44、生誕祭−4
「お父様、一緒に踊ってくださいませんか? お母様宜しいでしょう?」
レイアースに強請るラディージャ。
やはりラディージャの中ではレイアースとサーシャが実の両親なのだ、それに親子の関係性も書き換えられた。カラッティ侯爵家では家族に甘えるようなことはなかった。
レイアースもサーシャも、ラディージャが書き換えられた家族像に合わせてくれている。
「ええ、勿論いいわよ、ね!レイ」
「ああ、可愛い娘のおねだりだ、拒む理由がない。ディーンシュト少しだけ娘を借りられるかな?」
「ええ、ラディが望むなら勿論です。楽しんできてね」
「有難うディー、有難うお父様、お母様」
レイアースの胸に飛び込み礼を言うと、淑女の顔になり父の手に自分の手を重ねる。
慈しむ目でラディージャを見つめ、ラディージャは絶大な信頼と愛情それに甘えるような仕草を見せる。誰が見ても本当の親子に見える。
ラディージャと少しでも懇意になりたい者たちが近づいてくるが、レイアースは巧みなステップで華麗にすり抜けていく。
そこにはラディージャの兄たちもいたが気づくことはなかった。兄たちもラディージャの笑顔を6〜7年見ていなかった。それ以前にどんな顔をしていたかも覚えていない、目の前にいるラディージャは他人ようだった。
兄たちは両親のように、『天竜様の愛し子』と言うならカラッティ侯爵家に相応しい、カラッティ侯爵家に取り戻すと言う考え方には同意できなかった。それは自分たちが妹を妹としてもカラッティ侯爵家の者とも扱ってこなかったと自覚があるから。
父からラディージャは、カラッティ侯爵家の人間だったことも自分たちのことも何も覚えてないと聞いた。そしてそれが天竜様のご意思だと知ると尚更、近づく気にはなれなかった。
カラッティ侯爵家の者とは違い、眩しいくらいに笑うラディージャに臆していた。
曲が終わり戻っていく。
その背中を見ていることしかできなかった。
ラディージャはレイアースのエスコートでディーンシュトとサーシャの元に戻る。
「ふふ、楽しかったみたいで良かったわね」
「はい、お母様!」
「ロペス執務室長、少しご令嬢とお話しさせて頂いても宜しいでしょうか?」
近づいてきたのはカフタス・テングローブ卿。
伯爵家の次男で慈善事業など社会貢献をし、格安の金利で低所得者にも高利貸しもしていて、手広く仕事をし、金を稼ぎ、刻印なしや爵位を継げない者たちの手助けもしている。社会的信用も高い。
一応保護者である自分がいる時にラディージャと話をしたいと言うのも好感が持てた。
「テングローブ卿、どう言ったお話しですか?」
「ええ、私どもは刻印なしの方たちが蔑まされる現況に嘆き、組織的に仕事の斡旋などをしたりしています。宜しければ、ご令嬢にもご参加頂けないかと思いまして、お誘いに参りました」
「残念だが、うちの娘に利用価値を見出して有象無象が近づいてくるので、一般の組織には参加出来ないのですよ」
「なるほど、確かにそうですね。でも、もしご令嬢がお辛い目に遭ってきたのであれば、同じような境遇の者たちのお力になって頂けると思うのです。是非、代表となりご令嬢のお力をお貸し頂きたいのです」
『ふん、断りづらいことを…厄介だな』
「ご令嬢のお気持ちをお聞かせ願えませんでしょうか?」
既に魔法刻印が出ているラディージャは刻印なしの代表などになれるはずもなかった。
「残念ですがお断り申し上げます」
「…理由を伺っても宜しいですか?」
「私は未熟で、まだ何者でも無いのです。私はまだ18歳です、他の方の苦労に比べれば私など…、優しい家族と友人に恵まれております。それに…他にやるべき事があるのでお許しください」
「テングローブ卿、実は先程も娘を狙った襲撃者がいたのです。ですから落ち着くまでは外には出せないのですよ」
「………そうですか、残念ですね。では、またの機会にお願いにあがります」
「機会があれば」
ラディージャは目礼をした。
テングローブ卿が去ってから、レイアースはラディージャの様子を確認した。
あんな風に素気無く断るとは思わなかったのだ。
「ラディージャ、テングローブ卿を知っているの?」
「いえ存じません」
「なら何故?」
「分かりません。私にはテングローブ卿も他の皆さんも同じにしか思えません、ただそれだけです」
『他と同じ? それは第六感で感じ取ったものなのか? それとも…』
「私は子供で、家族と愛する人、それに友人がいれば今はいいのです…ごめんなさい」
「ふっ、構わないよ。さあディーンシュトに返さなくちゃね」
「…そうだよ。おいでラディ ちゅ」
ディーンシュトも浮かない顔をしている。
正直、ラディージャの記憶が改竄されたこと以外に何が変わったのか分からない。ただテングローブ卿に対する態度には違和感を覚えた。それが何を意味するのか…。
『ラディにとって危険人物と言う事なのだろうか? ラディは自分が刻印有りになったから関われないと思っているわけではなさそうだった。やはり何かありそうだ…』
マリリンはやっとマクロン卿を見つけた。
『あぁ! 見つけたぁ〜!!』
小指を立てた手をフリフリしながら満面の笑みでマクロン卿の元へと足を向かわせる。
『あー、邪魔な人たちね…』
「どいてくださる?」
人を掻き分け進む、あっ!目が合った!
『こっち、こっちですぅ〜』
手を振ってニコニコしながら小走りで近づいて行くが、視線を外し反対へ行ってしまう。
「マクロン卿! マリリンですー!私はここにいますー! マクロン卿―!!」
大きな声でマリリンが叫ぶので、周りが注視し始めた。
眉間に皺を寄せたマクロン卿が踵を返し近づいてきた。
『あん、やっと気づいたぁ〜』
「ビーバー嬢、悪いが話しかけないでくれ。君も天竜様の愛し子のことは聞いているのだろう? サディアス公爵家の皆さんもああしているのだから自重してくれ」
そういうと足早に去って行ってしまった。
取り残されたマリリンはポカンとして、状況を飲み込めなかった。
「なんなの、あれ…、何で話しかけるなって…どうして? 天竜様の愛し子がなんだって言うのよ!!」
呆然としていると、周りの冷ややかな視線と嘲りの声が聞こえる。
クスクス
「マリリン・ビーバー嬢は世情に疎いらしいわね」
「全くだ。天罰を恐れて皆大人しくしているって言うのに…」
「光魔法の使えない聖女様は天竜様の愛し子に太刀打ちできると思っているのかね?」
「あはは面白い! 教養も能力もビーバー嬢とシュテルン伯爵家のご令嬢では、正直勝負になりますまい」
「金色の刻印の意味すら理解していない方では…ねえ?金色を授かりながら何も貢献できていないのに、私なら恥ずかしくて外を歩けません!」
「確かに確かに! なんでも大した魔法も使えず、魔法省にも所属せず、努力もしないときては…正直、国は何も期待していないと言う意思表示では無いかと」
「ええ、そうですね。別の筋からでは、クパル様やサディアス公爵夫人に付きっきりで教えて頂き、その上『竜の爪』にまで連れて行って、やっとこさ生活魔法程度らしいです。残念ながら魔法の才能が無いらしいです。そして ここだけの話し…愚鈍で扱いに困っていたとか」
「ああ、私もそれを聞きましたわ! それに実家のビーバー男爵家は借金で首が回らなくなると、サディアス公爵家の物を売って補填したって聞いたわ」
「私はその金でマリリン嬢が買い物しまくっていると聞いたぞ」
「大した聖女様だな!」
以前までの掃き溜めに鶴とばかりに、男爵家から生まれた聖女を下級貴族を中心に盛り立てていた。男爵家から出た聖女ならば、自分たち下級貴族の立場も変わるかもしれない、そう思っていたのに実際は公爵家の人間と一緒になって下等生物でも見るかのように蔑んで見て、自分たちの利益に繋がることは何も無かった。金色の聖女となって利益だけ享受し奔放、最早自分たちの仲間ではなかった。
対する『天竜様の愛し子』も自分たちに何かをしてくれたわけでは無いが、魔獣の脅威に怯えずに暮らせるのは天竜樹の恩恵と国民の誰もが知り身に染みているため、『天竜様の愛し子』を国民全てが愛を持って歓迎していた。
圧倒的な人気を誇った『金色の聖女』は『天竜様の愛し子』の出現によって過去のものとなってしまっていた。
マリリンに聞こえていても誰も気にする様子はない。
ワナワナしながらドレスを握る。
「今 ひどいこと言ったのは誰? 私だって一生懸命やってるわ! それなのに…それなのにひどい!! 買い物してあなた達に迷惑かけた? 何の関係もないあなた達にとやかく言われる筋合いはないわ! あなた達なんて…困った時に助けてって言っても絶対、ぜーったい助けてあげないんだから!!」
その物言いにも馬鹿にした視線を寄せる。
「大した事もできないくせに何を助けるって言うのか…、金色の聖女様は面白いことを仰る、クフフフ」
「本当に金色の聖女様がお使いになる火魔法も風魔法も水魔法も…皆様が魔法刻印が現れて1ヶ月以内に習得するもの、誰でも出来るものですし…何の助けになるのでしょう?」
「くっくっく、そう言ってやるな! 本人はあの程度で満足しているんだから」
「クスクス」
「ふっふっふ」
「感じ悪い感じ悪い凄く嫌な感じ!!」
「天竜様の愛し子様は気品があり、教養があり、努力もされ素晴らしい方だ、全く誰かとは、違う。しかも一方は他人の物を売り払って買い物三昧、泥棒か? ふぅ〜」
多くの目がマリリンに突き刺さる。
「ぐっ!」
『何よ! あんた達だって大した能力もなく他人に縋る寄生虫のくせに!!』
ラディージャはディーンシュトと楽しそうに話をしている。
マクロン卿には話しかけるなと言われ、下級貴族には役立たずの浪費家扱いされて、マリリンは面白く無いところへ来て、ラディージャの笑顔は更に癪に触る。
そこへきてなんと、ラディージャとディーンシュトの元にマクロン卿が近づいたのだ。
紳士的で人当たりの良いマクロン卿は、その2人と数人と楽しそうに談笑していた。
それが1番許せなかった!
『何よ! 私には話しかけるなって言ったのに、何であの女とは話してるのよ!』
確かめずにはいられない。
一言いってやらずにはいられない。
「ラディージャ・カラッティ! お前はまた私の男を取るつもりかー!!」
会場が静けさに包まれた。
そしてマリリンがラディージャに手を上げた。
その瞬間、ラディージャの護衛のパスカル卿が間に入り、振り下ろされた手を受け止めた。
そしてすぐにマリリンは拘束され引き離された。
「離してよ! 何するのよ! この女は私からディーンシュト様だけじゃなく、マクロン卿まで取ったのよ!!」
騒つく会場。
「ビーバー嬢、私は一度たりともあなたのものになった覚えはない。婚約の事実もない、番でもない。嘘を広めて欲しくないな。私は幼い頃よりラディージャ以外の女性に心奪われたことはありません。生涯ラディージャ唯1人を愛し抜くつもりです」
「私からもいいですか? マリリン様、私も番がいます、ですからマリリン様に特別な感情を抱いたことはございません。私はサディアス公爵夫人にお世話になりましたので、その…恩返しのつもりで接しておりました。誤解させたのなら申し訳ありません」
「はぁ!? 何それ…。マクロン卿に番がいるですって!?」
周りからの失笑が聞こえる。
「だって、いつも優しくしてくれたじゃない! エスコートだって完璧で、好きなもの買ってくれたし、美味しいものだって食べさせてくれたわ! あれって私のこと好きだからしてくれていたんでしょう!?」
これまた失笑を誘う。
「あー、言いにくいのですが、貴族としての嗜みです、紳士として接していただけです」
「嘘よ! 少しも好きじゃなかったって言うの? 普通そう言うのって下心があるからでしょう? 分かった! この女が天竜様の愛し子とかっていい始めて、私と仲良くしていると変なこと言う奴らがいるから顔色伺ってるんでしょう! やっぱり元凶はこの女なのよ!!」
「おやめくださいマリリン様! 私は天竜様の愛し子様にご挨拶をさせて頂いただけです…もう、おやめください。シュテルン伯爵家のご令嬢は公平でお優しい方です。話の端々に知性を感じ感銘を受けることばかり…、有意義な時間を過ごさせて頂きました。決してマリリン様が仰るようなことはございません!」
「酷い!酷い!酷い! 何でみんなラディージャの味方ばかりするのよ!!」
ドガーーーーーーン!!
けたたましい轟音が鳴り響いた。




