⑨
その日、病院に搬送された実琴が死亡したこと、即死だったことを知らされた。
その日のことはそれしか覚えていない。
事件があった翌日。
学校側は一人の生徒が屋上から転落し事故死したことを発表した。
安城たちは実琴が自ら屋上から飛び降りたと証言したのだ。
「私たち、実琴さんを止めたんです。そんなことしちゃダメだって」
「安城さんの言うとおりです。私たち、必死で実琴さんを止めました」
「なのに、実琴さん、なんで……」
学校側は当時屋上にいた人物を会議室に集め情報収集を行った。
その際安城たちは涙を溢しながら実琴の死を悔やむ言葉を吐いた。
会議室に嗚咽と鼻をすする音が響く。
(なにそれ)
安城たちのとんだ茶番に怒りで気がおかしくなりそうになった私は彼女たちに罵倒の言葉を放ち、教師陣に本当にあったことを告げた。
「彼女たちは嘘をついてます! 信じないで! 私だけが真実を伝えられる!!」
しかし、教師たちは激昂する私に戸惑いの表情を浮かべ、結果的に安城たちの言葉を信じた。
生徒の死を悼む複数人の証言と冷静さを失った妹の証言、天秤は安城たちに傾いた。なんでこの世は数の多さが信用に比例するんだろう。
(いや、違う。学校も隠したいんだ)
だってその方が都合がいいから。
生徒が死んだことを事故と処理すれば事件としてメディアに取り上げられない。
(本当は安城たちの証言が嘘ということ薄々気づいているかもしれない)
ただ、いじめがあることを外部に公表して叩かれるのを恐れた。
つまり保身を選んだのだ。
『生きていくには要領よくやらなきゃね』
いつか姉の言ってた言葉。
本当だよ実琴。
世の中ズル賢い奴らばっかりで嫌になっちゃうよ。
「復讐なんて考えちゃだめよ」
やつれた顔の母が私に言った。
髪はほつれ、泣き腫らした目は充血している。父から聞いた話だが母は実琴の死からろくに眠れていないらしい。
「やりきれない思いも許せない気持ちもわかる。でも、それだけの感情で真琴が生きてほしくないのよ」
復讐からは何も生まれない。
よく刑事ドラマで聞いた台詞を身近に聞く時がくるとは。
「……わかってるよ」
それだけ言うと部屋に戻った。
戻った部屋はとても広く感じて、その広さに私は泣いた。
夏休みを終え二学期になって隣のクラスを覗くと実琴の机は片付けられていた。
そこには何もなかった。
実琴の担任から伝えられたが、卒業式で配る卒業アルバムの写真も実琴の写真は掲載しないらしい。
まるで最初から実琴なんて存在してなかったのようだ。
実琴の人生は無にされた。
クラスに戻ると安城たちは何事もなかったように笑っている。
あれから私に対するいじめはない。
それでも私に空いた心の穴は塞がらないままだった。
『生きていくには要領よくやらなきゃね』
そう言っていた姉は最期は利益や損得を考えずに不器用な妹を庇って死んだ。
(私は実琴を覚えている)
姉の存在をなかったことになんてさせない。
『復讐なんて考えちゃだめよ』
違うよ母さん。私は復讐なんてしない。
私はただ、いなくなった姉の存在をこの世に知らしめたいの。
姉の生き様を、証明したい。
……私のやるべきこと。
なかったことにされた姉の存在を知らしめることだ。
私は机の引き出しからあるものを探した。
「あるかな……」
小学生の頃以来使っていない。まだ残っているだろうか。
「あった」
取り出したのは原稿用紙。
私はそれを机に広げ一枚目に筆を走らせた。
「なかったことにさせない。実琴の人生を」
実琴が存在した証を私がつくる。
私は真っ白な原稿用紙に鉛筆を走らせた。
***
原稿に向かう日々を送り、作品が完成したのは中学三年の冬休みが終わる頃。
受験勉強もそっちのけに私は実琴の人生をひとつの物語として完成させた。
「ここに、実琴の人生が綴じてある」
誰が犯人だとか、真実だとか、そんなことを伝えたいわけじゃない。
ただ実琴がちゃんとこの世界にいたっていう証をつくりたかった。
これは移植だ。
学校から消された姉の存在をひとつの物語に移した、魂の移植。
今回暗い展開でごめんなさい。続きます!