2、友人
私にやたら突っかかってくる奴がいる。
私がディーと会った後ニヤニヤしていると、
「ニヤけてんなよブス」
などと言う不届き者だ。実にけしからん。でも、ニヤけている自分を鏡で見た時、自分でも気持ち悪いと思ったから…否定できない、…無念。
それに…、この正直者の男…言葉の棘とは裏腹に底意地の悪い悪意を感じない。匂いと言うかオーラと言うか…何となく分かるのだ。私とこの男は相性が悪くない。
この『ブス、ブス』言う男の名前はヒルマン。
「ねえ、何でいつも私に突っかかってくるの?」
「あん? べ、別にーーー! 本当のこと言ってるだけだし! うっせーブス!」
『イラ、普通にムカつくんですけど!!』
「あなたって性格悪いから友達いないんでしょう!! だからって私に突っかかるのやめてよね!」
「うぅぅぅうわぁぁぁぁぁん!!」
まさかの大泣きだった。
ヒルマンは口が悪いので、周りから敬遠されていた。そして一緒に話してくれる友達が本当に1人もいなかった。このままではいけないと分かっていても口からポロポロ悪口がこぼれ落ちてしまう。そんな中、ラディージャは言い返しても無視したりしない、だからまたついラディージャに近づいては悪態をついてしまうのだった。
「な、なによ、自分はブスブス言うくせに……泣かなくてもいいでしょう…」
「うるせーブス!!」
走って行ってしまった。
『くっそー! 本当にムカつく!!』
「ラディージャ! またやってたの?」
「ん? んー、まーねー」
「ヒルマンに近づくのやめれば?」
「そうだよ、あの子 粗暴で苦手」
セナフィラやリリアーナもヒルマンが苦手で近づかない。リリアーナは恋愛小説のような甘いセリフが大好物、セナフィラも粗暴な人間が苦手なのだ。
「匂いがねぇ〜、嫌いじゃないんだよねぇ〜」
「そっかー」
「じゃあ、少し様子を見ようっか!」
「私はやっぱり苦手だから近寄れないけど、ラディージャの勘を信じる!」
子供は案外単純だ。
今日1年生は魔法迷路に行くのだ。
魔法迷路は3つのコースを攻略する。1つのコースを正しくゴールしなければ次のルートが開かない。3つのコースをチームに分かれて問題を解決しながらゴールした時のタイムを競うのだ。
チームは学院側が決めるので、誰と組むかは分からない。
ラディージャのチームはフローラ、ヨハネス、グレッグ、リオンの5人。
チーム番号は♯11。
ディーンシュトのチームはライアン、ガロ、ハウラ、フィーリアの5人。
チーム番号は♯18だ。
問題は最初は難しくない。『魔法学院の学院長の名前は?』
A:クラウスト B:トラウスト C:シュラウスト
3択から選ぶ。選んだ道に文字盤を嵌め込むと、壁だった場所から道が現れ進むだけ。
ただ厄介なのは、正解はBなのだが、全部の道に進む事ができる。10mくらい進んでから間違っていると、いきなり行き止まりで戻らなくてはならない。しかも間違った道は暑かったり寒かったり虫や昆虫や食虫植物が出てきたり、えらい目に遭う。その上、曲がった道や回数なども覚えていないと元の道に戻れない。
そして何気なく通路には動植物がいたり絵が飾られていたりと小さな仕掛けが色々ある。
後半の方になると『2問目の問題の横にいた動物は何? とか何匹いた?』とか『問題文は何色で書かれていた?』とか『肖像画はどっちを向いていた?』などがあり、誰も覚えてなければ、はるか昔に通り過ぎたところまで戻らなくてはならないのだ。
なかなかの忍耐力と観察眼に集中力がいる。
貴族の子供として甘やかされてきた子供には楽しくもあるが難しいものもあり、時間内に完全制覇出来るチームは2/3くらいだ。
時間内と言っても朝8時から時間をずらして出発し、4時間を超えると強制的に集合場所に転移してしまう。それから救援信号を発した場合も集合場所に強制転移となる。
全ては個人に与えられた魔道具で管理されている。
だけど、無事にゴールまで辿り着くと『虹色の珠』が現れ、弾けると小さな虹がかかり、鳩が飛び立ち、虹蝶がヒラヒラ舞い小さなシャボン玉が無数に広がり、小さなオモチャの兵隊がたくさん出てきて行進し、トランペットの音楽が鳴り響き、風船が各個人の前に落ちてくる。それを受け取ると風船が割れ、中から『魔法珠』が現れる。この魔石に魔法を込めれば実際に使う事ができる。しかも使い捨てではなく再利用出来る優れもの。
フィナーレは結構感動的で高揚する、その上プレゼントも価値あるもので、ゴールできた子供たちは大喜びするのだ。大抵の子は貰った魔法珠に結界魔法や、回復魔法を入れて生涯持っている子が多い。
先に終わった子たちも別室で待機の為、1日が終わる頃には皆ぐったりしている。
そんな催しだ。
毎年恒例なので、みんなポケットにはメモ用紙とペンを入れてスタートする。
ラディージャのチームは心配性なヨハネスが、スタートするとすぐに迷路の地図を描き始めた。残りの4人は色や絵の模写や気づいたことを書き記していく。
リオンがリーダーとなり、「次は右、左、まっすぐどの道を進みたい?」などと声をかけながら進む。
バサバサバサ!
鳥が飛び立つ音がした。
『むむむ、これは演出か? それとも自然か?』
「アレ!? 道が変わった!?」
「え!? 嘘! ……グレッグ 変なこと言うなよ! 変わってないよ!」
疑心暗鬼になって何もかもが怪しく感じてしまう。
「ヨハネス、どう? 合っているわよね?」
「うん、大丈夫だと思う…でも、なんか印象が変わった気は確かにするよ?」
「見て! この木の鉢の色が変わったかも!」
フローラが言うので皆自分のメモと見比べると、驚愕した。
「本当だ! 黄色だったのに…茶色になってる!」
「よく気づいたねフローラ! 凄いよ!」
「本当ね! 言われるまで違和感はあっても何かまで分からなかったわ!」
本当に油断ならない。
こんなことをしているからちっとも先に進まない。
4時間以内に何とかゴールしなければならない。そこで前に2人で先に進んで見て正しそうであれば声を掛け合い先に進む、間違っていそうであれば退却しやり直し、その間の細かい描写をしていく。1人は右側、1人は左側、役割分担をして進む。これで先程までより無駄を省きスピードアップ。
問題を5問解いたところでエリアAをクリア、エリアBに入ると水のエリアとなっていて、アスレチックコース、正しくアナグラムを並べ替えて別の文字にしないと道が現れない。
ちょっぴり難易度が上がる。
そしてまた5問問題を解いた後、エリアCに入った。
今度は空のエリアだった。アナグラムの他に隠されているアイテム(鍵)を探し出し、なぞなぞを解いてそのアイテムを所定の場所に嵌め込む。正しく出来ないと先には進めない。正しく出来ると、空へと階段が伸びていく。因みに外からは妨害魔法で見えないようになっている。全てが解き終わるとゴールし、転移するのだ。
うひょーーーー疲れたーーー!!
ディーンシュトも同じように仲間とゴールを目指した。
ライアン、ガロ、ハウラ、フィーリアと問題を解きながら進む。
途中ガロが戻る時に右と左を間違えて戻れなくなって本当の迷宮入りしそうだったが、周りの小物を皆で思い出しながら元に戻ることができた。
水のエリアではフィーリアが怖い怖いと足が出ないのを皆で励まし合いながら進む。空のエリアではハウラが怖すぎて目を開けられず、ライアンが支えながら一緒に進んだ。
全員でゴールできた時は達成感でみんな感涙で自然と手を繋いで気持ちを共有した。
それぞれのチームが協力しながらゴールを目指し、様々な物語りを紡いでいた。
全員が集合地点に戻り、労いの言葉を聞き、完全制覇の勇者のように盛り上がった。
達成感から箍を外す者も多少はいるが、言っても全員貴族、上品な喜び方だった。
みんな先程までの興奮が冷めず、同じチームで「あそこがどうだった、あの時の誰それが素晴らしかった」などと褒め称えた。
ラディージャはディーンシュトと喜びの共有を顔を見てしたかったが、流石にこの時間はチームを離れることが出来ず目で追うことしかできなかった。
その際に見かけたのが、1人ポツンとしているヒルマンの姿。
みんながチームで一緒にいる中、彼だけは1人だった。恐らく、彼のチームは自力でゴール出来なかったのだろう。少し可哀想にも思ったが声をかけるのは憚れた、何と言っても攻略できた者がどんな言葉をかけても、今は聞く耳を持つ余裕がない、時間が必要だと思ったからだ。
それに…今はあの癇癪に付き合う気にはなれなかった。
「ヨハネスの地図は凄いね…」
「うん、私なら曲がった先 何歩で右に曲がるみたいなのが、正しく描けないわ」
「うん、視点も変わるし対象物が変わるから、間にある見えない部分が正しく描けないよね!」
「本当! 上から見て描いたみたいだもの」
「そ、そんな事ないよ…。でも歩幅には気をつけていたんだ。…みんなの役に立てて嬉しいよ」
ヨハネスは物静かで穏やかな性格で、普段から絵を描くのが好きなようだった。
「リオンのリーダーも凄く良かったよね!」
「うん、うん こうグイグイ指示だけすると嫌な気分にもなるけど、みんなの意見を聞きながら進んでくれるから 凄く楽しく出来たわ!」
「そうそう、誰がリーダーって決めなかったけど自然とリオンを頼りにするようになったもんな!」
「そう? 有難う僕は本来リーダーとかは向いていないと思っていたんだ。みんなが僕の意見を聞いてくれたから…自然と出来た。有難う、僕たちって良いチームワークだったよね! みんなが協力して出来ることをして、最後まで楽しく出来た」
「本当にそうね。それぞれを信頼して任せる事ができたし、困った事があった時はちゃんと相談も出来た! 凄く良いチームだったわね!」
そして何とラディージャたちのチームはタイムで1番になり優勝した!
みんなホクホクしながら美味しいご飯と武勇伝に舌鼓を打った。
時間となり帰宅の途に着く。
「ディー! ディーは楽しかった? どこが良かった?」
「ぷはっ! 楽しかった前提なの?」
「だって、分かるんだもの、ディーがワクワクしてる感じとか、マズイ!とか、ふー何とかなったとか、感情が流れてくるの!」
「あー、分かる分かる!! ラディはね、一生懸命だったよ。ふふ、時間がない時間がないって感じかな? 慌ててる感じがした」
「そうなの! 私はね左側を担当していたんだけど、最初に模写した絵が下手すぎて自分でも分からないと思ったから、次からはもう少し丁寧に描くようにして注釈を付け加えていったの。だから時間がかかっちゃって…もっと、しゅぱぱぱぱって描けたらってずっと焦ってた」
「ふふ、僕たちのこの感覚ってどこまで伝わるのかな?」
「距離的に?」
「そう。今のところ寮と寮の間は通じるよね?」
「あっ! 今日の迷路! エリアCとかって魔法空間で遮られていたのに感じたわ!」
「ああ、確かに! 僕たちってまだ魔法刻印が出ていないけどこんなにも通じ合えるって凄いよね!魔法刻印が出たらもっと何かが変わるのかな?」
「変わるのかな! はぁ〜、楽しみだなぁ〜。ディーと私の魔法刻印ってどんなものかしら? 単純なのとか複雑なのとか…2人に纏わる紋様なのかしら?」
「んー、人によって全然違うらしいしね。1番強い魔法属性が一部描かれている場合もあるけど、殆どは関係ないって…。番は同じ属性になるのか、どっちの属性が前面に出るのか? 気になるよね!」
「いつ頃現れるかしら? いきなりパって出るのかな? それともちょっとずつシミみたいに広がるのかな?」
様々な書籍に魔法刻印について記されているのだが、千差万別の為、『現れる』としか表記されていないのだ。分かりやすく手の甲などでは気付きやすいが、他の部位の場合はゆっくり観察できない場合もある。例えば胸。往々に少し熱を感じる事があるらしいが大した熱でもなく、着替える時に気づく事が殆どだ。変わったところでは背中に出た人は髪で隠れて気づかなかったとか、脇の内側とか見せづらいところはちょっと困る。
ラディージャとディーンシュトは互いが番と確信していたので、その日を心待ちにしていた。
「ねえ、今日夕食の後どうする?」
「いつも通りでもいいよ?」
「うん、僕も大丈夫」
「じゃあ、学習室予約しておくね」
「有難う、ラディ」
2人はいつも一緒に食事をした後、共有スペースで勉強をしてたわいもない話をして互いの寮に帰る、これがルーティン。今日は疲れているから休むと言うと言う選択肢もあったのだが、この2人の場合、一緒にいる方が体調が良いのでいつも通り一緒に過ごす。
翌日も寮の前でディーンシュトはラディージャが出て来るのを待って一緒に登校する。これもいつも通りだった。