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9、疑問−1

ディーンシュトは医務室を訪れていた。

「また体調が悪そうだね…、どれ?」

「はい、これまでこんな事はなかったのですが、体の力が抜けていくような感覚に襲われ、消失感に苛まれています。それから眩暈に吐き気、腹の中が焼けるように沸々と熱くなって、魔力制御が上手くいきません」


「う〜ん、おかしいねぇ〜。症状は明らかだが原因は不明だ。魔力の循環に異常があるのだろうか…? ポーションも効かないし…困ったねぇ〜」


何度も訪れている医務室では変わらず『原因不明』それしか分からなかった。


「君はマリリン・ビーバー嬢に会った後、体調が悪くなる…これは間違いないのかい?」

「はい、嫌悪感に似た感情を持ち、先程言った状態に陥ります。最初は偶然かと思ったのですが、もう偶然とは言えません」


「そうか…、では魔法省の人にも相談してみよう」

「はい、お願いします」

「原因が分かるまであまりビーバー嬢に不用意に近づかない方がいいかも知れないな。そのビーバー嬢には影響はないのか?」

「恐らく…、休みがちでよく分かりませんが」


「ふぅぅぅ、会わないで済みそうか? 原因が分かるまでは近づかない方がいいのだが」

「はい」

ディーンシュトは、会わないで済むと思うと内心胸を撫で下ろしていた。




「ディーンシュト様はどちらに? ディーンシュト様いらっしゃいます?」

マリリンはディーンシュトを探しに来ていたが、生憎いなかった。

「どちらに行ったか ご存知?」

クラス内の数人にはこのマリリンの口調が癪に触る者もいた。マリリンは確かに金色の刻印持ちだが、爵位を考えれば彼女は男爵家でこの学院内で最下層、金色の刻印が現れ、銀色の刻印のディーンシュト・ヴォーグの番となった事で、まるで女王様にでもなったかのように振る舞う。その実、中身は淑女には程遠く、魔法能力も低いと言うか皆無。金色の刻印持ちの才能を見せることもない…訝しむ者も出始めた。だが、その才能を見せ始めた時、同級生というアドバンテージを捨てないために、表面上はもてはやし従うふりをした。


「体調が思わしくなく医務室へ行っていると聞いています」

「またなのぉ〜、もうちっとも楽しくなーい。今日は街に一緒にお買い物に行きたかったのにぃ〜。全然一緒に居てくれないし、プレゼントもないし、いっつも体調が悪いって…本当につまらない。思ってたのと全然違う! 番ってもっと情熱的で1番に相手を大事にするものでしょう!? 何でこんなに放って置かれるわけ〜? やな感じー!!」

ディーンシュトの体調より街へ遊びに行く方が重要だと言うマリリンに不信感を抱く。

だが、一方でラディージャと確かに仲が良かったけど、マリリンが番と判明したのだからディーンシュトは番に対し不誠実ではないかと思う者もいた。


「ねえ、ディーンシュト様とマリリン様ってまだ婚約なさっていないのよね?」

「ええ、そうみたいね…」

「それって…どうしてかしら?」

「もしかしてだけれど、ラディージャ様が邪魔してらっしゃるのかしら?」

「どう言う意味?」

「だって、これ見よがしに薬学部なんかに行ったりして…、私以外の人と幸せになるのは許せない!って感じがしませんこと?」

「あー、確かに…。でも考え過ぎではない? だってあんなにラブラブだったのに番は別にいただなんて…私も恥ずかしくて人前には出られないわ!」

「そうねぇ〜、せめて卒業までは婚約しないで欲しいって申し入れていてもおかしくないんじゃないかしら?」

「でもそれならディーンシュト様が休みがちなのはどうして?」

「それはあれでしょう、前カノと今カノの間で追い詰められちゃって病んでるんじゃないかしら?」

「ラディージャ様もお優しそうな顔をして 案外裏ではヒステリックな縋り系かも…」

「聖女の仮面を脱げばただの女って事ね? ふふふ」

「そうね、そんな善人、そうは居ないものね」


学院にはラディージャの悪女の顔が実しやかに広まっていった。



久しぶりに授業に出たディーンシュトは憐れみの目で見られる事に不思議だったが、ヒルマンから今 学院で広まっている話を聞いて愕然とした。


「ラディージャが何をしたって言うのだ!!」

「全くだよ、こんな風に貶められていい人ではないのに。…ここにラディージャがいなくて良かった。こんなくだらない噂を耳に入れたくない」

「ああ、許し難いが…今は表立って抗議すると、更にラディージャを窮地に立たせるかもしれない。迂闊な行動は取れない」

「すまないディーンシュト」

「いや、有難うみんな。僕もこれ以上ラディージャを傷つけたくない。

今は聞かせないで済むなら、そっとして置いてやりたい」

皆の総意だった。


「ただ、マリリン嬢に会うと体調が悪くなるので、原因が分かるまで暫くマリリン嬢とは接触したくないんだ、協力して貰えるかな?」

「「「「ああ、勿論だ!」」」」


ラディージャとディーンシュトの迷路の時の友人とヒルマンとで、マリリンの出没を連携しディーンシュトに教え接触させないようにした。



16歳からはテストのダンスパーティーではなく、『天竜華祭』と言う舞踏会が行われる。婚約者が外部にいる者は招き、参加できる。紳士淑女の大人への第一歩、華やかな舞踏会に浮き足立っている。

盛大なパーティーに、令嬢たちは婚約者、つまり番を呼んでイチャイチャが出来るのだ。

魔法学部にいる者は全員、魔法刻印が出ている為、相手が見つかった者はそのまま婚約を結ぶ者も少なくない。

5年生はこのパーティーで初めて番と一緒に公の場に出る者が殆どなのだ。浮立つのも仕方ない。


ドレス、靴、宝石、お揃いの衣装など小物、楽しみにその日に備える。



「ディーンシュト様―! ディーンシュト様―!!」

教室まで大きな声で呼びかけながら走ってやって来るマリリン。

髪を靡かせ、小指をたて、両手を振りながら、瞳に涙を含ませ走ってきた。


「はーはーはーはー、ディーンシュト様はどちらに? はーはーはー」

「きょ、今日はお休みになっています」

「えーーー!! またなの!! 信じられない! ねえ!いつになったら出て来るのよ!」

「さあ、体調が悪くここ最近は寮の部屋から医務室とか魔法省に行っているとか言っていたと思いますが…」

「ねえ、ならディーンシュト様 私のドレスの手配はしてくださっているか知らない? 宝石や靴は?」

「さあ、体調が悪くずっと学院を休んでいるのですから何もしていないのでは?」

「嘘でしょう!? なら私のドレスはどうするのよー!!」


「言わせてもらうけど、あなたとディーンシュト様は婚約されていないのだから用意する必要はないのよ? 自分のものくらいご自分で用意されたらいかが?」

「分かってないのねー。自分のお・と・こに用意して貰うから女が美しく輝くんじゃない!! そ・れ・に! うちの財力じゃ素敵なドレスは作れないもの、だから普段恋人らしい事してもらってないのだからこれぐらいして貰ってもいいでしょう!!」

「まあ、なんて良い草かしら! ディーンシュト様ではなくヴォーグ伯爵家の財力を当てにしているって事ですの!?」

「あら勿論、実家の財力も大切ですわよ、貧乏って大変なんですから!! それと同じように男の顔も大事に決まっているわ、だって自分の横に並び立って遜色ないかって重要よ? 

ヒールの高い靴を履いても自分より高い身長、酔った私を支える熱い胸板、圧倒的なリードで私を踊らせてくれるテクニックに逞しい腕と腹筋、人々の羨望を集める容姿にセンス、人の上の立つ能力と実力、どれも重要なの! だからヴォーグ伯爵家だけでいい訳ないでしょう? 財力?当然、マストよ、マスト!」


聞いていた者は唖然として口を開けたまま閉じることができない。ここまで明け透けに欲望に忠実に語る姿、恥じらいのかけらもない。これが自分の番だったらと思うと身の毛もよだつ。


「はぁー!! ディーンシュト様、当日ちゃんとエスコートしてくれるのかしら? もう心配だわ!! 学院に来たら教えてくださる?」


マリリンは言いたいことだけ言って、自分のクラスに戻っていった。


ディーンシュトはマリリンと距離を取るため最近は自室で勉強して寮から出ることもない。

残念だが、マリリンと一緒に舞踏会に出るつもりもない。

マリリンは何度か、寮での様子を見て来るように偶然居合わせた者に頼んでいたが、皆口を揃えて『体調は悪そうだった』と答えた。だが、実際に見に来た者はいない。




ラディージャは最近は休みの日になると王宮図書館で調べ物をしていた。

特級ポーションの薬草の生息地を調べたり必要条件を調べたりしている。行き詰まったり、疲れると『天竜樹』の所へ行って休憩。


「カランビラもパラフィネも他も…険しい山にしか生息していない。条件は気温? それとも気圧? 高山特有の何かなのかなぁ〜? ディーはどう思う?

ふーん、地図は分かりにくいし…、収穫時期とかも分からない。分かっていることは育てられないと言うことだけ…、何でだろう? 何で? んんん…なんで…」


んんんん…スースースー。


最近ここでお昼寝、お夕寝?するのが日課になってきてしまった。


「お前はここで何をしているの?」

厳しい声で目が覚めた。見上げれば母親だった。

「す、すみません」

「『天竜樹』様の御許で、だらしなく寝ているなどカラッティ侯爵家の者として恥ずかしくないのか?」

「申し訳ございません」

「お前は魔法も使えないのだから、こちらへ来る必要はない。以後は控えなさい。お前のような者がカラッティ侯爵家の者と思われるのは恥ずかしい、分かりましたね?」


本当はハイなんて言いたくない。ラディージャにとってディーンシュトの代わりにここで慰められていたのだから。だけどここで口答えをすればもっと何かを取り上げられる…そう思うとハイと言うしかなかった。


「卒業までに魔法刻印が現れなければこの地を去ります。ですが、それまでは『天竜樹』様のお側にいさせてください、どうか、どうかそれだけは奪わないでください!!」


もっと上手く言いたかったが、ついディーンシュトの事も重なって感情的に言ってしまった。


「…では、回数を減らし極力人には見られないように気を配りなさい、いいですね?」

「はい、はい承知致しました。お許しくださり感謝申し上げます」


「早く戻りなさい」

「はい。『天竜樹』様 御前失礼致します。お母様 失礼致します さようなら」

母は背中を向けたままこちらを見ることもなかった。

『あーあ、時間帯にもこれからは気をつけなくちゃ』

魔法刻印が出ないまま薬学部に入った時点で、家族からは他人として扱われるようになっていた。家族にラディージャの味方はいなかった。



そしてあっという間に『天竜華祭』となった。学院全体の催しなので学部関係なく参加しなければならないのだが、ディーンシュトは体調不良を理由に欠席していた。そしてラディージャも体調不良で欠席した。

ディーンシュトは医務室公認、最近は医務室で手伝いをしながら休んだりもしていた、そしてけたたましくマリリンが近づいてくると慌ててベッドに潜り込む。この日の数日前も医務室にいるディーンシュトを探し出し、マリリンがやって来た。

『自分のドレスはどうなっている!?』など捲し立て、寝ているディーンシュトにヒステリーを起こし、マリリンが帰った頃にはディーンシュトはぐったりしてしまい、本当に具合が悪くなり、参加できる状態ではなくなった。


ラディージャはディーンシュトとマリリンを見ることはまだ出来そうもなかったので、欠席し部屋で薬草の勉強をしていた。

「あー、こういう時 番がいなくて良かったかも。部屋に篭っていられる…。

はぁ〜、なんだか怠い。きっと睡眠不足だからよね…、でも時間がない」


ラディージャはこの『天竜華祭』が終わった後、2週間の休みがあるので、その休みを利用して薬草の生息地を訪れるつもりだった。その準備をしていた。

それから、このまま魔法刻印が出なかった場合の卒業後の拠点・家も見て回りたかった。


今のままでは実家がお金を出してくれるか分からない、そうすると卒業までにお金を稼ぎたい。街の薬屋さんになりたいけど、薬草の栽培環境が、例えば高山でしか出来ないならば、通える高山が良いなぁ〜、ちょっといやかなり無謀を夢想中。

今のラディージャには時間がなさすぎる。


ただ現実的に考えるならば、卒業後の進路は王宮の魔法省 薬局に所属するのが一番安定できる。その後の人生設計でも『元王宮薬剤師』となれば自分の薬を売り易くもなる。ただ、問題は私が王宮で働くことを実家が許すかどうか…。

街での売れ筋、王宮での調剤スキル……、最初は王宮薬剤師を目指したい。

いっそ名前を伏せて受験しようかなぁ〜。


ラディージャは自室で必死に勉強していた。

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