③
祖父との件で勉強をしなくなった私には自由な時間が増えた。
それは勉強という義務を放棄しているから出来る自由なんだけど、好きな漫画を読んだりゲームをしたりする時間は楽しくもあり、楽でもあり、以前のような勤勉さはどこかへ吹っ飛んでしまった。
罪悪感はちょっぴりあった。
でも罪悪感は感じても成績は容赦なく現実を見せてくれる。
自由な時間が多くなった分、私の成績は反比例にどんどん下がっていった。
容赦ない現実はテストの点数や成績表だけでなく、授業でも降りかかる。
「次の問題を……真琴。解いてみろ」
「……え?」
小学六年生になった私は、算数の授業に完全に行き詰まっていた。
先生に指名され、しかし私は問題を解くことが出来ず固まってしまった。
かといってそれを見た先生が答えのヒントを与えてくれることはなく、ただイライラとした態度で教卓の表面を指でとんとん叩くだけ。
その均整のとれたリズムに焦りを感じて余計頭が真っ白になる。
(さっきから同じ箇所しか目に入らない……!)
クラスの皆は何も言わないし、教室は静かだけれど、かえってその静かさが焦りと恥ずかしさに火をつけて頭は真っ白、顔は真っ赤になって泣きそうになる。
「おい、まだ解けないのか。お前が解けるまで授業再開できないんだからしっかりしてくれよ」
だったら早くヒントでも別の人にあてるでもしてよ!
私のせいにしないでよ。
解けない自分が悪いのなんて知ってる。
それにしたって先生の授業の進め方には悪意を感じる。
(……泣くな)
みっともない姿をクラスの皆の前で見せたくない。皆にも申し訳ない。
消えてしまいたいとすら思ってしまう。
いつの間にか私は問題を解くことではなく、泣くのを耐えることに全神経を集中させていた。
当然、問題が解ける筈もない。
涙で視界がぼやけそうになった時、机の端っこに白い小さな紙が置かれた。
その紙には数字が書いてあった。
一瞬なんだろうと思ったが、それが今解いている問題の答えだということを理解する。
私は紙に書いてある数字を先生に向けて言うと、先生は「……正解だ」と面倒くさそうに次の問題を黒板に書き始めた。
「あの先生さ、絶対サボりたいだけじゃん。問題を生徒に解かせて終わり。自分からは何も教えない。効率が悪すぎる」
「くーちゃんが同じクラスになってくれて良かったよ~!」
放課後、助け船を出してくれた彼にお礼を言うと彼は算数の先生への不満を吐いた。
六年生のクラス替えで私は彼と初めて同じクラスになった。
一年生から五年生まで実琴とくーちゃんがずっと同じクラスだったから、最後の最後でクラスが離れた実琴は悔しがっていた。三人仲良く同じクラスになりたいけど双子は同じクラスになれない。
「くーちゃんが助けてくれなかったら私で一時間終わっちゃうところだったよ!」
ありがとぅぅ、とくーちゃんに頬擦りする。
「……やめろよ」
照れながらも話を続けるくーちゃん。
「結局次にあてられた西田で時間オーバーしちゃったし、ためになる授業じゃなかったね」
「私、あの先生意地悪で苦手だな」
「意地悪な人が好きな人なんていないよ」
私がくーちゃんのおかげで無事に問題を解いた後も先生の意地悪な授業進行は変わらず、次にあてられた西田さんが問題を解けず授業は終了となった。
「真琴は西田のことを可哀想って同情するだろ。皆同じ気持ちだよ。怒ったりしない。先生が悪いって皆思ってる」
くーちゃんは穏やかに笑って私の頭を撫でてくれる。
「大丈夫だよ」
くーちゃんの言ってくれる『大丈夫』は何故か本当に大丈夫な気がするから不思議だ。
「真琴ーーっ!」
後ろの方から声がしたので振り返ると実琴が立っていた。
その手には黒板消しが握られている。
「実琴、日直なの?」
「そ。一緒にやる男子がサボっちゃって。太田の奴ぅうう!」
太田くんは一度同じクラスになったことがあるけれど、明るく元気でやんちゃな感じの男の子だ。
「人気者だからか何か知らないけど、サボる理由にならないっての!」
「そういう子だから人気出るってのもあるけどね」
くーちゃんが会話に入ると実琴はニヤ~っと笑ってくーちゃんの腕に自分の腕を絡める。
「あたしは断然ちゃんとお掃除やってくれる男子が好き。くーちゃんみたいな。ねぇ」
「そんなこと言って僕に手伝わせるつもりだろ!」
「きゃー。くーちゃん黒板消し似合う~」
そのまま私も巻き込まれたくーちゃんと一緒に実琴の日直を手伝うことになって、私たち三人は放課後オレンジ色に染まる通学路を仲良く並んで帰った。
私と実琴、くーちゃんは三人でいることが当たり前で。
……この時、私たちが離ればなれになるなんて知らなかったのだ。
お疲れ様です。続きます!