②
姉の実琴は器用だった。ちょっと意地の悪い言い方をすると要領がいい。
要領がいいと何が良いっていうと、世の中を自由に生きられる。波の流れに沿って気持ちよく泳ぐ魚のようにさらさらと。
それは普段の学校生活でも目に見えた。
実琴は幼稚園の頃から何でもそつなくこなす。
ほんの戯れに用意されたお試しの算数の問題を難なく解き、鉄棒の逆上りも綺麗に一回転、クラスの演劇では主役のお姫さまを堂々とやってのける度胸もある。
だけど実琴はそのどれもに熱中することはなかった。
周りからは絶賛されても、実琴がそれらを継続する程の面白味はなかったそう。
優秀な姉の後ろでそっと控える存在、比べられるだけの対象として一人では何も評価されないのが私だった。
同じことをやっても差が出来てしまう。双子でなら尚更。
優秀な姉相手に勝ち目の無い勝負はせず、私は私で唯一姉に勝るものを奪われないように守り続けようと決意していた。
だから私は勉強だけは頑張っていた。将来の夢である公務員になるため毎日学校から家に帰ってすぐ宿題に取り組んだ。
「最低限のことはちゃんとやりなさい」
祖父が口が酸っぱくなるまで言っていたので帰宅後すぐの宿題は習慣のようになってたので苦ではなかった。
対して実琴は宿題の締め切りギリギリまでねばって遊んでいたし、テスト前でも机に向かう姿を見たことがない。
ちょっとだけそんな姉が心配になった時もある。
ともかく、勉強だけは私の味方。最大の武器。
……そう思っていたのに。
私は唯一の優越感は祖父の何気ない一言によってあっさり打ち砕かれてしまう。
久しぶりにとった満点のテストを祖父に自慢しに行った時のこと。
祖父の部屋には既に先客がいた。
実琴が絵画コンクールで受賞した金賞の賞状を見せていた。
実琴は絵も上手だ。
うちの家系はみんな絵が全然ダメだったから実琴の才能は珍しいって父も母も誉めていた。
祖父は実琴の頭を撫でて言った。
「勉強ならやれば誰もが出来るが絵画や音楽は才能がないと出来ないからな」
その言葉から頭を殴られたようにショックを覚えた。
実際には殴られてないんだけど、もう頭から血がドクドクと溢れていく感じ。
報告しようとしていたテスト用紙が急にちっぽけに感じて、私は姉が祖父の部屋を去る直前まで、ただ部屋の前の廊下で満点の答案用紙をシワくちゃになるまで握り締めていた。
その日から私は勉強をしなくなった。
***
「へえーそんなことがあったのか」
「ね、あんまりでしょ、くーちゃん!」
次の日の朝。
さっそく私は昨日の出来事を学校で幼なじみのくーちゃんにチクった。
私の長い愚痴にくーちゃんは朝の会が始まってしまうんじゃないかとハラハラしていたけれど、私はギリギリまで彼をこの場に引きとめた。
ちなみにくーちゃんと実琴は同じクラスだ。
くーちゃんは真面目な優等生だから、朝の会直前まで廊下でおしゃべりしているところを先生に怒られないかとヒヤヒヤしていたけれど、落ち込んでいる私を放っておけず顔を不安で青くさせながらも愚痴を聞いてくれる。
「くーちゃんも勉強が嫌になったりしない?」
「僕は誰かから褒めて貰うのはおまけだと思ってるからなぁ。自分のために勉強するわけだし」
「私だって将来の夢のためだもん」
「公務員だっけ?」
「でも、あんな言い方ないじゃん!!」
「僕にあたるなよ……」
くーちゃんは男の子だけど話しやすい。
幼稚園からの幼なじみだからって理由より、くーちゃんがくーちゃんという存在だから話しやすい。
きっと、他の男の子が幼なじみでもここまで仲良くならなかったと思う。
「実琴と比べるから良くないんじゃない? 実琴は器用だから何でも出来ちゃうけれど、そういう子って稀だし」
「その稀な子と双子になっちゃったから比べられるんです~」
「おいおい話が振り出しに戻っちゃった」
「うー……」
「こんなこと言っても慰めにならないけど、人と自分を比べてもしょうがないと思うよ」
「分かってるよ。分かってるんだよ……でも双子だし、もう一人の自分を見てるみたいで焦っちゃうんだもん……あ!」
「どうしたの」
「そういえば実琴って勉強しないけど頭悪いわけじゃないや。テストも割と高得点だし」
「そうだね。僕にも見せてきたけど」
どこまで器用なの!?
私はその場に居ない姉がブイサインして笑っている顔が浮かんだ。
またも劣等感を植え込まれてしまう。
案の定チャイムが鳴ってからも廊下で話す私とくーちゃんは職員会議から帰ってきた各担任の先生にお叱りを受けることになる。
くーちゃんごめん。
お疲れ様です。
読んでくださりありがとうございます!