3、不穏
いつも通り学院に行く。授業まで一緒に過ごす。
いつも通り授業を受ける。
いつも通り休み時間にはラディージャとディーンシュトは話をする。
いつも通り2人は一緒に昼食を摂る。
いつも通り授業を受ける。
いつも通りどちらかの用事が終わるまで図書館で宿題をしながら待つ。
いつも通り2人一緒に帰る。
いつも通り夕食までエントランスにある見通しのいいサロンでイチャイチャ話をする。
いつも通り2人一緒に夕食を食べる。
いつも通り2人で学習室で勉強し、時間になるとそれぞれの寮に戻る。
イレギュラーはどちらかの授業が移動授業の場合。その時はそれぞれの友人と過ごしている。ラブラブが過ぎて周りの人間が付け入る隙がない。だから2人はちょっと世情に疎かった。なんだかいつもと雰囲気が違うのだが、全然気づいていなかった。
2週間も経った頃、ラディージャもやっと異変について知ることになった。
いつもの様にヒルマンがラディージャに悪態をついてきた。
「おいブス! この問題の解き方を教えろ!」
「はぁー、ヒルマンその乱暴な物言いを直せないの? それが人にものを頼む態度なのかしら?」
「うるせーブス! 黙ってサッサと教えろ!」
流石にカチンときた。
「あなたみたいな態度の人には教えられません。あなたは何でも完璧なんでしょうからご自分で何とかなされば良いわ。失礼」
「おい! ちょっと待てよ! おい!」
スタスタ歩いていった先にいたのはセナフィラとリリアーナ、ヒルマンもラディージャが友人と一緒にいるところまではついて来なかった。
「良くやったわラディージャ」
「本当に、私たち心配していたのよ、あなたなんだかんだ優しいからハッキリ言えないんじゃないかって」
「何のこと?」
「え? ヒルマンの事よ!!」
「知らないの?」
「えっと、全然分からないわ。どう言うこと?」
聞けば、ヒルマンはこの口の悪さで魔法迷路の際、色々とやらかしていたのだ。
右に皆が進もうとすれば「ここは真っ直ぐだろう、お前らは馬鹿か!」と言い放ち、無理やり自分の意見に従わせる。間違っても「サッサと戻れば良いだけを煩せー馬鹿どもめ。おい、お前が行ってあっち見てこい、それで満足するんだろう?」こんな状態でチームはどんどんギスギスして、不満が溜まっていく。問題:2問目の左側にかかっていた絵の中の花瓶は何色?と言う問題に、「おい、お前 何色だ? 間違えたら殺すぞ!」それでそう言われたカイーラは泣き出してしまった。「あー、煩せー女だ、あ? 馬面女 ヒヒィンって泣いてないで、分からねーなら走って戻って見てこいよ! 走るのは得意だろう!」
これでプッツンしてしまったチームのメンバーは、
「もう嫌! 何でこんなクズと一緒のチームなのよ! もうやめるわ!!」
「俺もうんざりだ! 口ばかりでお前について行くのは神経が消耗されてやってられない!」
「王様気取りで何様なの!! あんた馬面とか言ってるけど、あんたなんて蛙と魚を合わせた様な不細工のくせに!!」
「もう嫌! あんたと同じ空間にいる事が耐えられない!!」
エリアAのゴール目前でリタイアしてしまったのだ。
「おい、ふざけるな!! 馬鹿が馬鹿な事言ってんじゃねー!!」
ヒルマンが止めるのも聞かずに4人は救援魔法を使って、5人は集合場所に戻ってしまった。何があったか聞く教師たちに同じようなやりとりを聞かせ、そこに戻っていた他のチームも聞いていた。それ以来、ヒルマンは学年一の嫌われ者となっていた。皆が恨みの顔に目を血走らせ、蔑み、元から敬遠されていたが、その出来事以来誰も口を聞いてくれなくなっていた。
この2週間ずっとヒルマンは悪い噂の渦中の人だった。
だけどラディージャとディーンシュトは全く気づいていなかった。
今までも口の悪いヒルマンに好んで近づく人間もいなかった、唯一普通に話してくれるのがラディージャだけ、そのラディージャにまで相手にされず、本当に孤立してしまったのだった。
それを知って何とも言えない気分になった。
ラディージャは目の前のヒルマンが横暴で態度に表してしまったのだが、皆が無視している中となるとなんとなく気不味い。ここは全寮制だ、その中での孤立は正直キツい。私たちは今1年生でまだ始まったばかり、あと7年も通う…、困ったことになった。
それから暫くして、ヒルマンは先生に呼び出された。
「ディー ヒルマン大丈夫かな?」
「うーん、どうだろうね。日頃から態度が悪かったからね。迷路の時 同じチームだった子たちの親からも正式に抗議をされているらしいよ。しかも女の子だけじゃなくチーム全員からだし…その、集合場所でも盛大に悪態をついているのを見られているから、否定のしようもないからね」
「何であんなに口が悪いんだろう?」
「本当だよね…、ヒルマンは貴族の家の子だし…、教育係だっているだろうに」
「なんだかねー。魔法で口の悪いの治れば良いのに…」
「プフっ! 確かにそんな魔法があったら便利だよね。でも…ヒルマンはあの口調を治さなきゃいけないと思うし、治すのは早いほうがいいと思うよ」
「そうだね…、先生たちがきっと何とかしてくれるよね?」
それから暫くヒルマンを見かけることはなくなった。だけど、それを気にかける者もいなかった。
「ねえ、ラディ 今度のお休み街へデートに行こうっか?」
「うん、行く行く!」
ディーンシュトがラディージャを連れていったのは、山の中の保養所。
ここは街の中心地ではなく、郊外の小高い山の中。山の中と言っても保養所なのでレストランもショッピングも休憩所も色々なものがある、他にも牧場みたいになっていて、遊べるところもあるらしい。
「なんだか懐かしい感じがするわ!」
「うん、そうでしょう? 僕も初めてきたんだけどここの話を聞いた時、そんなイメージを持ったんだ。だからラディと来たいと思ったんだよ」
「有難うディー、美味しいもの食べたいね」
「うん」
2人は手を繋いで散策。
「あっちから音楽が聞こえてくるわ!」
「行ってみる?」
「ディーが行ってくれるなら!」
「あはは、ラディが行きたいとこならどこにだって行くよ?」
「有難うディー! 大好き!!」
音楽は牧場の方から聞こえてきた。音楽に合わせて動物たちが行進していた。
あっちでも音楽に合わせて犬が遠吠えしている。
羊が音の出るマットの上をピョンピョン跳ねて音を奏でる。
それらを楽しみ、食事を楽しみ、近くの沢で水遊びをして楽しみ、ショッピングを楽しみ、最後にお揃いのガラスペンを買ってデートを締めくくった。
「ディー 素敵なデートを有難う」
「どう致しまして。ねえラディ、こうしてデートするのもいいよね?」
「勿論よ。私はディーとならどこへ行こうとも楽しめる自信があるわ!」
「ふふ、なら結婚してもこうして偶には一緒に出かけようね」
「うん、素敵! 未来にも隣にディーがいると思うと幸せ、大好き!」
「僕も大好きだよ、ラディ」
学院に行くとヒルマンの噂で持ちきりだった。
ヒルマンは暫く学院を休学してマナーを学ぶ。
直接的に暴言を吐かれた家が抗議したことにより、学院もヒルマンの家も対処せざるを得なくなったのだ。だがヒルマンの家は少し普通とは違っていた。
ヒルマンの家はルース伯爵家、ヒルマンのご両親は既に他界していた。
ヒルマンの父親であるルース伯爵はヒルマンが3歳の時に不慮の事故で亡くなった、そして番である母親もまたその半年後に狂死してしまった。
このトルスタード魔法国は爵位継承が特殊であった。
爵位継承者を指輪が選ぶのだ。
指輪を嵌め手を下に向け落ちてこず、他者が抜こうとしても抜けなければ、指輪の持ち主が確定される。その際、魔法省の人間の立ち会いが必要となる。指輪のサイズは指輪自身が行う、故に太っていようと子供の細い指だろうと問題がない。近い親族の誰も指輪に選ばれなかった場合、現れるまで当主の指輪『メルガロ』は魔法省の預かりとなり、領主代理を立てるか、適当な者がいなければ領地は国の預かりとなる。
家紋の刻印された魔法の指輪を『メルガロ』といい、この魔法国においては契約や高位魔法の行使の際など爵位継承者が身につけておかなければならないもの。(失くしたら大変なのだ)そして、爵位継承者から本人以外で指輪を抜く際も特殊な魔法で抜かなければ抜けない。
ヒルマンの場合3歳の時に指輪に選ばれ、ルース伯爵となった。
爵位継承者が若いとか年寄りだとかは関係がない、指輪が選んだ者が当主なのだ。
ヒルマンの父親の弟も勿論『メルガロ』を嵌めたが指輪に選ばれなかった。ルース伯爵家の当主の補佐に回るしかなかった。仮にヒルマンを養子に取ったとしても爵位を奪うことはできない。金銭を奪い取ることは多少できるだろうが、当主が『不要』と排除すれば叔父がルース一族を追われることになる。こうして3歳の甥に仕えることになった。
物心ついた時には、周りに傅かれ、ご機嫌とりの何でも肯定する者たちに囲まれ、ルース帝国の若き裸の王様として、善悪を教育する者がいない環境で育ってしまった。
勉強もマナーも伯爵家当主としての品格を身につける必要があった。家庭教師を雇い学ばせるが、飽きれば授業はおしまい、意にそぐわなければクビ…これでは何も身につかない。12歳になった時、全寮制に入るとなった時当然 断固拒否した。だが、こればっかりは国の決まりごとなのでヒルマンにはどうしようもできなかった。
ルース伯爵家では『馬鹿』『グズ』『ブス』『ノロマ』どんな暴言を使っても無視されることも文句を言う者もいなかった。学院に入るまで友人と言うモノを知らなかった、必要もなかった。誰かと協力も必要ない、命令さえすれば全て思い通りになる環境にいたからだ。
学院長に呼び出された時も、
「あなたの粗暴な振る舞いに周りが疲弊している」
こう切り出されても意味がわからなかった。
「馬鹿な奴らばかりで疲れる」
こう漏らしたヒルマンに、学院長は淡々と事実を述べた。
「あなたは周りを馬鹿だと称するが何をもって馬鹿と言うのですか?」
「はぁー、僕の言う通りにできない脳なし、馬鹿ばかりと言うことだ」
「ふむ。勘違いも甚だしい。まず、目上の者に敬語も使えない礼儀知らずなあなたに現実を教えて差し上げましょう。
あなたのこの学園において成績は学習面、マナー、剣術、協調性、全てが最下位…端的に言ってこの学院で1番馬鹿なのはヒルマン君、君だ。
このまま学習面も生活面も態度も改めなければ、この学院を退学となる。退学となり、爵位継承の素養がないと法務省が判断すれば、あなたの爵位は剥奪されあなたが所有する『メルガロ』は魔法省の預かりとなり、領地は王家に返却か預かりとなるます。そうなると今まであなたの味方でいた者たちも掌を返し見下し、あなたの世話を見る者はいなくなることでしょう。そうなると普段から態度の悪いあなたを助ける者は誰もいないので野垂れ死ぬしかありません。それがあなたの今後辿る未来です」
「な、何で誰も助けないなどと言えるのだ! 馬鹿も休み休み言え!」
「ふぅ〜、非常に不愉快ですね、言葉の使い方も相手に敬意を払うこともできない非常識な子供だ」
「何だと!」
「それです。誰しも相手に馬鹿にされれば不快になり、その相手は悪感情を抱きます。
実際にあなたに話しかけてくれる友人もいなければ学年全体に無視されている。この状況で誰があなたを助けてくれると言うのですか?
ヒルマン君、あなたは今まで正しく導いてくれる大人がいなかったことは不幸な境遇だと思います。ですが、今 あなたが変わらなければ先程言った通りの未来が待っています。代わりに今変われば、あなたは指輪が選んだ通り素晴らしい伯爵家の当主となることが出来るでしょう。あなたはどちらの未来を選びますか?」
答えなんて一つしかなかった。
だけど頭では理解しても、すぐには納得出来なかった。
「では3日差し上げましょう。私があなたの叔父に手紙を書きます。現状このままでは爵位剥奪の危機だと説明した上で、正しい学びを与えるように助言をします。それで優秀な家庭教師を雇うならば彼はあなたの爵位継続を望んでおられるでしょう。しかし…変わらず耳障りの良いことしか言わず、ヒルマン君の好きにさせるようであれば、彼はあなたから爵位を奪うつもりでしょう。
3日後に人を送ります。その時に自分自身で判断しなさい、馬車で戻って学院で別のカリキュラムを行うか、このまま無為に過ごすか…選択しなさい、宜しいですね?
それからあなたが態度を改めなければ、このままクラスに戻すことは出来ないので、あなたは退学となります。それがどう言う意味かは分かりますね? 自分自身で考え行動してください」
分かっていた事だ、腹の中では僕を憎らしく思っていたことは…。だって僕は彼らを親類扱いどころか、モノ扱い、馬鹿扱いしてきたのだから。手紙を読んだ叔父は何食わぬ顔で以前と同じように僕の機嫌をとり、好きに過ごせば良いと言った。ヒルマンは3日後迎えにきた馬車に乗って戻っていった。