9.学園の始まり
学園の入園式。
新入生代表は前回同様、ライアン様が務める。
しかし、前回と違うところは、まだ王太子になっていないところだ。
「やっぱり、公爵家の後ろ盾がないから……?」
前の人生においては、7歳の時には、すでに私が婚約者となっており、公爵家が後ろ盾となる事が約束されていた為に、早々にライアン様は立太子されていた。
でも、今回の人生では、ライアン様はまだ婚約者が定まっていない。
ライアン様とは、7歳の時にいきなり我が家を訪れて、とんちんかんな事を横柄な態度で言っていた、あの時から会っていなかった。
正確には、お茶会やパーティなどで、遠くからお姿は拝見していたが、話す機会がなかったのだ。
もちろん、それは願ったり叶ったりなので、全く問題ではない。
聞こえてくる為人は、特別良くも悪くもないといったところか。
あれからちゃんと、王族としての姿勢を学ぶ事が出来ているのか……?
壇上で新入生代表の挨拶をしているライアン様を見ながら、そのように考えていた。
すると、ライアン様がふいに視線をこちらに向ける。
「私はこの学園生活において、将来、この国をより良くする為に必要な事を学んでいこうと思う。
その為には、私の隣りで、同じように国の為に邁進してくれる妃も必要だと思う。
私はこの学園にいる間に、私の隣りに並び立つ女性を決めようと思う」
はぁ?
入園式で何を言っているの?
しかも、今、こちらを見て言ってる?
目が合ったような気がするのは、気の所為よね?
私は咄嗟に下を向き、視線を逸らした。
でも、まだライアン様からの視線を感じる。
「やだ。わたくしの方を見ていらっしゃるわ」
「違うわよ。わたくしの方よ」
私の近くに座っていた他の令嬢たちが、口々にそう言っているのを聞いて、ホッとする。
そうよね。
自意識過剰よ。
私と目が合ったなんて、気の所為に決まってる。
うん、絶対に私を見てはいない。
というか、絶対に見ないでほしい!
私はその後も下を向いたまま、顔を上げる事が出来なかった。
この学園は貴族のみが通っている。
1学年のクラスも、平等を謳っている為、貴族位に関係なく振り分けられている。
それが2年に上がる時は、成績順でクラス分けがされる為、この一年で将来が決まると言ってもいい。
私はライアン様と別のクラスである事を願って、クラス分けの表を確認しに行った。
貼りだされた表を見ると、ライアン様は花クラス。私は夢クラスだ。
「良かった……」
ライアン様と違うクラスだという事にホッとしていると、後ろから声が聞こえた。
「お姉様」
……。
誰か妹でも連れて来ているのかな?
一年生のクラス分けだから、それより下の学年は無いものね。
「お姉様」
ほら、呼んでるわよ。
誰か知らないけど、ちゃんと答えてあげないと可哀想じゃない。
「ルーシーお姉様!」
……え?
自分の名前を呼ばれて、びっくりして振り向く。
そこには、居るはずのない人が立っていた。
「ルーシーお姉様、お久しぶりですわね。
良かったですわ。
お姉様とご一緒のクラスで。
色々と不安に思っていましたが、これからよろしくお願いしますわね、ルーシーお姉様」
その令嬢はにっこりと笑って、私に握手を求めるように、手を差し出す。
それを傍から聞いていた別のご令嬢たちが、不快感を顕にして、その令嬢に詰め寄った。
「ちょっと、あなた! ヘルツェビナ公爵令嬢に馴れ馴れしく握手を求めるなんて、どういう神経をされているの!?」
「しかも、お姉様だなんて、同学年なのに何故お姉様呼びをされているのかしら!?」
「見かけない方ですが、あなたは何処の家の令嬢なの?」
令嬢たちにそう言われるが、その令嬢は全く動じず、にっこりと笑ったまま、皆に挨拶をした。
「申し遅れましたわ。
わたくしは、ポルシュラス男爵家の娘、マリーナ・ポルシュラスと申しますの。
ルーシーお姉様とは、遠縁にあたりますのよ
ね? お姉様」
そう言って、私の腕に自分の腕を絡ませてきて、私を見て笑っている。
だけど、目の奥は全然笑っていないような、何故か奇妙な違和感を覚える。
知らない。
ポルシュラス男爵家?
遠縁にそんな家、あったかしら?
しかも、何故マリーナは同学年にいるの?
あなたは1つ年下のはずでしょう?
「申し訳ございませんが、あなたとは初めてお会いしますわね?
遠縁に、ポルシュラスという男爵家があったのかも存じ上げませんの。
何か記憶違いをなさっているのではないのかしら?」
驚きと分からない事だらけだけど、私は全く知らない風を装いながら、そっと絡まされている腕を外して距離を置いた。
ああ! こんな時に前の人生で習った、何事にも動じてはいけないという王妃教育が役に立つだなんて!
いっぱい泣かされたけど、頑張っておいて良かった!
心の中で、そんな事を考えていた私の様子を、マリーナは可笑しそうに見ながら、こっそりと私にだけ聞こえるように、小声で話す。
「今世は姉妹ではなかったですね? これからは同級生として、よろしくお願いしますわね。お姉様」
そして、敢えて他のご令嬢に向けて話す。
「ではわたくしの勘違いという事にしておきますわ。
では、皆様、教室でまたお会いしましょう」
クスクスと笑いながら、マリーナはそう言って教室の方に歩いていった。
「大丈夫ですか? ヘルツェビナ公爵令嬢様。あの方、本当に遠縁の方ですの?」
私を心配して、一人の令嬢が声を掛けてくれた。
私は動揺を悟られないように、気を落ち着かせる。
「ありがとうございます。
先程も申し上げた通り、初めてお会いした方なので、遠縁の方なのか分からないのです。
帰ったら父に聞いてみなくては」
私のその返事に、そのご令嬢は深く頷いた。
「その方がよろしいかと。
あの方、何やら少し様子がおかしいと感じましたの。
お気を付けてくださいませね」
「ええ、そう致しますわ」
笑顔でそのご令嬢に返答し、そのまま教室に向かうが、本当は、今にも倒れてしまいそうな程、心臓がバクバクしている。
何故、マリーナが同級生となっているの?
何故、私にあんなふうに近づいてきたの?
何故……
何故、マリーナにも前の人生の記憶があるの……?
立ち去る前に私にだけ聞こえるように言った、あの言葉……。
“今世は姉妹ではなかったですね? ”
あの言葉で、マリーナにも前の記憶がある事を確信した。




