19、憧れの世界
ラディージャはロペス執務室長の屋敷を訪れていた。
「お待ちしておりました。私は執事のスレイベンと申します。中で皆様がお待ちですので早速ご案内致します」
ロペス執務室長は、ラディージャに迎えの馬車を手配してくださり、スレイベンも待機させ待っていてくれた。心遣いが実に細やかだった。
ロペス執務室長はロペス公爵家の次男で、ジョシュア王太子殿下の補佐をしているので、実家とは既に居を別にしていた。実はシュテルン伯爵位を賜っており独り立ちしていることもあるが、来客を制限するためらしい。整えられた調度品は一流品と分かる物ばかりだが、洗練されていて機能的なものが多く、様式美ではなく実用性重視に感じた。それに思っていたより使用人の数が少なくて驚いた。
「使用人の数が少なくて驚きましたかな?」
公爵家ともなると、主人の出迎えに両サイドに30人程並ばせる事も少なくない。それから考えると門から潜って今まで見た使用人の数は10人に満たない、これは男爵家レベルでもあった。
「ロペス執務室長様は機能的で実用的な事がお好みなのでしょうね。精鋭少数、ロペス執務室長様らしいです」
「ほぉ、よくご存知ですな。その通りです…気に入った者を重用してくださいます。この屋敷にお客様をお招きするのは珍しいのですよ?」
「まあ、ご招待に気を良くしておりましたが、社交辞令でしたでしょうか!? どうしましょう!」
「ご心配めされずとも、旦那様はカラッティ侯爵令嬢を心待ちにしておりましたとも。若い女性が好むものはどんなものだろうかと、奥様とお嬢様に相談されるほどに楽しみにしておりましたよ」
「ああ、良かったわ」
「ふふ お可愛らしい方ですね。どうぞ楽しんでらっしゃってくださいまし。何かございましたら何なりと申し付けくださいませ」
「はい、スレイベンさん 宜しくお願いします」
長い廊下を話しながら、ラディージャの緊張を取ってくれていたようだった。
「お連れ致しました旦那様」
「やあ、ラディージャ! いらっしゃい」
「ロペス執務室長様、本日はお招き頂き誠に有難うございます」
「うん、早速紹介するね。妻のサーシャ、それに娘のルチアーナだよ」
「ようこそお出くださいました。妻のサーシャですわ、お会いできるのを楽しみにしておりましたわ カラッティ様」
「ようこそおいでくださいました、ルチアーナ・シュテルンです」
「シュテルン伯爵夫人 お嬢様のルチアーナ様 本日は有難うございます。
ラディージャ・カラッティでございます。どうぞ私のことはラディージャとお呼びくださいませ」
皆快く迎えてくれ楽しい時間を過ごした。
ラディージャはお土産にサーシャには輝くプルンプルン肌化美容液を手作りしたもの、ルチアーナには知育ブロック、図形パズルにドミノを手作りしたもの、レイアースには血流循環疲労回復ポカポカ茶を調合した。
「これらはラディージャが全部作ったの!?」
「はい、すみません 何が良いか考えたのですが、あまり世情に詳しくもないですし、私が購入できるものなど高が知れているので、ロペス執務室長様から伺ったお話で私がお贈りしたい物をお作りしました。この様なものでご満足頂けないと思いますが、お納め頂けたら有難いです」
「ラディージャ! 何を言っているんだ! 私たちのことを思って作ってくれた君の気持ちがまず嬉しい。それにこう言ったものを作ってしまえるなんて…凄いな!!
早速 このお茶が飲みたい、淹れてくれ」
レイアースも大興奮。
「畏まりました」
「わたくしも試しても宜しいかしら? まあ、凄いわ! レイ見て! わたくしの手がツルスベよ! 素晴らしい効果だわ!!」
「ラディージャ様、これすごく面白いです! これならずっと飽きなさそう!!」
「うふふ そう言って頂けて嬉しいです」
ラディージャは学院に入学し中等部の頃は優秀と賞賛も得ていたが、魔法刻印が出ずに周りに取り残される様になってから、ずっと劣等生として生きてきた。自己肯定感がなく全てに自信がなくなってしまっていた。ディーンシュトと番になれなかったのは自分の能力が劣るから…、だから家族にも見捨てられた。今は自分自身が一番嫌いだった。ディーンシュトの為には離れるべきだって分かっていのに、いつまで経っても離れることが出来ない自分の醜い執着にも嫌悪していた。
久しぶりに温かい言葉をかけてもらえて、素直に心に優しさが沁み込んで震えた。
笑顔を向けたが、その頬には涙が伝っていた。
「あらあら、泣かないで頂戴。わたくし本心から嬉しいのよ?」
「ラディージャ、この贈り物は私たち一人一人のことを考えて用意してくれたものだ。心がこもっていてとても素晴らしい、有難うラディージャ。おいで」
止め処なく流れ落ちる涙をそのままに近づけば、レイアースに優しく抱きしめられた。
こんな風に家族のような優しさに包まれたことが嬉しくて涙を止める事ができない。サーシャもそれに重なりラディージャを抱きしめる。そこにルチアーナも加わりみんなでラディージャを抱きしめた。
落ち着くと4人はグッと距離が近くなり、ルチアーナはラディージャの膝の上に乗り、「本を読んで」と強請った。それもラディージャには嬉しかった。ラディージャは生きていく為に必死になりすぎて、人間関係に飢えていたのだ。ここには刻印なしと蔑む者はいない、ただのラディージャでいる事ができた。久しぶりに得た安らぎだった。
帰る時間になると寂しさを感じるほどに楽しい時間だった。
「ラディージャ、今日は楽しんでくれたかい?」
「はい。とても、とても素敵な時間でした。ロペス執務室長様、お屋敷に呼んでご家族に会わせて下さり有難うございます。とても素敵なご家族で…私まで幸せを分けて頂けた気がします」
「ラディージャ、そろそろやめないか?」
「え?」
『馴れ馴れしすぎただろうか…、やっぱり私は不要な子なのだろうか』
「ロペス執務室長様は長いし、堅すぎる。レイアースってそろそろ呼んでほしいな?」
「うわぁぁぁぁん! もう…もう王宮には行っちゃダメって言われたのかって、ヒックヒック おも、思ってうぅぅふぅぅぅ」
「あーーーー、ごめんまた泣かせちゃったよ。ほら、おいで〜。よしよし、そんな事言わないよ、だってサーシャやルチアーナは名前で呼ぶのに私との繋がりの方が長いのに執務室長様って毎回言うから、寂しくなったんだよ。ごめんな」
「うっくふっく」
「ラディージャ、私はね 知り合ってそんなに長い時間ではないけど、ラディージャが凄く良い子だって知ってる。そして凄く素直で可愛いと思ってる。大好きだから私の大切な家族を紹介したんだよ? ねえ、ラディージャ? これからも私を含め家族と仲良くしてくれる?」
ラディージャは目を見開いて見上げるとコクコク何度も何度も頷いた。
「じゃあ私のことも名前で呼んでね! それから気軽に遊びにおいで。私は仕事で殆ど寝に帰るだけだが、サーシャやルチアーナはいるから、いつでも来て良いからね」
「はい。……………もう一回抱きしめて貰ってもいいですか?」
「うん、ほらおいで。よーし、もうラディージャは私の娘だ! お父様に甘えていいぞー!」
「嬉しい、嬉しいですぅぅ レ、レイアース様―!」
レイアースはラディージャが落ち着くまでずっと抱きしめてくれていた。
帰る時も馬車じ一緒に乗り込み寮まで送ってくれ、頭を撫でてくれる。
「ラディージャ、ゆっくりおやすみ、またね」
「はい、レイアース様 本日は素敵な時間を有難うございました」
「ん、ほら もう行って。じゃあね」
ラディージャはスキップでもしちゃいそうな程浮かれていた。
レイアースはその背中を見て、目を細めながら切なくもあった。
『ジョシュア、やっぱりお前は凄いよ、何であの娘の運命は残酷なんだ。ああ、ラディージャを今すぐ家族にしてやりたいなぁー』
背中が見えなくなるまで見送っていた。
マリリンはバークレー伯爵夫人と共にサディアス公爵夫人のお茶会に来た。
モスクグリーンに金と白のレース、若々しい装いだ。今日はマリリンのトレードマークのノースリーブではない。首元も袖も布に覆われている、今回はお茶会の作法に則った装いだからだ。これもバークレー伯爵夫人のご指導のもと正された。以前であればノースリーブで行っていたことだろう。サディアス公爵夫人は伝統・格式・高潔・エレガントを大事とされるからだ。
「まあ、よく来てくれたわ。あなたがマリリンさんね」
「サディアス公爵夫人 本日はお招き頂きまして感謝申し上げます。マリリン・ビーバーでございます。以後ご寵愛くださいませ」
『あっ! 間違えた! バークレー伯爵夫人にご寵愛下さると良いわね、なんて言われてて頭にこびりついてて…やっちゃった!』
「まあ! おほほほほ、面白い方。きっと素直な方なのね…ふふ。そちらは…」
「ジャニス・バークレーでございます。マリリンさんのお世話をさせて頂いております」
上から下までまじまじと見ると、扇をパチンと鳴らして
「そう、宜しくね。今日は楽しんでくれると嬉しいわ」
一先ず追い返されずに済んでバークレー伯爵夫人は内心ホッとした。
マリリンにしてみれば、バークレー伯爵夫人も十分 大人で洗練された一流だったが、ここに来ると周りの人間が光り輝いて見える。
『凄い! これが一流なのね! ……私もこの人たちの仲間入りになれるのね!』
マリリンは有頂天になった。
飾ってある花も、食器も、テーブルクロスも、カトラリーも、テーブルも椅子も! よく見ればとても高価そうだった。
キョロキョロして見ていると、バークレー伯爵夫人が注釈してくれる。
「あれは幻の花と呼ばれているのよ、カキャは霊山の女神と呼ばれていて、開花して3時間すると枯れてしまう幻の花」
「へぇ〜、凄いんですね。そんな幻の花まで揃えるなんて」
「それだけではないわ。本当に凄いのは、このカキャはね、霊山でしか咲いていないの。これだけの花を摘むのに、恐らく…80人くらいは必要ね」
「は? 80人ってなんで…」
「霊山は魔獣が棲む魔境なの。カキャを摘むには魔法に長けたパーティを組んで向かわなければならないわ、その上、3時間しか咲かないと言う事は、咲く前の花を土ごと持って帰ってきて咲く時期を調整しなければならないの。魔獣を討伐す人間、カキャを探す人間、カキャを生育する人間、運ぶ人間も必要になる、つまり多くの人間を使う財力もコネも権力もあるって事よ」
「す、凄いんですねーー」
『嘘でしょう!? 一体いくらかかるって言うの!? 流石国内一の大金持ち! バークレー伯爵夫人もお近づきになりたい訳よね…』
「皆さん、こちらはね 84年ぶりに金色の刻印を天竜様より頂いたご令嬢を紹介するわね。マリリン・ビーバー男爵令嬢よ。さあ、こちらへいらして」
突然にスポットが当たりみんながマリリンを見る。
それにビクッとなりながらも、オズオズと差し出された手の方へ歩き出した。
少し高くなった壇上に上がると、カルディア公爵夫人が迎えに来て腰に手を当て中央へと押し上げてくれる。
「あなたの魔法属性は?」
「えっと…あの、火、風、水、光です うふ」
「素晴らしいわ! お聞きになりましたか? 金色に相応しいですわね。わたくしはマリリンさんを歓迎致します。皆さんも若き才能を見守って差し上げてくださいね」
そこにいた者たちは皆がマリリンを拍手を持って歓迎した。
「温かくお迎えくださり感謝申し上げます。未熟ではございますが、皆さまどうぞ宜しくお願い致します」
カーテシーで締めくくった。
正直拙いカーテシーだったが、この国は魔法の能力が全て、温かく迎え入れられた。
全てはサディアス公爵家が認めた人物だからだ。
「ところで番は分かってらっしゃるの?」
「正式にはまだ魔法省から連絡はきていません」
「そうなのね。正式には、と言う事はお相手は分かっていらっしゃるの?」
「はい。ヴォーグ伯爵家のディーンシュト様です」
「ヴォーグ伯爵家なら問題ないわね。婚約はなさらないの?」
「ヴォーグ伯爵家からはまだ何も…」
「何か問題があるの?」
「えっと、それは……」
「サディアス公爵夫人 実はですね、ディーンシュト様には懇意にしている娘がいたそうなのです。その娘がネックになっているみたいで、ヴォーグ伯爵家は婚約話を先に進めたがらないらしいのです!」
「まあ、なんて事!」
「でも、それだけではないのです。ディーンシュト様は、いつも体調が優れず寝込んでばかりいて…、話が進まないのです」
「まあ、そうなのね…。ところでどこの誰と懇意だったと言うの? 番の結びつきを邪魔するなんて、常識も良識も無い娘ね」
「ラディージャ・カラッティ侯爵令嬢ですわ!」
「まあ、カラッティ侯爵家のご令嬢がそんな常識外れなことを!? 理解に苦しむわ」
「何でも、番だと思っていた娘が16歳になると言うのに未だに魔法刻印も出ない落ちこぼれで、家からも見放されているようなのです。きっとお優しいディーンシュト伯爵令息は幼馴染を冷たく突き放せないのですわ!」
「まあ! あらあらあら…。カラッティ侯爵家としてはとんでもない醜聞ね。ふふふ。
まあ、いいわ。何か困った事があれば何でも仰って。
ところで、光魔法はどの程度使えるの?」
「実はまだ全然出来ないんですぅ〜。火魔法とかと光魔法は魔力の使い方が違うらしくて…、難しいんです」
「そうなのね。確かに4色ともなると難しいのかも知れないわね。わたくしに出来ることはお手伝いさせて頂くわね」
マリリンは人生で記念に残るような特別なお茶会を経験した。