10.絡みたくない人達
「ルーシー、昼食の時間よ。食堂に早く行って、席を取りましょう?」
「ええ、今行くわ。モニカ」
この、モニカ・ヒルスティング侯爵令嬢は、入園式の時、私を心配して声を掛けてくれた令嬢だ。
あの日から、モニカは私を何かと気遣ってくれて、今では名前で呼び合う仲になった。
マリーナは、このクラスでは浮いた存在となっている。
あの入園式での様子を見た令嬢たちが、マリーナを気味悪がって近寄らないのが原因だ。
でも男性は違う。
マリーナの寂しそうな様子が、令息達には庇護すべき女性に見えるのだろう。
マリーナは、あっという間にこのクラスの、いや、他のクラスに至るまでの令息達に絶大な人気を誇るようになった。
もともとマリーナは可愛い系だ。
線も細くて、瑠璃色の瞳に、緩やかな長い金色の髪。
色白で背が低い彼女は、いかにも守ってあげたくなる女の子。
しかも、あれ以来、様子がおかしいところは見られず、いつも笑顔を振りまいている。
まぁ、私に対する“お姉様”呼ばわりは直ってないけど。
一度、マリーナに、お姉様呼ばわりはやめてほしいとお願いしたら、
「も、申し訳ございません! 昔、仲良くさせて頂いた方が居て、その方にルーシー様が良く似ていらしたのです。
その方の事をお姉様とお呼びしていたから、つい同じように呼んでしまって……。
本当に仲良くして頂いた方でしたが、亡くなってしまわれたので、良く似たルーシー様を見て嬉しくなってしまって……。
もう、決して御無礼な事はしませんので、お許しくださいませ!」
と、目が落ちてしまうのではないかと思うくらい、泣きながらそう言った。
もちろん、その場面は皆が見ていて、令嬢達は複雑そうな目で見ていたけど、令息達はマリーナに同情した。
「ヘルツェビナ公爵令嬢! そんなにキツく言う事は無いだろう! マリーナ嬢が可哀想だと思わないのか!?」
「そうだよ。慕っていた姉代わりの方が亡くなっているだなんて、気の毒じゃないか。
お姉様呼ばわりされたくらいで、目くじら立てる程の事か!?」
「公爵令嬢はもっと心が広い方だと思っていたよ!」
などなど。
何故、一言苦言を呈したくらいで、ここまで責められなければならないのでしょう?
確かに私は、同学年の令嬢の中では大人びているほうだ。
背も高めだし、やや吊り目の切れ長の目は、人によっては怖くも見えるかもしれない。
でも、だからって、初対面の時から今に至るまで、お姉様呼ばわりされるいわれはない。
二度目の人生、同学年として生まれてきたなら、ちゃんと弁えてほしい。
「分かりましたわ。お兄様方。
ああ、気になさらないで下さいませね。
幼い頃に別れた、慕っていたお兄様代わりの方に皆様が似ていらしたので。
え~っと……。
マイルスお兄様、サイラスお兄様、それにケリーお兄様……だったかしら?
わたくしも、これからはそのように呼ばせて頂きますわね?」
苦言を呈してきた令息達に、そのように言うと困惑したような、複雑そうな表情になる。
ほら、同級生にお兄様呼ばわりされて、どう感じたかしら?
「あ、いや……別に、ヘルツェビナ公爵令嬢が悪いというわけではなくて……。
ま、まぁ、いくら似ていても実際は違うし、同級生に対して年上扱いするのは、ちょっと違うかな……?」
「そ、そうだね。まだ親しい間柄でもないし、いきなりそう呼ぶのは、失礼になると思うしね……」
と、まぁ、令息達はすぐに怯んで、それ以上は何も言ってこなくなったけど。
この一件があったにも関わらず、私をお姉様呼ばわりするマリーナは、令嬢達に引かれるのは当然だと思うわ。
そして、もう1人。
私を悩ませている人がいる。
「ルーシー嬢! ここに居たのか! 何故昼食は共にしようと言ったのに、先に食堂に来ているんだ!」
……。
何故、あなたと昼食を共にしないといけないのでしょう?
「ライアン第一王子殿下に、ご挨拶致します」
私は、わざと丁寧に挨拶をした後、ライアン様を見据えた。
「何故わたくしと昼食を共に? クラスメイトの方々がお待ちになっていらっしゃるかと存じますが。
それに、殿下と食事を摂る約束をした覚えはございませんし、今後もその予定はございません」
何が悲しくて、貴方と食事を共にしなければならないのでしょう?
前の人生では、婚約者という立場にも関わらず、貴方とは食事を共にした覚えもございませんわよ。
そう、心の中で悪態をつきながらも、笑顔で応対する。
つくづく、王妃教育の賜物だと実感する。
まさか、一度目の人生で習って来た事が二度目の人生で役に立つだなんて、皮肉なものね?
「王子の私が誘っているのだ! 嬉しいであろう? ルーシー嬢を優先しているのだぞ?」
上から目線で、そう言われると余計に腹が立つ。
私はにっこりと笑って、ライアン様をみると、ライアン様は承諾したと思って、嬉しそうな表情になった。
「わたくしを優先だなんて、恐れ多くて、とても享受する事など出来ませんわ。
それに、わたくしは昼食は軽くと決めておりますの。
ですので殿下は、どうぞクラスの皆様と楽しんでいらして?」
そう言って踵を返し、先に食堂で、座って待ってくれていた、モニカの所に行く。
「ちょっと、いいの? 殿下が睨んでいるわよ?」
モニカの席の隣りに座った私に、さっそくモニカが話しかけてきた。
「睨むくらいに腹立たしいなら、誘わなければいいだけの事よ。
全くどういうつもりかしら?」
「何言っているの。みんな言ってるわよ?
ライアン第一王子殿下の妃候補は、ルーシー、あなただって」
そう言ってモニカは、呆れたように私を見る。
「恐れ多くて、ぜひお断りしたいわね」
私はそう言って、運んできた軽食を食べ始めた。
「全く……。みんな、殿下の婚約者の地位を狙っているというのに、あなたときたら……」
モニカの言葉を聞き流して食べていると、モニカも
「まぁ、わたくしもお断りですけどね」
と、悪い笑みを浮かべながら食べ始める。
私たちは顔を見合わせて、クスッと笑った。