32、特訓の成果−2
ポーションを飲んでも回復しないラディージャ、ジョシュアはいつものようにディーンシュトを内緒で呼んだ。
ディーンシュトは手を握り、そっと唇に口づけをした。するとラディージャは意識を取り戻した。
ジョシュア王太子とレイアースはこの光景を見たのは何度目だったろうと考えていた。
これは明らかに番間で行われる『ラブエナジー』そのものだ、体液注入で生気を取り戻す手っ取り早い治療行為だ。
ラディージャの意識がありディーンシュトに助けを求めれば気付けるのだが、今回みたいに突然意識を失ってしまうとディーンシュトにも分からないのだ。
ここ最近互いに忙しくしており会えていなかった。
ジョシュア王太子とレイアースはラディージャが意識を取り戻すと、ホッとして叱った。
「ラディージャ、また無理をして。キチンと食事と睡眠を取らなければ駄目じゃないか!」
「そうだぞ、いくら護衛がついたとしてもお前自身が自分を労わらなくては、ディーンシュトまで危険になる、分かっているのか?」
「…………はい」
コクンと頷き聞いている。
「すみません、僕もここ最近見張られているのか1人になれず時間が取れませんでした」
「私たちはいいのだ、ただ…不憫で」
「レイ。確かにラディージャの身を守るために護衛をつけた事によりディーンシュトまで近づきにくくなってしまったな」
「それでも感謝しています! あんな風に何度も誘拐されたり…心無い言葉で傷つけられて、それを守る名分が僕にはないから…、深く感謝しています」
まだラディージャは頭がぼうっとしている。繋がれたディーンシュトの手に頬擦りして、愛しそうに見つめる。甘噛みしてキスをして匂いを嗅いでいる。
「あっ、禁断症状だ」
「禁断症状…ですか?」
「ああ、お前たちの場合 それが当てはまるか分からないが、魔力が不足し番と長い間会えないと心のバランスが崩れて…こうなる。何て言うか、番を渇望し正気を失い番を求める、不足した分を取り戻すかのように…だからこうなる」
「暫くは…このまま理性がぶっ飛んだままになる」
「まあ、アレだ。つまり足りてないのだ、……有体に言うと、抱けば渇望していた欲が満たされる」
「お前たちって…そのどうなの?」
「どうなの、とはどう言う意味ですか?」
「だから…、お前は番が他にいるのだろう? だからその番以外を抱けるのか?」
正直なところ、番と会えずに禁断症状を起こすようになるのは契ってから、つまり番と認識せず一度も契らなければ禁断症状も起きない。
「私は…私の番はラディージャだと確信しています。だからマリリン嬢は抱けませんが、ラディージャはいくらでも抱けます」
「わぉ! ブラーボー!」
「はっきり言っちゃったよ、若いって凄いね!」
「鬱屈したものを抱えているんじゃないか?」
「いや、しかし潔いな」
「実は黙っていたことがあります」
「ん? 黙っていたこと?」
「実は……………………」
「そんな事が!? 分かった、確かに慎重になる必要があるな。この事は引き続き内密にしておくのだ」
「知っているのは?」
「ラディージャだけです」
「分かった…。しかしこんな報告は聞いたことがない。どう言う事なのだ?」
「何か意味があるのだろうか?」
「レイ、調べておいてくれ」
「ああ、分かった」
その間もラディージャはトロンとしてディーンシュトの手をペロペロ舐めている。
「あー、ラディージャが限界だろう、この部屋の出入りは制限しておくから少し2人きりになったらどうだ?」
「そうだな、ラディージャの欲を満たしてやれるのはディーンシュトだけだ」
「はい」
ジョシュア王太子たちが出て行った後、ディーンシュトはラディージャを連れて別宅へ転移した。
姫抱っこしている間もラディージャはディーンシュトの首元に顔を寄せて匂いを嗅いでいる。スリスリグリグリ顔をつけて甘えてくる。それが可愛くて仕方ない。
『やっと2人きりになれた』
ベッドに腰掛けてラディージャの頬に手を当てた。その手を愛おしそうに身を寄せる。もう一方の手を腰に回し、やっとゆっくり口づけを交わした。
『ああ、愛しい、私の唯一』
「ラディ愛しているよ、ちゅう」
深いキスを重ねていくとラディージャの意識がハッキリしてきた。
「ディー?」
「うん、また無理したでしょう? もう、心配させて。殿下もレイアース様もすごく心配してた。ふふ、でもこうして僕のキスで目覚めてくれるのは…正直悪くない。
ラディは僕のものだ、僕のね ちゅう」
「そう言えばディーもずっと忙しかったんだよね? もう大丈夫?」
「うーん、まだ…かな。最近はあの手この手で婚約を進めてくるんだ」
「…ディーは私のものなのに」
パクッと噛み付いた。
「ふふ、そうだね。僕の全てはラディのものだよ、ラディの全ては僕のものだ」
ディーンシュトのギラついた目がラディージャを捕らえ愛しい愛しい人を腕の中に仕舞い込んだ。飢えていた分を取り込むかのように相手を求めた。
「ねえ、ディーにしるしをつけてもいい?」
「うん いいよ」
ラディージャは心臓の上に赤いしるしをつけた。
「ディー、大好き ちゅ」
ドゥクン!
ディーンシュトの心臓に確かに標をつけた。
ディーンシュトはラディージャの体を引き寄せ唇を重ねた。どちらかともなく笑みが溢れる。キスを重ねるたびに体が熱くなりもっと触れたくなる。手慣れたディーンシュトはさっさとラディージャの服を脱がしていく。ラディージャもさっき途中まで外したボタンを外していく。裸で抱き合うだけでもパチパチと体の中で何かが弾ける。滞っていたモヤが流れていく感覚がする。
「ディーの体温も匂いも大好き」
「僕も、ラディの柔らかな肌に体温に匂いラディの全てがいつも恋しい。1人で寂しくなると、ラディが腕の中で笑いかけてくれた時のこと思い出して、心が温かくなるけどもっと寂しくなっちゃって、転移して少しだけでも顔が見れないかなって誘惑されちゃう」
「私もね、魔法が使えてディーみたいに転移できたら会いたい時に会えるのにって、いつも思ってる」
ちゅ ちゅ むちゅ ちゅ
本能のままに心のまま何度もむつみあった。
帰らなければならない時は身を引きちぎられるように苦しい。でもディーンシュトをいつもの場所に返さなければ次がなくなってしまう。
2人でジョシュア王太子の別邸に戻り別れを惜しんで惜しんで、何度も別れを切り出しても繋いだ手を離せずに、あと少しだけと引き伸ばし、結局いつまでも別れられずにいた。
だけど、無情にも人の気配でその時は来てしまった。ディーンシュトがいなくなった部屋は広くて寂しい。空虚に押し潰される。また、我武者羅に進む日々が始まった。
マリリンはカルディア夫人と念願の『竜の爪』のあるロベルト侯爵領に来ていた。
少し寒い気候に身震いする。ここで天竜様の加護を頂くのだ。
ロベルト侯爵領に入り屋敷に着くと、すぐに『竜の爪』に向かうのかと思いきや、ロベルト侯爵邸で準備に大忙しとなった。
カルディア夫人の号令のもと、御用聞きの商人が次々広間に列をなし、ドレスやら貢物などを持ち込んでいた。ロベルト侯爵の家だって言うのに我が物顔だ…。ドレスはサディアス公爵邸でもオーダーしていたのに、と疑問に思っていると、あちらで注文した物が調整されてこの屋敷に運び込まれていた。今日は試着して最終確認。それから祭壇を立てるための準備、動物や植物、食べ物に布など多くのものが山積みされていく。それを1つ1つカルディア夫人はチェックを入れていく。
「これを変更して頂戴、あれはもう少し数を増やして」
『ひぃぃ、面倒くさい。これっていつまで続くの!?』
「マリリン、あなたもそばに来て見て覚えなさい。いずれあなたがこのポジションに就くのでしょうからね」
「え? そんな…」
「ふふ、あなたは金色の刻印持ちなのよ? いずれ私の持っているものは全てあなたの物になっていくわ。きっと人々はあなたに聖女としての立場を求める、だから今のうちから色々なことを覚えていかなくちゃ、いいわね?」
「…私には役不足です、それに私は女神のようなカルディア様が大好きなのです! どうか、いつまでもお側にいさせてくださいませ」
「ふふ、仕方のない子ね…。でも、ちゃんと側で見ているのよ? 後で困るのはあなた自身なのだから、ふふ」
「はい、カルディア様」
3日後、渓谷にある『竜の爪』へ向かった。
儀式を行うために『竜の爪』と呼ばれる場所に祭壇を作り、教会の枢機卿に神事を執り行わさせる。
実際に見た『竜の爪』はなんて事のない ただの洞窟だった。草がボーボー生えてて、石がゴツゴツしてて、洞窟の上から蔓がいっぱい伸びてて、鬱蒼としてて、洞窟の中に得体の知れない獣でも居そうなほど怪しげ。もっとキラキラして神秘的なイメージを持っていたのに、まるでそこいらにある洞窟と同じでガッカリした。
『うわっ! なんか飛んできた! は?コウモリ!? 怖いんですけど!』
カルディア夫人は颯爽と羽織っていたマントを脱いだ。
中身はカルディのトレードマークのノースリーブドレス、胸元と脚には深いスリット。
正直 寒くて腕も胸も肩も足も出したくない!!
だけどカルディア夫人は悠然と微笑み惜しげもなく披露し、貫禄の女神を演じている。
『ひょえーーーーー、あんなんするの無理無理無理、寒くて風邪ひくて!!』
「偉大なる叡智の神 天竜様にお願い申し上げます!!
ここにいるマリリン・ビーバーに聖なる力を目覚めさせてくださいませー!
ここなる者はあなた様の愛し子であります、金色の刻印を持っております。
まだ未熟ゆえ上手く操作が出来ません、どうか、どうか! 与えられた能力を発揮し、あなた様の忠実なる僕としてお仕えするために! その御力を御与えくださいませ〜〜〜〜!」
「「「「御与えくださいませ〜〜〜〜!」」」」」
その後、奉納物の目録を読み上げ粛々と儀式が進んでいく。
「さあ、あなたも彼方へ立ち祈りを捧げるのです!」
そういうと侍女が近づき頼んでもいないのに上着を脱がせ持っていってしまった。
コートを脱いだ瞬間、サブイボがビッシリ出た。
カタカタカタカタ 口を閉じているのに歯がけたたましく鳴り響く、肩は厳つく上がり首がすくむ。
「マリリン、ここはあなたの正念場よ、気合を入れなさい!」
「ははははははははいいいいいいい カタカタカタカタ」
洞窟の奥底からも山間の渓谷からも突き刺さるような冷たく痛い風が吹き荒む。
足を前に出そうと思ってもその一歩が出ない。
痺れを切らしたカルディア夫人に背中を叩かれ押し出される。
『やるしかない、早くやって帰りたい!!』
大袈裟に両手を広げ膝をつき天竜様に祈りを捧げる。
何度も何度も立ち上がって天を仰ぎ、地面に額をつける。
『帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい。
はぁーーーーー、いつまでこうしてたらいい? もういいかな?』
薄めでチラッとカルディア夫人を見れば、同じように祈ってくれていた。
『はーーー、まだか。終われ! 終われ! 終われ! 終われ!』
チラッ。 はぁーーー。
チラッ。 はぁーーー。
もういいや。いいよね! お・し・ま・い! しゅーーーーりょーーーー!
立ち上がり、深く正礼を取り戻ってこようとした。
『かぁぁぁぁぁ! 足がガクガクで力入んない!!』
護衛がすぐさま近寄り腕を取り、支えてくれた。
「さあ、見せて頂戴、あなたにも変化があったはず。天竜様のご加護を!奇跡を!御前に!」
マリリンは右手を前に出し、目を瞑り、自身の中の魔力の流れを見つめた。
風で髪が靡く。
掌に小さな火が灯り、段々と大きく育っていく。
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
大きな歓声が上がった。
やっている事は大した事ないのだが、ここに行き着くまでの苦労を共有する者たちは感慨深かった。
「「「感謝申し上げます!! 天竜様!!」」」
全員が平伏し感謝の祈りを捧げた。
この瞬間から金色の刻印持ちのマリリンの魔法使いとしての人生が始まった。




