わたしのハートビート
なろうラジオ大賞5の応募作品です。
お題は「パスワード」
あとがきでネタバレしていますが、意味がわかって再読すると、なるほどと思っていただけるかもしれません。
「わたし達は一蓮托生であるのだけれど」
そう前置きして彼女は続ける。
「時々、あなたが分からなくなるの」
「なんだ、そりゃ?」と、話の相手が答える。
「この痛みが何でなのか分からない。あなたのせいにはしたくないのだけど」
「そうかい。いつものことだ」と、彼は素気ない。
「ほら、今だって、貴方の方がザワザワして落ち着かないじゃない。約束の時間はまだよ」
「これは……そういうのじゃないんだがな」
「ねえ、素の自分をどこまで見せて良いのかしら?」
「別に、自然体で良いと思うけど」
「そうもいかないわ。変な子だと思われたらどうしよう」
「考えすぎなんだよ、君達は。会話の時、言葉にパスワードをかけているみたいだ」
「本当の自分をさらけ出すことはリスクなのよ。みんな傷つきたくないの」
「それで本音には、お互いにパスワードをかけて、無難に振る舞うわけか。ご苦労なこった」
「何よ! 肝心な時にいつも、あなたのせいで、うまく喋れないからじゃない」
「おいおい。それをこっちのせいにするか?」
「あなたの方こそ、パスワードをかけて引きこもっているんじゃなくて?」
「こっちはいつもストレートに伝えているぜ? そっちが理解しようとしていないだけだろ?」
「え?」
そこで彼女は胸に手を当ててみた。
内なる彼の声を感じ取ろうと耳を澄ませる。
そして気付く。
『ドク、ドク、ドク』
いつもより強めの鼓動。
それは『行け、行け、行け』と、背中を押しているように聞こえる。
『ドク、ドク、ドク』
それは『大丈夫、大丈夫、大丈夫』のエールのようにも思える。
そういうことなんだ!
確かに彼はいつも素直に教えてくれていたんだ。
手の平というパスワードを介して理解できる彼のメッセージ。
これは、わたしに勇気をくれる、わたしだけのハートビート。
最後までお読みくださりありがとうございます。
これは彼女(脳)と彼(心臓)の会話なのです。
淡々と鼓動を刻むだけの無口な彼ですが、何よりも身近で心強いパートナーであることに彼女が気付くお話です。