51、終焉−2
男たちは切り札が消えその場に座り込み放心していた。
冷静になってみると、先程とは違う仲間がいることに驚いた。
「何故お前がここに?」
「お前こそ…」
扉が開いた。
その扉からは『アプセ』のメンバーが次々入ってくる。勿論、魔道具屋のオヤジさんもいる。
「カスタフ・テングローブ、オルトス・デストラーバ、コルトナー・バーグ 何故ここにいるか分かるな?」
今日の謁見にテングローブは呼ばれていたが、他の2人は呼ばれていなかった。ところが街の復興に必要な材料の相談の日程が繰り上がり、薬屋連盟に協力依頼が急遽入った。それぞれのメンバーと王宮に呼ばれた為、警戒が緩んだ。そして、焦ったあの時、近くにいた仲間に声もかけてしまっていた。
扉からは入ってくる者たちは直接会ったことがない者もいるが、恐らく『アプセ』のメンバーなのだろう。
「我々は殿下の掌の上だったと言うことなのですね、はっ」
頭を掻きむしる。
「いつから気づいていたのですか?」
「ここにいる顔ぶれを見れば、もう全てが白日の元に晒さされているのでしょう?」
「なら私たちの目的も分かっているのですか?」
「そうです。我々の目的を知っているのですか!!」
「テングローブ様! 我々は失敗したのですか? もう…おしまいなのですか!?」
「デストラーバ様! やってやりましょうよ!! まだ何とかなりますよ! 頼みますよ!! 魔法刻印が無い者も人間扱いされる世界を作りましょうよ!!」
「バーグ様―!! 指輪なんかじゃ無く、当主が適任の後継者を選べる世の中にしてください!! そう約束してくれたじゃないですか!!」
「そうですよ! その他大勢が輝ける場所を作ってくれるって…作るって言ったでしょう!!」
「すまない…みんな。すまない、何も成し遂げることが出来なかった! 誰も救うことが出来なかった!!」
「すまない みんな! 長い間準備してきたのに、全てが終わってしまった…、頼みの綱のミノタウロスもこの通り無反応だ…。私たちについて来てくれたのに何も約束を守れ、守れなくてすまないぃぃぃ」
「「「うぅぅぅぅぅ、あああああぁぁぁぁぁ!!!」」」
ここに集められた者たちは皆膝から崩れ落ち、慟哭をあげていた。
その強い思いに如何に今まで不遇な目に遭っていたかが伺えた。
ジョシュア王太子とレイアースも平等な世の中とは思っていなかった、それにラディージャが無能と烙印を押されどんな目に遭って来たかも知っている。恐らく、自分たちが把握している以上の苦労があったのだろう…。
「天竜様はこの国の王族の味方でしかないんだ…」
「私たちは庇護するべき人間ではないんだ…いや、人間とも思っていないのかも」
「見捨てられた俺たちには結局…生きる場所などどこにもないんだ!」
彼らは絶望の中にいて、今回の計画だけが生きる希望だった。それが断たれたと知り気力を失い更に深い絶望に落ちていった。
「違う、違います!」
兵士が固まっているその向こうから声がする。
パスカル卿は殿下の指示を仰ぐが首を横に振るので、その隊形を維持した。
「天竜様が『メルガロ』で爵位継承者を決めた訳でもありませんし、魔法刻印なしは天竜様の加護なしでもありません! それは…過去の権力者がそう仕向けたのです」
姿なき声が信じ難いことを言い放った。
「な、何だって!? そんな馬鹿な! 『メルガロ』を王家だって認めているじゃないか! それを今更…騙されない!」
「…それはどう言うこと? 私もそう継承しているけど?」
「殿下、勝手な発言をしてすみません」
「構わない、私の知らない事実があるならば知りたい。私も爵位継承者以外の処遇と魔法刻印なしの処遇は改善したい問題の一つだった。ただ神殿側から、天竜樹様のご意志と天啓を受けたと伝承には…、まさかそこで歪められた!? 構わない、知り得たことを話してくれ」
「天竜様より1本の苗木を頂き育てました。その苗木は天竜樹として大切に育てられました。天竜様の加護を頂き、この国に結界を張ってくださいました。
殿下、今回ミノタウロスはどこへ向かっていましたか?」
「ミノタウロスは魔素が濃い天竜樹のもとへ…、まさか!? 天竜樹は魔力を求めてはいない!? 魔力の不足は嘘!?」
「はい」
そう、マルチュチュ山の天竜樹は限られた結界の中で濃い魔素を保っている。ラディージャが魔道具で覗いた際もキラキラとした魔力が降り注いでいた。ただ、多くの魔力は結界保持に注ぎ込まれている為、マルチュチュ山の結界の中のように高濃度にはならないだけだ。
つまり最初から天竜樹に魔力は必要なかったのだ。
「だが、何故高位貴族は神殿で魔力を抜かれている、これは何のために行う!?」
ここに集まった者以上にジョシュア王太子殿下はラディージャの話に食いついている。
「理由はいくつかあります。1番の理由は…、結界に守られることにより、国民の魔法レベルの低下です。安全が約束されたことにより国内の魔法レベルが低下していきました。他国は常に魔獣との戦いで研鑽を積んでいます。戦争となった場合、圧倒的な魔法技術によりトルスタード魔法国は敗退する、そこで魔法の必要性を植え付ける必要がありました。そこで作ったのが魔法学院です。魔法が使える者が選ばれた者でこの国に必要な者と、そう意識づけていったのです」
「そんな…」
「そして結界が出来たことにより、もう一つ必要なくなるものがあります」
「神殿か…」
「はい。魔法省は神殿から派生したものです。魔法を使う機会がなければ衰退していきます。そこで高給取りとし、国で保護し、ここでも魔法が使える者は選ばれた人間であると植え付けました。
そして、魔法省を独立させ治療など困った事があると魔法省が対応したことにより、神殿を頼る者が減っていきました。そしてその存在価値を失いました。そこで、天竜樹様に魔力を送ると言う名目で神殿の必要性を作ったのです。その際に魔道具を作り、魔力を採取し利用していました。
最初はその魔力を利用し魔道具を作り国防強化を図っていましたが、ある程度設置が終わると、また魔力が余るようになりました。魔道具を作る職人がいて、多くの魔力が勝手に集まる、また何かを生み出したくなりました。そこで最初は神殿内の魔道具を作り、それを気に入った当時の王陛下の周りにも設置し、王妃陛下、王子殿下…次々に採取した魔力を利用した魔道具を増やしていきました。
ところが気づくと質の良い魔力の採取が難しくなって来たのです。ここでも魔法を使わない生活は魔力自体の容量を減らしていったからです。多くの魔道具を作った結果、魔力量が不足するようになって来てしまった。便利に慣れてしまった者たちから不満の声が上がった。そこで出来たのが『メルガロ』です。魔法の指輪が次期当主を選ぶ、その実、選んでいるのはある一定以上の魔力を保有しているかいないかだったのです。神殿と当時の陛下は、貴族から多くの魔力を効率よく採取するために魔道具である魔法の指輪『メルガロ』に選ばせたのです」
「な、なんてことだ…」
「はぁーーー!? 何だよ、それ!! 魔力量で選んでいただと!?」
「神殿と王家が内密に行ったことなので、真実は隠されてしまいましたが、これが事実です。天竜様は国民に安寧を与えました、それ以外は介入していません。全て人間の欲が生み出したことなのです。その犠牲者が『メルガロ』に選ばれなかった者であり、刻印なしの者たちなのです」
「「「「「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
ぶつけようも無い理不尽な歴史に、床を叩いて慟哭をあげていた。
ジョシュア王太子殿下もやるせ無い気持ちでいっぱいだった。自分の4〜500年前のの先祖がやらかした事が全ての発端と知って、処罰もしかねていた。そしてラディージャが話した事が事実とも確認は取れない。王家が隠蔽の加わっているならば、その証拠はどこにも無いだろう。
「少し話をしよう。お前たちはここでこの者たちを見張っておけ。レイアースとパスカルたちは執務室で話そう」
「「はい」」
執務室に着くと、パスカル卿たちは外に出され、ジョシュア王太子殿下とレイアースとラディージャとディーンシュトの4人になった。
ディーンシュトは魔法省から呼び出した。
「ラディージャ、お前のことは信用している。先程話したことはどこで知ったのだ?」
「……実は先日、天竜様の使いの方とお話しさせて頂いたのです。ミノタウロスの事が気になって…」
「何だって!? いつだ! その方は間違いなく天竜様の使いの方なのか?」
「ずっと側で私を見ていたそうです。最初は竜魔法を授けるのに相応しいかどうかを判別するために」
「そうだったのか…。ミノタウロスのことってどう言うこと? そうだ、あのミノタウロスはどうなったの!?」
「ミノタウロスは元の場所に帰ってもらいました」
「え? それは魔道具に中にってこと? 魔道の持ち主でも無いラディージャが行ったの!?」
「いいえ、魔道具を通して元々棲んでいた場所に転送しました」
「「は!! そんな事出来るの!?」」
「…はい、それが竜魔法の使い方だと教えて頂きました。願いを叶える力があると。ですから、竜魔法を与える人間は選ぶのだそうです」
「願いを叶える力!? そ、それは何でも…と言うことか?」
「検証では出来ていませんが、恐らく強く願えば可能になるのだと思います」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
『いや、そうだ天竜様の使いの方が見張っているのだった。冷静になれ』
「ラディージャは何を今…願う?」
「私は、この国の『メルガロ』と言うシステムと刻印なしは天竜様から見捨てられたと言う間違った固定概念を正せたらと思います」
友人のヒルマンも『メルガロ』に選ばれた故に、叔父に優しい虐待をされ、そのまま行けば野垂れ死だった。運良くヒルマンは教養を得て、当主としての能力を得る事ができたが、恐らくこれまでも似たことは起きていたのだろう。そして多くの者が命を失ったのかもしれない。
ラディージャは魔法刻印なしの過酷な運命を自分自身で苦く味わった。
1番辛かったのは勿論、番だと思っていたディーンシュトとの決別だ。
魔法刻印なしは、欠陥品として虐げられ、人間扱いはされない。私の場合はお父様が殿下の側近だったため守ってもらう事が出来るたが、タミールやゼノンみたいに、進路としては侍女や侍従のスキルを持ち王宮に勤め、上手くいって王族の侍女や女官になることくらいだ。魔法刻印がなければ刻印持ちとは結婚できない。平民としての人生しかなくなる。
この常識を壊したい! この国の貴族は番と結婚するため基本は恋愛結婚だ。だからせめて愛すると結婚出来るようになって欲しい。
「そうか、確かに王家と神殿が歪めたなら正したいと思うが、既に500年近く続いた固定概念をそう簡単に覆すのは難しいだろう」
「ラディージャ、無力な父を許してくれ」
「殿下、お父様、一度私に試させて貰っても宜しいですか?」
「試す? 何をだ?」
「竜魔法で、魔法刻印なしは天竜様の加護なしと言う考え方と、『メルガロ』による爵位継承の廃止です。人々の意識の中から消えるか試してみたいのです」
「そんな事が可能なのか!?」
「分かりません。でも試してみたいのです」
「そうか、では具体的にどの様に変更するか打ち合わせをし、書類に残して検証しよう」
変更した場合、作成した書類がどうなるかも検証する。
しかし、こんな事が簡単に出来るとしたら恐ろしい力だ。
政敵を殺すだけではなく、最初からいなかったとする事だって出来る。戦争だって反対なく出来るだろう。自分の邪魔な存在は全て消し去ることもできる。金が欲しければ金持ちに貢がせることも出来る、王位が欲しければ手にすることもできる。考えれば考えるほど震えが止まらない。
これまで何人竜魔法を使える者が誕生したのだろうか?
そう言えば、天竜様の使いの方が長い間見守っていたと言っていた。
ラディージャの魔法刻印がなかなか出なかったのも、竜魔法を使うための試練だったのかもしれない。抑圧された環境下で自制心を保てるか。欲望に負け、最悪の独裁者になる可能性もある。竜魔法は桁違いな神の代理とも言える圧倒的な力、それを扱うには自制心も良識も慈愛も必要…つまり正に神の様な存在である必要があるのだ。ラディージャにはその資質があるか試されていたのだろう。
ミノタウロスに同情的だったのも、人間にだけではなく、平等な目を持っていたから…。
そして竜魔法を授けるに足る人物とジャッジされたのだ。全ては天竜様の思し召しのまま。
つまり、ラディージャの意志を尊重することこそが正解なのだろう。
4人だけの密談はしばらく続いた。




