21.社交界デビュー②
「うん、とても良く似合ってるよ。ポルシュラス男爵令嬢」
ライアン様はマリーナに目をやり、そう言った。
「ありがとうございます! ライアン第一王子様にそう言って頂けるなんて、本当に光栄です!」
マリーナは、とても嬉しそうにライアン様にお礼を言いながら近寄って行く。
「あの……ライアン第一王子様。わたくし、実はエスコートして頂ける人が見付からなくて、お世話になっている公爵様に無理を言って連れてきて頂いたのです。
でも、ルーシー様に申し訳なくて……。ルーシー様は公爵様と二人でパーティに参加したかったのに、わたくしがお邪魔してしまって……
これからダンスもあるのに、わたくし不安で……」
上目遣いでマリーナはライアン様にそう言った。
ライアン様は、ちらりと私の方を見て少し躊躇したが、マリーナに向き直って、優しくマリーナを誘う。
「公爵から君を預かっている経緯は、王家にも報告されているから知っている。
肩身の狭い思いをしているのか?
なら、今日は私が君のエスコート役を引き受けてやろう」
ライアン様のその言葉に、傍にいた側近達が目を見開いて驚き、慌ててライアン様を止めにかかった。
「ライアン様! ライアン様のお立場で、気軽に特定の誰かをエスコートする事は許されません!」
「このような王家主催のパーティで、令嬢をエスコートする意味をご存知でしょう!?」
側近達がそう諌めるも、ライアン様は気に留める様子は見られない。
「……大丈夫だ。あくまで困っている令嬢を手助けするだけだ。
これで、婚約者を決めた訳ではない」
ライアン様はそう言うと、私に向き直った。
「ルーシー嬢は、お父上にエスコートしてもらうといい。
夢だったのだろう?」
「え?」
父にエスコートしてもらうのが夢だったという話は、公爵邸の中で1回しか言っていない。
なのに、どうしてライアン様が知っているの?
「あ、あの……」
私がライアン様に何故その事を知っているのか尋ねようとすると、それを遮るようにマリーナを誘う。
「さぁ、マリーナ男爵令嬢、お手をどうぞ」
「はい!」
マリーナは、ライアン様に誘われて嬉しそうに手を取った後、勝ち誇ったように私を見て笑う。
「公爵様、ルーシー様、ここまで連れて来て頂いてありがとうございます。
ライアン第一王子様がエスコートして下さるので、わたくし、行きますね!」
そう言って、すぐに背を向けてライアン様と共に、パーティ会場内に入っていった。
父はやや呆然としていたが、直ぐに気を取り直し、
「さ、我々も行こうか、ルーシー」
と、再び父のエスコートを受けて、私たちもパーティ会場に入った。
会場に入ると、そこはとても広くて、煌びやかなシャンデリアに、色とりどりの花が会場内に飾られ、テーブルには美味しそうなオードブルがいっぱい並べられている。
そして、色とりどりの鮮やかなドレスを着た貴婦人に目を奪われ、傍に並び立つ男性方もスマートで洗練された紳士ばかりだ。
その中で、白いタキシードや白いドレスを着ているのが、今日、社交界デビューする者の証である。
社交界デビューする者は、会場に入ると、お祝いに、女性はコサージュを、男性はクラバットピンが贈られる。
それをつけてパーティに参加するので、誰が見ても本日社交界デビューしたばかりだと一目瞭然となるのだ。
陛下と王妃の登場の口上が上がると、一斉に礼をとる。
陛下のパーティ開始の言葉を皮切りに、貴族位の高い順より、陛下と王妃に挨拶をしに行き、その後、パートナーとダンスを踊ったりするのが通例だ。
公爵家の私たちは、もちろん早めに挨拶に行く。
「ルーデンベルグ王国を照らす太陽と月である、国王陛下並びに王妃様に置かれましては、ますますのご健勝のほど、お喜び申し上げます」
父が陛下と王妃に挨拶をし、私は隣りで控えてカーテシーで礼を尽くした。
「やぁ、ヘルツェビナ公爵、ルーシー嬢、良く来てくれたね。
ルーシー嬢、社交界デビューおめでとう」
「公爵、お元気そうで何よりだわ。
ルーシー嬢はますます綺麗になってるわね。
今日のドレス、とても素敵だわ」
陛下と王妃にお言葉を頂き、お礼を言ってから早々に下がる。
後ろには、次々と挨拶をする為に並んでいるので、素早く挨拶を終えなければならないのだ。
挨拶を終えたところで、父は知り合いに呼ばれ、私から離れた。
なので、今日同じく社交界デビューするモニカを探すことにする。
モニカも侯爵令嬢だから、早めに挨拶を終えるだろうし、婚約者もいないから一緒に居る事が出来るだろう。
そう思ってキョロキョロしていると、
「ルーシー」
と、声を掛けられた。
「ケイン様!」
振り向くと、ケイン様がこちらに向かって手を振っていた。
「やぁ、ルーシー。社交界デビューおめでとう。とても綺麗だね。よく似合ってる」
ケイン様に、優しくそう言われると無性に恥ずかしくなる。
ケイン様こそ、刺繍の凝った、薄紫色のウエストコートを羽織り、何故か色気まで出ているような、直視出来ない大人の魅力が溢れていた。
「ありがとうございます」
恥ずかしくて、俯きながらお礼を言ってしまう。多分、顔も赤くなっているはず。
何事にも動じては駄目なのに、どうしてもケイン様の前では、前世で培った王妃教育の成果が出せない。
ケイン様はそんな私を見て、フッと小さく笑い、私に手を差し出した。
「お嬢様、私と踊って頂けますか?」
ケイン様のお誘いに、弾けるように顔を上げた私は、差し伸べられた手に、おずおずと手を乗せた。
「喜んで」
本来はパートナーと初めの一曲は踊らないと行けないが、エスコートを父に引き受けてもらっただけだから、パートナーはいない。
なので、ケイン様の申し出を、有難く受け取った。
音楽に合わせて、今世で初めてパーティ会場で人前で踊る。
緊張するけど、ケイン様はリードがとても上手で、気が付けば私はとてもダンスを楽しんでいた。
「ルーシー、ダンスがとても上手だね」
「ケイン様のリードがとてもお上手なのですわ」
「一人で居たからびっくりしたんだけど、今日はお父上といらしたんだよね? あの、マリーナ男爵令嬢も一緒に行くって聞いたけど、二人共、何処に行ったの?」
「あ、父は知人に呼ばれて。会場内にはいるはずですわ。
マリーナは……」
マリーナの事を、どう説明しようかと悩んでいると、ある一角から人々のざわめきが聞こえてきた。
「どうしたんだろう?」
「? そうですわね? 何かあったのかしら?」
ケイン様と私は、ダンスを終えて、ざわめきのある所に目をやる。
ざわめきの原因はすぐに分かった。
人々が左右に別れて、その原因がパーティ会場の中央でダンスを踊っているのがよく見えたからだ。
「あれ? あれは、ライアン第一王子殿下とマリーナ男爵令嬢?」
ケイン様が驚いて、そう言って私を見た。
私は、小さくため息を零しながら頷き、
「マリーナはあそこにいますわ」
と、返答した。