46、狙ったもの−1
今はまさに『救国の聖女』フィーバーが起きていた。
マリリンのグッズや肖像画などが作られ、街のあちこちで売られていた。
大人気の『救国の聖女』の顔を知らない者はいないほどだった。
マリリンが街に行けばどこに行っても声をかけられ、『金色の聖女』の時とは段違いなもてなしを受けていた。
カルディア公爵夫人は救国の聖女となったマリリンに再度近づくことはなかった。というのも、あれだけ権勢を振るっていたのに家が傾き始め、他に構う余裕がなくなっていたのだ。
カルディア公爵夫人の財布だったポルチーヌ侯爵家が無くなったことは然程問題はなかった。だが、どういう訳か徐々にか歯車が狂い始め、何もかもが上手くいかなくなっていった。
莫大な金が公爵家であるサディアス家には入っていたのだが、それが極端に減り始めた。特に変わったこともない…天候や人手などいつも通りなのに、次第に追い詰められている。これはポルチーヌ侯爵家と同じだと気づいた時、戦慄した。
『天竜様がお怒りなのだ!』
それ以来、サディアス公爵は事業を立て直そうと奔走し、カルディア夫人は恐怖で震えていたが、自分に出来ることをせねばと、シュテルン伯爵家にラディージャの面会を求めている。
「一言だけでも謝罪をさせて頂戴!」
「そう言われてもいないものはどうしようもありません。ラディージャを狙う輩がいて家に帰って来られませんの」
「では せめて謝罪の手紙を渡して頂戴!!」
「何故です? あの娘をお茶会に呼びつけて罵ったことの謝罪を…今更ですか? また身分を笠に何かを強要なさるの?更なる怒りに触れたらどうなさるの?もっと悪い方向に行ったらまたあの娘を悪様に言うの?
それに…、あなたがあの娘を傷つけた事実は変わらないのに無理やり謝罪して受け入れろ、許せと強要するの? 大体、それで助かると思ってらっしゃるの? やめて頂きたいわ、お引き取りになって」
「わたくしは公爵夫人なのよ! 無礼だわ!」
「ほらご覧なさい、謝罪したのだから許せと仰るのでしょう? それで謝罪だなんて…。兎に角、あの娘はここにはおりませんの! それにあの娘は自分が刻印なしと蔑まれることは分かっていてお茶会にも参加したし、日々そんな理不尽と戦ってる。 だから多くのことを諦めてる…あなたに恨みを抱いてなどいないわ。全ては天竜様の思し召し、あの娘が願ったことでもないからどうしようもないわ。お分かりになったらお帰りになって」
「そ、そんな…」
カルディア公爵夫人はサーシャに言い負かされて、肩を落として帰って行った。
サーシャは最近こんな対応が多いのだ。サーシャは今は伯爵夫人だが元は公爵令嬢、言い合いでは負けない。愛する者を護るために戦う母なのだ。
ある者はラディージャに利益を求め、ある者はカルディアのように自分の罪を許せと言ってくる。その告白で如何にラディージャが理不尽な目に遭っていたか知り胸が痛かった。
だから余計に罪の告白をしてくる者たちを許せなくなっていた。
「まったく! お清めしておいて頂戴!」
フンスカ怒って、その顔はまさに母であった。
街では『救国の聖女』に役職や何か名誉を与えるべきだとの声が上がり、最近は王宮の会議の場でも度々持ち出されていた。
「陛下! 救国の聖女マリリンの働きは素晴らしいものでした! 是非とも彼女を国を挙げて保護し、今後とも活動しやすく国に留めるよう重要な役職をお与えになるべきです!!」
「ええ、私もその意見に賛同させて頂きます。得難き能力を持っております。この国の未来に必要と愚考いたします」
「ふむ、だがまだ他に片付けなければならない事がある。王太子」
「はい。その後も捜査をして参りましたが、あの場に現れたミノタウロスは結界の外から自分の意思でやってきた確認は取れませんでした。つまり、あの場に何者かが出現させたということです」
「な、何ですって!?」
「誰がそんな恐ろしいことを!!」
「誰か、についてはまだ捜索中です。ただ、会場に入ってきたところも出て行ったところも警備兵は見ていない、誰かが意図的にアレを持ち込んだという事です。
では何の為に? アレを出現させたことで誰にどんなメリットが生まれた?」
重臣たちは互いの顔を見合わせる。
「救国の聖女 いや、マリリン・ビーバーが関与しているとお考えなのですか?」
ジョシュア王太子殿下の次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「今のところ調査中、故に確定事項はない。そして、マリリン・ビーバーがあの時に何かをした痕跡、転移魔法などを使用した痕跡は確認できなかった。あるとすれば、今までにないはない何かと言うことだ。
私は何者かが、マリリン・ビーバーを救国の聖女にし何かを企んでいると思っている。彼女自身が何者かと共謀しているかは正直怪しい、策謀通り動いているとは思えないからだ。ただ、何者たちかの計画の中心にいる事は間違いないと思っている。こうしてマリリンを国の要職につけようと各地から上がること事態が不自然に感じる。
つまり、現時点でマリリン・ビーバーに要職を与えるつもりはない」
シーーーーーーン
「何者かが何かを企み化け物を使いマリリン嬢を聖女にしようと画策している。だが、国がマリリン嬢を救国の聖女にせず、権力を与えなければ…恐らく、あの化け物を使いまたマリリン嬢に化け物退治をさせると踏んでいる」
「ば、化け物がまた現れるというのですか!?」
「私はそう思っている」
ザワザワ
「まだ捜査中のため、今日の内容は伏せるように。よってマリリン・ビーバーの件は保留とする」
「「「「「はい、承知致しました」」」」」
カラッティ侯爵夫人が天竜樹のもとへやって来た。
天竜樹は結界を維持する為に神殿から毎日魔力を送っている。カラッティ侯爵家の役割りは、天竜樹に異変がないか魔法を使い健康チェック、エリア内の清掃とカラッティ侯爵家に伝わる儀式を行う。主に天竜樹の世話係にして頂いた天竜樹と先祖に感謝を伝えるものだ。
カラッティ侯爵家が格式高い由緒正しい家柄と認められているのは、この天竜樹の世話係に代々引き継がれているからだ。カラッティ侯爵家は天竜樹の為に存在していると言っても過言ではない。一族は代々敬意を持って接している。
いつも通りゲートにいる警備員たちを一瞥し中へ入ろうとした。
ドン!「キャー!」
カラッティ侯爵夫人は何かにぶつかって尻餅をついた。
従者が慌てて駆け寄り声をかける。
「奥様、大丈夫でございますか?」
ケイティナ夫人は何が起きたか分からず混乱していた。
手を借りて立ち上がると、自分がぶつかった物を確かめる。だが、そこには何も無かった。
「スレイ、今わたくし何にぶつかったの?」
「私の位置からでは分かりかねます」
警備の者たちも何が起きたか分からなかった。
ケイティナ夫人は自分が通った場所をもう一度慎重に歩いてみた。特に何もない、そのまま先ほど通った道を進む…だが透明なガラスに遮られるかのように先には進めなかった。
「どういうことですの!? 何故わたくしが通れないの?」
ケイティナ夫人は神殿へ連絡とカラッティ侯爵にすぐに連絡を取った。訳が分からず透明なそこを手でペタペタ触りながら、何かを確かめる。
『これは結界なのかしら?』
カラッティ侯爵家の者は全員集合し検証した。
残念ながら父も母も兄2人もある地点より先には進めなかった。
神殿の神官も様子を見に来た。ところが問題なく通ることが出来た。首を捻るしかない。
その報せを聞いたジョシュア王太子殿下たちが様子を見に来た。
「殿下…」
ジョシュア王太子殿下たちを認めると膝をついた。
「ああ、そのままでいい」
カラッティ侯爵家の者たちは顔色が悪い。
「カラッティ侯爵夫人が天竜樹の敷地内に入れないと聞いたが? 結界でも張られているのか?」
「いえ、あの…それが」
歯切れが悪い。
「殿下、実は入れないのはカラッティ侯爵家の者だけなのでございます」
神官長が困った顔で補足し、それをカラッティ侯爵家の者たちは屈辱に耐えて聞いていた。
「それはどういう事なのだ?」
神官長が実際にゲートを通って見せてみる。
「この通り、私どもが通るのに問題はございません」
それを聞いてジョシュア王太子殿下も通ってみる。確かに今まで通り何の問題もない。
王太子殿下は、カラッティ侯爵を見ると、青白い顔をしながら近づいてきて、同じ場所を通る。するとやはり弾かれてしまう。悔しそうに拳を握る。
「何故ですの! 何故このような事が? 何故我らが弾かれなければなりませんの!!」
ケイティナ侯爵夫人は取り乱し泣きじゃくる。
兄たちも愕然として蒼白している。
だがカラッティ侯爵だけは思い当たるものがあった。
『天竜様からラディージャにカラッティ侯爵家は要らないと判断された』
以前、記憶改竄の時に聞いた言葉。
「ラディージャ おいで」
「はい」
「ラディージャも通ってごらん」
「はい」
皆が見つめる中でラディージャは普通に通る。
「おお、流石天竜様の愛し子様じゃ!」
「そうだね、ラディージャは問題ないようだ。では、カラッティ侯爵家の者が中に入れない間は天竜樹のことはラディージャに任せてもいい?」
「はい、畏まりました」
「何故ですの!? 何故その娘は良くてわたくしではいけませんの? どうして!! 同じカラッティ侯爵家の者ですのに!!」
兄たちも目の前の妹を見つめるが妹がこちらを見ることはなかった。
ラディージャはディーンシュトと共に天竜樹の元へ向かった。
手を繋いで中へ入っていく。
2人が入った後ろ姿を見つめることしかできない。
そして暫く経つと、空気が和らぐのを感じた。先程までの張り詰めた空気が一転して煌めいている。こんな空気をカラッティ侯爵家の人間は初めて感じた。
心の中を占めていたモヤモヤしたものや卑屈になったジクジクとしたものが洗い流されていく。
その時になって初めて、自分たちが間違っていたのかもしれないと思った。
自分たちが信じていた絶対神 天竜様に拒絶されて、自分たちの存在価値を失った。
戻ってきた2人はとても幸せそうで自然体だった。
「ラディージャ、ディーンシュトお疲れ様。特に問題なかったな?では戻ろう」
「「はい 殿下」」
ジョシュア王太子殿下たちは戻って行った。
それを呆然と見つめるカラッティ侯爵家、ラディージャとは何も話すことはできなかった、視線を合わすこともなかった。ラディージャの中にはカラッティ侯爵家の人間は存在していない。そしてあれだけ刻印が出ず無能と蔑んでいたラディージャは確かに天竜様の愛し子と知った。
執務室にジョシュア王太子が戻ると報告書が届いた。
ミノタウロスがまた出現したのだ。
そして今回は、マリリンの彫刻に助けられたと言うのだ。
「くっ、笑わせてくれる」
「ああ、馬鹿にされたものだな」
ジョシュア王太子たちは集まってくる情報を精査した。
ラディージャとディーンシュトは王宮の一部の王族しか入れない書庫に来ていた。
ここにある物は限られた人間しか見ることが出来ない。2人は以前陛下の許しを得たジョシュア王太子に連れてきて貰ったのだ。
ここで何をしているかと言えば、竜魔法について調べているのだ。
竜魔法は文献上で存在するとしか確認されていない。だがどこを調べても具体的な内容はどこにも無い。最早 空想のものとされてきた代物だ。
竜魔法以外はウェストン魔術師長をはじめディーンシュトやジョシュア王太子にも魔法を教わってきたのだが、竜魔法については何が出来るかが分からなかった。
そこでラディージャに極秘文書を見せることとなったのだ。ただ、400年以上も確認されず、魔法省に保管されている資料にも竜魔法についての記載はなかった。つまり具体的な使い方や能力については不明なまま、文献の中で糸口を掴むことになった。
ラディージャの黒刻印について知るのは、ディーンシュト、ジョシュア王太子、レイアース、ウェストン魔術師長の4名のみ、それぞれが仕事をしながら同時進行で調べているのだった。




