4、変化
15歳になった。
ラディージャの周りは殆どの者が魔法刻印が出た。ディーンシュトにも手の甲に刻印が浮かび上がった。一度ゆっくり見せて貰ったが、それ以来手袋を嵌めるようになったので見る機会は減った。大切な紋様だからだ。
ディーンシュトの魔法刻印は(いずれ自分の体にも出るもの)割と複雑な方なのかな? 授業で習った話だとモヤッとした刻印の場合、時間と共に定着すると違う紋様に見える場合もあるとか…。つまり本人の体の成長に合わせて変化がある場合もある…個人差があるのだ。ディーンシュトのはちょっとモヤッとしている。分かるのは三角とか丸の魔法陣っぽいって感じだ。でも絵では描きやすそうな感じだ。円が4重くらいあって、三角が散りばめられている感じだ。真ん中は円っぽい形だった。色は銀色なので4個以上の魔法適正がある事は特定された。これは16歳以上の魔法の授業の時に調べていくことになっている。
「ごめんねディー、何で私には魔法刻印が出ないんだろう…」
「大丈夫だよ。ラディと同じでのんびり屋なんだよ」
「大丈夫だよ…ね?」
本当かどうか確認は出来なかったが、ラディージャの周りは魔法刻印が出ているらしいのでどうしても焦ってしまう。それともう一つ気がかりな事がある。16歳から魔法の実務訓練が始まるのだ。自分の適性に合わせた選択をしカリキュラムを組まなければならない。
もし、魔法刻印がなければ、魔法学部ではなく別の選択をする必要がある。魔法刻印がない場合や魔力が規定の量に満たなかった場合は、魔法学部ではなく、薬学部か就労部を選択する。それは魔法学部には魔法の実技が授業にあるからだ。あと1年で魔法刻印が現れなければラディージャはディーンシュトと別の学部選択をしなければならなくなる。いや、それどころか、魔法刻印とは番の証明だ。最悪、現れなければディーンシュトと番ではなかった事になる。それがラディージャを悩まし苦しめていた。
『ディーンシュトと離れるのだけは嫌…』
セラフィナは肩に、リリアーナは腕の内側に刻印が出たらしい。
フローラ、ヨハネス、グレッグ、リオン、ライアン、ガロ、ハウラ、フィーリア 親しい友人はみんな刻印が出たことで、番が判明し婚約者が出来た。その話題が出るとラディージャは悲しくてならない。
『ラディージャの馬鹿! 何でまだ刻印が出ないのよ! ディーが心配するじゃない!
早く…出て! ディーと同じ刻印が早く出ますように…』
周りの人間の未来が鮮明になる中、ラディージャだけが取り残されていく感覚に孤独を感じていた。
「ラディージャ、落ち込んでいるのかい?」
「ヒルマン、落ち込んでなんかないわ」
「君の強がりは変わらないな」
あの事件の後、ヒルマンは学院長の計らいで特別授業を組まれた。
対外的には謹慎中だったが、ヒルマンを思うとルース伯爵家に置いていても末路は決まりきっていたので、密かに学院の別棟で厳しい教育を施した。
ヒルマンもそれが自分のためだと理解していた。今までなら「こんなくだらないことやめだ! お前らは馬鹿か!!」とやってしまっていたが、今は暴言を吐いた分だけ尻を打たれた、それもジッと耐えた。教師陣はスパルタで指導する、だが恨みや憎しみなどではないと今なら分かる。あまりに痛みが酷いと回復魔法をかけてくれるが、痛いものは痛い。
今まで甘やかされてきたヒルマンには辛い毎日であった。しかし今回は自分の意思でやると決めたので、尻を打たれると「申し訳ございません」と一礼し、また席について学習を始める。長年見についてしまったモノを変えるのは容易ではなかったが、歯を食いしばった。
ある程度、忍耐力と常識が身についてくると、如何に今までの自分が非常識だったかが分かり、穴に入りたいほど恥ずかしくなった。傲慢で無知で身の程知らずで…居た堪れない。
そして初めて周りのあの反応の意味が分かった。
馬鹿は僕じゃないか…。
今 こうなってみて、非難ではなく間違いを指摘してくれる人間は有難いと知った。
ここで傍若無人な振る舞いの僕に根気強く指導してくださる教師の方々、そしてかつて僕がブス、ブスと言い貶めていたラディージャに思いを馳せた。
『彼女はいつも嫌悪感を持たずに話をしてくれた。悪いことは悪い、おかしい事はおかしい。陰で悪口を言うのではなく、面と向かって指摘してくれた女性。皆が無視する中でも彼女は態度を変えなかった。得難い友人だったのだな』
こうして人との繋がりとその大切さを知り、ヒルマンは手助けしてくれる人たちに感謝を覚え真摯に取り組んだ。
そして、14歳の後期にヒルマンは学院に戻ってきた。長く辛い時間でもあったが、ヒルマンには必要で得難い時間となった。
久しぶりに戻ってきたヒルマンだが、当然良い感情を持つ者はいない。周囲の視線が冷たく突き刺さる。だが、これは覚悟してきた。これまでの自分の行いを考えれば仕方ない。
暴言を吐いた者たちに謝罪をしたかったが、正直息を吐くように他者を傷つけてきたので誰に暴言を吐いたかすら分からなかった。
だが、迷路のメンバーは調べれば分かった。それをラディージャに調べてもらったのだ。
実は矯正プログラムが進んだ頃、同じ学年の人間と引き合わせる事になったのだが、教師たちではヒルマンの交友関係を把握できなかった。そこで本人に聞いたがやはり仲の良い友人は思い至らなかった。だが、ラディージャは唯一暴言を吐く自分に普通に接してくれた人物だと話すと、ラディージャにヒルマンのリハビリに協力できないか相談され、1週間に1度面会し話をするようになった、慣れてくるとディーンシュトも一緒に加わるようになった。その時にお願いしたのだ。
そして今回の謝罪にもラディージャとディーンシュトは付き合ってくれた。
「以前、心無い言葉で傷つけたことをお詫びします」
迷路のメンバー4人一人一人に謝罪して回った。
謝罪に行ったメンバーはヒルマンがまず普通の言葉を使っている事に驚愕した。馬鹿、ブス無能…暴言のオンパレードだったが、今は落ち着き払い、気品を身につけた。最初はまた粗暴に変わるのではないかと思うと不安だったが、穏やかな物腰に別人のようで更に驚愕した。
「あなたは自分は変わったとアピールしているの? でも私はあなたが怖くて、正直あまり近寄りたいとは思えないわ。……謝罪は受け入れます。でも、少し様子を見させてください」
「私は、人は簡単に変わるとは思えない。信用できない」
「謝罪ね…、分かった。それだけなら もう良いだろう?」
「私はあなたと言う人間を軽蔑しています。貴族の品格を持ち合わせているとは思えません。ですから、謝罪されても困る…自己満足には付き合えません、出来れば二度と関わり合いになりたくないと思っています。失礼」
みんなこんな感じだった。
「ヒルマン大丈夫?」
「うん、まあね。僕が言ってきた事に比べれば、正当な意見だよ。付き合わせて悪かったね。僕だけだと会ってもらえないから…」
「これくらい大したことない。ヒルマン、でもこれからだ、態度で示していくしかない」
「ああ、分かっているよ、大丈夫だ、君たちがいてくれるんだから大丈夫」
こうしてヒルマンとも交友を続けてきた。
そのヒルマンも魔法刻印が現れていると言う。
「だけど僕は素行が悪かったから、僕の番になるのは嫌なんじゃない?」
「魔法省からは知らせがあった?」
「いや、僕はまだ未熟だから自分のことで手一杯だし、まだ暫くはいいかな」
「そう…」
魔法刻印の確認は、魔法刻印が現れた際と、16歳になった時の魔法学部で魔法省立会の下、確認され記録されていく。それは魔法属性を確認する為。そこでもデータの中から組み合わせがわかる者は密かに教えてくれる。この国の高位魔法使いは国に貢献しなければならない、番同士により高魔力を保有する子孫を残す事は使命なのだ。
ヒルマンは自虐を交えながらラディージャとディーンシュトと冗談を言えるようにもなっていた。
今は、ヒルマンもラディージャとディーンシュトと普通に友人だ。
だから、ラディージャが魔法刻印が現れない事に焦りを感じていることも気づいている。
だがディーンシュトは焦っている様子はない。側から見てもこの2人は番だと思うから、ちょっと遅れているだけだろうと思っていた。だけど、当の本人はもしかして魔力なくなってたら? ディーンシュトと番じゃなかったら?と思い悩んでいた。
今はどんな言葉を紡いでもラディージャには響かない。だからいつも通りの顔をして側にいる。優しい友人を安心させるために。
そしてそれは突然起きた。
年に2回の学院で行われるダンスパーティー。前期と後期で行われる試験だ。ダンスだけではなく、ドレス・靴・宝飾品選び、立ち振る舞い、髪型、化粧、持ち物、会話まで全てチェックされる。
ラディージャは当然、ディーンシュトと共に会場へ行った。
そこは今までと違って見えた。
エスコートしているペアが変わっていてイチャラブしている人間で溢れていた。
今までは仲の良い友人同士の組み合わせだったが、今は番と共にいるので番以外に興味がいかないのだ。勿論まだ番が見つかっていない者もいるが、イチャラブしているカップルに目が行ってしまう。
テストの為、本来は3人くらいとダンスを踊ることを薦められているのだが、番が相手では番相手に執着して離さないため、番とのダンス3回でも特別に許可されている。
こうなって困るのはラディージャたちフリーの人間たちだ。
ラディージャはまだ番の相手がいない。まあ、それはディーンシュトもだが、フリーの人間を探すのが大変なのだ。そうなると同じ年代に番がいないシングルを探して踊る。
「目のやり場に困るね…」
「うん、いいなぁ〜」
「クスッ、番がいる事が? それともイチャイチャしている事が?」
真っ赤になってディーンシュトを見上げる。
「あれれ? くすくす 図星だった? いいよ僕は。だって僕の番はラディだって確信しているから。バルコニーに出てイチャイチャしようか?」
『甘美! ディーが甘い。視線も手つきもめちゃくちゃ色気が!!』
「うん、したい。ディーとイチャイチャ…したい」
思わずへ本音が漏れた。
ディーンシュトの腕の服を握りしめてジッと目を見つめた。
紛れもなくディーンシュトを誰にも渡したくない、独占欲だった。
それをディーンシュトも嬉しく思った。
ラディージャの腰に手を回し手を取り、人気のいないバルコニーに進む。そこには先客がいた。内心焦りながら別の場所を探す。愛しい相手に触れたい、自覚すると気持ちを抑える事ができなかった。周りが番とイチャラブしていたのが今なら分かる。本能で相手に触れたい、番を他の誰にも見せたくない、渡したくない、気持ちが迫り上がるのだ。
結局、空いている部屋を見つけてそこへ入った。
扉を閉めると、ディーンシュトはラディージャの手を引いてキツく抱きしめた。
ラディージャはその息苦しさが心地良かった。
「大丈夫だよ」
頭の上に降ってくる言葉に顔を向ければ、優しい笑顔のディーンシュトがいた。
その笑顔を見た途端、堰を切ったように涙が溢れ始めた。
「ヒック ウック ふぅぅ〜 ディー、ディー!!」
「うん、うん、大丈夫 大丈夫だから。僕はここにいる ラディの側にいるから。切実にラディが好きだ。笑ったラディが好きだ、ムクれたラディが好きだ、全身で僕が好きだと表現してくれるラディが好きだ、好きなものを後に残して食べるくせにそれを僕にくれるラディが好きだ、優しいラディが大好きだ」
好きだと言うたびにキスを落としていく。
頭に瞼に鼻に頬に顔中に降るキスはきっとラディージャの不安を拭うため。
一つ一つが『大丈夫、僕たちは愛し合っている、恐れなくてもいい僕たちは番だ。だってこんなにも心で通じ合ってる』それを刻むように言葉とキスで表してくれている。
目と目があって沈黙が2人に落ちた。
どちらからともなく顔を寄せて初めての口づけを交わした。
ゾクリと電気のような痺れが走った。それがジワっと広がり身体中のあちこちに心臓があるかのように脈打つ。自分の体が別のものに書き換えられるような感覚。
息を止めて唇を合わせてそも感覚に浸っていたが、いつ呼吸して良いか分からない。
何となく互いが特別な存在で番だって思っていたけど、ハッキリするまでは恋人としかできない事はしなかった。でも今その一線を超えた。
不思議と身体中にエナジーが行き渡り、しっくりくる。互いの体液が甘く芳しくもっと欲しくなる。まるで媚薬だ。恍惚とした面持ちで互いに初めての口づけに夢中になった。
初めてのキスは手探りで上手くはなかったが、互いの存在を脳に刻む特別なものだった。
互いの意識が混ざり合う、魂が渇望していたモノを得た。自分のものにしたい、相手のものになりたい。離れたくない、離したくない。
互いが唯一無二、甘やかな視線も光り輝く魂も熱い抱擁も強烈な刺激も欲しくて堪らないと渇望する、番を求めると言うことを実感として感じていた。
初めてのキスは欲望任せで制御が効かない。
ディーンシュトが射抜くように見つめるとその視線に絡め取って欲しくなる。
最初 鼻息がかかるのを気にして止めていた呼吸も今は気にならない。それよりも何もかもを奪って飲み込みたい、全てが欲しくて仕方ない。
ディーンシュトの長い指がラディージャの首に触れる。ゾクゾクっと電気が走る。
ラディージャはディーンシュトの胸に置いていた手を腰に回し引き寄せる。
いつまでもこうしていたい。
キャーーーーーーーー!!
ウォーーーーーー!!
会場から響めきが聞こえる。
何事か!?
驚いた2人はやっと唇を離した。
もう一度キツく抱きしめあってから会場に戻った。