43、生誕祭−3
「金色の聖女様、宜しければ踊りませんか?」
『やっときた! 声的には中年までは行ってない筈!』
喜び勇んで振り向いた。
「うふふ どなた………え? 誰?おじさん、ん?お爺さん?」
振り返ると声は若く感じたが、禿げ散らかし体臭がキツい太って出来物だらけのオッサンだった。取り敢えず持ち物チェック!
ピピピピピ ブー。
ないわ。 うん、ない。
どう見ても男爵って感じ。
お金もセンスも何も持ってないわね。
「私はバブラーゼン男爵だ、さあ一緒に踊ってくださいな、この老いぼれの英気を養うためにお嬢さんの若いエキスを感じさせてくださらんか? グヘグヘグヘヘ」
「は? キモいんだけど…。無理です、嫌です、どっか行ってください、勘弁してください、本当に警備兵呼びますからね!」
「失敬な! 若いだけの小娘が!」
「は? 私はれっきとした金色の聖女ですー!! あなたみたいな人 眼中にないの!」
「金色の聖女!? はっ!何も知らんのか? 光魔法が使えない聖女なんてどこにいるんだ? あ? 1人でも治療したことあるのか? お前は役に立たないからサディアス公爵家から捨てられたんだろう? 光魔法の使えない聖女より魔法刻印のない天竜様の愛し子が人気なのだ! もう誰もお前の事なんて金色の聖女なんて思ってないのだ!」
「は? な、何言ってんの!? 天竜様の愛し子って何よ!! ひ、光魔法だってその内使えるようになるわよ!だって、火だって水だって、風だって時間はかかったけど使えるようになったじゃない! 天竜様の愛し子なんて何魔法になるのよ、刻印なしは魔法が使えないんでしょう?だったらその天竜様の愛し子に何が出来るって言うのよ! そんなの聞いてないわよ! 光魔法が1番凄いんでしょ? 嘘言わないで!!」
「はっ、笑わせる! 使えるようになった魔法だって子供の遊び程度の実力しかないくせに! 普通の者なら1ヶ月もあれば出来ることを3年かかったんだろう? それで聖女?笑わせるな! 何のための金色の魔法刻印なんだか」
「煩いじじい! はーはーはーはー。ちょっと待って…、魔法刻印なしが天竜様の愛し子って何よ! なんで魔法刻印なしが天竜様の愛し子になるのよ!! 誰のこと言ってるのよ! まさか?」
バブラーゼン男爵は殴りそうな衝動を周りに止められてなんとか落ち着けている。
近くにいた者が答える。
「ああ、そうですよ。あなたが泥棒猫と呼んだラディージャ・シュテルン伯爵令嬢ですよ」
「嘘よ! なんでそうなるのよ!! 魔法刻印は出ていない筈でしょう? なんでその天竜様の愛し子とかになるのよ!? 出鱈目言わないでよ! またあの女なの? またあの女が私から婚約者を奪い、その上金色の聖女まで奪うの? 許せない!!」
マリリンの無遠慮な物言いが近くにいた者たちも苛立ちを覚える。
自分たちと同じ男爵家の人間でありながら、自分たちを見下した物言いと汚い者でも見る顔が腹立たしく、遣り込めたい衝動に駆られる。
「奪ったって刻印が違ったならそもそもお前の番ではない。金色の聖女も実力を示せないから聖女じゃないってだけだ、誰もお前から奪っていない」
「なんちゃって聖女と違ってちゃんと実力を示している。流石は天竜様の愛し子様だ!」
「そうそう、お前が逃げられたヴォーグ伯爵家のご令息は天竜様の愛し子様を伴って それはそれは幸せそうに踊っていたな!」
「ああ、そうだった。今までの浮かない顔が一転して、どこから見ても幸せの絶頂って感じだったな、流石に見る目があると言ったところだ」
「それはそうだろう、誰が見ても…(チラッとマリリンを見て)これと愛し子様では、ふっふっ、雲泥の差だ」
「ああ、違いない」
「教養も立ち振る舞いも美しさも…何もかもが違う、違いすぎる」
「まるで路傍の石だな」
わざとマリリンを貶めるためにラディージャの名前を引き合いに出し、笑いものにする。
「ふざけないでよ! あんた達みたいな底辺の人間には分からないのよ! いつだって最高の男性に囲まれて、最高のもてなしを受けてる! あなた達には私の価値が分からないんだわ!」
ドレスを翻し、背を向けた。
みんな馬車停での騒ぎも知っている。自分を特別な存在だとして自分たちを馬鹿にしているマリリンに嫌悪感を持っていた。
『何よ! 何なのよ、もう! 天竜様の愛し子って何!? またアイツが邪魔するわけ!? 何でこう上手くいかないのよ!!』
「サディアス公爵夫人、天竜様の愛し子についてはどう思われますか?」
「どう、とは?」
「サディアス公爵家の皆様の一流を見分ける目は確かです。ですからどうなのかと思いまして」
「ええ、そうね。天竜様の愛し子など初めてのことでよく分かりませんが、本当であれば喜ばしいことだと思っておりますわ」
「本当であれば、とは偽物と言う事ですか?」
「いえ、そう言う事ではなく、わたくしの範疇ではないので計りかねると言うことですわ」
その陰でビクビクしている者たちがいた。
「カルディア様、あああああの天竜様の愛し子とは、以前お茶会に来ていた者ではありませんか?」
「ええええ、私もそう思うのです」
そう、以前何の面識もないラディージャをお茶会に呼び出して、マリリンの番であるディーンシュトに手を出すなんて、魔法刻印なしのくせに厚かましいとヒルマンと一緒に散々イビっていたのだ。正直言って、名前も顔も覚えていなかった。魔法刻印無しなど価値のない者だから当然の仕打ちとしか思っていなかった。
だが、マリリンの番と思っていた者が実は番では無かったと言う、信じられない話を聞いた。そしてその後も、天竜様の愛し子があの時の娘とは気づかなかった。だが、ポルチーヌ侯爵の騒ぎの時不意に思い出したのだ。ポルチーヌ侯爵が罵る言葉で、過去のお茶会を思い出した。その後のポルチーヌ侯爵家の没落を目の当たりにし、恐怖した。
密かにあの時の5人は不安に駆られ集まり相談していた。
ポルチーヌ侯爵家のようにあからさまな何か(魔獣出現)は無かったが家が少しずつ傾き始めている。ポルチーヌ侯爵は天竜様の愛し子に暴力を振るい、屋敷は魔獣に襲われ、あんなにも儲かっていた商売は傾き、魔法刻印まで消えたと聞き、恐ろしくて眠れない日々を過ごしていた。
「そうね、あの時お茶会に招待した子はラディージャ・カラッティ侯爵令嬢だったわ。つまり…天竜様の愛し子と言う事になるわね」
「どうしたらいいのでしょうか!! 知らなかったのです! まさか、まさか刻印なしが愛し子様だなんて!」
「私たちにも何か報復があるのでしょうか? もう、恐ろしくて…」
「噂では…徐々に魔法が使えなくなって…ある日 ま、魔法刻印が消えたと! そんな事になったらどうしたらいいのでしょう!」
「謝罪! 謝罪に参りましょう! あの時はマリリンの話を鵜呑みにしてしまったと、そう私たちも騙されていたのだと!慈悲に縋りましょう!!」
「そうですわね、だって知らなかったんですもの! マリリンに私たちは騙されていた、被害者ですわ!!」
そう5人が結論を出したが、カルディア夫人は賛同できない。その険しい顔に1人が気づくと次第に全員に伝わった。マズイ、そう思った時には既に遅かった。
「そう、あなた達がそうなさりたいと言うのならばそうなさればいいわ。これで失礼するわね」
踵を返し行ってしまった。
つまりは自分も騙された側、その他大勢側であると認める事であった。魔法至上主義で、自分たちこそが世界の中心で、何であったら王家より自分たちの方が力も影響力もあると思って来た。間違いなんてあってはならない、認められない。謝罪? 誰に? あり得ない!
マリリンについては違和感を薄々覚えていた。
いつまで経っても魔法どころか、魔力も巡らせられない、どちらかと言うと最も下等と蔑む無能さ。だが、1番の違和感は番に対する考え方、態度だ。
ディーンシュトが番だと言いながら、ディーンシュトと離れていられる事。番がいながら他の男に擦り寄る仕草を見せる事。ディーンシュトが駄目なら次へと気持ちを切り替えられる事。そして彼女の両親について…番とは互いだけが唯一の存在。この国では子供よりも番に対する愛情が深い。
マリリンの違和感に誰よりも気づいているのはカルディアであった、あったがそれを表立って認めるわけにはいかなかった。ラディージャに謝罪して済むなら誰よりもカルディアが謝罪したいと内心思っていた。
5人も岐路であった。恐怖からラディージャに謝罪をしたい、だがそうすればカルディアの元には戻れない。
5人は番である伴侶に相談し、天竜様の愛し子に謝罪することを選んだ。
早速、意を決して番いと共にラディージャの元へ向かう。だが、何故かラディージャの元には行き着かない。給仕の者や人の波によって辿り着かないのだ。
必ず邪魔が入る…、誰かの意図、指示は無い。だけど偶然が重なり、結果は目的地には着かない。偶然も何度も重なれば必然、これが天竜様のご意思ではないかと思えた。
ガクガクと膝が震える。
番の支えが無ければ立っていられない。
「愛し子様―! ラディージャ様!! お許しください! お許しください!! 私たちは騙されていただけなのです!! ラディージャ様を害する気持ちなんて…な、なかったのです。ただ、金色の聖女の力になりたかっただけで…、私たちが間違っていました! どうか、どうか広いお心でお許しください! 愛し子様――――!!!」
ラディージャの元へ辿り着かない5人はせめて気持ちを伝えようと口々に叫んだ。
ところが、音楽に掻き消され、人々の声に消されていく。
息を合わせて、恥も外聞もなく大声で叫んだ。
5人はそれぞれが互いを見て驚愕し、言葉を失う。
何かを伝えようと必死で伝えるが何も伝わらない…、声が出ていなかった。
絶叫するもその音はない。号泣しながらそれぞれの番に訴えかけた。その恐怖と後悔が番にも伝わってくる。こんな事が出来るのは天竜様のみ、自分たちは天竜様の逆鱗に触れたのだと知る。倒れそうな番を抱え5人は番いと共に帰って行った。
ラディージャ達は護衛に守られてラディージャ達が許可した者しか近づけなくなっている。
ポルチーヌ侯爵の件があるので警護が厳しい。だが、許可を得た昔の仲間達は普通にその輪に入って話をしている。
ラディージャは楽しそうに笑っている。すると周りの空気が柔らかく温かくなる。気分が高揚し幸福感を感じる。
ディーンシュトが艶っぽくラディージャを見つめる。その瞳は番を見つめるものだ。みんな心当たりがある、『やはりディーンシュトとラディージャは番なのだな』そう感じていた。
こんなにも沢山の人で溢れているのに、目の前の番だけを感じ、見えない絆で繋がっている。
互いの温度を感じ、匂いを感じ、鼓動を感じ、存在を感じ、幸せで満たされる。
「この女は天竜様の愛し子なんかじゃない! 王家がポルチーヌ侯爵家を陥れるために用意した人形だ!! 騙されるな!! 全ては王家の陰謀だー!!」
突如、輪の外で騒ぎ始めた男。護衛達の中に入れず痺れを切らし、大声で叫び始めたのだ。
「ポルチーヌ侯爵家が財力を持ちすぎて邪魔になったから、そんな天竜様の愛し子なんて作ってポルチーヌ侯爵家を破滅に導いたのだ! 嘘で陥れ一族を葬ろうとしているのだ! その魔法刻印も出ない出来損ないの女を使った謀略だー!!」
男はポルチーヌ侯爵の傍系、ポルチーヌ侯爵が牢に捕らえられ、侯爵夫人が家を捨てて逃げてから、余波を受けたのは本家だけではなかったのだ。当主の投獄、領地の魔獣による攻撃、魔法刻印の消失…、ポルチーヌ侯爵家の管理する事業や商売、領地の農業、産業、商業、全てが短期間に傾いて行った。
サディアス公爵家の金庫番とか財布と呼ばれるだけあって、その資産は莫大なであった。一族は訳もわからず翻弄されるばかり、そこへ来て『天竜様の愛し子』の話しが出て、ポルチーヌ侯爵家一族は天竜様を蔑ろにする謀反人のような扱いを受けるようになった。何もかもが青天の霹靂、何の問題もなかったものが突如として地位も名誉も財産も失ったのだ、その憤りを何かにぶつけなければやり切れなかった。
ポルチーヌ侯爵の投獄、『天竜様の愛し子』の台頭は、王家の策略としか思えなかったポルチーヌ侯爵の弟ジョナサン・ポルチーヌは奮い立ち、この理不尽な仕打ちを人々に訴えかける事にした。大衆の前で大演説を繰り広げる。延々と王家の暴挙を切々と唱えている。
両手を挙げて力強く聴衆の心を掴もうと涙ながらに語る。
「このように我々にはなんの落ち度も無いのに、この様な仕打ち許せるでしょうか! あり得ない! 我々ポルチーヌ侯爵家が如何に王家に国民に貢献して来たかお分かりになりますか? 魔法刻印が消える?馬鹿な! 番を捨てる?それこそあり得ない!! 王家の者が連れ去ったに違いありません!! どうか、どうか真実の声を聴いて頂きたい!!」
30分にも渡って大演説を終え賛同してくれる人々を見た。
違和感を覚える。
そこに人々がいるのに誰もジョナサンに気づかない。
歩いて目の前の人間に触れる……感触がない!
「おい」
「なあ!」
「何だよこれは!」
同じ空間に居るはずなのに、ジョナサンだけが取り除かれてしまった。そこに人は変わらずいるのに、誰にも気づかれない。別の空間に囚われてしまった。叫んでも暴れても何の手応えもない。火魔法を展開してみたが…何も起きない。水魔法も、風魔法も何も起きない。何故だ! 何故こんな事が起きるのだ!! こんな魔法聞いたこともない!!
私はどうなるのだ? 私はどうしたらいい? 助けて、助けてくれー!!
残念ながら誰にも聞こえることはなかった。
そして会場では目の前にやってきたジョナサンが叫び出した途端消えた、すぐ様警護に体制を整え危険人物に備えたがターゲットは忽然と消え、護衛や警備兵は何が起きたか分からない。念の為上官に報告をし、魔術師が現場を確認する。だがそこには何の痕跡もない、例えば転移魔法や転送魔法など形跡は何も無かった、つまり何が起きてジョナサンが消えたかは分からない、ただ分かっているのは、ラディージャを傷つけようとした者がいたことと、その者が跡形もなく消えたことだけ。
ジョナサンが忽然と消えるのを見たのは護衛兵だけではない、近くにいた者たちも見ていた。そして全員が『天竜様の愛し子』に危害を加えようとして天竜様から罰を与えられた、と言う認識であった。
「ラディ、今度 魔法珠を買って防御魔法入れておこうね」
「…ええ、そうね。ディーお揃いにしましょう?」
「うん、そうだね」




