27、舞踏会−1
ラディージャは天竜樹のところに行くことを禁じられて、また自室に篭るようになった。
でも1週間に1度ディーンシュトが会いに来てくれるので、耐えられた。
ラディージャは自分の行動予定を部屋のスケジュール帳に書き込んで置いておく。うっかりいない時にディーンシュトが来たら困るからだ。
部屋に薬草が…ない。
実はあの後、部屋に特級ポーションの薬草が置かれているのは危険だと魔道具の収納箱をレイアース様がくださった。しかも2種類。1つは状態保存の魔法箱、例えばケーキを入れても溶けず腐らず、しまった状態を永遠にキープするものだ。だからよく食べ物を入れて持ち運ぶらしい。もう1つは空間保存の魔法箱、こちらはある空間を切り取って持ち運べるような感じだ。こちらは同じように時間経過も魔法箱の中でも起きる為、チーズの熟成や煮込み料理、天日干しや書類の保管などにも多方面にわたって使われている、植物を育てるにも適している。その上、魔法で温度や湿度、日照の有無なども設定できる、限られた空間に囲うことでラディージャの魔力も薬草に充満させることができた。
その2種類をたくさんくれた。
1つだけでもかなり高価なものだが、「部屋が狭くて何も置けないから」と用意してくださった。この魔法箱をジョシュア王太子殿下に頂いた魔法空間のブレスレットに収納しておけば何でも持ち歩けるようになった。因みに1つの箱にはドレスや宝石まで入っていた。有り難く頂戴した。
早速 街へ出掛けて食料品を買い込んだ。パンや水の最低限度のものから、クッキーや果物なども購入しては魔法箱にしまった。その他にも下着などの衣料品に寝袋みたいな物も。
それからあの魔道具屋さんへ行き、魔力を流すと生活魔法が使える魔道具も購入した。火をつけるものや水を出すものなど、高価な物は全て実家に請求書を送った。
これだけ買えば、旅行に身一つで行ってもどうにかなりそうだ。
もうすぐ王族主催の舞踏会がある。そうなるとまた寮から出られなくなる、体調不良で引き篭もらなくてはならなくなる。その為に部屋で過ごせるものを買い込んでいるのだ。
本屋にも寄った。
細かく物色するが、本はかなり高価なのだ。新品で購入するのは難しい、部屋にある本も古本屋で購入したものだ。だけど一般的な内容のものは売っていても更に踏み込んだ内容となると、古本屋には置いてなかった。そこで新品の本屋に来たのだが高価で躊躇するレベルだ。もう少し薄いものなら図書館で借りて自分で写本を作るのだが…。専門書の分厚さを考えると、自分で書き写すと何年かかることか…。ああ、どうしよう。高価なものは実家に請求書を回しているのだが、あくまでも自分で払えと言われた時払えることを前提にやらかしているので、欲しい書を何冊も手に取ると…小さな家が買える金額となってしまう。難しい顔をして取捨選択。どうしても欲しいものはどれか、後でもいいと思えるものはどれか。
結局 結論は出せずに持ち越した。
寮に帰ると王太子殿下から呼び出し状が届いていた。
早速 王宮へ向かうと、殿下の執務室へ通された。
「すまない、時間がなくてここまで来て貰って。早速だが、最近天竜樹のところに来ていないだろう? どうした?」
「…その、私的な目的で行ってはならないと言い付けられまして…」
「私的? ああ、そうかラディージャはまだ学生だから結果的に私的が駄目だと行く理由が無い、つまり来てはならないと言うことになるのか…」
「それは誰が言ったの?」
「父 カラッティ侯爵です」
「そうか。天竜樹も寂しがるな」
「ところでここ最近随分買い物をしているようだな、うちの者が見かけたらしいがどこかに行くつもりなのか?」
本当のところ先日天竜樹のところで父親と話しているのを聞いていたのだ、だがかけるべき言葉が見つからずそのままにしてしまった事を後悔して、部下に探らせていたところに色々買い込んでいるものだから心配になったのだ。
「あー、実はもうすぐ王族主催の舞踏会があるので部屋に篭ろうかと、その準備していました」
「ラディージャ、欠席は不敬だぞ?」
「はい…でも、その…ビーバーさんがディーンシュトと会えないと、私のところに突撃してくるので、…酷くなると待ち伏せされて公衆の面前で私がディーンシュトを隠していると触れ回るので、寮の部屋から出られないのです。長い期間篭ることになるので、食料品や本を買い込んでいました」
「………本屋で悩んでいたって?」
「専門書は古本屋には置いていませんし、本屋で新品で買いには高価すぎて手が出せませんでした。図書館は閉館時間があって移動の時に誰かに会うことを考えると…」
「なるほど…」
「ラディージャはその間ずっと学院を休むのか?」
「…はい。状況次第ではあるのですが、彼女が大抵ディーンシュトに会えないのは私が邪魔しているからだと吹聴するので、そうなると思います」
「なら、王宮に来て過ごせばいい。そうすれば王宮の図書室を使えるし、ビーバー嬢に会うこともない。舞踏会にはこっそり顔を出して部屋に戻ればいい」
「そうだ、それがいい。殿下の宮殿には私に与えられている部屋があるからそこを使えばいい」
「え!え?え!! レイアース様はどうなさるのですか? それに私ごときが殿下の宮殿に滞在するなど畏れ多いことです!」
「どうせ余っているんだし、そうだ、ついでに養女の話も手続きに入ってしまうか?」
「そうだ、そうすればお父様のところにいる娘だ、何の問題もない」
「え? え! あの…えっと…」
「図書室は使用時間制限なし! そうだ、天竜樹はカラッティ侯爵家を離れると自由に出入りできないのだったな…」
『そうだ、そうすると二度と近づけなくなる…』
「それも私が許可証を出そう、そうすればカラッティ侯爵家が出入りするなと言っても、ラディージャはもうシュテルン家の者となるから口出しされることもない、どうかな?」
ジョシュア王太子殿下とレイアース様は心配そうな目を向けてくる。私が頷きやすくしてくださっているのだ。
「はい、私レイアース様の養女になりたいです。どうかお願い致します」
驚愕して一瞬戸惑ったものの、柔らかな笑顔で手を広げてくれた。
「ああ、ではすぐに手続きに入るね。心配しないで」
「よく決断したな。我々は血の繋がった家族にはなれないが、少なくともカラッティ侯爵家より血の通った家族関係を作れる。楽しい家族になろうな」
「はい、有難うございます。宜しくお願い致します」
すぐに書類は作られた。
カラッティ侯爵家はラディージャの養女の話も特に反対することもなく、淡々と処理され、1週間後にはラディージャはラディージャ・シュテルンとなった。
レイアースはロペス公爵家の人間だが次男のためロペス卿と呼ばれていた。職務がらロペス執務室長と呼ばれることが多い。その後 伯爵位を叙爵したがロペスは公爵家なので何となく皆ロペス執務室長と呼んでいるが、現在はシュテルン伯爵位を叙爵されているので正式にはシュルテン伯爵だ、更にジョシュア王太子殿下が即位する時にシュテルン侯爵位に陞爵される事が決まっているので、みんな適当に呼んでいる。
だから正式な書類ではラディージャもシュテルンとなった。学院側にも報告し、卒業を待たずにレイアースの養女となった。
レイアースの家に行き、家族にも挨拶をした。その日は歓迎会までしてくれた。
本物の家族と言うものがどういうものかは分からなかったが、少なくともカラッティ侯爵家では感じたことない温かさを感じた。その日は泊まり翌日から王宮で暮らすことになった。
ジョシュア王太子殿下は薬師を部屋に呼んでくださり、自室で授業が受けられるようにしてくれた。それに王宮の薬草園にも出入り出来るようにしてくれた。薬師の授業は午前中だけなので午後は薬草園で魔道具チェックや図書室に入り浸り、天竜樹立ち入り許可証を持ちカラッティ侯爵家の者とは会わない時間を狙って会いに行った。
『凄い充実してる、幸せだなぁ〜』
幸せな日々を送り、ディーンシュトが夜中にこっそり会いに来てくれる。
そしてこっそり抜け出して、真っ暗な中、天竜樹様の下で話をしたり、別邸に行ったり、夜中のデートもしている。
『こんなに幸せでいいのかな?』
休みの日にサーシャ様に呼ばれて行くと、舞踏会のドレスをオーダーする為に呼んでくれていた。
「女の子は可愛くしなくちゃね!」
「有難うございます、すごく…嬉しいです」
デビュタントの時や中等部の時は普通にドレスをオーダーしてディーンシュトとお揃いにして参加していたことが思い出される。その時も母はいなかったけど、侍女のセーラが何かと手伝ってくれていた。
思い出すと体から力が抜けていく。でも歯を食いしばって笑顔を作った。サーシャ様や他の優しい人たちを心配させたくないから。
舞踏会当日、いつもならエスコートをヒルマンにお願いするのだが、今回はそうも行かなくなった。ヒルマンにも番が現れたからだ。お相手はシャロン・ハワード子爵令嬢13歳。
あのヒルマンが魔法省から連絡が来て顔合わせをした途端に豹変した。
本人曰く『出逢うと自分の番だと本能分かった』と言い、今は寝ても覚めてもシャロンのことを考えていて、『ごめんね、エスコートはもう出来ないと思う。シャロンを悲しませたくないんだ』とデレて言われた。こんなヒルマンは見たことがない、『過去の自分を知っている者は近づかないんじゃないかな? 僕の相手は悲劇だよ』なんて言っていたのに、『過去の僕を知ったら嫌いにならないだろうか? 彼女に相応しくありたい』とかなり前向きになった。私は勿論快諾した。友人には幸せになって欲しいからだ。
レイアース様に相談すると「私とサーシャと家族として参加しよう」と仰ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
ここ2〜3年 こんなに素敵なドレスを着ることもなかったので何だかこそばゆい気がする。
「うふふ、とても綺麗よラディージャ」
「サーシャ様 有難う存じます。なんとお礼を申し上げたら…」
「ラディージャ、もうわたくし達は親子なのよ? 遠慮しなくていいのよ。さて、レイを探しましょう」
「はい」
レイアース様はジョシュア王太子殿下の側にいるので、王族エリアに近づくと気づいて出てきてくれた。
「サーシャ」
レイアースは妻のサーシャが来ると頬にキスを贈り…おでこにもまぶたにもまた頬にも口にもキスを贈る。だが、ここには番を持つ者ばかり、これは普通の光景だ。おじさんもおばさんも番と目が合う度に微笑み合い、体に触れ、キスを贈る。なんだったら、ずっと手を握るか腕を組んだまま行動する。どうしても離れる時も目では番を追っている。
「ああ、今日のサーシャもとても美しい。夜空に輝く星も君の輝きには敵わない。この宝石も君を引き立ててるただの添え物でしかない。このドレスも美しいがサーシャの麗しい肌を隠す役割を担えていない、きっと君を見た誰もが虜となるだろう。どうか、私を不安にさせないで? 君が私以外に微笑みかけたらそいつを殺してしまいそうだ、ちゅ それくらい今日もサーシャは女神のように魅力的だ」
そこここで砂糖が吐かれ積み上げられていく。
だけどこれが普通、この国の住人…貴族の中では極めて日常だ。
やっとレイアースの視線がラディージャに移った。
「これは花の妖精か? ねえ、サーシャそう思わない?」
「うふふ そうでしょう? 可憐で知的で神々しくもあるわ」
「ああ、全くの同意だね。うちの娘は美しいな、今まで隠していたのが勿体無いほどだね。内から滲み出る芯の強さが、可憐なだけではない神々しさに通じるのだろうな」
「お義父様、お義母様 勿体ないお言葉です。お義父様とお義母様のお陰でこうしてここに立つことが出来ました。心より感謝申し上げます」
美しいカーテシーに周りにいた者たちからも称賛のため息が漏れる。
ラディージャは元々教養もあり淑女としても申し分ない優等生だった。魔法刻印が出なかったと言う1点で落ちこぼれのレッテルを貼られたのだ。それ以外の分野では常に最上位の成績を示していた。
周りも今まで見たことない美しい令嬢に興味津々だ。
「殿下がお待ちだ、さあ中へ行こう」
王族エリアでは、殿下も妃殿下も護衛たちも、ラディージャの瑞々しい可憐な美しさに目を奪われていた。
「よく来たな。これはこれは美しい。トリニティル紹介するよ」
「はい、殿下」
「ラディージャ、この美しき人は私の最愛 トリニティルだ。トリニティル、ラディージャはカラッティ侯爵家からこの度レイの養女になった、仲良くしてあげて」
「ラディージャ、わたくしはトリニティルよ、宜しくね」
「王太子殿下並びに妃殿下にはお目通り頂き感謝申し上げます。ラディージャ・シュテルンでございます。王太子殿下、シュテルン伯爵家の皆様のお陰を持ちまして、シュテルン伯爵家に名を連ねることが出来ましてございます。このご恩に報いるべく精進して参ります」
「そう、うふふ シュテルン伯爵もサーシャもとても優しいからきっと楽しく過ごせるわ、良かったわね」
「はい、身に余る幸運でございます」
会場のどこかで歓声が響く。
報告ではサディアス公爵家の到着だ。その一行の中には金色の刻印マリリンがいる。
サディアス公爵家と共にいることでマリリンの能力が証明されたも同義であった。
人々は金色の刻印持ちを歓迎している声だった。




