48、焦り
今のマリリンはカルディア公爵夫人がそばに居なくても、皆に崇められ傅かれまさに女王の様だった。
女神としての振る舞いはカルディア公爵夫人を近くで見ていたので同じように振る舞う。
「あら、アレ素敵ね」
「流石救国の聖女様 お目が高い。アレは当店の目玉商品と言いますか、守り神と言いますか、アレを置くようになってから商売が上手くいくようになりまして、売る気は無いのですがああやって飾らせていただいております」
「あなた鈍いのね。私が『素敵ね』と言ったら普通…差し出すものでしょう? それで商売人なの?」
「…はあ、ですが申し上げました通りアレは売るつもりは無いので…、お許しください」
「……あなたって嫌な人ね。もしあの化け物にあなたが襲われてても私は見なかったふりするわ。 アレが駄目なら…これを差し出しなさい、いいわね?」
「ですと、お支払いは現金でお願い申し上げます」
「馬鹿言わないで!! 何故私が払わなければならないのよ!!」
「これは商品でして、お持ちになるなら代金をお支払い頂きませんと、当店が潰れてしまいます」
「……何なのよ!!」
「失礼ながら噂になっております。…ただで貰ったものを換金して別の物をお買いになられていると…。ですからただで差し出す者はもういないと思います」
『そうよそうよ、今じゃ陰で強盗って呼ばれているもの知らないのかしら?』
『知っててやっているならまさに強盗ね』
聞こえるように店員や客が囁いている。―
「うぅぅぅ、何よ!! こんな店 二度と来ないんだから!!」
サディアス公爵家やポルチーヌ侯爵家の買い物は金を落としてくれていた。マリリンのようにただで何でも差し出せと言うのは違う。高位貴族には高いプライドがある、大抵の人間は見栄っ張りだ。安く買えることは内心嬉しいが、値切って購入したなど他者に知られれば信用がガタ落ちだ。だから表面上は普通に支払いをしセコイ者は後でバックを要求する。だが、マリリンは…違う。何もかもをただで差し出せといい、それを当然とし、次には更なる要求をする、街の店は既に悲鳴を上げ疫病神扱い。『救国の聖女』といえど、皆生活がある、自分たちに利益がなければいつまでも貢ぐことも出来ない。マリリンが来ると情報を掴むと一時的にでも店を閉め、嵐が過ぎ去るのを待つ。
突然ミノタウロスが現れた!
ミノタウロスは暴虐の力を振るい、人々を恐怖に陥れる。
「助けてくれー! 助けて!! 聖女様―!! マリリン様―!!」
「天竜様―! 愛し子様―!! 助けて! 助けてください!!」
口々にマリリンの名を呼ぶ。
この頃になるとマリリンも慣れたものだ、ミノタウロスに向かって手を組み祈るだけでいなくなるのだから。
『丁度いいわ! さあ、私の名声を高めて頂戴!! さあ、化け物! 役に立ってからどっかに行っちゃえ!』
「ガォォォォォォ! グルルルルル!」
近くの店や家屋を薙ぎ倒していく。
「ちょ、ちょっと何でよ! いつもは消えるのに!!
えい! やー! ちょっと! 消えろ! 消えろー!!」
マリリンが何度唱えてもミノタウロスは消えずに暴れている。
「「「ギャーーーーーーー!!」」」
目の前で何人も犠牲になっている。血が流れ断末魔が響く。
「何これ、何なのよ!? いや、いやよ、たたすけて…助けてよ!! どうなってるのよ!
いつもは消えてくれるじゃない! なんで…なんで消えないのよぉぉぉぉ!!」
ガタガタ震えて力が抜けていく。
「助けてください救国の聖女様―!」
「お助けくださいマリリン様―!!」
「む、無理よ。私には出来ない……」
憲兵や魔法騎士が大勢囲み、次々に魔法を繰り出すが、何もダメージを与えられない。
「いや、いやよ!」
マリリンは震える足を叩いて這いつくばり逃げ出す。
「マリリン様―! あなたしかあの化け物を倒せません!! 助けてください!!」
「無理よ! 私は救国の聖女様なんだから、あんたたちが私を守りなさいよ!!」
「何言ってんだ! 散々うちの商品ただで持ってったんだろう? 少しは役に立ちやがれ!! おいコラ! 逃げんじゃねー!!」
「おい、どうした!! 何で戻らない!?」
「どうなってるんだ!?」
「わ、分からねー。いつも通り操作したんだけど、き、消えないんだ!」
「……よし、もう一回やってみて駄目ならオヤジさん所に持って行こう!」
やはりもう一度繰り返してもミノタウロスは消えなかった。
ミノタウロスは学習してしまったのだ。呼び出されると少しして回収される、それを繰り返すうちに変異してしまった。このミノタウロスは攻撃を無効化にする呪文も刻まれている、今や無双状態であった。
マリリンは人々の叫び声や掴む手を振り払い、家に帰るとベッドに潜り込んでブルブルと震えていた。
「何で? 何でなの!? いつも通り祈ったわ、何で化け物がいなくならないのよ!!」
家の前には民衆が集まり『救国の聖女』に助けを求める声が鳴り止まない。
「嫌よ、無理よ!! 私にはそんな力なんて無いもの!!」
「殿下! あのミノタウロスが暴れ回って北上しております!」
「不味いな…、取り敢えず住民は避難させるのだ! 回復魔法が使える者は召集をかけろ。陛下の警護はどうなっている?」
「はい、魔法師団長と騎士団が周りを固めております」
「天竜樹の方はどうだ?」
「はい、こちらも厳重に警護させております」
「殿下、このままでは王宮に来るのも時間の問題だ。魔法が効かないとなると…対抗する手段がないぞ?」
「殿下の空魔法とバークレーの闇魔法でどこかに囲うと言うのはどうですか?」
「……悪くない案だ。だが、それをどこに保管するか…?どこかで出てきたらそれも厄介だ」
「いや、その前にアレを囲えるかも分からない。ミノタウロスは現在魔法を使ったと報告はないが、我々の上位種となると我々の魔法がどこまで効くか…」
「確かにそれはあるな。……噂によると今まではマリリン若しくはマリリングッズで退散してくれていたのが、本人が祈っても効果がなかったって?」
「ああ、祈っても効果がないと分かるとすぐに逃げ出したとさ」
「一味ではないのか? 何か不具合があったのだろうか?」
ラディージャは天竜樹のところへ来ていた。
お世話をしていたら、急に厳重に周りを騎士が取り囲み始めたのだ。
そこで何があったか聞くと驚愕した。
『天竜樹様、どう言うことなのでしょう? 何もなければいいのですが』
この時ディーンシュトは魔法省に仕事に行っていた。
ラディージャはカランを出して話をしていた。
「うーーーん、魔獣か…危ないかも」
「カラン、何が危ないの?」
「この王都はさ、魔素が少ないんだよね。ミノタウロスは3m位あるとすると、体の維持にも魔法を使うにも魔素が足りない。そうするとどうすると思う?」
「魔素が濃い場所を探す?」
「そう。ここら辺で1番良質な魔素の濃い場所って言うと?」
「ここ…天竜樹様の所?」
「正解、魔獣だから魔素が欠乏して錯乱状態になると危険だし、その状態でここにやって来ると、ここで暴れちゃうかもって事。そんでもってここに居座るとかね」
「困る! でも、でもねカランどうしたらいいのか分からないよ。だってミノタウロスは人間がここに呼び出したんでしょう? 用がなくなったから殺すって言うのも…人間のエゴの気がして…」
「ふふ、ラディージャは良い子だよね。人間本位で考えないところが好ましいよ」
「そんな事ないよ。だってきっとどうしようもなくなれば…ミノタウロスを消すことを選んでしまう…」
「多分ね。僕のことも薬が必要になれば使うかもしれない?」
「無理だよ! カランはもう…無理。大事な友達だもん」
「うん。僕みたいな魔草でもそう言ってくれる、凄く嬉しいよ。天竜樹様のことも自分に利益があるから好きなわけじゃないでしょう? 天竜樹様のことも僕のことも人間じゃなくても大切にしてくれてるって分かるから、僕たちも大切にしたいって思うんだ」
「うん、凄く大切。 はぁ〜、ミノタウロスも元も場所に戻れればいいのに……」
「そうだね、ラディージャが強く望めば出来るかもね」
多くの犠牲を出しながら王都で暴れ回るミノタウロス、恐れていた事態が起きた。
魔法を使い始めた。
手を振って殴っても、足を振り下ろしても蹴っ飛ばしても、鼻息も雄叫びも、暴風となり街に吹き荒れた。手や足での破壊行動以上に多くの被害が広範囲で出る。
魔術師たちは衝撃や暴風を止めるために魔法壁を作り、少しでも被害を抑えようと必死だ。
バークレーやディーンシュトも現場へ駆り出された。
まずはミノタウロスが纏う攻撃無効魔法を打ち破るために懸命になった。
ディーンシュトの空間魔法でミノタウロスを閉じ込めたいが、人間より魔力が多く、術式を組んでも破られてしまう。何度も繰り返しているとこちらの魔力が消費して保たない。
バークレーの闇魔法でミノタウロスから感じる魔術の解析を行う。
クパルやカルディア公爵夫人たちは魔術師たちに回復魔法を施すが、レベルは中級でも下位のため、全回復とまではいかない。回復ポーションも併用しながら全員で立ち向かう。
男たちは魔道具を持ち込み、オヤジさんに確認をしてもらう。
「オヤジさん、何とかしてくれ! 大変なことになってるんだよ!!」
「貸してみろ!」
魔道具に描いてある術式を分解し1つ1つ確認していく。
ジトリと嫌な汗が流れていく。1人は『アプセ』のリーダーに連絡を入れる。
「どうなっているのだ?」
「分かりません。いつも通り魔道具を起動させて、マリリンが祈りを捧げたので回収に入ったのですが、回収できずアレが暴れ回って収拾がつかず、何度か試したのですが効果が無いので魔道具を持ち帰り、今はオヤジさんに確認してもらっています」
「そうか…。原因が分かったら連絡してくれ。それでマリリンはどうした?」
「それが、何回か祈ってはいたのですが効果もなく化け物が暴れ回るので逃げ出してしまいました」
「ふぅぅぅぅぅ、周りの反応は?」
「マリリンに助けを求めていましたが…暴言を吐いて帰ってしまったので…。何人かはそのままマリリンを追いかけて行き、多くの者は逃げ惑っていました。その後は魔術師たちが来たので、分かりません」
「あの化け物はどこへ向かっているのだ?」
「分かりません。ただ北上していました」
「このまま行くと王宮か…、何を目指しているのだ!?」
「ただ真っ直ぐ進んでいるとすると…、天竜樹かも知れません」
「何だって!! 駄目だ、それだけは駄目だ! 王家を倒してもこの国に住めなくなっては意味がない! それだけは阻止しなくては…、オヤジさんに急ぐように頼んで何とか天竜樹だけは護るのだ!!」
「はい!」
『なんてことだ! 何が起きたと言うのだ!! こんな筈では、こんな筈ではなかったのに! クソっ! どうする、どうすれば……いや、まだ大丈夫、何とかなる。そうだ魔道具だ、魔道具を直せばまだ立て直せる!!』
男は他の2人にも現状を報告し、策を練ることにした。




