29、マルチュチュ山
舞踏会が終わると小さな変化が起きた。
学園内でラディージャを悪様に言う者が少なくなった。
まあ、元からラディージャがディーンシュトと会っているところを見ることはなかったので、マリリンの言い分を半信半疑で聞いていたのだ。いつも大袈裟に大泣きしてラディージャがディーンシュトを誘惑していると言いふらすので、よく知らない者たちは そうなのかも知れないと思ってしまっていたが、ああ言う場でマリリンが理由で学院を休学していると聞いて、学院で泣き叫んでいるマリリンを思い出し、マリリンの虚言だと理解し、それが広まったのだ。
しかしこの国おいて金色の刻印とは特別な存在、熱心な信奉者は相変わらずマリリンに心酔している。ただ、レイアース様のお陰で面と向かって『金色の聖女の邪魔をするな』と言うものはいなくなった。
暫くして薬学部の寮に戻れることになった。
マリリンが休学したからだ。
そして唯一のクラスメイトのタミールがいなくなった。実は就業学部へ移ったのだ。
実家はそのままでもいいと言ってくれていたのだが、ゼノンみたいにもし魔法刻印が出たら移ればいい、そんな気持ちになった。と言うのも薬学部は覚えることがいっぱいで難しいのだ、このままでは卒業できないかもしれない…。それに結局 魔法刻印が出なければ、薬学部の知識も男爵家では無用の長物となる。薬局で1人で生きていくわけでもないのなら、無理する必要がない。タミールは手に職をつけて生きていく事を選択した結果だ。
そして 誰もいなくなった。 ……なんて。
薬学部ではマンツーマンの熱血指導が続いた。
ラディージャはこっそりマルチュチュ山の結界の外?中?へまた行ってみた。
ディーンシュトが心配するので、一緒に転移しながら行ったのでかなり時間短縮で行けた。
今回も魔獣と遭遇。だけど今回も見ているだけで何もしてこなかった。
それについても薄々思うところがある。
魔道具で草原を見ると一面キラキラ輝いていた。
やっぱり! 天竜樹様と同じ魔力を感知する。
「ねえ、ディー見て、凄く綺麗でしょ!」
「ああ、ここが魔獣の楽園なんて信じられないよ!!」
「あの子たちにはこの光景が見えているのかしら?」
「ああ、人間には見えていない美しい光景を見ているのかもね」
「そう考えると とっても素敵ね!」
「うん、羨ましいね」
虹色に漂う魔力と煌めき、美しい世界だった。
「私はね、特級ポーションの秘密はこの魔力で育ったことが原因だと思うの、ただの野草がここに溢れる魔力を帯びて私たちには薬草になる、それは魔力を持った全てのモノの薬となる、そう仮説を立ててるの!」
「うん そうかもね。魔力が充満しているこの空間に常時晒されて変化が齎される…。この魔道具で覗かなければ気づかなかった世界、魔獣が棲む世界は思っていたのとは違って凄く綺麗だね」
「うん、ここにいる植物や動物はこの魔力によって長年かけて変わったのかも…。ここは特殊な場所みたいだから…」
ここで採取した薬草は王太子殿下にお渡しした物はそのまま保存されているだろうが、ラディージャが育てている薬草たちは1年半経ってもまだ枯れていない、種にならない。
魔法箱で育てられることは分かったが、増やすことができない。そこで種子になっているものがないかなど、今回はもう少し長く観察もしたい。
前回ラディージャが株を採取した場所に行くと、そこには既に野草が生えていた。となると、種が溢れて新たに生えたと考えられた。
『ここにある草は花が咲くのかしら?』
「どうしたの?」
「私が持っている野草は今も元気に育っているんだけど、花を見た覚えがなくて…、花が咲かなければ種も出来ないのかって思って…」
「そうだよね…、もう随分経つよね? 花が咲くまでに時間がかかるのか? 花が咲かなかったらやっぱり種はできない?」
そんな話をしているとショッキングな光景を目撃した。
草が地面から抜け出てきた。ズボッと抜けてテクテク歩く…根が足みたいになって歩いているのだ。混み合った場所から自分で場所移動をしていた。
瞬きして状況確認…やっぱり歩いてる。
「パニャフニャーラ フシュシュハーラ」
「え!? もしかして話をしてる!?」
「うん、そう見える…」
歩き回っていた草が日当たりの良い広い場所に行くと、根っこでステップを踏んだ、すると地面が柔らかくなって回転しながら根を地面の中に埋めていく。その間にも何か話をしている感じ、そのまま見ているとまるで風呂にでも入るかのように葉の一部が腕のように曲がり地面に浸かっているように見える。
今見たものが信じられず絶句していると、今度は丸々太った大株が歩き出した。
とても動きづらそう、すると右に左に揺れたと思ったら分裂した!
えっ!? 分裂!!
そして別れたそれぞれが安住の地を求めて歩き出し、地面に埋まっていった。
「……………答えは、種じゃなく分裂?自分で株分けして増えるってことかしら?」
「待って、待って…、え!? 植物なんだよね??」
「もしかしたら、ここにある草と思っていたもの全て…魔獣? 植物型なのかしら?」
「うーん、これは世紀の発見!? でもきっと知りたくない事実だよね…」
「でも…私の仮説は根底から崩れるのね。魔獣だから魔力があるって事でしょう?
はぁー そっかー、そう考えると私が株を持ち出して家族や友人から切り離したことになるのかしら? 何だか罪悪感を感じるわ」
「…そうだね。でも仮説はいい線行っているのかも。ここに生えていた草が高濃度の魔力を浴びて魔獣? 魔草化した。獣も魔力を帯びて魔獣化する…でしょう? そう言う事なんじゃない?」
「わぁ! ディー凄い! 天才!! ……魔草、うんしっくりくる! そっか、そっかじゃあ種から育てる事は不可能って事なんだなぁ〜、残念。私が育てているこたちも意思を持つ生き物って考えると魔法箱に閉じ込めているのが可哀想になっちゃうな……」
「…そうだね。ラディは魔法箱の中身を解放したいの?」
「…うん、でも特級ポーションの材料となるものを勝手に処分していいのか分からなくて…、どうしよう」
「ラディ、ラディには僕がいるんだよ?」
「え?」
「もしさ、どうしても必要になるならここに転移して取りに来ればいいよ。それに枯れてしまったでも逃してあげたでも、きっとレイアース様たちはお許しくださるよ。それにここ最近は特級ポーションは作られていない、材料がないからね、。だからそう当てにすることも無いんじゃないかな? きっと必要になるのは王族に何かあったら時だけじゃない?」
「ディーはやっぱり私の最大の理解者だわ。ありがとう大好きよディー」
ラディージャは魔法箱のカランビラたちを草原に解放した。
すると、植木鉢からズボッと自分で抜け出し歩き始めた。解放されたもの同士でダンスを踊ってる…なんか 可愛い。両手に見える葉を天に伸ばし伸びをしている。
「ごめんなさい、そして有難う。もし困ったことが起きたらまたあなた達の命を貰いにくるかも知れないけど、今は必要ないから家族や友人の元へ帰って、じゃあね」
そう言うと振り返って手を振ってくれた。(たぶん)
彼らは日当たりの良い場所を見つけて居場所に戻った。
「あーあ、行っちゃった」
「でも スッキリした顔してる」
「うん。私が光魔法が使えればこの子達を犠牲にしなくて済むのにな」
「…ふふ、そんな優しいラディが大好きだよ ちゅ」
ディーンシュトはラディージャの肩を抱いて暫く草原を見つめていた。
「そうだわ!」
「どうしたの?」
「この場所の魔力の発生源を知りたいな、と思って…。散策しても良い?」
「ああ、構わないよ」
ふくらはぎ辺りを突く存在があった。
下を見ると、先程の魔草だった。
葉であっちと指差している。
危険かも知れないけど、案内に従ってついていくことにした。
意思のある生き物だと思うと足で踏みつけるのも気が引ける。
地面を見て一歩が踏み出せない。
「パリィプルプポヘ」
そう言うと地面に生えていた草たちがギュムギュムと移動してくれ道を作ってくれた。
「みんな有難う!!」
「ポヘポヘ」
「…返事が来た、凄いね。僕たちには内容がわからないけど、彼らには僕たちの言葉が分かるみたいだ」
「本当ね、凄いわ!」
歩いていくと少し離れたところに頭がフクロウで胴体が猫みたいな魔獣がいた。
『以前来た時にも見かけたかも?』
「ポギョーザ! パンバパンバ!!」
魔草が慌てている、
「ん? 怒っている!?」
「うわぁー! 魔力が吸われる!!」
「大丈夫!!」
魔草がフクロウの顔の魔獣に猛烈に怒っている。
すると顔が1回転した後、全身の毛の色が黒と赤から銀とオレンジに変わった。すると体から力が抜けていく感じが無くなった。
どうやら前回魔力切れを起こしたのはあのフクロウのせいだったようだ。
「あなたが助けてくれたのね? どうも有難う 助かったわ」
「パリュオウム」
胸を張っているっぽい。
それからもカランビラの魔草の後をついて歩いていく。何度か魔獣に遭遇しているが一度も攻撃される事はなかった。
「ディーがもし襲われたらって不安だったけど良かった」
「僕はラディが万が一襲われたらって 生きた心地がしなかったよ!」
「ピュオパルンプヘポ」
「うーん、重要なことを話してくれているみたいなんだけど、何言ってるか分からないね」
「うん、話ができればいいのに…」
「…………ピュヒ」
少し経つと泉が湧いている場所に天竜樹様と同じ木が生えていた。
魔獣か聖獣か分からないけど、動物も数種類いて花も草も木も意思があるように見える。
「天竜樹様?」
「本当だ、天竜樹様と同じ雰囲気だね」
「凄く心地いいわ」
「ピュピピュピ」
指された方向を見ると、天竜樹と同じ樹の元から虹色の樹液のようなものが流れ出している。それが泉に流れ出して魔力を持つものたちの糧となっているらしい。
「魔力はあの樹から生まれているってことなのかしら?」
「魔道具で覗いてみれば?」
「うん。どれどれ…ふわぁぁぁ、綺麗! 見て見て!」
「煌めきが眩しいね! この場が光の中にあるみたいだ」
「うん、奇跡を体現しているみたい。凄く心地いい、まるで天竜樹様やディーの側にいるみたい」
「ピュオウルマプ」
『ん…、さっぱり分からない』
「でもこうしてみると、天竜樹様と似た魔力を持つ樹から、放出される高濃度の魔力によって動植物に変化を齎している結果と言うことよね?」
「そう言うことかも。でもここへ来るパーティは50人出しても戻らないって聞く。決して魔獣や魔草が安全という意味ではないと思う。きっとここの魔獣や魔草はラディが好きみたいだね、だから攻撃してこないんだと思うよ?」
「そうなのかな? そうだといいな、そしたらまた遊びに来れるもの!」
その後もディーンシュトとラディージャは手を繋いでのんびりとデートを楽しむ。その後を魔草カランビラもついてくる。
「さて、そろそろ帰ろうか?」
「そうね、魔草さん案内有難うございます、またね!」
「ピュルルルルルッリルラ」
「……うーん、また来るわね?」
「ピュパ! ピュパ!」
ラディージャの服にしがみつく。
ラディージャはかがみ、話しかける。
「一緒に来たいの?」
ブンブンと草が揺れる。
「うーーん、また魔法箱に入ってもいいの?」
ブンブンと草が揺れる。
「じゃあ、一緒に来る? でもそれだと魔草さんでは呼びにくいわね…カランビラだからカランって呼んでもいいかしら?」
ピカっと光って草の部分に顔と手が出来た、根は足? 毛深い足になった。
「宜しくねラディ」
「「喋った!?」」
ニヤっと笑う、怖い。
「う、うん 宜しくねカラン」
カランは魔法箱の鉢の中に自分で入り、ブレスレットの空間魔法に仕舞われ、ラディージャはディーンシュトの転移で一緒に帰ったのだった。




