41、生誕祭−1
ジョシュア王太子の元には連日『天竜様の愛し子』の情報を求めて謁見を求める者が後を立たない。
世間はラディージャに魔法刻印が出たことを知らせていない。
これにより、魔法刻印はある者もない者も大いに興味を示していた。
まだあの場から転移し戻って来たとは伝えていないが、いつの間にか広がっている。
それにより魔法省にも薬局にも人が無意味に押し寄せる。
以前はパスカル卿1人の護衛だったが、今は最低でも2人つくことになった。それでも待ち伏せされて思うように行動できなくなっていった。そこで、薬局は長期休暇扱いにして、早々に魔法訓練をすることになった。
隠していたが結局、ラディージャの魔法刻印を確認することになった。
メンバーはジョシュア王太子殿下、レイアース、ウェストン魔術師長、ディーンシュトの4人で確認した。
「これはなんと!!」
「…は、初めて見ました! 実在したのですね」
「……素晴らしい!」
ラディージャの胸には黒色の刻印があった。
これにより古文書では全魔法が使える事となっている。
正式な魔道具で検査を行なった。
魔力量も多く、魔法刻印からも魔力を感知した。間違いなく、これは魔法刻印と証明された。
そして、ディーンシュトも再検査を行い、2人は同じ魔法刻印と証明され、番であると認定された。そして極秘にヴォーグ伯爵が呼ばれ、ラディージャの魔法刻印が発現したこと、それがディーンシュトと同じであることが伝えられた。
「天竜様の愛し子が我が家の嫁としてお迎えするのですね?」
「んー、ディーンシュトの嫁という立場は変わらないが、正直ヴォーグ伯爵家に収まるのは難しいと考えている。と言うのも、天竜様の愛し子として認知されてしまったため、連日王宮にもラディージャとの面会を求めて収拾がつかずに薬局へ勤めにも行けない状況だ。
これらを1伯爵家で対応できるかは、自明の理だ。
一先ず、婚約を結ばせるが、身柄はこのまま王宮で預かるつもりである。良いな?」
「はい、承知致しました」
現在ラディージャに付けている護衛もジョシュア王太子殿下の護衛である近衛騎士だ。現実的にその能力と同等のモノを用意するのは難しかった。そして金色の聖女より貴重な天竜様の愛し子、その扱いに思い倦ね、ジョシュア王太子殿下の気遣いに従うことにした。
早速、ヴォーグ伯爵とレイアースで婚約誓約書を作った。
大司教も呼び出し、サクサク手続きを進めていった。
「なんだディーンシュト不満そうな顔をして。あれだけ離れたくないって言っていたのに、不満か?」
「はい、婚約ではなく婚姻証明書の方が嬉しいです」
「あははは、この正直者め! ヴォーグ伯爵が許せばこの場で作っても構わないぞ?」
「本当ですか!? ラディージャ、僕と結婚してくれるよね?」
「勿論よ、ディーンシュト!」
「はいはい、じゃあ それもやるか! 手間がなくて良い」
その場で情緒もなく書類は整えられた。
「これで正式に2人は夫婦だ。良かったな」
「「はい!」」
両家の家族も揃わぬまま、2人の結婚はこうして整えられた。
そして、極秘で魔法訓練に入った。
正直言って空魔法、光魔法、闇魔法はいた事があるのだが、竜魔法は無かった。
古い文献と睨めっこしながら使い方を模索した。竜魔法以外は順調に扱い方をマスターしていった。
マリリンは部屋で爪の手入れをしていると絶叫する父親の声に驚いた。
「あー、ビックリした。なんなの? もう、爪の色がずれてついちゃうわ」
赤い花をすり潰して爪の上に乗せて、色が移るまでじっとしていなければならないのだ。
ベッドにうつ伏せで、顔の下には恋愛小説を置いて手は固定、足をバタつかせ続きを読み始めた。
そんなマリリンの部屋が勢いよく開けられた。
「マリリン! これは何なのだ!!」
「はぁ〜? いきなり何なのよ、ちゃんとノックくらいしてよね」
「ふざけるな! これは何だ!」
父親の手にあった書類がマリリンのベッドにぶちまけられた。
「今 手が離せないの。それで何なのこれ?」
「請求書だ! 全部全部お前がした買い物だと言う、これは何なのだ!!」
「あーーー、見ての通りよ? お買い物した分、払っておいてよ、お父様」
「ふざけるな!! こんな金うちのどこにあるって言うのだ! 何を買った? どこで買った? 今すぐ戻してこい! 金を返してこい!!」
「嫌に決まっているじゃない!! お金、お金って、いつも通りカルディア夫人が払ってくれるわよ!」
「馬鹿が! サディアス公爵家の金庫番、財布代わりのポルチーヌ侯爵家は一家離散して没落したんだ! 金を払うところが無くなったんだよ!」
「はぁ? でも、サディアス公爵家は健在なんだから問題ないでしょう?」
「どーやって払ってくれるって言うんだ! 今はサディアス公爵夫人だって自粛している、お前の買い物の金まで払う訳ないだろーが!」
マリリンは唇を噛み部屋を歩きながら考える。
「そうだわ! マクロン侯爵に払って貰えばいいわ! ねえ、今度国王陛下のお誕生会があるんでしょう? その時に絶対落としてみせるわ!」
「何を馬鹿な! 魔法刻印はどうするんだ!」
「どこに魔法刻印があるのかしら?」
「……左腕とか言っていたが」
「なら次に会った時、是非確認させて頂かなくちゃ!」
「だが、今来ている請求書はどうするのだ!」
「払っておいてよ、大した額じゃないでしょ!!」
「ふざけるな! この家を言っても払えない額だよ、馬鹿が!」
「はぁー!? 嘘でしょう貧乏臭い! カルディア夫人だったら1回の買い物でもっと大きな買い物するわよ!」
「お前は公爵家の人間じゃない! 男爵令嬢だろうが!」
『あーヤダヤダ! 貧乏って最悪! やってらんない!!』
すぐに現金化する手立てもないまま、すぐに取り立てが始まった。
ビーバー男爵は当座の借金を返済するためにある屋敷を訪ねていた。
「テングローブ卿! 資金を用立てて頂きたいのです。何とか、何とか…」
難しいと断っているのに、執事の前で土下座して帰ろうとしない、長く粘られて仕方なくテングローブ卿が出てくるとその足に縋りついて金を貸してくれと泣き縋った。
「モーリスも言った通り難しいのですよ、困った人だ」
「テングローブ卿に見捨てられたら我が男爵家はおしまいです!どうか、どうか!! 少しだけでも! お願い致します!!」
「ふぅー、最早少しだけでどうにかなる金額ではないですよ?
今がどう言う状況か分かっていますか? 計画が破綻しかけていて、こんなくだらない事に金を使っている場合ではないのですよ! しかも、これもこれもこれも! 計画に必要な経費とは認められない! これなど何だ?下着20枚? 何か勘違いしているのではないか? 『金色の聖女』の為にいくら出しているか分かっているのか? これからが本番となるはずだったなのに!!」
「お、お怒りは尤もですが…、手駒である私どもが没落してしまえば…その、もっと計画を狂わせることに…」
「ふざけるな!! 『天竜の愛し子』だぞ? これがどんな結果を齎すか! 人選を失敗したかもしれないのに! くっ! 兎に角、こんなくだらない事に出す金はない! 帰れ!!」
結局一銭も引き出すことは出来なかった。
ビーバー男爵は家に帰ると手をつけてないものから、使用人に言って返却しに行き、少しでも借金を軽くした。そして足りない分は、以前カルディア夫人から贈って貰ったドレスや宝石を売り捌いて金にした。
マリリンにはこっ酷く現状を言い聞かせた。だが既に国王陛下の生誕祭のドレスを発注していたのだった。仕方なくもう1着カルディア夫人からの贈り物を換金した。
それは『ザ・カルディア』のドレスで宝石がゴロゴロ付いていたので、その1着でマリリンのドレスも宝飾品も十分賄えた。
だがこの事はすぐにカルディア夫人の耳に入ってしまった。
『ザ・カルディア』タイプのドレスが売りに出ていると言うのだ。すぐに見に行くと確かに自分のドレスだった。
『これはマリリンにあげたドレス…』
カルディアのドレスが売られているとなれば、ポルチーヌ侯爵が没落し、サディアス公爵家も資金繰りが悪化していると、足元を見られる可能性もある、すぐに買い取った。
「誰がこのドレスを持ち込んだの?」
まさか、マリリンだとは思えない、泥棒か使用人を疑って確認すると思いもよらない人物の名が上がった。
「金色の聖女様が…今度の生誕祭に着るドレスをこれを売った費用で用立てて欲しいと仰られて…。一応お断りしたのですが、その…ドレスも仕立てられない状況だと泣きつかれまして…、カルディア公爵夫人の物を勝手に売るのはいかがなものかと申し上げたのですが…そのご理解頂けず…」
「もういいわ。マリリン本人が売ったと言うのね。今後は買い取らないで頂戴、我が公爵家の威厳に関わります」
「はい、承知致しました。 ……ですが、その…他でも売りに来たと聞き及んでおります」
「何ですって!? ゴホン どこか教えて頂戴」
カルディアはマリリンが売り捌いた店を一軒一軒回ることとなった。
『なんてことを仕出かしてくれたの!!』
マリリンにはカルディア公爵夫人のドレスは手の届かない立派な家宝に匹敵する代物だが、正直言えば一生着ることもない箪笥の肥やしでしかない。クラシカルと言えば上品だが、時代遅れの古びたデザイン、カルディア公爵夫人が着るから誰も何も言わないだけなのだ。
こうして不要な物を売り払い新しい物を手に入れる、マリリンには必要な措置だった。
『だって私にくれた物だもん、私の好きにしたって良いよね?』
実際は、次代の筆頭光魔法の魔術師に贈る、期待の表れだった。
だが、その想いをマリリンは知る由もなかった。
ディーンシュトはラディージャの家に呼ばれていた。
ラディージャの家とは勿論レイアースの家、シュテルン伯爵家。
サーシャ夫人がデザイナーを呼び揃いの衣装を作ってくれているのだ。
「お母様ったら…こんなにも沢山、着る機会がありませんわ」
「そうね、ないかもしれない。でも結婚して初めての公式の場なのよ? これからこう言う機会も増えるかも知れないでしょう? ふふ お父様も沢山作ってあげなさいって仰っているし、密かに殿下からも作らせて欲しいって頼まれているのよ? わたくし達みんなあなた達の幸せそうな笑顔が嬉しいの、何かしてあげたくて仕方ないの。だから黙って受け取れば良いのよ?」
「お母様…、みんなに祝って貰えて嬉しい。有難うお母様!」
サーシャに抱きついてお礼を言う。
そこには本当の親子の絆のようなものを感じた。
「ほら見てこちらも似合いそうだわ、これも! 若く美しいあなた達にピッタリ」
上機嫌で次々選んでいく。
「そうだわ、この宝石に合うものも作りたいわ」
取り出したのはブラックスターサファイアのゴージャスなネックレス。
「失礼致します、そちらのネックレスについては既にデザインの要望を頂いておりますので、採寸とご本人のご要望を伺えればと思っております」
「え?」
入ってきたのは王宮の国王陛下専属のお針子たち。つまりこのネックレスの贈り主は国王陛下だったらしい。
ラディージャの胸の魔法刻印はシールで隠された上に薄い下着を着ている。今なおラディージャの魔法刻印を見た者は3人だけ。故に本当のところこの宝石を贈る意味は知らされていない。ただ『天竜様の愛し子』に贈り物と思っている。
このネックレスとドレスをいつ着る事になるかは今は気にしないことにした。
サーシャはラディージャが高熱の後、カラッティ侯爵家からシュテルン伯爵家に養女に来たことを覚えていないと知ってショックを受けた。記憶改竄のせいでカラッティ侯爵家での事は覚えてない、それは本人の意思ではなく天竜様の取り計らいだと言うのだ。
ラディージャにとってカラッティ侯爵家での記憶は無くても差し障りがないと判断された事に切なさを覚えていた、つまりあまり良い記憶はないのだろう。それと同時にラディージャにとって我が家が実家なのだと思うと、もっと優しくしてやりたいとも思った。だが、すぐに嫁に貰われ、気づけばヴォーグ伯爵家の人間となってしまった。それが物凄く寂しい。
だから今は目一杯甘やかしたい。
サーシャが両親から教わったことも、レイアースと一緒になることで知った幸せも何もかも与えてやりたかった。
現在の派閥や勢力図などそう言ったことも、教科書には載っていない流動的で表面には出てこない、そう言ったことも丁寧に教えた。
どこの誰はどこのお茶が好き、誰と誰は仲が良いと思われているが実際はそうでもない、どこどこは商売が上手くいっていないから近づいてきたら要注意など、ラディージャを思ってのことと理解できた。これらの情報を持って生誕祭へと臨む。




