25、竜の爪−2
薬草園で育てている薬草は、基本的にポーションの材料とする為に育てられている。ここで一緒に同じように育てて、良し悪しがあるのだろうか?
どれを見ても種類に違いはあれど、同じような葉にしか見えない。
「これは生育と魔力測定を行う魔道具だ。これで覗いてみろ」
虫眼鏡みたいな魔道具で見ると、棒状のグラフに生育度が示されている。それから属性が色で表され表示されている。
例えば、コジルリ草が黄色、プラータ草が青色 この2つを混ぜて使うと緑色、緑色のイチブ草と似た効果を持つ、と言うように色と効能が密接な関わりを持っていた。
『これは面白い!』
以前、マルチュチュ山から持ち帰った野草を測定したが、あの時の魔道具とは全然別物だった。
『この魔道具で見たらどうなるんだろう?』
「先生、この魔道具は特別製ですか? これと同じものが欲しいのですが買えますか?」
「薬学部にいる限り学院側から貸与されるが、それでは足りないということか?」
「私は卒業後 魔法省の薬局に勤めたいと思っています。でも入省出来なければ地方で薬局を営んで生計を立てなければなりません。だから出来れば自分で薬草も育てたいと思っていまして、それでこう言う魔道具も欲しいと思いました」
「…なるほど。魔道具屋を紹介できるから、あとで教えよう」
「有難うございます」
魔道具で薬草に魔力が貯まっているのを確認しながら、採取するとなるとかなりの手間だ。民間ではそこまで気にする者は、いや気にする余裕はない。だから品質に斑も出るのだろう。薄利多売で量産するのに、1つの株から出ている葉を選別するのは無理だ。いや、その前にこんなにも採取する時期で効能が変わってくると知っている一般人はいないだろう。
この魔道具で覗く世界が楽しみになった。
よく見ると先生は魔道具に頼らずとも採取時期が見えるようだった。
「先生は魔道具がなくても分かるのですか?」
「ん? まあな、経験上何となく分かるようになるものだ」
『そうか、経験値か…』
「ここのエリアはハウスごとに魔法で気温が調整されている。右側が10度、左側が25度、奥は更に湿度も管理されている。その先は水草、更に高山などそれぞれの群生地に近い環境を人工的に魔法で作っている」
「わぁー凄い! そんな事もできるんですね、魔法って便利だなぁ〜。先生、特級ポーションの材料もあるのですか?」
「ああ、勿論…と言いたいところだが、現在カランビラやパラフィネなどの薬草の種が入手できない。王宮の薬草園に昔はあったらしいが、彼方も現在はない。知っての通り種でも苗でも育たないため、結果 種を取れずに採取してきた薬草を研究用に魔法で保管してあるものが僅かにあるだけ。だからここでも王宮でもで栽培されているのは特級ポーションの薬草はない」
「難しいものですね…」
ラディージャの部屋の薬草たちは今も元気に育っている。ただあの野草(薬草)たちは全然花が咲く様子もない、つまり種が取れない。最初 一部を薬にしてみようかと思ったのだがラディージャにはまだそこまでの技術がない。
それに、一部を殿下が保管用に欲しいと仰ったのでお渡ししたのだ。
現在、あのマルチュチュ山から薬草を採取して持ち帰れた者がいない為、有事の際に保管しておきたいと、一部を殿下にお渡しした、ラディージャもそんなに多く採取してきたわけではないので残りは結局、生育できるかの観察と出来れば種を採取する目的で部屋の片隅で育てているのだ。
殿下はラディージャの薬草を買い取ってくださったのだがあまりの大金に驚いた、しかも大金であるが故に殿下の空魔法で作った『収納箱』のブレスレットまで下さった。
殿下が目の前で呪文を唱え嵌めてくれた、私が決めた合言葉で開く仕組み。魔法って凄い!とその時も思った。まあそんな訳で魔道具も本も家も店も自分のお金で買えるようになったのだ。
「先生、この魔道具でここにある植物を観察してもいいですか?」
目をキラキラさせて聞く、ため息を吐きながら
「ああ、構わない」
それしか言えなかった。
ラディージャはいそいそとノートと魔道具を片手に一つ一つチェックしながら書き込みをしていく。
先生も時間も忘れて夢中になるラディージャ。
メデュード先生も最初は一緒に見て回ったが、ラディージャがあまりに細かく書き込みをしているので、近くの椅子に座り読書を始めてしまった。
この薬草園は学院の中にある、王宮ほど広大でも豊富な種類でもないが、それでも200種類くらいはある。そしてやはりここにある薬草は上級ポーションに使われているものも含めて魔力を帯びているものはない。あのエリアにある野草が特別なのだ。
ここにある薬草たちは、薬学部の学生たちの実験用でもあるが、王宮の薬草園に問題が起きた時の予備としての役割も担っている。つまりここにある物は後世に伝える物でもある。
薬学部の学生以外にも管理する者たちもいる。ラディージャは育て方まで熱心に聞く。
メデュード先生はラディージャに声をかけるが聞こえていない。
諦めてラディージャが気が済むまで付き合っていた。だが一向に気が済まない。気付けば辺りは暗くなってノートが見えなくなっていた。
ラディージャは慌てて見回すと
「やっと気がついたか、もういいのか?」
「すみません! あー、もう字が見えなくて…」
「はっ! 凄い集中力だな。今日はここまでにしよう」
「はい…」
残念そうにしていると、深いため息を吐いて
「明日も続きをやって構わないよ」
「有難うございます!」
それから4日間は薬草園の薬草チェックに勤しんだ。
5日目には授業中に魔道具屋に連れて行ってくれた。
「ここがあの魔道具を取り扱っている店だ。中に入るぞ」
キーーーーー
中はまさに古道具屋と言った感じで、見たことないものがたくさん置いてあった。
地球儀みたいな形のものや指輪や腕輪型のもの、ペン型剣型、置物…見るもの全てが不思議で満ちいて惚けて見てしまう。
「おい、カラッティ君は何かに夢中になると戻ってこない人だから、のめり込むな。のめり込むなら休日に勝手にしてくれ」
「すみません」
「あったぞ、ここら辺だ。親父さんこの学生に植物の生育測定器付きの魔道具を見せてやって欲しい」
「はいよ、旦那。お嬢さんはどんなものが好みかな? ここら辺だと学院に卸しているのと同じで、生育度・色が見られる。それからこっちは更に作ったポーションの測定が出来る。魔力量や濃度や効能……ああ、これは値段がちと張るが、作ったポーションの鑑定までするしろもんじゃわい」
確かに価格は高い。
平民であれば銀貨1枚で1ヶ月暮らすことができる。
学院の魔道具が銀貨3枚、学院の魔道具だって平民の生活費3ヶ月分だ。それが鑑定機能までつけると銀貨20枚も必要となる。だけど1人で生きていく為には必要な商売道具だ。
『どうしよう…、実のところ買えない金額ではない。だけどそれをここで見せるのは…』
「あの…、家に請求書を送る形でもいいですか?」
「…どの家だい お嬢さん?」
「カラッティ侯爵家です」
「カラッティ侯爵家かい、なら構わないよ。家宛でいいかね?」
「はい。もし、支払わない場合、学院の薬学部 ラディージャ・カラッティ宛でご連絡頂けますか? 責任を持って代金をお支払いたします」
「ああ、構わないよ。旦那もいることだしのぉ」
「有難うございます!」
ラディージャは鑑定機能のついた魔道具を購入した。
初めての買い物は家のツケで。
こんな事したことない。でも先日殿下やレイアース様が『養育は義務』と仰っていた。カラッティ侯爵家の恥、だから人知れず消えなければならないと思っていた。でもレイアース様は養女においでと言ってくれている。ディーンシュトは一生愛してくれると言う。であるならば、せめてラディージャを大切に思ってくれる人たちのために、諦めずにここで踏ん張りたい。
ドレスも最近は買ってない、宝飾品だってお茶会や夜会にだって出ていないから購入していない。これ以上迷惑をかけないようにと、ひっそりと生きてきたが、『義務』と言ってくれたことで少し肩の力が抜けた。
どうせ、縁を切られるなら、もういーや。冷遇は変わらないんだから! 開き直ることにした。
ラディージャは早速購入した魔道具で、メデュード先生が作ったポーションを鑑定したり、既存にある液体を鑑定したりした。またも手当たり次第に測定しまくった。
翌日の授業にタミールが来た。
「タミール! …決めたのね?」
「うん。もう少しだけ頑張ろうと思う」
「そっか、お帰り」
「えへへ、ただいま」
タミールはここ数日実家に帰り家族で話し合った。
タミールの家族は家系に番以外の血が混じっていることを知っていたらしい。だからいつか魔法刻印がでない者が出てくるかも知れないと、覚悟をしていたらしい。
3代前の当主が伴侶である番が不慮の事故で大怪我を負ってしまった。その際に子供を持てなくなってしまった当主の伴侶は、自分の侍女であった女性との間に子供を作って欲しいと願った。そして出来た子供を慈しんだ、『メルガロ』もその侍女との間にできた子供を時期当主と任命した。その侍女は貴族の子供で魔法刻印があったが自分の番とは巡り会えなかった。だがその後も、いつか魔法刻印が出ない子が出てくるかも知れないと不安は付き纏っていた。
それが今回出たのかも知れないと思ったが、家族は『メルガロ』が認めた当主の家系だから、魔力は弱くともその内出てくるのでは?と甘い期待を捨てきれなかった。
そこで、もう少し様子をみようと言うことになった。
『もし出なくても気にしなくていいわ。貴族のままではいられなくてもお金持ちと結婚して幸せになればいいの! うちは男爵家なのだからよくある事よ! それにあなたのせいじゃないのだもの、気にしちゃダメ。自分から幸せのチャンスを捨てずに貪欲に生きていきましょう!』
家族が不安がるタミールに寄り添いサポートしてくれた。だからもう少しだけ頑張ることにした。もう可能性は少ないと言われても、ゼロではないのなら諦めないことにした。
だけどゼノンは、就労部へ行くことにした。
タミールは結婚と言う道があるが、ゼノンは自分が働き養わなくてはならない。男爵家と言う事もあり、どこかの高位貴族の執事や家令、または王宮勤めなど手に職をつけるため、学部を移動した。勿論、学部を移った後に魔法刻印が出れば魔法学部に移動出来る。だが、あと2年で卒業、魔法刻印が出れば卒業後も国のサポートを受けることができる。逆に出なかった場合、出遅れてしまう。爵位の低さから考えれば、寧ろ今後 魔法刻印が出る可能性が低いと分かった時点で薬学部に残るメリットがないのだ。
久々に3人で会った。
3人で食事に行き、お互いの今後を応援し讃えあい、泣いた。
きっとこの3人だけが今の気持ちを1番理解して共有できるから。
私たち頑張ったよね! 落ちこぼれだからここにいる訳じゃないよね! 要らない子じゃないよね! ちゃんと幸せになれるよね!
笑っていたはずなのに、いつの間にか涙が流れる。
苦しかった、怖かった。人の目も噂も、肩身が狭くて両親に申し訳なくて…。番を得ることは、自分を愛してくれる人と出逢える、幸せが約束されている気がしていた。番を得られないってことは、自分を死ぬほど愛してくれる存在に出逢えない、幸せにはなれないと言われている気がしていたが、大丈夫、番が持てなくても幸せになれる、そう信じて3人は自分たちの足で立ち前に進む決意を決め、互いを鼓舞しあった。
ディーンシュトは実家から家に帰ってくるように連絡を受けた。
学院の後、実家に戻ると父からこう切り出された。
「お前は何故 マリリン・ビーバー嬢と婚約を結ばない?」
とうとうこの話題が来た。
「ですから 以前にもお話しした通り、ビーバー嬢が側に来ると体調が悪くなるのです。番に拒否反応を起こすことがあるのか、魔法省でも調べて頂いているのです。ですから彼女との婚約は出来ません、お許しください」
「ふぅぅぅぅ、彼女は金色なのだろう? 我が家としては遜色ない相手だ、番であるならば共にいることが心の安定にも繋がる。いつまで番を放っておくのだ?」
「お言葉ですが父上、父上は番が判明してから側にいない状況が続くとどうなりますか?」
「それは当然 体調が悪くなり落ち着かない」
「そうですよね? でも私はビーバー嬢が近くに来ると体調が悪くなり声を聞くと体から力が抜けていくのです。ひどい時はベッドから起き上がれず医務室で過ごしています。ポーションも効かずにビーバー嬢と会わないとそう言った症状が出ないのです。こんな事普通の番には見られない事です。僕は彼女との相性が悪いらしい、その原因が分かるまで婚約はできません」
「………あり得ない。まさか本当にラディージャが原因なのか?」
「な! 彼女は薬学部へ行き今では顔を合わせる事もありません、彼女とこの件は無関係です。それにビーバー嬢は夜会の時、欲しいものがある時、エスコートが必要な時しか私の元には来たりしません。それに金色と言いながら未だに指先に火も灯せません。彼女に過剰な期待はしないでください。
父上、何故また婚約の話が出たのですか? どこからか圧力がかかったのですか?」
「ビーバー嬢がサディアス公爵家に泣きついたようだ。長くは持たないかも知れないぞ?」
「ビーバー嬢とは結婚したくありません、出来ません!お許しください」
そう告げたディーンシュトの表情は決意が込められていた。




