52、未来−1
あれから3年が経った。
今の世界には『メルガロ』による爵位継承は廃止されている。魔法刻印のあるなしは関係なく当主が後継者を決めることができる。
現当主が男女関係なく後継者を指名する、指名できなかった場合は身内で話し合って決めることとなっている。まあ、これも何らかの問題は起きるだろうが、それは個々に解決していくしかない。
魔法刻印なしは天竜様の加護なしでは無く、ただの魔力保有量が少ない現象と認知、個人の個性と周知された。
ただ変えられないこともある。
当時の王家が懸念した通り、このままでは国内の魔法レベルの低下は止められないだろう。だが、魔力保有を高めるために魔法刻印のある者同士で婚姻をしても現状貯まった魔力を魔道具に活かすくらいしか使い道がない、あるのは光魔法、闇魔法、空魔法くらいなのだ。騎士たちは訓練で使っているが、貴族は訓練していないので実用性は低かった。結局、4〜500年の間続いている魔法国を守るための政策は失敗だったと言うことだ。定期的な魔法訓練を魔力採取のように義務付けても、手間が増えれば継続していくのは難しくなる。
…だが、ここで必殺技発動!
1ヶ月に1度の魔法訓練を意識の中に義務化させた。
王都だけではなく、各地に訓練できる場所と魔力を採取する場所を設置し、神殿での魔力採取を廃止した。魔力は1晩寝ると殆ど回復する、使わずに放置していると魔力容量が減っていく、適度に使う方が体の調子も良いと広めると抵抗なく皆健康管理の一環とばかりに魔法訓練を行うようになった。
それから…、国境壁に沿わせて魔獣の棲家を作った。
これはマルチュチュ山の結界を応用した。
これも昔からここにあり、結界を弱らせないために皆の協力が必要と守ってきたものだ、と意識操作した。目に見える脅威、すぐそこにある危機に、国民は協力的だった。
そして様々な魔道具を生み出したことにより、刻印なしも生活には困らない。今では番を見つけるアイテムと言う感覚だ。刻印なしは自由恋愛を楽しんだ。まあ、これまでもそうだったように高位貴族は高位貴族同士の結婚が多いため、大半が魔法刻印が出るので今まで通り番と運命の出逢いを果たし結婚する。
魔法学院もこれまでは、魔法学科、薬学科、就業科の3つしかなかったが、魔法学科、薬学科、就学部から領主学科、商業科、経済学科、執事科、女官科、侍従・侍女科、魔道具科を新たに作った。多くの学科を作りそれぞれに自由な選択肢を持たせた。
魔法学科や薬学科はそれぞれの授業の中で必修科目とし、魔力がない者はその時間は自分の選択した科目を履修できるようにした。特権意識を薄くさせるようにした。
ラディージャの竜魔法ですぐに全部 『はい解決』 と言う訳にはいかない。
何回かに分けて段階を踏んで試行錯誤しながら魔法を行使した。
そしてやっと3年掛けて不具合なく運ぶようになった。
やはり竜魔法は万能な力であった。
そして具体的な力の使い方は書き残すことは出来なかった、書き記すと消えてしまう。ただ、ラディージャが望んだディーンシュト、ジョシュア王太子、レイアースは記憶を残すことができた。そして、ラディージャのように、竜魔法に適性がある者が知りたいと思った時にヒントを与えられるように、竜魔法使いに対してだけ何かを残すことは出来た。
人の意識を変えるなど神の領域だ、4人で話し合いながら慎重に進めた。
あの時捕まえた首謀者3人と仲間は…、今も生きて働いている。
彼らはあの頃と変わらず社会貢献していた。
当時の彼らは…
カフタス・テングローブは慈善活動を熱心に行っていた。『アプセ』も運営のためにも金を稼ぎ、低金利で金を貸し、多くの貧困者を救っていた。
オルトス・デストラーバは他国にも支店を持つ大商人、これも『アプセ』の運営費のためではあったが、国内の流通に必要な存在となっていた。
コルトナー・バーグも国内最大手の薬屋だ。バーグ薬店に取り扱っていない薬はないと言われるほど名を轟かせていた。
トルスタード魔法国にとってそれぞれが必要な人材であった。
それぞれがここまで来るのに一方ならぬ努力をし才能もあったと言うことだ。
ミノタウロスを使い、王都に混乱と被害を齎したことは安易に許し難いことではあるが、その背景には同情の余地もあった。
王家と神殿の被害者とも言えるような者たちをただ切り捨てるのは気が引ける。そして自分たちが掬い上げられていない者たちを陰ながら救ってきたのも事実であった。そこで、王家やメルガロに対する叛逆の意志は消し、少しの反骨精神を残しつつそのまま生かすことを選んだ。
因みに魔道具屋のオヤジさんは魔法学園の魔道具科の講師となった。
そしてこれが最も大変な魔法だったが、半壊した建物たちを復元したのだ。
国民の意識を変えてしまった場合、当然、辛酸を嘗めるような経験も、叛逆を企てる決意もする必要がない。そうなるとミノタウロスが壊したい街並みが不可解、そこで魔術師をわざとらしく配置し、復元した後に意識操作を施した。
「いやーーー、ラディージャは凄いな」
「ああ、うちの娘は女神様だな」
ジョシュア王太子殿下とレイアースは意識を変えなかったので、信じ難い光景に目を丸くしていた。
凄い偉業を成したと言うのに、ラディージャが黒刻印を持ち、竜魔法を使っていることは変わらず4人だけの秘密とした。知られればラディージャの身が危険になる。『天竜様』とは違い、話して触れる存在。国内だけではなく、他国からも狙われる。調べれば、カラッティ侯爵家の人間と分かる、そうなれば警備の薄いカラッティ侯爵家の者を人質に取られ何を要求されるか分からない。そして政治的にも利用されないために陛下にも秘匿した。
ただ、いつまでも魔法刻印なしではいられないので、金色の刻印とした。それは回復魔法を使えるようにするため、と言うのもレイアースが、襲われたジョシュア王太子殿下を庇って大怪我を負った事があった、その際に公の場で治癒魔法を使い誤魔化しようがなくなったから。ここ最近出現しなかった上級光魔法使いに人々は沸いた。
実はマリリンが留学という名目でフィットランド国へ出国し、当然ながら問題が発覚した。
最初は良かったのだ。
ミノタウロスすら祈ると倒す事が出来る救国の聖女を、言葉巧みに自国へ誘い込む事が出来たと、有頂天になっていた。
フィットランド国は魔獣の脅威に自分たちで対処しなければならない。
つまり、今や魔法レベルは魔法国と呼ばれたトルスタード魔法国よりもずっと高かった。
トルスタード魔法国では聖女と呼ばれる回復魔法の中級レベルを使える人間はゴロゴロいた。聖教会と言う組織に所属し、女性だけではなく男性も腕の欠損も復元できる人間が3人いると言う。だから、マリリンに回復魔法を期待されることはなかった。マリリンの存在価値は魔獣撃退一択。
フィットランド国に着くと、マリリンは王族並みの扱いで、侍女や護衛が数人つき、ドレスや宝石や靴など超高級品は埋もれるほど贈られた。そして『救国の聖女』と呼ばれ傅かれ、第2王子と親しくさせて貰っていた。第2王子には既に婚約者が居たのだが、大臣たちの中から、『この国に留まって頂くためにご結婚されるのが望ましい』との声があがり、最高級のもてなしを受けていた。
マリリンは着替えや入浴の際に1人になりたがる事があった。
元々マリリンは男爵家の人間で、フィットランド国に留学するに至っても侍女の1人も付かずに来ていたので、他人に世話されることに慣れていないだけと思われていた。
しかし、男爵家と言えど無知と無教養については首を傾げる場面も多々あった。そして要求は一流で強欲。フィットランド国では当たり前の魔法を無邪気に喜ぶ姿に、最初は純真な人間と捉えていた者たちも次第に疑問を感じ始めた。
大臣の一部は婚姻を望んでいたが、実際は難しいと知っていた。何故ならばトルスタード魔法国は魔法刻印が出た者は基本的には番がいると言うことだからだ。番がいる者に別の人間をあてがっても上手くいくはずがない、金色の魔法刻印を持っているマリリンとの婚約を強引には進められなかったのだ。
ところがマリリン・ビーバーは第2王子 アルフレッド殿下に色目を使うようになった。
これにはトルスタード魔法国の事情を知っている者たちはかなり困惑した。
どう言うことなのだろうか? 番がいれば当然単身での留学などする訳がない。魔法刻印がある以上、いつか番が現れるかもしれないのに、別の者と縁を結ぶなどあるだろうか…? 番いによる結びつきは特別と聞いた。番の前では権力も金も意味をなさない、故にトルスタード魔法国では身分違いの婚姻も番であれば認められると聞く。番ではない者にあからさまな好意を寄せるなどあり得るのだろうか…?
1つの疑問を発端に様々なことに疑念を抱くようになる。
注意深く皆がマリリンを観察するようになった。アルフレッド王子殿下も最初は敬意を持って接していたが、鼻にかかる甘ったるい話し方に権力に媚び売る姿は心当たりがあり不快感を抱いた。次第に必要以上に親しくならないように気をつけ観察した。
『救国の聖女』歓迎の舞踏会のドレス、トルスタード魔法国では金色の魔法刻印を見せつけるようなドレスを着ていたと言うが、ここフィットランド国では着ていない。そこで、ノースリーブのドレスを贈ってみた。ところが喜びはしたが着る機会がないと言って、別の物を用意させた。事前に聞いていた話とは違っていた。
「お気に召しませんでしたか?」
「いえ、そうではありません、とても素敵でした。ただ…このフィットランド国の装いに合わせようと思っただけです。
それに…、魔法刻印はあまり見せびらかしてはいけないと言われておりますし…、自重しているのです」
「そうですか…、着慣れたタイプが良いのかと思ったのですが、気が利かず申し訳ない。ではこのドレスは捨てるとします」
「えっ!? 勿体ない! あ、いえ、では着なくてもお気持ちは嬉しいので頂きます! そうだわ、普段着にしますから、捨てるなんて勿体なさすぎます!!」
『売ればいくらになると思っているのよ! 捨てるんならそのまま置いて行ってよ!』
「そう言う訳にはいきません、一国の王子としてその様な恥ずかしい真似は出来ないので、別の物を贈ります。そのドレスを下げなさい」
「はい」
女官がとても高価そうなドレスを持って行ってしまった。
『あー、ついてない』
「そうだ、救国の聖女様は何故着替えや入浴をお一人でなさるのですか? これも我々には知らないマナーがあるのでしょうか? 何か不手際があるのでしたら遠慮なく仰ってください。ご希望に沿う様に致しますから」
「いえ、そう言う訳ではありません。……何もせずにこうしている事が心苦しくて、自分でできることは自分でしようと思っただけですの」
ニッコリ笑うが、マリリンの笑顔で全て解決…そんなわけない。普段の行いは謙虚とは程遠いものだ、取ってつけた言い訳に誰も騙されない。
そして直感的に何か隠している、そう感じた。
普通に考えれば、体に傷があるのを隠している。それから、フィットランド国の人間が信用出来ない為1人になりたい。そこら辺が考えられる。だが、侍女の報告では脱いだ服の回収も勝手にしてはならないらしい、兎に角浴室に立ち入ってはいけない。着替えた後に纏めて渡される。これも貴族の娘らしからぬ行為だ。
そもそもこの国では入浴をしない、体は清浄魔法で行う為、入浴したいと聞いた時は戸惑ったものだ、だが聖教会に禊する者も多いと聞き、同じようにバスタブを用意すると『お湯がない』と文句を言われ、水を用意したらやはり『温かくない』と文句を言われた。
この国では水魔法で水を溜め火魔法で湯を温めるのは常識だった為、生活魔法が使えないのかと驚いたものだ。侍女レベルでも誰でも使えるのを何故と不思議に思った。
何故、トルスタード魔法国では見せていた魔法刻印を見せなくなった?
彼女が魔法を使った事があっただろうか?
魔獣を撃退する力は本当にあるのか!?
『救国の聖女』に間違いはないのだろうか?
早速、街を案内すると言って魔獣が出る所へ連れて行った。
魔獣を見た瞬間大騒ぎし始めた。ただの兎の魔獣でだ。魔兎は繁殖力が高く、すばしっこく風魔法を使う、ただ 広範囲で火魔法を使えば撃退できる為、平民レベルでも対応できる魔獣だ。少し前にこの状況を見れば『救国の聖女様は魔獣のいない国にいたのだな、お可愛らしい』と思っていただろうが、魔兎レベルでこの騒ぎ、本当のミノタウロスを倒す事が出来たのだろうか? 疑念は更に大きくなる。
「救国の聖女様、あの魔兎を倒してください。そしてお力をお示しください」
つい試すような言葉をしてしまった、大した魔獣でもないのに大袈裟な事を言って反応を見ようとしてしまった…。万が一怒りに触れたら?すぐに後悔したがその思いも次の瞬間吹っ飛んだ。
「はぁー!? 無理に決まってるでしょう! ははは早く倒してよ! 私が襲われたらどうするつもり!? 早く誰でもいいからアイツを殺してー!! 私は救国の聖女なのよ!護られるべき存在なの!!なんで私があんな化け物と戦わなくちゃいけないのよ!! ふざけないで…何なのよもうー!! この国に来てまで何でこんな目に!!」
今までなんとか被っていた令嬢の仮面は剥がれ本性が出ていた。その口汚さに魔獣ではなく皆がマリリンを見ていた。
この頃から本格的に怪しく思い詳しく調べ始めた。
そして嫌がるマリリンを無視して女官が耳障りの良いことを言いながら全身オイルマッサージをすると衣服を脱がし入浴させた。そして3人の侍女が丁寧に体を洗い髪をトリートメントし全身パックする、その間に体と着ていたと衣服を調べた。
そして知った事実、ある筈の魔法刻印がない、そしてその代わり変わった魔道具を持っていた、ということ。
マリリンが持っていた魔道具はとても珍しいもので3種類の魔法が1つの魔道具で扱う事が出来た。ただ初歩的な魔法しか使えないが、この国にはない魔道具であった。




