態度を取るとは思わなかった。
ライアン殿下がマリーナをエスコートすると申し出された時に、必死で止めるべきであったと反省してるよ」
父はよほどマリーナの態度を、腹立たしく思ったようだ。
もともとは厳格な父だ。礼儀や作法を重んじる父にとって、昨夜のマリーナの態度は許し難いものだったのだろう。
「ルーシーは、大丈夫だった? 何か巻き込まれてやしないか、心配になってしまって」
ケイン様はそう言って、私の顔を覗き込む。
「ケイン様。レディに対して顔を覗き込むのは失礼ですわよ。
わたくしは何も巻き込まれてませんので、お気になさらず」
そう言った私を見て、ケイン様はまた笑った。
「良かった、安心したよ。
レディに対する態度ではなかったね。
申し訳なかった。ルーシーは立派なレディで、あの頃のままではなかったね?」
さっきの言葉を、何気に根に持っていた事がバレたようだ。
急に恥ずかしくなって、俯く。
そんな私たちを見て、父は咳払いをした後、
「あとは二人でお茶でもしなさい。
私は仕事に戻るとする」
と言って、退室した。
「ケイン様、それではいつもの四阿でお茶しませんか?」
多分、ジェシカが気を利かせて、すでに四阿でお茶の準備をしてくれているはず。
ケイン様は笑顔で了承して下さり、私達は二人で四阿に向かった。
「ケイン様、本日は心配して来てくださり、本当にありがとうございました」
四阿でお茶をしながら、私は改めてお礼を伝える。
「ルーシーが巻き込まれていないなら、それでいいよ。
しかし、災難だったね。あの男爵令嬢、危うく両陛下への不敬罪に問われるくらいのマナー違反だった。自宅謹慎だけで済んで良かったよ」
ケイン様は、そう言って安心したように微笑みながら、お茶を飲んだ。
マナー違反か。
本当にそうだ。仮にも前世では公爵令嬢として教育を受けてきたはずなのに、何故マリーナは平気で陛下たちへの挨拶もせず、また声を掛けられていないうちから勝手に話すなどの不敬な態度が取れるのか。
「本当に謎だわ……」
「え?」
つい、声に出してしまっていたらしい。
「あ、ううん。何でもないの。
そういえば、もうすぐ後期の学園が始まるけど、ケイン様は後期から保健医として勤務されるのですよね?」
私は慌てて誤魔化して、話を変える。
ケイン様は特に不審に思う事無く、頷いた。
「そうだよ。あぁ、でも医師団の研究所での仕事もあるから、保健医は同僚と交代でする事になったんだ」
「そうなのですね。ずっと学園に来られるのかと思っていましたわ」
少し残念な気持ちを隠して返答した。
「もともと、非常勤として話が来たんだ。ルーシーが2年に上がる年には、常勤の保健医が見つかると思うから、それまで半年間の予定だよ」
ケイン様がそう説明してくれた。
なんだ。たった半年間。
しかも、同僚の方との交代制だなんて、本当にたまにしか来ないんじゃないの?
そんな事を考えていたら、ケイン様がクスッと笑う。
「残念?」
「えっ?」
「顔に書いてあるよ? たまにしか来ないなんて残念だって」
「!」
そんなはずは!
滅多な事では顔に出ないのに、何故ケイン様の前だと気持ちが隠しきれないんだろう?
「……意地悪ですね、ケイン様」
「ごめんごめん、怒った? ルーシーは素直で可愛いって思っただけなんだ。
怒らないで?」
ケイン様は、そう言って笑っている。
私はいつまで経っても、ケイン様の中では幼いルーシーのままなのね。
そういえば、父も母もケイン様と二人でお茶をしても何も言わないのは、異性間を疑う事がない関係だって思っているからなのかも。
でないと、普通は父まで二人でお茶するのを勧める訳が無いか……。
いつまで経っても、大人と子供の関係のまま。
「ルーシー?」
ケイン様に声をかけられて、ハッとする。
「本当に怒っちゃった?
ごめん、私が調子に乗りすぎたかな?」
申し訳なさそうにそう言うケイン様に、慌てて否定する。
「い、いえ! 怒ってなんかないですわ!
成長しきれていない自分を反省していただけです! 気になさらないで下さいませ!」
私の返答に、ケイン様は首を横に振る。
「いや、本当にごめんね。
ルーシーは、立派なレディに成長しているよ? 私が悪かった。だから自分を卑下しないでほしい」
「分かりましたわ。だから、ケイン様もそんなに謝らないで下さいませ」
真剣な表情でそう言うケイン様に、やはり動揺しながらも、必死で顔に出すまいと笑顔で返答した。
 




