23、サディアス公爵夫人のお茶会−2
ラディージャだけではなく、ディーンシュトもジョシュア王太子殿下やレイアースと面識を持ち、陰でラディージャを助ける会を発足。
「ここでこっそり情報交換をしよう」
満場一致で決定した。
その一つはディーンシュトの体力回復のため、それと番ではない者がこれ程までに惹かれることに興味を持ったからだ。
ラディージャとディーンシュトも人目を避けて隠れて密会するしかない、会うと夢中でその時間にのめり込むが、現実に戻る時はいつも背徳感で一杯だった。
『もし、ディーンシュトの未来を奪ってしまったら?』
それが何より恐ろしくてならなかった。
王太子殿下が2人を認めてくれたとか、そう言うことではなく、ただ 今の2人が一緒にいることを認めてくれる存在が有難かった。
「ラディージャ、天竜樹のところにディーンシュトも連れていくか?」
キラキラした目でジョシュア王太子殿下を見上げる。
「宜しいのですか? 是非! 是非お願いします! 天竜樹様にご紹介…あっ、えっとディーに天竜樹様を紹介したいってずっと思っていたんです!」
「ラディがいつも話してくれていたものね、僕もお会いできるなんて光栄です!」
ディーンシュトも目をキラキラさせている。
人目があるので、ラディージャが1人で先に行って、後から3人で行くことにした。
ご機嫌で天竜樹に挨拶をする。
「天竜樹様! 今日やっとディーンシュトを紹介出来るんです! ジョシュア王太子殿下とレイアース様がお許しくださったんです! すっごく優しくて素敵な人なんです。私の番では無かったけど、きっと一生愛していくと思う…だから天竜樹様、ちゃんとは紹介できないけど会って欲しかったんです。うふふ」
ラディージャの感情に天竜樹の周りの空気もキラキラと煌めいている。
そこへやって来た王太子殿下たちは驚愕した。
そのエリアに入った瞬間から心地良い風が身を包み疲労が癒やされ、魔力が身体中を巡り力が漲る感じがした。これまでより数段天竜樹が喜んでいることがわかる。
「ラディ? ご挨拶してもいいのかな?」
ニコニコしたラディージャが側に来てディーンシュトの手を取り、天竜樹の近くに来て見上げた。
「天竜樹様、いつもお話ししていた方です」
「ディーンシュト・ヴォーグと申します。いつもラディージャを守ってくださり感謝申し上げます!」
ディーンシュトは膝をつき地面にキスをし、深く頭を下げ感謝を示した。2人は心の中で天竜樹に話しかけた。人に聞かれるわけにはいかないので、それ以上 互いについて話すことはなかったが、後ろで見ていても2人は見つめ合い、労わり、仲睦まじい様子が見てとれた。すると目の前で次々に天竜樹に花芽がつき始めた。
「お、おい! アレ……」
ニョキ ニョキっと何もなかったところから生えてくる様子を4人で呆然としながら見つめた。
「うわぁー凄い! 天竜樹様 また花芽を付けられたのですね! 綺麗…ディーを歓迎してくれているみたい! うふふ 有難うございます天竜樹様!」
ジョシュア王太子殿下とレイアースは顔を見合わせた、やはり仮説は正しかった! この天竜樹とラディージャは繋がっている!!
「ねえ、ディーとっても綺麗でしょ? こんなに間近で見られて奇跡みたいね!」
「うん、本当に奇跡みたいだ…。本当に綺麗だね、いつもラディが言っていたみたいに包容力があって温かくて神秘的で魅力的だね。ラディの支えになってくださり有難うございます、これからもラディをお願いします」
「……おい、2人でキスしてみろよ」
「何でですか?」
「2人が仲睦まじいことを天竜樹も喜んでいるようだからさ」
「誰かに見られたら…ディーに迷惑をかけます。それだけは嫌なんです」
「大丈夫だよ、私たちが話すわけないだろう?」
「何かの実験なのですね? ラディ、いつも僕の心配をしてくれるけどラディだけが背負うものじゃない、2人で背負おう? どの道ラディを好きな気持ちをもう隠せない、生涯気持ちは変わらない。2人でいられるなら他のものは捨てられる、要らないんだ」
「駄目だよ、ディーには優しいご家族がいるわ。それに家だって継がなければならない…、私とは…きっと…魔法刻印が出なかったことが答えだと思うの。だからディーの人生を捨てたりしちゃ駄目だよ!」
「分かってないな、だって僕 ラディがいないと具合が悪くなっちゃう、きっとずっと会えなくなったら生きてはいけない。だから諦めてラディ、一緒に罪も分かち合おう。僕を生かしたいなら僕の欲まで愛して?」
「ディー………、大好き……でも私の想いがあなたの枷になることだけは、駄目なの。あなただけは幸せでいて欲しいの、そうじゃないと生きる意味がないの」
「馬鹿だな、僕の幸せはラディといる事だっていい加減分かってよ。だから僕の傍で幸せでいて? ね? 愛しているよラディ、僕の心は永遠にラディージャただ1人のものだ」
「ディーンシュト…ごめんね、ごめんなさい、ごめんなさい ふぅぅぅぅ愛してます生涯をかけてあなただけを」
天竜樹の花芽の一部が咲き始めた。
虹色の花びらが開き眩しく輝く。
ガラスのような透明にも見えるが柔らかそうな花弁、あまりの美しさに息を呑む。
「あっ、ディー…花が」
「うん、凄く綺麗だね。僕たちを祝福してくれているのかな」
「そうだったらいいな」
暫くその光景を見つめる。
「あっ! 以前この花を夢で見たの。池のほとりで動物たちも穏やかに暮らして凄く素敵な場所だったわ」
「そうなんだ…」
『でもその後 ディーが消えて凄く悲しくて…』
「ラディージャ やはりラディージャの心の動きと天竜樹は関係があるらしい。ラディージャが喜ぶとこうして花を咲かせる。天竜樹に愛される存在、愛し子のようだ」
「我々はラディージャの魔法刻印がなかなか出ないのは、天竜樹に魔力を分け与えているからじゃないかと思っているんだ」
「私の魔力を分け与える…ですか?」
「そう、以前花芽を落とした時、ラディージャは魔力切れを起こしていた。まあ、偶然かもしれないけど、無関係ではないと思っている」
「……天竜樹様、私と繋がっているんですか? もしそうだったら嬉しいな」
「嬉しい?」
「はい、だって………大好きですから」
『1人じゃないって思えるから、私にも出来ることがあるなら嬉しい』
特別な時間を過ごし、それぞれの場所に戻っていった。
いよいよサディアス公爵家のお茶会である。
「ラディージャ、ぼぼぼぼ僕がいるからね!」
「えええええええええ、ゴホン。そうだね、無事に終わりますように」
「よし! 行こう」
「はい、お願いします!」
体育会系のノリで気合を入れる。
「ようこそお出でくださいましたわ。ラディージャ・カラッティ侯爵令嬢、そちらは?」
「サディアス公爵夫人様 本日はお招き頂きまして有難う存じます。こちらは友人のヒルマン・ルース伯爵でらっしゃいます。初めてのお茶会ですのでご一緒して頂きましたの」
「そう…。ルース伯爵、お目にかかれて光栄ですわ。さあ、こちらへ」
案内された場所には8組の大人がいた。
8組はそれぞれが成功している権力者に見えた。高級な衣服を見に纏い、高価そうな宝飾品をジャラジャラと付け、全員が新参者の参加者を上から下まで品定めしている。
完全に猛獣の檻の中に投げ込まれた子羊の気分だ。物凄く居心地が悪い。
予想に反してここにマリリン・ビーバーはいなかった。
カルディア・サディアスは妖艶な美女だった。
事前に教えていただいた情報では3人の子供を持つ45歳の美魔女、アンジェリーナ・チョリーさんもビックリと言う感じで、白と紫の衣装のスカートのスリットから覗くおみ足の美しいこと。ボンキュボンとは…まさにこれぞ。胸元は深く切れ込みが入り双丘が垣間見える、あまり見ては不躾と思ってもつい目が釘付けになる。ノースリーブからスラリと伸びた腕は左の二の腕に黄金に輝くアームレット、そこには恐らく魔法刻印があるのだろう。
蠱惑的な存在感を示し、まさに女神のようだった。
ここに集まった者たちは女神の忠実な僕。
女神の吐息一つで何でもしそうなほど心酔しているのが見てとれた。これは思っているより厄介だ。サーシャ様から色々とアドバイス頂いたが、何か事が起きた時、僕が勝手にやったことと言い逃れられてしまう。
「ラディージャさんは おいくつだったかしら?」
「16歳になります」
「そう、魔法刻印は出ました? 番は見つかりまして?」
想定内の質問だ。
「いえ、まだでございます」
「まあ! あり得ない!」
「カラッティ侯爵家の者が魔法刻印なしだなんて!」
「あらあら、カラッティ侯爵家の者が…ねえ、とても…心配ねぇ〜」
「直系一族でこれとは…いよいよ お役ごめんですな!」
口さがない事を声高に叫び、侮蔑の笑みを向けてくる。
ヒルマンが今にも噴火しそうだが、それを必死に止める。
これらも予想していた事だ。
だって最初から分かっていたことだ。
何の関係もないラディージャをお茶会と言う名の呼び出しは、ラディージャを貶める目的の吊上げだと言うことは分かっていた。本来ならば、実家が盾になってくれるところだが、それがないと言うことは見捨てられたと知ってわざと人を集めて蔑んでいるのだ。40歳過ぎた大人たちが16歳の子供を虐めるのは見られたものではないが、これがこの国の現実でもある。魔法を使えない者は平民と同じ扱いなのだ。取るに足らない、モノの数にも入らない、虫と同じ扱いなのだ。
ラディージャに向けられる悪意、サンドバッグのように心無い言葉で心を抉られるのをじっと耐える、終わりの見えない誹謗中傷をただ黙って聞き続ける。
「ラディージャはまだ16歳です。あなた達は彼女を貶めるが魔法刻印が出た時にどう償うつもりですか? いい加減にしてください」
「ルース伯爵、立場を弁えなさい。このような無能と共にいるとあなたまで下劣な人間と判断されれのですよ? 天竜樹の守り人が無能だなんて大罪よ? カラッティ侯爵家はお役目を返上するべきだわ。何の力も無いならば、ある者の邪魔だけはすべきじゃ無いの!
ラディージャさん、あなた金色の刻印持ちの婚約者にちょっかい出しているんですって?」
『やっぱり来た…これが本題だ』
「ちょっかいなんて出してない!」
「お黙りなさい坊や。たかだか伯爵家の分際で我が公爵家に太刀打ちできると思っているの? 自領の民を守りたかったら、陳腐な正義感で的外れな口出しを慎みなさい、後で後悔することになるわよ?
お前のせいで婚約が整わないとマリリンがひどく悲しんでいたわ。金色の刻印持ちの邪魔をする無能など、早く排除して仕舞えばいいものを!」
「奥様、お客さまをお連れ致しました」
振り向くとそこにはマリリン・ビーバーが立っていた。
「まぁ! マリリンよく来たわね! さあこちらへ来てちょうだい」
「はい、カルディア様。これカルディア様がお好きだと伺ったので良かったら食べてください」
それは見るからに安物のクッキーだった。
恐らく前回のお茶会の時に『ユーベルクーゲのクッキーは口当たりがよく手が止まらない』とでも聞いたのだろう。但しクッキーが好きなのでは無い、ユーベルクーゲの最高級の菓子が自分に相応しい、と言う話なだけだ。マリリンが持ってきた平民が食べるには安いわりに美味い品物とは似て非なるものなのだ。
「まぁぁぁぁ、有難うマリリン」
どうせ食べることもないだろうに大袈裟に喜んでみせる。
マリリンも優越感に浸った顔でカルディア公爵夫人と親しげな様子を見せつける。
「よく来てくれたわね。そうそう、可愛いマリリンの婚約者に近づく身の程知らずには、わたくしからよく言い聞かせておいたわ。さあ、あちらでお話ししましょう。
そうだ、ラディージャさん 用は済んだので帰って貰っていいわ、さようなら」
見送りもなく屋敷から追い出される形だったが、解放されてホッとした。
「ヒルマン、嫌な気分にさせてごめんね。今日は有難う」
「分かってはいたけど、何もできなくてごめんな」
「ううん。隣にいてくれただけで心強かったよ。多分大丈夫だと思うけどヒルマンにも あっ!ルース伯爵領に迷惑かけたらどうしよう!?」
「多分大丈夫だよ。僕なんて普通のレベルだから取るに足らない人間。あそこから出たらきっと名前も覚えてない。大丈夫、ラディージャにはあんな最低な人間じゃなく、ちゃんと大切に思ってくれる人間がいる。ラディージャ 美味しいものでも食べに行こう、ね!」
「うん、………有難う!美味しいもの沢山食べようね!」




