15.忍び寄る過去①
「マリーナさんのお母様も心配でしょうね。分かりましたわ。ルーシーも、マリーナさんが落ち着くまで、面倒を見てあげてね」
父の話を聞いた母がマリーナに同情して、了解した。
「……はい」
両親が納得している以上、私にどうにか出来るわけはない。
まさか、このままこの家に居着くなんて事、ないよね?
一抹の不安を覚えながらも、了承するしかなかった。
「公爵様、公爵夫人、わたくしは行儀見習いとして、こちらに来させて頂きました。
なので、公爵家の皆様や、ここで働いている皆様をお手本として学んでいきたいと思います。
改めて、よろしくお願いいたします」
その日の夕食時、一緒に席に着いていたマリーナは、私たちの前でそう言った。
「そんなに必死になる事は無い。
暫くはゆっくりと休んで、ルーシーと共に、学園の休み期間を有効に使いなさい」
父がそう言うと、マリーナはにっこりと笑って答える。
「ありがとうございます、公爵様。
こちらに来させて頂ける事になった経緯は、よくご存知だと思いますが、気になさらないで下さいませ。
公爵家に、行儀見習いとして来られた以上、自分の幸運をしっかりと自覚して、自分の立場を弁えて、ここで自分が出来る事をしていきたいと思います。
公爵夫人も、遠慮なく厳しく指導して頂きたいと思いますので、よろしくお願いいたします」
マリーナのその言葉に、両親は感心している様子。そばで聞いていたメイドや執事達の好感度も上がったようだった。
「ああ、そうしよう。
分からない事があれば、ルーシーを頼りなさい」
「そうね。
ここに慣れるまでは色々と不安でしょうけど、遠慮なく私たちやルーシーを頼ってね。
特にルーシーとは学園の同じクラスだから、聞きやすいと思うわ。ね、ルーシー?」
「……はい」
両親にそう言われて、嫌な気持ちを抑えながら返答する。
「はい! ありがとうございます! よろしくお願いします!」
こうして本日より、マリーナはここで暫く暮らす事になった。
マリーナは以前に見せた、挑戦的な態度や前世を匂わせる発言もなく、また“お姉様”呼びも一切ない。
控えめで、それでいて、よく気のつく素晴らしい令嬢だと、屋敷内の者にとても評判が良かった。
父や母も、すぐにマリーナを気に入ったようだ。
もうすぐ開催される王宮のパーティに着ていくドレスも、私のと一緒に購入することとなった。
「マリーナも、貴女と同じで今度の王宮パーティで社交界デビューですものね。
実家の男爵家からは、ドレスは男爵家で準備すると連絡が入ったけれど、お断りしたのよ。
今はうちで預かっているのですものね。
ルーシーのドレスを購入する時に、マリーナのドレスも一緒に購入しても全然手間ではないわ」
母はそう言って、ドレスのカタログを見ながら、パーティに着ていくドレスのデザインを決めている。
「ルーシー、このエンパイアドレスは、どう? ドレスの色は白と決められているから、あなたに似合う形を選ばないとダメよね」
「奥様、ルーシー様はやや長身で、スラリとした体型をされていますから、マーメイドラインやスレンダーラインも着こなせられますわよ」
お母様と、ジェシカが楽しそうにドレスの形について、話している。
ジェシカは、私が生まれた時から付いてくれているメイドにて、お母様も信頼しているのだ。
「あ! これはどうですか? お嬢様にお似合いだと思います!」
ジェシカがそう言って指差ししたデザイン本のドレスを見て、私は固まった。
「あら、本当。ルーシーにとても似合う形だわ」
と、母も大きく頷いている。
それは、白地にラメ入りの、Aラインハイウエストドレス。
前の人生において、婚約者だったライアン様から贈られてきたドレスだった。
それを贈られた時は、すでにライアン様はマリーナと親密にしていた。
私と会う予定の時も、すっぽかされる事が多くなり、うちに来ても、マリーナとばかり楽しそうに話していたライアン様。
でも、社交界デビューのドレスだけは、ちゃんと贈ってくれて、エスコートしてくれた。
思えば、あれが最後のプレゼントだった。
「お嬢様?」
ジェシカに話しかけられて、ハッとする。
「どう思うかしら? このドレス」
そう聞いてくる母に、申し訳ない気持ちで首を横に振る。
「ごめんなさい、これはわたくしには似合わないかと。
こっちも素敵よ」
そう言って、違うデザインのドレスを指差す。
「そう? 似合うと思うけど……。でも、あなたが違う方がいいなら、そうしましょうか」
ごめんなさい、お母様、ジェシカ。
でも、あれだけは着たくないの。
心の中で二人に謝りながら、まだ色々探してくれている2人を眺めていた。
「あの……」
そんな時、側に控えていたマリーナが弱々しく声を発した。
「あ! もちろんマリーナの分も選ぶつもりよ?
貴女はどんな形のドレスがいいのか、気に入った物があれば教えてちょうだいね?」
母がマリーナにそう言うと、マリーナは、おずおずとしながらも、カタログの中のあるドレスを指差した。
「わたくしがそのハイウエストの、Aラインドレスを選んでもよろしいでしょうか?」
それは先程、私が拒否した、前世でプレゼントされたドレスたった。




