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20、魔法訓練−3

ディーンシュトは魔力を増やす訓練をしていた。

『最近、思うようにいかないな…』

火を使って、風を使って、水を使う。

以前よりもスムーズに起動できるようになったし、魔力を巡らす速さも以前の比ではない。だけど、何かが違っていた。疲労感が溜まり、やる気が出ない、息詰まっていた。


別邸の風呂場に水を溜め湯に浸かる。

風呂の水を溜めたりや湯の温度の加減など、感覚で出来るようになった。

だけど、出来るようになると満足できなくなる。ディーンシュトが求めているのはこう言う魔法だけではない、空魔法をもっともっと極めたいのだ。だけど…きっと他の魔法も同じようにステップアップしていかなければ、次のゲートが開かないそんな気がした。だから気は焦るが、確実に全ての魔法のスキルアップに集中した。

それしか出来なかったから。


水を掬って顔を洗う。

手に掬った水が指の間から零れ落ちていく、握っても掬い直しても手には何も残らない。歯痒くて虚しくて苦しい。

バシャ!

拳を水に叩きつけても、そこには変わらず水があるだけ。

ディーンシュトは誰もいないこの家で声を上げて泣いていた。


風呂から上がり、着替えて寮に戻る。

寮の門をくぐると、少し離れたところでマリリンが声高に自慢話に花を咲かせていた。今のディーンシュトは精神が摩耗している、この状態で更にゴリゴリと削られるのはごめん被りたい。ディーンシュトはそっと別の場所に転移してから寮に帰った。


『会いたい、会いたい、会いたい ラディージャ、ラディージャに会いたいんだ』



ラディージャは、ロペス家で自分が作ったものを喜んでくれた事で、美容液や栄養ドリンクなどを製品化することを考えた。特に美容液や美容ドリンクなどはかなりの手応えを感じていた。ただ富裕層はポーションを購入したり、光魔法で回復させたりするので、低所得帯を狙うと利益が出ない。特級ポーションも作りたいが、高額なポーションをそうそう買い置きは出来ない、そうなると別の売れ筋を作る必要がある。

やはり王宮の魔法省の薬局で働いてお金を貯めて、店を出したい。それに今は学院の端っこで薬草を育てているが、卒業して仕舞えば薬草を育てる場所もない。この間持ち帰った特級ポーションの薬草は植木鉢で自室で育てているので持ち運べるが、商売となればやはり、畑に家に店舗が必要になる。


『お金がもっと必要ね。お父様に相談してみようかしら? 卒業したら1人で生きていくので小さな家を買ってもらえませんか? …やっぱり駄目って言うかしら? 何もかもを1人で用意するには無理があるわ。駄目もとで一回聞く! それで少しでも援助してもらえたらラッキーでいいじゃない。どの道優しくしてくれることなんてないんだから…。

よし、そうしよう!!』


今の部屋にはベッド、机、植木鉢で大したスペースがない。せめて、植木鉢の置ける部屋が欲しいと思って見ていると、ベッドの上にディーンシュトの幻が見えた。

「ディーの幻まで見えるようになっちゃった…会いたいなぁ〜。はぁー」

「ラディ、シー!」

「今日は声まで聞ける、ふふ。ディー、お金がないと何も出来ないのね…」


ラディージャは幻だと思っているが、ディーンシュトは本人だ。ラディージャは独りごちると、また机に向かった。

ディーンシュトは初めてラディージャの寮の部屋に入った。

見回して驚愕していた、あまりの狭さと古臭さにだ。

ベッド、机、洋服ダンス、本棚、トイレ…ほぼ一部屋、内装もくたびれていて薄汚れている。

侯爵令嬢が生活する部屋ではない。机の片隅には本棚には置き切れない本が積み重なり、何かを実験したのか、薬を調合したのか痕跡があった。ベッドの上にも壁際には本が沢山積まれている。その上 窓際には植木鉢がたくさん置いてあって、歩くスペースもない。


『何でこんな所にラディが居なくちゃいけないんだ!』


足元に気をつけながらラディージャの側に近づいた。

横に立つと、ラディージャは恐る恐る顔を上げた先には、夢にいや幻を見るほど会いたい愛しい人がいた。

「うぷ むー」

ディーンシュトだと認識した瞬間に唇を奪われていた。

いつもの蜂蜜に粉砂糖かけたほど激甘なディーンシュトが眉間に皺を寄せて噛み付くようなキスをしてくる。驚いて目がよったままディーンシュトを見つめた。次第に体の力が抜けて小さな声が漏れてしまう。やっと唇が離れた時にはトロンとしてしまった。

「ラディ ごめん…会いたすぎて、気づいたら転移してた」

「ふふ、ディーの幻かと思ったの、そうしたらキスしてくれたからやっと現実だって分かったわ。私も凄く会いたかったの、ディー」

ディーンシュトは部屋のことは飲み込んだ、今何を言ってもどうにも出来ないことだって分かっているから。ただ、何もできない自分がもどかしくて、感情をぶつけることしかできなかった。だけど、ラディージャに心配もさせたくない。


声を殺してヒソヒソと話す。

「ディー、転移が上手になったね」

「うん。愛の力は偉大だね、ラディに会いたいって強く思うとうっかり転移しちゃう。普段気をつけないと、危険な事になっちゃうよ」

「クスクス、ディーったら」

「今は何をしていたの?」

「んー、卒業したらお店をやりたいんだけど、ポーションだけじゃなくて別の商品も作ろうと思って何がいいか検討してたの」

「お金がないって言ってたよ?」

「あはは、聞こえちゃった? 今は学院の空いている所で畑を作って薬草を育ったりしているんだけど、卒業したら出て行かなくちゃいけないでしょう? そうなると、家、店、畑、生活費、苗 色々とお金がかかるから、家くらいお父様が出してくれないかなー、なんて考えていたの。どうせ縁を切られるなら言うだけ言ってみようかってね」

「ラディ……、僕が使っている別邸があるんだけど、そこはどうかな?」

「駄目よ…、嬉しいけど駄目。ヴォーグのお家に知られたら…ディーが悪く言われちゃう、それにマリリンさんに知られたらディーが困ったことになるもの。だから………。有難う心配してくれて。大丈夫よ、一応ね、卒業後は王宮の魔法省の薬局で働いてお金を貯めるつもりよ」

「うん…………僕にしてあげられることはない?」

「我儘を言っていい?」

「うん、言って欲しい」

「ずっと好きでいさせて欲しい。未来はないって分かってる、でも愛させて欲しいの」

「うん、僕も生涯愛すつもりだよ。今ね、僕も色々実験しているんだ。2人で転移できるようになったら、別邸で一緒に過ごそう」

「いいの?」

「だって僕はラディがいないと生きていけないんだ、だから僕のために側にいて?」

「……うん」


2人はまた唇を重ねた。

もう後戻りできないほどこの恋にのめり込んでしまっていた、とっくに離れられない関係に、後ろめたさを感じながらも諦めきれずにいた。

唇から伝わる波動は、体全体へと沁みていき次第にお互いの活力となる。


『こんなにも愛しているのに…、どうして番ではないのだろう……』


「ラディ…、欲しい、今すぐにラディが欲しい!」

「私も…でもここでは…駄目…声が…」


ディーンシュトはまだ自分1人でしか転移した事がない。動物で実験はしていたが、ラディージャに何かあったらと思うと今まで躊躇していた、それが今は出来る気がした。

ディーンシュトはラディージャを連れて別邸へ転移した。


『良かった…出来た!』


ディーンシュトはラディージャと一緒にいられないのならもう、2人で何処かに消えてしまってもいい、そう思うくらい追い詰められていた。切実にラディージャだけを望んでいたのだ。ラディージャが不足してもう正気ではいられなかった。


「ディー、ここは?」

「前に話した郊外の別邸だよ。父上にはマリリンから逃れてゆっくり訓練や勉強する空間が欲しいって言ったんだけど、本当はラディと過ごせる場所が欲しかったんだ。

こうして転移すれば誰にも知られない。卒業して住むところがなかったらここに住んでよ、ね? 他に家が持てればそれはそれでいいよ、でもここがあるって忘れないで? そうしたら最初に店舗を探せるでしょう? それにここなら大きくはないけど薬草も育てられる、ああ、それにハウスキーパーは週に1度だけ日中にしか来ない。それから…」

「うん…うん…有難うディー、私に居場所を作ってくれて…有難う…大好き、大好きだよディー ふぅぅぅぅ」

「うん、僕も好き、愛してる。全身全霊を賭けてラディージャの全てを愛してる。ちゅ ちゅ ちゅ」

何度も何度も角度を変えて重ねるキス。

縋るようなキスから次第に熱が入り貪るようなキスへと変わり、甘く体を重ねた。

ここには隠さなければならない余計なものは存在しない。声を顰める必要もない。

「好きなのディー、はぁん ん! ディー愛してる」

「ラディ ラディ ラディ…ふぅっ! あぁラディ僕も 僕も愛してる、ずっと…はっ! ずっと一緒だ! ラディの為なら誰にも邪魔されない場所を用意してみせる…くっ、絶対に手放さない! 絶対に、絶対にうっく!」


2人の時間は、摩耗し削られていた心臓に温かいもので包まれ修復されるように満たされて幸せな気持ちになる。そこに番であるマリリンの事など考える余裕がない。

番であるディーンシュトが番ではない女を愛し囲い、番を蔑ろにする。これは大問題だし、何よりマリリンが知ればどれだけ悲しませることか…、2人とも頭の片隅では分かっている。だけど……分かっていても諦められなかった。

現実として、ラディージャとディーンシュトは2人でいると周りの空気が和らぐ、体を重ねると体調が良くなり、魔力の密度が高くなる?魔力の質が良くなる…そんな気がしていた。これは紛れもない事実、マリリンには感じたことがないもの。


朝方までディーンシュトはラディージャを離さなかった。

でももうすぐ自分たちを包んでいた闇が明けてしまう、白けた光が秘密を暴いてしまうかも知れない、夢の中から空虚な現実に戻らなくちゃいけない。ディーンシュトはそれに目を背けた。

ディーンシュトはラディージャを風呂に入れてラディージャを丁寧に洗う。

「恥ずかしいよ…ディー」

「でも今は体が怠いでしょう? 僕のせいだから僕がやってあげる。魔法操作もだいぶ上手になったんだよ? 湯加減もいいでしょう? ふふ」

「んー、凄く気持ちいいよ。お湯加減もディーの手も…。なら私もディーを洗ってあげる」

『私にはこれくらいしか出来ないから…』


お風呂に入ってイチャラブした後、ディーンシュトはラディージャを寮に転移で送って行った。

「ごめんね、眠らせてあげられなくて ちゅ またね」

「ん、またね」


ディーンシュトがいなくなった部屋はひどく寂しく胸が痛んだ。

「ごめんね、ディー…番になってあげられなくて ごめんなさい」

ラディージャの切ない声が小さな部屋にポツリと落ちた。



仮眠程度しか取れなかったが不思議と体の調子はよかった。

学院の授業が終わり、畑の世話をし、天竜樹の元へ向かった。


「天竜樹様、あの薬草が生えている地は天竜樹様の結界によって護られているのですよね?  特級ポーションの薬草は、ただの野草が魔力を帯びて特別な効能を持ったと言う事なんですよね? なら、こちらでも結界で囲った中に魔力を注入すれば魔力を帯びた薬草が出来るようでしょうか?


あの薬草を個々に魔力測定したりしたことはあるのだろうか…?

低級〜上級ポーションには薬草の組み合わせで相乗効果を生み出すものがあったけど、特級は同じ物は使われていない…、特級ポーションの薬草を低級〜上級ポーションに混ぜたらどんな効果があるのかしら?

ああ、その前の特級ポーションの薬草は暫く取れていないから検証のしようもないんだったわ……」

「やあ、ラディージャ嬢元気?」

声をかけてきたのは、ジョシュア王太子殿下。その背後にはレイアース執務室長もいた。


ラディージャはすぐに立ち上がって挨拶をする。

「随分難しい顔をしていたけど、どうかしたの? 問題でもあるの?」

ラディージャの眉間の皺で心配させてしまったらしい。


「王太子殿下にレイアース様、気づきもせず申し訳ございません」

「構わないよ、それでどうしたの?」


何度もここでお会いするうちに王太子殿下とも色々話せる関係になっていた。ここには決まった人間しか入れない。つまり今は3人だけなので、レイアースも王太子殿下としてより友人として話すからだ。その気安さにラディージャも自然と笑みが溢れる。


「ポーションについての考察です。ポーションに使われる薬草は魔力数値は測っているのか気になって」

「ん? 魔力数値? 薬草に何故 魔力数値を測る必要があると思ったのだ?」

「まだ推論でしかありませんが、特級ポーションの薬材となっている薬草は、高濃度の魔力の中で生育したものではないかと思うのです。つまりこちらでは育たなかったと言うより、育っても同じ成分の薬草にはならないのではないか、と思うのです」

「んーーー、なるほど、どうしてそう思ったの?」

「結界の中で魔獣たちが…私たちが薬草だと思っている草を食べていたんです。何となく食事からも魔力を摂っているのかな?そう思っただけなんですけど、特級ポーションの万能性はどこから来るのかと思った時、それが鍵になるのかなと思っただけなんです。だから、魔力数値を知ればまた栽培の役に立つかと…」

「なるほど面白い!すごいよ!凄いラディージャ! なるほどね…、だから限られた所でしかカランビラたちはない訳か! 魔力を帯びて変化したものと考えると納得がいくな!」

「ああ、問題は環境か…。だが、高濃度の魔力となるとやはり難しいか…」

「あ、あのまだただの推論ですよ? だから先日持ち帰った薬草を部屋に置いて観察しているのですが、元が分からないので比べられなくて…」


「それも凄いことだな…」

「何がですか?」

「過去に特級ポーションの薬草を持ち帰ったことがある者はいたのだ。だが、24時間程度で枯れてしまうらしい。だから空魔法で結界で囲み真空の中に閉じ込めて保管していたのだ。2日以上枯らさなかった者はいないってことだ」

「し、知らなかった…」

「ラディージャ、無謀にもマルチュチュ山に1人で行ったこともそうだけど、もう少しちゃんと事前に調べなさい。慎重そうに見えて無謀だな、まったく」

レイアースが額を小突く。

「痛て、必死だったのです。1人で生きていくには収入源を確保する必要があって、つい…、突っ走りました。すみません」


「ラディージャの今の成績なら王宮の薬局に勤められるんだろう? 無理しなくてもいいのではないか?」

「……でも、両親が王宮に勤めることを許可するかは…正直難しいと思うので、別の道を模索する必要があるんです。私も王宮の薬師となれば、いずれ地方で店をやるにしても客を呼びやすいとは思ったのですが、…卒業後すぐにカラッティ侯爵家とは関係ない地方で、となると何か売る目玉が欲しかったんです」

ジョシュアとレイアースは顔を見合わせる。

今はまだ明かすわけには行かない、ラディージャの負担になるだろうからだ。黙って話を聞いていた。

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