22、サディアス公爵夫人のお茶会−1
お茶会の心構え! はい、サボっていました。
丁度 そう言う経験をする時にディーンシュトと進路に悩んでいて周りと距離を取るようになって、周りも気を遣い、次第に疎遠になって誘われなくなってしまった。勿論 授業では習っていたが、実践経験はない。しかも相手は悪意を持って呼んだであろう人物。
そこで内緒の助っ人を呼んだ。
「ヒルマンごめんね、付き合って貰って」
「いや、これくらい構わないよ、っていうか僕をちゃんと思い出してくれて嬉しい」
「そう言ってくれて嬉しい。でも…私と一緒に行くからヒルマンまで嫌味言われちゃうかも…本当にごめん」
「まだ何も始まってないよ。それに…いい経験だよ。天下のサディアス公爵家のお茶会は行きたくても行けないって有名だからね」
そう、今はレイアース・シュテルン伯爵邸でお茶会のレッスンをヒルマンと一緒に受けている。
「身嗜みから持ち物からマナーまで敵は見ていると心得なさいな」
「「はい、サーシャ様」」
サーシャ・シュテルンからお茶会のプライベートレッスン。
サーシャ様も元は公爵令嬢、厳しいレッスンを受けてきたようで、その持てる力を存分に2人に施してくれる。
カルディア・サディアスの禁色やテーブルマナーなどを教えて貰っていた。
それからカルディア公爵夫人は、一流が大好きなので必ず普通では揃えられないようなものを取り揃えて悦に入るとか、最終的には光魔法の最優秀魔術師は自分だが、後進を育てるためにその場を譲った、と話が移行するらしい。
ん? サーシャ様はあまりカルディア様がお好きではない?
ラディージャは目を見開いて深いため息を吐いた。
「ラディージャ、もう降参なの?」
「あ…いえ、すみません。ただ、学院で習ったマナーはあまり役に立たないのだな、なんて思ってしまって、一通りできる気になっていた自分が恥ずかしくなったのです」
「僕も、個人レッスンを受けて自分は一人前だと勝手に思っていたけど、まだ初心者って感じで、奥が深いんだな…と。この上、おばさんの嫌味からラディージャを守るなんて、無理かも…はは」
「ヒルマン! いいよ、大丈夫だよ! 巻き込まれたら大変だから関わらなくていいから! 大丈夫! どうせ、魔法刻印なしを馬鹿にされるだけよ、ヒルマンまで傷つく必要はないよ、一緒に行ってくれるだけで十分。無理に矢面に立たなくていいんだからね、ちゃんと分かっているから」
「ラディージャ…、どうしていつも自分を犠牲にするの? ラディージャねえ聞いて、魔法刻印が無くたって持っている奴らに傷つけられて良いわけじゃない! 待っているとか持っていないとか、そんな事で人間の尊厳を傷つけるなんて間違ってる! ラディージャはラディージャ自身を見て評価されるべきだ! 僕は僕の感じたままに、ラディージャの友達でいたいと思っている、僕の気持ちまで勝手に決めつけないで!」
「う…ん、へへ 有難うヒルマン。友達でいてくれて有難う」
「さあさあ、友情をしっかりと温めたところで次に行くわよ、時間は待ってはくれないの」
サーシャ様は涙腺崩壊はしてくれなかった…。サーシャ様はサディアス公爵家と何か因縁があるのかしら? 何故か物凄く燃えている。
「絶対にラディージャを悪くなんて言わせないんだから!」
サーシャ様はラディージャのことを思って自分の持てるスキルを伝授してくれていた。
「うわぁぁぁぁん! サーシャ様ぁぁぁぁぁ、有難うございますぅぅ、うっくうっく」
「あらあら もう、ラディージャったら折角の装いが…、いらっしゃい」
優しく撫でてくれる。
「ヒルマンが言った通り、いつも頑張っている貴女が誰かに貶められるなんて許せないわ。大丈夫、大丈夫よ、私もレイも殿下もヒルマンも貴女の味方よ。何があっても誰が貴女を悪く言ったとしても、私たちは貴女の側にいるし理解しているわ。だから卑屈にならなくてもいいし、遠慮なんてする必要もないの。胸を張って行ってらっしゃい、貴女はどこに出しても恥ずかしくない立派な淑女よ、ちゅ」
「サーシャ様ぁぁぁぁ」
ラディージャはサーシャの豊満な胸に包まれ優しさにも包まれていた。
王宮ではディーンシュトがジョシュア王太子殿下と対面していた。
『ディーンシュト・ヴォーグか…』
ジョシュア王太子はディーンシュトに会いたいと思っていた。
それは彼もまた渦中の人物だからだ。自分の目でディーンシュトを見て判断したいと思っていた。だが、今回はそれとは別件で対面していた。
「殿下、先日お話ししたディーンシュト・ヴォーグ君です」
「やあ ようこそ、ヴォーグ君」
「ご挨拶させて頂きます ディーンシュト・ヴォーグでございます。本日はお時間を頂き感謝申し上げます」
「ああ、君は空魔法がかなりの腕なんだってね。どうやって訓練しているの?」
「ハンヴィル先生から教えて頂いています」
「ですが、僕のスキルより上達してしまい、こうして殿下のところに来たわけです」
「ふむ、ハンヴィル君以外では何か訓練している?」
「自己流です。転移したり空間を固定したり、それからギリギリまで魔力を使って魔力量を増やしています」
「おいおい、危険な行為だって分かっているのか?」
「はい、念の為ポーションは用意してやっています。家の庭の中だけで転移していましたが、それすらも危険だったと後から知って、ヒヤッとしました」
「そうだぞ、無事で良かった。どうしてそんなに魔法のスキルアップを頑張るのだ?」
「…守りたいものがあるのです」
ディーンシュトと言う青年は銀色の魔法刻印に空魔法を有頂天になってスキルアップを目指しているわけではないと感じた。己の中に確かな信念を抱えている。
この男がラディージャの幼馴染なのだな。
「そうか、まずはどんな転移をしているのだ? 標をつけた転移か? それとも…」
「転移に特化し訓練は行っています。標をつけ標を目当てに転移する、座標となる場所に実際に行って魔法陣を刻みそこへ目掛けて転移する、それから風魔法を併用し情報と視覚を結びつけて行ったことがない場所に転移できるように訓練中です。それから、転移の際に自分以外のものを抱えてどの程度転移できるか、それから魔石或いは魔鉱石でも転移がどうか可能か、などを研究しています」
ディーンシュトの目は自分の才能に驕り高ぶっているわけではない、切実に望んでいるようだった。そして何かに焦っている。
「ヴォーグ君、少し焦りすぎだ。あまりに危険だ…そうまでしてなに!? ヴォーグ!」
ディーンシュトは話をしながら意識を失ってしまった。
「おい! おい! ヴォーグ君はどうしたのだ!? 医官を呼べ!」
「ラディ…ああ…会いたいんだ、何で…」
ジョシュア王太子もレイアースもその意識がなくなる前に呟いた言葉を聞き取っていた。
医官の話では体が弱っていると言うことだった。
「これか…」
「ええ、まるで番を失った片割れのようだと言う症状だな?」
最近ラディージャはお茶会の準備で忙しくて会えてないのだ。この間我慢できずに転移して攫ってしまおうとしたのだが、ディーンシュトも限界まで自分を虐めていたので、転移に足りる魔力が無かった。そして次に転移しようと思った時はラディージャがぐったりして寝ていたので、寝ているラディージャにキスだけして戻ってきていた。完全にラディージャ不足だった。
「ヴォーグはラディージャに密かに会うために転移魔法を覚えているのではないか?」
「そう見えるな、切実なほど求めている…まさに番のようだな」
「なあ、回復するかラディージャを呼んでみるか?」
「ああ、そうだな」
レイアースの家に行っているラディージャを王宮に呼び寄せることにした。
実際に会わせて見た、手を取るとピクリと反応した。
「ラディージャ、辛いかもしれないが、キスしてみてくれ」
王太子殿下やレイアースがいる前でディーンシュトの口にキスをした。人前であることより、意識のないディーンシュトの方が心配だったからだ。
ラディージャとキスしたディーンシュトは薄く目を開けた。
「ラディ? ラディなの? お願い、もっと…」
ディーンシュトは本能のままにラディージャと深いキスを交わす。すると次第に意識を覚醒させて行った。キスで回復するのも、ポーションでは回復しないと言うのも事実だった。
2人は唇が離れると強く抱きしめあっている。本当に心から愛し合っていることがわかる。
意識がはっきりすると、ディーンシュトは狼狽えた。
「す、すみません。僕が寝惚けていたんです、ラディージャは関係ないんです。どうか、彼女のことを責めないでください。僕が無理やり彼女にキスしたんです!」
「大丈夫だ、大丈夫だから落ち着きなさい。私がラディージャにキスするように言ったんだ。だから何も問題ない、大丈夫だ。我々はラディージャの味方だ」
「み、味方? 本当に? ラディの? 良かった、よかった…ラディの味方」
ディーンシュトはラディージャを抱きしめて泣いていた。
「やはりお前たちは番のようだな」
「ああ、キスで回復など番間だけだ! こんな事…番でしかあり得ない!」
「だが、未だにラディージャには魔法刻印が出ていない、仮に番だったとしても刻印なしでここまで惹かれ合うと言うのも初めてのことだな」
まじまじと見つめてこれまでの通説が崩れていくのを感じる。
「ラディ? 殿下たちは?」
「ディー あのね、王太子殿下とレイアース様が親身になって相談に乗ってくださっているの。だから、ディーのことも話したの。迷惑をかけたらって思ったんだけど、この方たちなら大丈夫だって思って…」
「そっか、ラディがそう判断したのならそれでいいよ。それより、ラディの味方だって言ってくださって…それが何より嬉しい。僕が側にいてあげられない分、何かあったらちゃんとご相談するんだよ? 最近はマリリンに嫌がらせされてない? ラディが思うより昔の仲間は迷惑なんて思ってないからね、1人で思い詰めちゃ駄目だよ?」
ラディージャの頬を何度も何度撫でては涙を拭う。
ディーンシュトは王太子殿下の前でもラディージャを離さず、自分のことよりラディージャをずっと心配している。
『どこからどう見ても番のソレだな…。では何で他に番の刻印が出るんだ?』
この国では番のイチャラブはよく見る光景でもあった。
「ディーンシュトに聞くが、マリリン・ビーバー嬢と一緒にいるとどうなるのだ?」
「一言でいえば体調が悪くなります。不快感から力が抜けていく感じです。全身が彼女を拒絶する、そんな感じです」
「これも番間で今までの事例にはないことだな」
「レイ、マリリン嬢の報告は来たか?」
「いや、まだだな」
「何故こんなにも魔法省は遅いのだ!?」
「あの〜、もう魔法省の確認は済んでいます。2週間休みの時に確認をしたって言っていました。正式に火、水、風、光の4種類だと、授業でもそう報告し彼女には魔法省からシャズナ・クパル様を派遣してくださっています」
「随分前ではないか、何故未だに報告書が来ないのだ!?」
「すぐに確認させる。だが、おかしいな…別件でも金色の魔法刻印について話をしていたのに忘れるかな…?」
「まさか、サディアス公爵家がなにか絡んでいるのか?」
「ヴォーグ君…ディーンシュトでいいな? ディーンシュト、マリリン嬢の魔法レベルはどれくらいなんだ?」
「実はまだ何も使えません。火や水や風と光では魔法行使の回路が違うらしくて、上手く発動できないのではと先生は判断していらっしゃいました。ですからいつも光魔法の訓練以外の授業では、体内に魔力を巡らせる練習をしています」
「おい、魔法刻印が現れて随分経っているではないか!?」
「光魔法の回路が特殊だとしても空魔法だって同じだろう? そんなにもかかるものかね?」
「ラディージャ、今度のお茶会は気をつけるんだぞ?」
「…はい」
心配そうにディーンシュトがラディージャを見ている。
「ディーンシュトが空魔法を訓練するのはラディージャに会いたいからか?」
「…はい。でも、コントロールも出来ない頃、会いたすぎて転移してしまったのが最初です。だから無自覚に何かしでかす前にキチンと覚えようと思いました」
「そうか、苦しいな」
番がいる者たちにとって、番に会えない辛さは身に染みる、誰もが経験があることだ。
「ところでラディージャ、ディーンシュトはお前に会えずに具合が悪くなったりしているが、お前の方はどうなんだ?」
「私は…ディーに会えない分、天竜樹様に癒やして頂いています。でも、ディーにも天竜樹様にも会えないと同じように倒れてしまいます」
「以前、寮に部屋の中で倒れていて、学院の先生が気づいてくれたからいいようなものの、鍵もかかってて危なかったって…」
「ラディージャ! 聞いてないぞ! 全くこれだから心配で目が離せないのだ!」
「そうだぞ、侍女はいないのか?」
「カラッティ侯爵が出す訳がない…か、それにあの部屋だ、置いておく場所もない」
『ん? 王太子殿下が何故部屋のついて知っているの?』
不思議そうな顔をしてラディージャを見ているディーンシュト。それに困ったような顔で見返すラディージャ。
「私たちがラディージャの部屋のついて知っているのが不思議か?」
「ちゃんと手続きをとったぞ? そう、厳つい顔をするな。
実はレイアースがラディージャを養女に迎えるために視察と称して先日行ってきたのだ、勿論極秘でな」
「養女ですか!?」
「ああ、まだ内緒にしておけよ。卒業までに魔法刻印が出なければカラッティ侯爵家から家を出されると聞いてな、手続きを密かに進めている」
「ラディ…良かったね。もう大丈夫だよ、1人じゃないからね。だから無理しないで? 1人で何でもしなくていいんだからね、 ラディージャには僕がいる、それに殿下たちも、絶対に1人になんかさせないから!」
ラディージャはディーンシュトの腕の中で嬉しそうに笑った。




