17.今度は奪わせない
その日の夜、父が夕食時に、
「明日、懐かしい人を迎えて、うちで夕食を共にしようと思う」
と、私と母に報告してきた。
「懐かしい人?」
「まぁ、どなたなのかしら?」
私と母の質問に、父はフッと笑う。
「君たちが喜ぶ人だよ。特にルーシーがかな?」
なかなか名前を教えてくれない父に、焦れったくなる。
「明日のお楽しみだ。明日は王宮に行く予定だから、帰りに一緒に連れてくるから、そのつもりでいてくれ」
父が珍しく機嫌よく話している。
普段はあまり感情を出さないのに、本当に珍しい。
「ああ、それと。もうすぐ王宮パーティがあるが、社交界デビューの準備は進めているのか?」
父の問いに母が頷いた。
「ええ、もうすぐルーシーとマリーナの、仕立てたドレスが届く予定ですわ。
ただ……」
「どうした?」
母が言葉を濁したので、父は不思議に思ったのだろう。食事の手を止めて、質問してきた。
「マリーナは、デビューのパーティに、エスコートする人がいないそうなんですの」
「エスコートする者がいない?」
父の疑問に、母は昼間にマリーナから聞いた話を父に伝えた。
「私の妹が嫁いだ伯爵家は、マリーナの親戚に当たる。そこに息子が二人いるだろう? なんなら、伯爵本人にも頼めるのではないのか?」
お父様、よく言ってくれました!
そうよ! 叔父様や、従兄弟が二人もいるのよ!
あんなに、誰もいませんアピールはしなくてもいいと思うの!
私は心の中でお父様に拍手喝采を送っていた。
「あ、あの……。あそこの家とは、実父が生きていた時からあまり交流はなくて……。
家を出たい一心で、無理を言ってお願いして、結局は公爵家でお世話になっておりますが、これ以上頼れるとは思っていません。
それに、公爵様はお優しくて大丈夫なのですが、他の男性の方はまだ怖くて……」
父の質問に、マリーナは涙目でそう訴えた。
「そうね。マリーナは年上の男性に、恐怖を覚えているのですものね……困ったわね。
……あら? でも、旦那様は平気なの?」
母がそう聞くと、
「はい! わたくし自身も不思議なのですが、公爵様は、とてもお優しくて、実父のようにすごく安心するのです!」
と、嬉しそうにマリーナは父を見てそう話す。
「そうなのね。でも、困ったわね……旦那様はルーシーのエスコート役として、すでに決まっているのですものね……」
しんみりとした空気の中、マリーナは慌てて気丈に振る舞う。
「大丈夫です! 心配なさらないで下さい!
わたくしは、本当に一人でも大丈夫ですので!」
そう言いながら、私の方をチラチラ見るのはやめて欲しい。
それって、暗に父を自分に譲れアピールよね!?
この雰囲気で、私が父に、マリーナのエスコートをお願いするように、話を持って行っているよね?
敢えて私はマリーナのアピールに気付かないフリをして、父は譲らない事を伝えておく。
その後に折衷案を出せばいい。
これ以上、マリーナに好きなようにはさせない。
「ごめんなさいね、マリーナ。
ここは父にマリーナのエスコートをお願いするべきなのでしょうけど、そのパーティはわたくしの一生に一度の社交界デビューの日でもあるの。
社交界デビューの日が違うなら、父にお願いしたと思うけれど、その記念すべき日は、お父様と一緒に行く事が、わたくしの幼い頃からの夢なのよ。
だから、申し訳ないけど、お父様は譲れないわ」
私がそう言うと、マリーナは一瞬私を睨むが、すぐにいつものか弱そうな表情になる。
「とんでもございませんわ。ルーシー様から公爵様を譲ってもらおうだなんて、そんな事、思っておりません。わたくしなら本当に一人で大丈夫ですので、気になさらないでくださいませ」
マリーナは、あくまで一人アピールを続けている。
父は私に小さい時からの夢と言われて、満更でもない様子だ。
「でも、一人でだなんて、何度も言われると気が引けるわ。
そうだ! お父様、当日はわたくしたち二人のエスコートをしてくださいませ。
そうすれば、マリーナを預かっている立場としての、面目も保たれるでしょう?」
「そうだな。預かっている令嬢を一人でパーティに参加させるのは、公爵家としての矜恃が許さないからな。
ルーシーがいいと言うなら、マリーナのエスコートも引き受けよう。
二人のエスコートは、任せなさい」
父は私の出した案に、満足気に頷き、私に向かって微笑んだ。
周りでこの会話を聞いている使用人達も、このやり取りを微笑ましいといった様子で見ている。
その様子をマリーナは、悔しげにジッと見ていたが、気にしない。
だって、これは前世ではよくマリーナに使われていたやり方だから。
父とマリーナの母が再婚してから、マリーナはやたらと父を慕っているアピールをしていた。
その頃の私は、王子妃教育があり、忙しい毎日を送って、家族との時間があまりなかった。
父はもともと私には関心がなく、自分に懐いてくるマリーナを可愛がっていると気付いた時には、すでに私の居場所はどこにもなかった。
それでも、父はふと私を思い出したかのように話しかけてくる事があったが、その都度マリーナに邪魔された。
自分が一番父を慕っているアピールをしながら。
今回はそのやり方を真似ただけ。
今世では、母との仲が、病気の回復と共に良くなり、私も含めて家族仲は良好だ。
その実娘から、父との参加が夢であると告げられれば、マリーナの入る隙などないはず。
今世は、私の家族を奪わせない。
今も仲良く話している両親を見ながら、そう強く思った。