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35、異変と混乱−1

突然の音に驚き、音の方向へ視線を寄せると、般若の如く苛立ちを隠しもしないアンティエーヌ殿下の顔があった。人々はすぐに空気を読んで押し黙った。

当然カルディア夫人も不味いことになったと、唇を惹き結んでいる。それを庇うように立つサディアス公爵。

空気を読んでいないのはマリリン・ビーバーただ1人。


アンティエーヌ殿下が席を立ち、マリリンに近づいていく。

それを固唾を飲んで見守るしか出来ない。

だが、当の本人は金持ちそうなおばさんにしか見えていない。だから、てっきり自分に回復魔法を頼みに来たと思っていた。つまり、いつもの光景にしか思っていなかった。


目の前に立つアンティエーヌ王女殿下に対しても何の礼儀作法も取らないマリリンに、更に内心激高していた。

鬼の形相の殿下に対し、ニコニコ笑顔のマリリン、それを見て冷や汗をかき、ムン◯の叫びのような顔の人々、一言でいってカオス。気づかなければ良かったと心で泣く。


「お前は誰だ?」

「? 私に何かご用ですか?」

カルディア夫人に教わった通り、慈愛に満ちた表情で優しげに微笑む。


その態度にドヨメキが起きる。

殿下に対し、礼も取らずに不遜な態度を取るマリリンに衝撃が走り、彫像のように固まる人々。

「礼儀がない者は去れ」

そう言うと踵を返し戻っていく殿下。


「え? ちょっとどう言う意味? 去れって帰れって事? まだ来たばかりだもの、今すぐに帰るのは難しいわ。もしかしてダンスフロアを独り占めしたのが気に食わないのかしら? でもこれは私の意思じゃなくて、私たちのダンスを見たいと勝手に…気を遣ってくれただけで私が指示したことじゃないんですよ? だから私に怒るのは筋違いっていうか…、機嫌直してくださいね?」

天使の微笑み、ドキューン!


「………………………。」


周りの人間は沈黙が怖かった。


「あ、あの…殿下、発言を許可頂けますでしょうか?」

一瞥すると、深いため息を吐いた。

「何であるか?」

「金色の聖女様は、まだ殿下のご尊顔を拝したことがなく、礼を欠いたことは事実でございますが、どうか寛大なるお心でお許し頂きたくお願い申し上げます」

前に出て来たのはポルチーヌ侯爵だった。

ポルチーヌ侯爵は魔力も高く銀色の刻印持ち、この国の結界維持のために多大な貢献をしている人物、つまりカルディア夫人と遺恨があるサディアス公爵家が、殿下とマリリンに割って入れない立場にあることから、この国の実力者としてポルチーヌ侯爵が出て来たのだ。

マクロン卿もいつの間にか下がっている。


「金色の聖女…わたくしは知らぬ。一つ言えることは、わたくしがこの舞踏会の主催者であると知らずとも、目上の者に対する礼儀がない、この場に相応しくない。それに金色の聖女とはなんだ?わたくしには報告が上がって来ていない。この者の主人は誰だ?」


『ああ、来た……結局最初から知っていたくせに!!』


視線が1箇所に集まる。逃げるわけにはいかない。一歩前に進み出る。

「ご挨拶が遅れ申し訳ございません、アンティエーヌ王女殿下。わたくしカルディア・サディアスがここにいるマリリン・ビーバー男爵令嬢を世話しております」

「ほう そなたが…。優れた指導能力らしい。未だに光魔法に目覚めぬうちから聖女扱いとは…、現在 光魔法の筆頭魔術師として働いている者に失礼だとは思わないのか? そなたも魔法省で働いていたのだから内情はよく分かってあるであろう?」


「……。周りが勝手に言っているだけです。わたくしも過分な呼称と思っております」


「ふん、そなたが作り上げたイメージではないの?」

「そのような事は決して…」


「そこのお前、番はいるのか?」

「……まだおりません」

クネクネしながら答える。


「随分 教育が行き届いておるようだな」

思いっきり馬鹿にして嫌味を言った。それにカルディア夫人も苦々しい顔を見せる。

「えー、褒めて頂けて光栄で〜す、うふ」

呆れてものも言えないとはこの事だった。

「番と思っていた人はいたんです。でも、同じ刻印だったのに…魔法省の人は違うって…。くすんくすん」

「何を言っているか分からないわ、あれでも魔法学院を卒業しているのか? 礼儀作法もなっていないが、頭も悪いらしい、それでどういう事なの?」

「酷いです…実は、私と同じ魔法刻印の人がいたんです、でも魔法省の人はいつまで経っても番とは認めてくれなくて…、とうとう正式な通達では番はいないって…きて。きっとあの女が何かしたのね…。悲しいけど、新しい番を見つけようと思います!」

周りの人間はポカンとしている。


「そなたはあの娘の言っていることが分かるのか?」

「ああ…その 申し訳ございません」

カルディア夫人も目を伏せるしか出来ない。

「同じ刻印の番が番ではなかった? 意味が分からぬ。兎に角、その娘は連れて帰るが良い」


「お、お待ちください! 殿下! 本当の事なのです! あそこにいる娘が金色の聖女、いやマリリン様の番相手を奪ったのでございます! あそこにいる娘はシュテルン伯爵家に養女として入り込み、王太子殿下からの寵愛を盾にマリリン様から番を奪ったのです!!

魔法刻印も無い者が厚かましくもこの舞踏会にも顔を出すなど太々しい!マリリン様をお責めになる前にあの者こそ追い出すべきです!!」

「お黙りなさい、申し訳ございません殿下。ポルチーヌ侯爵は実の親のようにマリリンを可愛がっておりますので、少し熱が入ったようです。折角の場を騒がせました事深くお詫び申し上げます」

「お待ちなさい、益々分からぬ。刻印なしに番を取られるとはどう言う事なのだ? その娘がレイアースの養女と言ったか?」

「左様でございます! あのラディージャと言う娘は幼馴染という立場を利用し、マリリン様から番を奪ったのです!」

「ポルチーヌ侯爵…お優しいんですね。でも、私もう吹っ切れました。えへへ、優しい皆さんがいるから、寂しくありません! 私を見てくれない人より、側にいて支えてくれる人と幸せになります!」


「道を開けよ!」

そちらを見ると、ジョシュア王太子殿下が向かって来た。


「叔母上、お話中お邪魔いたしますよ」

アンティエーヌ殿下の手の甲にキスを贈る。


「ジョシュア王太子殿下、今わたくしは自分の常識を覆す話を聞いたのだけれど?」

「ええ、そうですね、当然だと思います。 叔母上が疑問に思う点は、同じ魔法刻印を持った番が別の異性に興味を示す事があるのかどうか、と…、同じ魔法刻印を何故魔法省が番と認定しなかったか、でしょうか?」

「ええ、そうね。大きな問題はそこね」

「叔母上、番が自分の番に嫌悪感を示した事が今までにありましたでしょうか?」

「はっ、ある訳がないわ、天竜様のお選びになった相手が番なのですから」

「ええ、私も聞いたことがありません。確かにビーバー男爵令嬢とこのヴォーグ伯爵令息は同じ魔法刻印だったと報告にありました。だが、ヴォーグ伯爵令息は番であるはずのビーバー男爵令嬢が近づくと体調不良を起こし、原因不明の病に罹っていました」

ザワザワ

「この件に関し魔法学院の校医から魔法省に問い合わせが来ていました。未だかつてない事の為、検査や観察が必要でした、それで魔法省では番の判定が出せずにいました。そして確かなのは、ビーバー男爵令嬢がヴォーグ伯爵令息に近づくと症状が現れるということでした」

「番に拒否反応? あり得ないわ」

「ええ、あり得ない。魔法省も前代未聞の事で慎重に経過観察を重ねました。ビーバー男爵令嬢が近づき纏わりつくと、力が抜け立ち上がることもできなくなる、ヴォーグ伯爵令息の体調を考えるとビーバー男爵令嬢と距離を取るよりほかなく、その後ヴォーグ伯爵令息の魔法刻印は変化を見せました。ですが、この時はこの変化がどういう結果を齎すか分からなかった。観察を続けていくと、ビーバー男爵令嬢には変化はなく、ヴォーグ伯爵令息にだけ変化が見られた、そして1年以上経ってもビーバー男爵令嬢に変化が見られなかった。

よって正式に魔法刻印の相違により番ではないと判断したまでです。叔母上、ビーバー男爵令嬢は刻印を晒していますからどうぞご確認ください」

「そうね」

アンティエーヌ殿下はマリリンの刻印を確認したあと、ディーンシュトの刻印を確認する事にした。ディーンシュトはジョシュア王太子殿下の結界の中で確認した。


「確かにビーバー男爵令嬢とヴォーグ伯爵令息の魔法刻印は似て非なるものだわ」


「そうです。彼らが言う私が彼女に肩入れして、不正を働いたなどと言う事はありません。

そしてヴォーグ伯爵令息の名誉のためにも申し上げますが、一度としてビーバー男爵令嬢に好意を寄せた事もない。ヴォーグ伯爵令息は刻印が現れてずっと手袋で隠していたにも拘らず、同じだと噂され一方的に番だと主張されていたに過ぎない。こうして違う刻印であると証明された今、ハッキリさせないとディーンシュトが番を蔑ろにする不誠実な人間と思われるのは不憫ですので。

ただ…、ビーバー男爵令嬢はディーンシュトを番だと思って積極的にアピールしていたようだが、番ではないと分かると他を探す、この行為に関しては解明はまだ出来ていません」

「そう…。よく分かったわ。やはりわたくしはここにいる者とは合わないようだわ。

ポルチーヌ侯爵も何を持ってして聖女などと口にするのか…。実力のない者に過分な称号です。現 光魔法の筆頭魔術師に対して失礼です。少なくとも常識を教え、光魔法の筆頭魔術師になるまでは控えなさい、光魔法を使えない者に聖女…何の策略なのだか。聖女を名乗るには…ふっ、何もかも力不足です。

ジョシュア王太子殿下、あちらの養女の詳しい話を致しましょう。

さあ、パーティーを続けて頂戴」

アンティエーヌ王女殿下たちは王族の間へ戻って行ってしまった。

カルディア夫人、ポルチーヌ侯爵たちは赤っ恥だった。


「くっ、マリリン帰るわよ」

「えー! まだパーティーを楽しみたいですぅ〜」

『引っ叩いてやりたい!

お前のせいでわたくしまで恥をかいたじゃない!!

言ったわよね? アンティエーヌ殿下はわたくしを目の敵にしているから、行動は慎重になさいとあれほど言ったのに!! お前の非常識さをわたくしのせいにされたじゃない!

こんな屈辱!! この女をどうしてくれよう!』


「アンティエーヌ殿下の不興を買ったお前はここにいる事は出来ない。いいから帰るわよ」

「不興を買う? 別に何も売ってはいないですけどぉ〜? あーあ、もう少し踊りたかったなぁ〜。アレ? ポルチーヌ侯爵の顔色が変だわ、大丈夫ですか?」


『殿下は何も分かっておられないのだ! 金色の聖女はこの世に安寧と幸福を齎す特別な存在、いるだけで至福なのだ! 全然分かっていらっしゃらない!』


アンティエーヌ殿下を目で追っていると、ジョシュア王太子殿下とロペス卿、それにディーンシュトとラディージャが出て来た。アンティエーヌ殿下は目を綻ばせてラディージャに優しげに微笑んだ。


『何故その女に微笑むのですか!? その女は金色の聖女様に影を落とした不届き者なのに何故!! そうだ、あの女が元凶だ! あの刻印なしの女がいなければ!!』


サディアス公爵家の者は帰ったが、ポルチーヌ侯爵はまだ残っていた。

少しの混乱はあったものの、パーティーは滞りなく続く。ダンスフロアにも人が戻り緩やかな音楽が流れる。ある人にとっては失態、だが別の人物にとっては極上のつまみ、こんな事はいつもの風景。楽しい時間はチョコレートのように甘くほろ苦く芳醇な香りを纏って流れていく。



ディーンシュトとラディージャは殿下たちと分かれてダンスフロアへ向かった。

人の目を気にせず手を合わせダンスを踊る。

こうして、人前でディーンシュトと手を繋ぐのは緊張する、今まさに家中の人物なのだ。 それでも、堂々と踊れる事に歓喜し震え、呼吸は浅くなる。


「ラディ、僕を見て? 落ち着いて? 大丈夫 僕はここにいるから」

耳元で囁く。

「…ふぅぅ、嬉しいよぉ〜。これが最後かもしれない、でも嬉しくてディーとまたこうして踊れるのが嬉しい!」

まるで朝露を受けて大輪のバラが咲き誇るような美しい笑顔にディーンシュトだけではなく、様子を窺っていた者たちまで釘付けとなった。自然と気持ちが緩み温かい気持ちになった。

2人の重ねた手がしっくりくる。互いの息遣いまで感じる。次にディーンシュトがどうしたいのか、ラディージャが何を望むかも目を見ていれば分かる。音楽に身を任せ楽しい時間を過ごした。ダンスフロアから戻ってくると多くの拍手を贈られた。ラディージャにとってそれは久しぶりの賞賛だった。かつての友人たちも温かく迎えられた。


「ディーンシュト、ラディージャ、素晴らしいダンスだった!」

「やっぱり2人は一緒にいる方が自然だわ!」

「本当はずっと練習していたのか?」

「お帰り!」


友人たちにもみくしゃになっている。それは嬉しい光景だった。

あはは、うふふ 笑い声で溢れていた。


突然 ラディージャは肩を掴まれ振り向かされた。吃驚して振り向き相手の顔を見ようとした瞬間、大きな衝撃を受け床に転がっていった。

大きな悲鳴が響き渡り、ディーンシュトには痛みが走った。

ラディージャの護衛のパスカル卿も人々を縫って、護衛対象が見えないことに不安を覚えた。


「この刻印なしが! お前のせいだ! お前如きが金色の聖女の邪魔をするなど許せるか!! この虫ケラが! この役立たずが! この害虫が!!」


床に倒れているラディージャに何度も何度も蹴りを入れていく。

ラディージャは痛みと恐怖で声を上げることも出来ない。

ディーンシュトはラディージャの心の悲鳴を受けながら覆いかぶさってラディージャを守る。

周りの者もポルチーヌ侯爵の暴挙を「やめてー!」と叫ぶより出来ずにいた。

遅れて到着したパスカル卿がポルチーヌ侯爵に剣を抜き引き剥がした。


ポルチーヌ侯爵は今なお口汚くラディージャを罵っている。

騒ぎを聞きつけた護衛たちが割って入り、すぐ様殿下たちに報告に向かった。

報告を聞いたジョシュア王太子たちは慌ててラディージャの元へ向かった。

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