53、未来−2
調べて知った事実を前に話し合いを持っていた。
「どう言う事なのだ? マリリン・ビーバーは救国の聖女ではなかったのか?」
「バラク補佐官どうなっているのだ!!」
「わわわわ分かりません! 街の者たちは皆『救国の聖女と呼び崇めていました! 本人、そう本人だって認め、救国の聖女だと名乗っておりました!!』
「ええ、私も確認しました」
「だが、腕にあると言われていた魔法刻印は無かった」
「はい、トルスタード魔法国では魔法刻印がない者は魔法が使えないそうです。だから魔道具を持っていたのではないでしょうか?」
「考えてみるといくら普段魔獣が出ないとしても救国の聖女を国から易々と出すとはおかしな話だった。トルスタード魔法国は引き止めもしなかった…。あの時何と言ってたか?『一切の責任は負わない』まさか?」
その言葉の意味にやっと気づいたのだ。
「マリリン・ビーバーは救国の聖女どころか、詐欺師と知っていたのか!?」
「知っていれば捕らえていたのではないですか?」
「そうです、マリリン・ビーバーは救国の聖女として、貴族に対しても街においても多くの要求をしていました!」
「はい、事前に調べた時もミノタウロスを倒した功績だと…」
「だが、マリリンが魔法を使った訳でも剣で戦った訳でもない。ヤラセだったのでは?」
「…………。」
「ヤラセ? ミノタウロスは誰かの陰謀?」
これらの事から結論としてマリリン・ビーバーは救国の聖女などではなく、偽物 詐欺師だと言うこと。念の為、マリリンの実家にも密偵を向かわせたが、実家があった場所は売りに出されて、そこには誰も住んでいなかった。
自分たちは騙されたのだ、………許すまじ!!
魔道具を取り上げた上でマリリンを呼び出し、魔法を使うように促した。
「な、なんでそんな事しなくちゃいけないのよ、わ、私はこの国に来るだけでいいって言われたから来たの、なんでそんな事しなくちゃいけないの? 面倒だから嫌よ」
「我々はあなたが詐欺師かどうか確かめるためにこの場を設けました。あなたは魔法も使えない、ましてや魔獣を倒す力も持ち合わせていないとなると今後の対応を改めなければなりません。違うと仰るのならその御力をお示しください」
「い、嫌よ。しない、やらないわ!」
『なんなのよ! 魔道具も取られちゃったし、ここは嫌って言うしかないじゃない!』
「左様でございますか。ではどうぞ魔獣から無事に生き残ってください。魔法でも何でも使わなければ死んでしまいますよ? 始めろ!」
「は!?」
そう言うと訓練場に放された魔犬とマリリンを2人にし、出て行ってしまった。王族と大臣たちは訓練場の観覧席からその様子を眺めていた。マリリンは暫く口汚く罵っていたが、魔犬がマリリンを襲い始めたので余裕がなくなり逃げ回っていた。
「力を使わないと死ぬぞ?」
「い、嫌! 力なんてないの、使えないの! お願いここから出して! 助けてよ!!
嫌―――――!」
願い虚しく、すぐに追い詰められたマリリンはなす術なく…。
グシャ バリバリ クチャクチャ
何も出来ずに呆気ない終わりだった。
そして、フィットランド国はトルスタード魔法国に騙されたと、怒りの矛先をジョシュア王太子殿下に向けたのだ。バラク補佐官は偽物を掴まされたことにより国が恥をかいたとして処刑となるところ、ジョシュア王太子の暗殺が成功すれば失敗を不問にふすと言われ、死に物狂いで計画を立て実行した。
そしてその結果、レイアースが怪我をしたのだ。
今や魔法レベルは他国の方が高い水準となっている。10人の魔術師が囲み一斉に業火魔法でジョシュア王太子を狙った。ジョシュア王太子自身も結界を張ったが若干遅れレイアースが巻き込まれたのだ。
ジョシュア王太子を庇った右半身は焼け爛れ、肉がくっつき生死を彷徨うような大怪我だった。今のトルスタード魔法国の光魔法の筆頭魔術師クパルも治すことが出来ないレベル、大きな悲しみに包まれた。
ラディージャは取り乱し大泣きし、すぐ様回復魔法で治療した。
そして、怒りと悲しみのまま影で暗躍し、犯人を全員炙り出した。
襲撃者は10人がかりで業火魔法をターゲットに放つと、すぐ様転移魔法で消え去った。普通であれば敵の魔法を解析し魔法の跡を辿らなければならない。ただ、10人の魔術師が別々の場所に転移してしまうと格段に難しくなる。隠蔽魔法もかかっていて時間が経てば痕跡は薄れるし、その場には対向処置をとった味方の魔法の痕跡もある、その間に転移を繰り返され完璧に痕跡を消されてしまうと追えなくなってしまう。
痕跡を少しでも残せば戦争になってしまう。
絶対に失敗は許されない、完璧な作戦で臨み逃走も成功した、失敗するはずはなかった。
魔術師たちも捕まれば命がないことは分かっている。
MPポーションを駆使しながら、事前にマーキングした転移場所に4〜5回繰り返していた。
『ここまで来れば一安心』
最終潜伏場所は、別の国で空間魔法で外界と断絶した場所。そこに1年は潜伏する予定で仲間が準備していた。それぞれの魔術師が別々の経路を辿りながら目的地を目指した。
10人の魔術師の内4人戻ってきていた。戻ってきた者たちはやっと緊張感から解放された。
魔術師たちもトルスタード魔法国に潜伏する内に、この国の魔法レベルが低いことを知り、今回の計画の成功を確信していた。
一仕事を終えて今後の人生に思いを馳せていた。自国に帰れば高額な報酬に確かな魔術師としての地位、ホクホクした気持ちでいると、突然 部屋にいたはずが風景が変わった。
そこには殺したと思っていた筈の男が目の前にいた。
「は? なんでお前がここに?」
見回せば次々に見覚えのある顔ぶれが揃っていく。逃げ切ったはずの魔術師たちが集まっていくのだ。何が起きたか分からない。
「ようこそ諸君、トルスタード魔法国の秘密の訓練場へ」
慌てた魔術師が攻撃魔法をぶっ放す! だけど全てが不発、それぞれが自分の自信のある魔法を絶え間なく放つが全て無効化されてしまう。自信のあるものを悉く潰されパニックになる。
「もう十分思い知ったかな? さて今度はこちらから攻撃させて頂こう」
魔術師たちが放った攻撃が全て跳ね返り倍になって自分に返ってくる。1発の攻撃で瀕死、だが気づくと回復魔法で治療され、王太子の前に立たされている。10人が一斉に攻撃しているのにどれも届かない。自分の攻撃が2倍になって返ってきて瀕死、流石に2回も経験すればもう攻撃することが恐ろしくなってしまう。もし回復させてくれなければ死を意味しているからだ。
「もう、おしまいか? ではこちらはプレゼントだ」
魔術師たちの目の前に突如現れた男、バラク補佐官、自分たちの雇い主だ。バラク補佐官は自国にいる筈だった。自国で作戦の完了を聞き、後は正式な文書、ジョシュア王太子の死亡をトルスタード魔法国から受け取り任務完了のはずであった。それが国を超えて現れた。
魔術師たちも声が出せない、迂闊なことを口走ることはできないからだ。ただ、途轍もないことが起きていることだけは理解していた。
「わぁぁぁぁ! ち、力が抜けていく、なんだ…これ」
魔術師たちは体から魔力が抜けていく、今まで体にあった万能感が消え膝をつく。
「お、おい、これは何の真似ですか? 何故私はここにいる? 王太子殿下の仕業ですか?」
精一杯の冷静さを見せ、無関係を装ったが無意味だった。
だが今度はバラク補佐官の体からも魔力が抜けていく。
「お前たちの目的は何だ?」
無言を貫きたいが、勝手に口が動き出す。
「救国の聖女はとんだ詐欺師だった。全てはお前たちが仕組んだことだろう! 我々を笑いものにするための手駒だったのだ! お前のせいで私は恥をかき、お前を暗殺しなければフィットランド国に席はない! 死んで償え!!」
「やはり偽物だったか…。悪いがそれに関し我々は関与していない。調査中に出国してしまったからな。偽物を作り上げた組織はもう無い、私に当たるのは見当違いだ。そして、私を狙ったからには相応の罰を受けてもらう。バラク補佐官、お前は殺さずに帰してやろう、ことの顛末を話す人間が必要だからな」
「マリリンは貴様たちの謀略であろう! 嘘をつくな!!」
「偽物を聖女とするメリットは何だ? しかも素養もない無教養な人間だぞ? 直接女性の体を調べる手筈を探っている途中であった…、だたもうそれも過ぎたことだ」
「嘘だ、そんな馬鹿な…嘘だ」
「まあ、もういい。お前たちは二度と魔法を使うことは出来ない。そして今度我が国に手を出せば、魔法を使えない者が増えることになるぞ? 肝に銘じておけ」
ラディージャはジョシュア王太子殿下と頭の中で会話し神がかり的な魔法を使ってみせた。
フィットランド国の者たちもこの時代に伝説の竜魔法使いがいるとは知らずに、負け戦に挑んだのだ、最も手を出してはいけない人間に出してしまったので、彼らが知らない魔法を駆使して数時間内に全員捕まった。
この時代にはない映像での証拠も揃っている、当初拷問で口を割ら無かった者たちも急に饒舌に話し始めフィットランド国の秘密まで話し始めた映像も混ざっていた。そしてなんの抵抗もできずに無惨な姿となった全員が転送魔法で証拠と共に送り返された。奇しくもその魔法を見て『魔法国』の真の実力を知り、手を出すのをやめ、和解に向けて動いた。
因みにビーバー男爵家はマリリンがフィットランド国に渡る時得た金で姿を晦ました。
一度覚えた快楽はそう簡単には忘れられない。
泡銭を手にし、偽物と発覚することを恐れて、しがらみを切り田舎に家を買って悠々自適に暮らしていたが、平穏な毎日は刺激がなく、『どうせ自分たちを知っている人間はいない』とまた都会を目指し、派手な暮らしぶりをしていた。フィットランド国から受け取った財は一生食うに困らない額、働かずにただの男爵家が豪遊している姿は異様ですぐに噂として広まっていた、知らぬは本人たちばかり。その後フィットランド国の人間に見つかり殺されていた。
ラディージャは回復魔法を行使したことにより、金色の刻印持ちではないかと噂されるようになった。また魔獣の被害で傷ついた者たちも治療していた為、金色の刻印持ちと貴族よりも早く街の人間に認知されていた。
マリリンの金色の聖女のイメージが強かった者たちもラディージャを見て、『本物はやはり違う』と認識を改めた。まあ、レイアースが風魔法を使ってラディージャの良い噂を流し浸透させた結果でもある。娘がいつまでもマリリンのせいで『金色の聖女は詐欺師、ろくでもない人間』と誤認されるのが我慢ならなかったからだ。
今では『マリリンは金色の聖女を騙る詐欺師、本物の金色の聖女ラディージャ様は天竜様の愛し子で女神のように優しい方』と広まっている。
ラディージャが金色の魔法刻印を持っている事が広まり、ディーンシュトとの婚姻も無事公表できる運びとなった。友人たちは2人の婚姻を心から喜んでくれた。
カルディアを始め過去にラディージャを無能と馬鹿にしていた者たちは家が悉く傾き始め、謝罪を申し入れてきたが、レイアースにもジョシュア王太子殿下にも断られている。と言うのもラディージャの竜魔法は保護対象の為、金色の聖女の保護と言う名目で王宮に変わらず住んでいるので、面会には正式な手続きが必要な上、後ろ盾である殿下の許可が必要となる。殿下に会うよりラディージャに会う方が難しかった。
「言っておくが、ラディージャに謝罪しても結果は変わらぬぞ? そなたらの今は恐らく天竜様のご意思である。気持ちを入れ替えたのであれば天竜様には伝わるであろうが、自分たちの危地を嘆き、不安を拭うためラディージャに謝罪を受け入れさせても何かが変わるとは思えない。これ以上ラディージャを煩わせたくない、帰れ」
ジョシュア王太子殿下は感情を露わにして彼らの謝罪を拒否した。
「お許しください! 私たちも騙されていた被害者なのです!!
そ、それに刻印が!魔法刻印が薄くなってきているのです!! 助けてください!!」
「知らん! ラディージャのせいではないと言っているであろう! ここへ来てもラディージャを貶めるのか! お前たちと来たら、人の痛みには鈍感なくせに自分のこととなると大袈裟だな。 言った通り全ては天竜様のご意思だ、真摯に受け止め身を正せ。
能力至上主義なのであろう? 今までの行いが自分に跳ね返ってきただけだ、身をもって知るだけ。私は忙しい、もう帰れ」
こうしてラディージャは今なお追いかけ回されるので王宮からは出られない。
レイアースやサーシャなど家族も王宮に度々会いに来て様子を見に来る。皆ラディージャを守ると鼻息を荒くしている。団結し温かな家族を作っていた。
「なるほどね…」
「どうしたのディー?」
「ん? 魔法刻印を隠す意味が正直今までよく分かっていなかったんだ。マリリンみたいな奴が出るなんて思わなかったけど、その為の偽造防止だったんだって思ってた」
マリリンの魔法刻印は魔石を粉にしたものを染料に混ぜてそれっぽく描いていた。魔石の魔力が切れると魔力を感じない為、定期的に描き直す必要があった。勿論描いていたのは『アプセ』のメンバー、だからフィットランド国に渡り何度か入浴するうちに消えてしまっていた。マリリンは『救国の聖女様はいてくださるだけで良いのです』などと言う言葉を信じていた為失念していたのだ。
「うん、そうだね」
「でもきっと黒の刻印や竜の刻印を護るための措置だったんだと思う。だって魔法使いのレベルを高水準に保ちたいなら魔法刻印を誇示した方が扱いやすいだろう? 天竜様から頂いた魔法刻印は隠すことが奥ゆかしいと言う考えを植え付けたのは、以前の竜魔法使いだったんじゃないかって思ったんだ」
「そうかもしれないわね。竜魔法を使えばきっと出来ないことはない、でもそれを利用する者も出てくるから隠した、そう言うことね?」
「うん。きっと大昔の竜魔法使いがそう変えたんじゃないかな?って思ったんだ。竜魔法の詳細が書かれていない事も多くの者がただの神話だと思っているのも、自分の利益に弱い人間を守る為だったのかもね」
「殿下にね 以前どうしてこんなに優しくしてくれるのですか?って聞いたことがあるの」
「うん」
「そうしたら『自分は1人の人間に肩入れして情をかけたりする人間ではない。だけどラディージャの事は護らなければならないと強く思っていた、きっとそれは天竜様のご意思だったと思うのだ。そしてその思いは正しかったと今なら分かる。ラディージャが言った通り竜魔法使いはこの国に必要な時に現れている。そしてその者たちを護ることができる者も天竜様のお導きによって使命を与えられているのだと思う。ラディージャを護ることは私の意思であり天竜様のご意思でもある、気にするな』って仰っていたの。
きっと昔にいた竜魔法使いも知恵を出し合ってこの国を作ってきたのね」
「そっか、ならラディージャと僕が幼馴染で心を通わせて番になったのも運命だったのかな? 天竜様がラディージャの相手に僕を選んでくれて良かった、愛しているよラディージャ」
「ふふ、私も愛しているわ。私がどんなに辛い状況でも変わらず愛してくれて有難うディー」
手を取り肩を寄せ合い、今共にいられる幸せを噛み締めた。
トルスタード魔法国は軌道修正を加えながら発展していく。魔獣とは棲み分けを共存していく。
今代の金色の聖女ラディージャは分け隔てなく平民にも接して人気が高くなった。
その上、マルチュチュ山の泉の水『聖水』を使った栄養ドリンクや常備薬を作り多くの者を回復魔法と併用し救った。ディーンシュトもこの国の魔法レベル向上のため、魔術師たちを指導しに尽力した。
カラッティ侯爵家は天竜樹の世話係に復活した。
ラディージャが『金色の聖女』として忙しくなってしまったから、ラディージャが天竜樹様にお願いしたのだ。ラディージャは時間が空いた時に転移で天竜樹のもとに来ていた。
カラッティ侯爵家の者と、偶々 天竜樹のところで会っても会釈をするだけで家族の会話はない。ラディージャの中ではカラッティ侯爵家の人間は家族ではないからただの世話役だと思っている。
「ラディージャ様、本日の天竜樹様のご機嫌はいかがですか?」
「カラッティ侯爵、天竜様は今日も健やかでいらっしゃいます。お役目ご苦労様です」
その会話からも父を思い出す様子はない。
「ラディージャ様、そろそろ次のご予定が…」
「パスカル卿 もうそんな時間? ではカラッティ侯爵失礼しますね。参りましょう」
『ラディージャ、元気そうで良かった』
カラッティ侯爵家の人々も最初はプライドがズタズタと憤りを感じていたが、天竜様の愛し子と言われ、金色の魔法刻印が出たと聞くと、殿下の言葉が思い出された。『魔力量の多いラディージャはいずれ刻印が出ると思う、何故家族として優しく接してやれないのだ。刻印が出ずに不安なのはラディージャ自信だろうに、家族として支えてやるのだ』心からの苦言であった。カラッティ侯爵家は天竜様の愛し子であり金色の刻印持ちを失った、それは自分たちの愚かさからと痛感していた。時間が経過し、今は付き物が落ちたように穏やかになっていた。
「金色の聖女様! 僕が焼いたパンです、召し上がってください!」
「いつも有難う。一緒に頂きましょう」
「「「はーい!」」」
街の子供たちとラディージャは共に食事をする。
そこに魔法刻印なしと馬鹿にする者たちはいなくなっていた。
「痛て!」
「あらあら サン大丈夫? 膝を擦りむいてるわ。痛いの飛んでけ ポイ!」
治癒魔法で傷を治す。
「聖女様 有難う!」
「どう致しまして」
「ラディ!」
「ディー! いらっしゃい、一緒にどう?」
「ああ、有難う頂くよ」
「ディー様! こっちこっち!」
街の子供たちの良き友人として楽しい時間を過ごす。
ディーンシュトとラディージャはこの国で今日もこの国の未来のために尽力していた。
おしまい




