40、真相
ラディージャは体調が戻ってからまた薬局で働き始めた。
ディーンシュトも魔法省に就職したので、休憩時間になるとラディージャの研究室を訪れ逢瀬を楽しんでいた。
今日もラディージャの部屋でお茶を飲む。
「ラディ この小さなケーキが今王都で流行ってるんだって。こうしたプチっとしたサイズだから食べ比べが出来るって、行列が出来ているらしいよ。はい、あ〜ん」
「パクッ」
もきゅもきゅ
「うん、美味しい! ディーはどれ食べる?」
「じゃあ、これ。これはこの中だと1番ラディ好みじゃないから ふふ」
「あら、違うわ。きっとディーが好きだと思って手を出さないだけ ふふ はい あ〜ん」
「ん?」
パクッ もきゅもきゅ
「ほんろ? おろろいられ」
「もう、食べてからでいいのに。はい、お茶」
ごくごくごく
「ふー、有難う。そうだ、今度国王陛下の生誕祝賀会があるね。僕と一緒に行ってくれますか?」
「勿論よ ディーンシュト様 ちゅ。でも、またディーが巻き込まれないか心配だわ」
「大丈夫だよ、きっと前回ので懲りて寄ってこないだろうし…、それより今度は『愛し子』様〜って擦り寄ってくるんじゃない? どの道 ラディは渦中の人になりそうだね…」
「そうね…うっ! 痛い!」
「どうしたの!? どこが痛いの?」
「む、胸が熱い…」
蹲ったラディージャ、ディーンシュトは訳を話して部屋に連れて帰った。
「医官を呼ぼうか?」
「ううん、それより側にいて?」
「うん、勿論。どこが痛いか見てもいい?」
「うん、こう胸のあたりが熱くて…」
ディーンシュトが横になっているラディージャの服のボタンを外していくと確かに鎖骨の下5cmあたりが赤くなっていた。
「冷やす?」
「うん」
ディーンシュトは濡れたタオルで赤い部分を冷やしてくれていた。
だが、それは30分もしない内に落ち着いて熱さも痛みも無くなった。
ディーンシュトがタオルを退かすと驚くべきモノがそこにあった。
「ラディ! 魔法刻印だ! 魔法刻印が現れた!!」
「えっ!?」
起き上がり自分の魔法刻印を見ようとしたが、よく見えない。立ち上がり鏡の前に立った。
何度も涙を拭い涙を止めようとしても止まらない、ちゃんと確認したいのに次から次へと涙が溢れて滲んでボヤけてしまう。
振り向いてディーンシュトを見た。
ディーンシュトも涙でくしゃくしゃな顔をしていた。
「ディー、同じだよね? ディーと同じ魔法刻印だよね?」
「ああ、そうだね、僕とラディはやっぱり番だったんだ!! 番なんだ!」
「ディー! ディー! ディー!! これで絶対離れなくていいんだよね? ずっと一緒にいられる…うっく いられるんだよね!!」
「ああ、ラディ、ラディージャ愛してる、これからは堂々と言える!」
2人は強く強く抱きしめあった。
いくら気持ち的には番だと思っていても、いつかディーンシュトと同じ魔法刻印と認められた者が出てくれば、ラディージャは捨てられることを覚悟していた。それが今、同じ魔法刻印が出たことでやっとその不安から解消されたのだ。
ひとしきり泣いて喜びを分かち合った後、今後について話し合った。
魔法刻印については魔法省に申告する必要がある。だけど、長い間刻印なしと蔑まれて来たラディージャにとっては複雑なものがあった。
ディーンシュトの魔法刻印は当初 真ん中が丸い紋様だった、それが変化して今は竜の形をしている。それがマリリンのものと違うと判断された所以だ、ラディージャのものにはそれまでハッキリと同じになっていた。これは間違いようのない同じ紋様。
申請さえすればすぐに番と認められるだろう、だけどそうしたくない理由があった。
そしてこのラディージャの魔法刻印は殿下たちに報告するかも躊躇われた。
本来なら心配かけて来たお2人にはお話しするべきだが、話せばまたラディージャはまた渦中の人となり様々なものに巻き込まれる。もう、そっとしておいて欲しかった。
コンコンコン
そこへレイアースがお見舞いに来た。
「ラディージャ、急に苦しんで部屋に戻ったと聞いたけど大丈夫なの?」
「お父様…ご心配お掛けしてすみません。もう大丈夫ですです」
「本当に?」
頬に手を当て熱を測り、両手で挟み込みどこかおかしいところは無いかチェックする。
ラディージャは良心がチクンと痛んだ。
「その…、ラディージャに魔法刻印が出ました。その痛みで部屋に下がりました。でももう今は何ともありません」
「本当か? ディーンシュトと同じ魔法刻印だったか?」
『ああ、お父様は純粋に心配してくださっていたのだわ』
「はい、ディーと同じ魔法刻印で安心致しました」
「そうか、そうか! 良かったな、うん、良かったね ラディージャもう心配いらないね」
「はい、やっと安心出来ました、もうディーと離れないで済むと、ディーが白い目で見られないと思うと…安堵しました」
「そうだね、ずっと気が気ではなかっただろう、だけどもう大丈夫だ。ディーンシュトが確認したんだろう?」
「はい、胸のところに出たので僕も確認しましたし、ラディは鏡で確認しました」
「そうか…なら見せてとは言いにくいな…。何色だったの?」
2人は目を見合わせて視線を落とした。
「言いにくいんだね? なら、今は聞かないよ」
「お父様、お叱りにならないの? 今まで散々心配かけたんだからハッキリ言えって」
「うーん、そうだね…、ラディージャが私に言えないのは、私が信用できないからじゃない。恐らく私の立場を慮ってのことだろう。だから今は聞かないでおくよ。言ってもいいと思ったら話して、それまで待っているよ、ちゅ」
「お父様…有難うございます」
「そうだ、魔法省の確認はどうするつもりだい?」
「もう少しだけ 待っていただきたいの」
「そう、でもいずれは報告しなくてはいけないよ? ディーンシュトにだって立場がある。同じ魔法刻印なら晴れて番として婚約・結婚、それにヴォーグ伯爵家の問題もあるからね」
「はい…分かっております」
「いいのです、ラディージャはこれまで周りの刻印なしと蔑まれて来たのです。彼らは殿下が天竜様の愛し子と言った途端、蔑みながら掌を返す、そのような者たちに辟易としているのです。今はそっとしておいてあげたい」
「そうか、ならいい」
それからレイアースはマリリンについて話をした。
「ディーンシュト 以前に魔法刻印をビーバー嬢に見られたことはないか?」
「それはどう言う…、まさかマリリンの魔法刻印は偽物って事ですか!?」
「私たちはそうではないかと思っている」
「う、嘘よ! そんな…何故今まで?」
「それを今調べている」
ラディージャは気を失い倒れてしまった。
ディーンシュトはそれを抱きとめ痛わしげに抱きしめる。
「それは事実なのですか?」
苦しげに搾り出す言葉。
「恐らく、だが事実であれば事前にディーンシュトの魔法刻印を知っていたことになる。見せた記憶はあるか?」
記憶を辿る。マリリンが魔法刻印を見た? いつ…? みんなに見せる前に僕の魔法刻印を見る機会…。
「この計画はまず特定の人物の魔法刻印を知る必要がある。そしてそれは魔法刻印が別の誰かと被ってはいけない。つまり本物の番が現れたらパーだ。番と分かっている人物の把握とその番の魔法刻印を出ないようにしなければならない」
「魔法刻印をでないようにするなんて可能なのですか!?」
「今までそんな事件が無かったから調べたことも無かったのだが、今回捜査するにあたって、様々な魔道具があることが分かった」
ラディージャがディーンシュトに腕の中で意識をとり戻した。
「大丈夫か?」
「はい」
簡単にラディージャにもう一度話をする。
「マリリンは本来 通常より魔力量が少ないから、魔法刻印が出ないかも知れないと魔法省では把握していた、だがマリリンには魔法刻印が出た、しかも金色で。マリリンの魔法刻印の際、魔法省の人間が金色の魔法刻印と普通程度の魔力量を確認した。今までの通説では銀色、金色などは魔力量が多くなければ行使出来ないとされてきた、つまりマリリンはイレギュラーだった」
「なるほど、ターゲットを絞っても番と思われる人物が近くにいなければ意味がない。既に魔法省に魔法刻印を登録していたら騒ぎになってしまう」
「そうだ、魔法省に確認され番と認定されてしまえば手も足も出ない。ある意味ディーンシュトとラディージャは格好の相手だった訳だ」
「あっ! ありました! 僕は魔法刻印が出てから手袋をはめていたのですが、彼女がお茶をこぼして…その時にお茶で濡れた手袋を外しました!」
「恐らく 今考えるとわざとだったのかもしれないな…」
「ラディの魔法刻印は一体どうやって 防いでいたんだ? ラディの側に常にあるもの?」
「そうだ、常に身につけるものとか、最近無くしたものとか、何かないか?」
「常に身につけるもの…ディーから貰ったもの以外では………あっ! 魔法珠!」
「学院の迷路で貰ったやつ?」
「そう、皆で見せあった後…、結界魔法 物理攻撃無効を入れて貰ってずっと持っていたの。でも、あの舞踏会で壊されちゃって…今はもうない」
「物理攻撃無効のはずが全く効いてなかった、つまりすり替えられたんだろう、それが恐らく魔道具だったのだな」
「全てマリリンに仕組まれていたって事なのですか!?」
「マリリンだけでは出来ないだろう。組織的な犯行だろうな…。今 調べているからもう少し待っていてくれ」
「はい、お父様。 お父様…危険ではない?」
「ラディージャの護衛を増やすか?」
「いいえ、私ではなくお父様たちが、だって組織的に貶めるとなると、最終的な狙いはお父様や殿下たちではないの? もしそうなら…」
「大丈夫、私たちには元から護衛もいる、心配しなくていい。ただ、大掛かりな組織がいるとなると、お前たちは十分に気をつけなさい」
「「はい」」
「そうだ、魔法刻印が出たのなら何か魔法が使えるかな? 魔力を巡らせることは出来る?」
「魔力を巡らせる…」
その表情は初めて凍った水辺に足を踏み入れるような好奇心と不安を感じながら、自身の中を見つめた。これまで幾度となく自分で練習して来たのだ。もしかして薄いだけで魔法刻印があるかもしれない、そう言い続け体内の魔力の巡りを見つめる。葉脈のように体内をキラキラ光る魔力が巡った。
「出来たと思います」
「よしよし、では次に掌を上に向けて人差し指に集中して、小さな火を想像してみてごらん。魔法はね、ある程度は想像力と信念が必要なんだ。自分の魔法をこうしたいと強く願うこと。そうすると願ったものが現れるよ」
ラディージャの人差し指から小さな火が着いた。
「で、出来た! これが魔法?」
「そうだ、ラディージャは努力家だから優秀だな。今度は掌を上に向けたまま、そよ風を想像して息を吹きかけてごらん。そう、あの花瓶の花を揺らすように」
「フーーーーーーー」
花瓶の花がヒラヒラと揺れた。
「おお、順調順調。なら次はこのハンカチだ。このハンカチを濡らして顔を拭きたい。朝露に濡れるかのような湿り具合だ」
ハンカチの真ん中に1点のシミ、それがジワジワと広がっていく。だけど、それだともう少し濡れていないと汚れを拭いたり汗を拭くまでには足りない。そう思ったラディージャはもう少しだけ力を込めた。うん、いい具合だ。
ディーンシュトは何も言わなかったが、最初の火は確かに初歩の魔法だが、水魔法は精密な魔法操作が必要なものだ。しかも何気に魔法属性も探っている。
やっぱり侮れない。
でも、ラディージャが父親に魔法を教わり嬉しそうに挑戦しているので黙っていた。
次に植木鉢の土をシートをひいた上にぶちまけた。
それを平らにしたり、畝を作ったり、それも難なく出来た。
つまりラディージャは銀色以上が確定した。
「ラディージャは筋がいい、何でも出来てしまうとは流石は天竜様の愛し子だな。
暫くは周りも煩いだろうからディーンシュトと共に行動しなさい。魔法省の確認は殿下にも相談するが、恐らく秘匿した形で魔術師長が確認されるだろう」
「はい、承知しましたお父様……抱きしめて頂いてもよろしいですか?」
「ああ、勿論だ。おいで」
優しく抱きしめると
「長く苦しい時間だったね、ディーンシュトと同じ魔法刻印で良かったね」
「はい、…はい、お父様。長らくご心配をお掛けし申し訳ありませんでした」
「気にしなくて良い、魔法刻印が出ても出なくてもラディージャは可愛い娘に違わないのだから」
レイアースの胸で静かに涙を流した。そしてレイアースはディーンシュトも引き寄せ3人で抱き合って泣いた。本当に辛く苦しい時間だったのだ、レイアース自身にも番がいる、それが他人のものだなんて考えると身を引きちぎられる思いだ、だからこそこの2人の苦しさが理解できた。今はただ番と堂々と言える大義名分を手に入れられたことを喜び分かち合った。




