12.思いがけない再会
「分かりました。
さぁ、かけて? ヘルツェビナ公爵令嬢」
その男の先生は、女の先生に言われて、優しげな表情のまま声をかけてくる。
「じゃ、よろしくお願いしますね、ロットマイン先生。私は奥で荷物を片付けなきゃいけないから。
あ、付き添いの学生は、もう教室に戻っていいわよ。ご苦労さま」
女の先生にそう言われて、モニカは後ろ髪を引かれながらも、頷いて戻って行く。
女の先生も奥の部屋に入って行った。
「さぁ、どうしたの? ルーシー」
2人だけになった診察室で、ケイン様はそう言った。
「ケイン様?」
私の問いに、クスッと笑ってケイン様は頷く。
「そうだよ。私の顔、忘れてしまったかな?
前に会った時は、ルーシーはまだ7歳だったから無理もないか……。
でも私は、また会えて嬉しいよ、ルーシー」
微笑みながら、私を見てそう言ったケイン様に、胸の動悸が止まらない。
そんな私の気も知らず、
「失礼。脈を診るね」
と、ケイン様に手首の脈を取られ、首を傾げられる。
「ルーシー? 脈が早いみたいだけど、息苦しさはない?」
そう質問されてハッとし、慌てて首を横に振る。
「だ、大丈夫です! びっくりしただけで!
あ、あと、友人がわたくしを心配して、保健室に連れて来られましたが、本当に何ともありません!」
必死でそう返す私を見て、ケイン様はクスクス笑っている。
「そう? 良かった」
「あ、あの……」
どうしても気になって、私は勇気をだして聞いてみた。
「ケイン様は、隣国でお仕事をされているのだと思っておりました。
何故、こちらの国で?」
「ああ、交換留学として3年間、こちらの医師団に所属する事になったんだ。
久しぶりにこの国に来て、早くもルーシーに会えるとは思わなかったよ。
その後、公爵夫人はお元気にしておられるかな?」
「はい、母はお陰様で息災でございます」
「それは良かった。安心したよ。
ルーシー、もう何ともないなら、教室に戻りなさい。
あ、私の就任は、正式には後期からなんだ。
だから、まだ内緒にしておいてね。
さっきの友達にも、そう言っといて」
「分かりました。
では、失礼致します」
そう言って、私は保健室を後にする。
本当に驚いた。
まさか、こんな所でケイン様と再会するなんて。
大人になったケイン様に会えた事が嬉しすぎて、さっきまでマリーナの存在に、恐怖を感じていた事すら忘れてしまっていた。
教室に戻った私に、さっそくモニカが寄ってくる。
「ルーシー、大丈夫なの!?」
「ええ、元々何ともなかったの。ただちょっと疲れていただけで。
ありがとうね、モニカ」
私は感謝の気持ちを、モニカに告げる。
モニカは安心したようで笑顔になり、その後、凄い勢いで聞いてきた。
「良かったわ、ルーシー。何ともなくて。
で! あの方はどちらの方!?
ロットマインという名は聞いた事がないわ?
でも、凄く素敵な方で、目が離せなかったわ!」
「モニカ、落ち着いて。
まだ内緒らしいの」
私は人差し指を唇に当て、静かにするよう伝えてから、小声で話す。
「正式な就任は、休み明けの後期かららしいの。
だから、後期の全体集会で、学園長から皆に説明されるまでは、内緒にしてほしいらしいわ」
「後期からなのね。
分かったわ! 誰にも言わない!
あんな素敵な方、早くに皆に知られるのは、わたくしも嫌だわ!
あの方が就任されたら、絶対に保健室が、毎日女子学生の訪れでいっぱいになりそうだもの!」
モニカは、ややズレた解釈でそう言って、了解した。
私は、そんなモニカを苦笑いをして見ながら、保健室での事を思い出していた。
ケイン様と、これからも学園で会えるなんて。
そんな事、思ってもみなかった。
ただ、前の人生のように、いきなり濡れ衣を着せられて、横暴な権力に屈して、自分の人生を奪われるのが嫌で頑張ってきた。
特に学園に入ってから、ライアン様やマリーナに絡まれるようになり、不安な毎日を送っていたが、何故かケイン様がこれから近くに居ると考えるだけで、心が軽くなる。
そう思っていたとろで、モニカが「あれ?」
と、首を傾げた。
「そういえばルーシーは、あの方と知り合いなの?
あの方、まだこちらが名乗りをしてないのに、ルーシーの事をヘルツェビナ公爵令嬢ってお呼びしてらしたわよね?」
そのモニカの発言に、ドキッとした。
「そ、そうね。幼い頃に、母の病気の治療をしてくれた医師があの先生のお父様で。
その頃にわたくしに会った事があるらしいんだけど、わたくしはあまり覚えてなくて……」
「そうなのね。
あ、あの方のお父様もお医者様なのね!
代々医者の家系の方なのかしら」
私の言葉に、モニカは素直に納得して、知り得た情報に喜んでいる。
モニカ、ごめんね。
ケイン様との事は、あまり話したくない。
私の大切な思い出として、胸の中にしまっておきたいの。
心の中でモニカに謝っていると、次の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
担任が教室に入ってきて、実力テストの説明を受ける。
一週間後に実力テストがあり、その結果発表が行われてから、前期終了にて少しの休みに入る。
休み明けから、また後期が始まり、後期の終わりにはまた実力テストがあるといった流れで、一年が締めくくられるのだ。
「実力テストは、今後のあなた方の未来を左右するものです。
皆さん、気を抜かず、学んできた知識を存分に発揮して下さいね」
担任はそう説明した。
二度の実力テストの結果で、2学年のクラス分けがされる。
1学年は、花クラスや、夢クラスなど、優劣のつかない名前でのクラスが5つある。
しかし2学年からは、1組から5組まで、ハッキリと成績順でクラス分けされる為、学園内でも優劣の差が生まれるのだ。
無事にこの三年間を乗り越え、あの二人に関わること無く卒業する。
その為には、まずライアン様の今の学力を知り、クラスが同じにならないような結果を残しながらも、あまり優秀な成績を修めてはならない。
「前の時は、ライアン様が2組だったから、わたくしは1組狙いで……。
3組以下は、わたくしの矜恃が許さないもの……。
でも、そんなにライアン様と実力差がないような成績を取らないと、また婚約者にさせられてしまうかも知れないし……」
ブツブツと独り言を言っている私を、マリーナがジッと見ていたが、私は全く気付かなかった。




