16.忍び寄る過去②
マリーナは、そのAラインハイウエストドレスを指差して、言う。
「もしルーシー様がそのドレスを選ばれないのでしたら、ぜひそれを着てみたいのです。
あ! でも、わたくし如きがそんな素敵なドレス、似合わないし、第一お値段も高いに決まってますよね!
申し訳ございません!
今の発言は忘れて下さい!」
涙目になりながら、自分の発言を恥じる様にそう訴えるマリーナの姿を見て、母は優しくマリーナの手を取った。
「大丈夫ですよ、マリーナ。
このドレスは貴女にもよく似合うと思うわ。
ルーシーはこのドレスを嫌がっているようだし、マリーナがこれがいいなら、このドレスの形で貴女のドレスを作りましょうか」
「よろしいのですか!? 奥様、ありがとうございます!」
マリーナは母の言葉に、とても嬉しそうにお礼を言っている。
思えばかつて、前世で私がライアン様にあのドレスをプレゼントされたのを、マリーナはとても羨ましがっていた。
流石に社交界デビュー用のドレスは、“それ、ちょうだいね”の必殺文句は使えなかったようだけど。
まさか今世に来てまで、そのドレスを選ぶとは思わなかった。
マリーナの執着心に、少し恐怖を覚えながらも、悟られないように笑顔でマリーナを見る。
「良かったわね、マリーナ。
気に入ったドレスが見つかって。
わたくしも早くいいドレスを見つけなくてはね」
そう言った私に、マリーナは少し目を細めて私を窺うような目をしたが、すぐにその表情を隠し、はにかむ様な嬉しそうな笑顔を向ける。
「ありがとうございます。
ルーシー様もきっと、素敵なドレスが見つかりますわ。
だってルーシー様なら、何でもお似合いになられると思いますもの」
にっこり笑って、こちらを見ながらそう言うマリーナに、悪気はなさそうに見える。
けれど、私には何となく含みのある言葉に聞こえた。
結局私のドレスは、前世と全く違った型の、エンパイアラインドレスにした。
透け感のある長袖と細かなレースの装飾で、胸元にワンポイントデザインがあり、全体的に妖精を思わせる神秘的なデザインのドレスに仕上がり、大満足だ。
「そういえば、マリーナは、誰がパーティのエスコートをしてくれるの?」
パーティが近づいてきたある日、母がマリーナにそう聞いた。
パーティのエスコートは、基本は婚約者だが、まだ婚約者の居ない者は、家族やそれに倣う親族がエスコートする事が暗黙の了解となっている。
私はもちろん婚約者がいないので、父にお願いしていた。
「わたくしは……」
そう言って、マリーナは俯いてしまう。
「決まっていないの?」
母の問いに、マリーナは頷いた。
「わたくしにはまだ婚約者はいませんし、継父とはちょっと……。
近しい人で頼めるような方がいないのです……」
俯いたままそう話すマリーナは、とても儚くか弱そうに見える。
なるほど。
これは、学園の令息達に人気があるのも納得だわ。
そう思っていたら、マリーナがちらりと私を見て、涙声で言ってきた。
「ルーシー様が羨ましいですわ。あんな素敵なお父上がいらっしゃるのだもの。
わたくしには誰もいないのに……
あ、でも大丈夫ですよ。
わたくし、一人でも平気です」
マリーナのその言葉に、周りで聞いているメイドや執事達も、同情的だ。
「そんな! 一人だなんて……」
母も悲しそうにそう言った。
確かに、誰もいない場合は一人での参加も可能だ。
しかし、実際にエスコートなしで参加する人はほとんどいない。
エスコートなしで参加したら、笑いものにされてしまうのが現状だ。
「本当にいらっしゃらないの? お母様の親戚の方や、子爵家の親戚の方など、誰かいらっしゃるでしょう?」
私がそう聞くと、マリーナはポロポロと涙を流し始めた。
「わ、わたくしが継父を拒絶した事で、母方の親戚には頼れず、わたくしや母は子爵家から追い出された身ですので、とても頼める状態では……」
泣きながらそう話すマリーナに、母は寄り添って涙を拭いてあげている。
いや、あなた、この公爵家に来るために実父のツテを使って、親戚である伯爵家を頼ったのではなかった!?
そこの伯爵家には、息子が二人もいたはずよね!?
そう思ったけど、周りから非難の目を向けられた私は、これ以上、何も言えなかった。