18、魔法訓練−2
ディーンシュトは王宮の魔法省に来ていた。
魔法訓練のためだ。
ディーンシュトは空魔法を持っている、だが学園では空魔法を持っている者がいないので正しく指導できない。そこでバークレー先生が魔法省に所属し空魔法を使える人を紹介してくれたのだ。また、空魔法も特殊なため訓練するのに場所を選ぶのだ。
と言うのも、空魔法は空間に関わる魔法のため失敗して亜空間へ行って戻ってこれないとなると大変なことになるので、空間座標が固定されている場所が王宮にはあるのだ。
以前ディーンシュトはラディージャの為に転移して成功したから良いようなものの、失敗していたらこの世から消えていたかもしれないのだ。
指導してくれるのは、サーレ・ハンヴィル。ハンヴィルは空魔法と風魔法が使える。
「やあ初めまして私はサーレ・ハンヴィルだ」
「初めてまして、ディーンシュト・ヴォーグです。よろしくお願い致します」
ディーンシュトはハンヴィルから空魔法について詳しく学ぶ。
空魔法は転移ばかりでなく、空間固定や、浮遊、なども出来る。その上、ハンヴィルは風魔法も使えるので組み合わせると言葉を閉じ込めて転送することもできる。それに空間を繋げて遠くにいる人間と会話も出来る。諜報活動に重宝されたりする。
それから、風魔法と空魔法を組み合わせて、対照人物を特定するとか、特定人物の行動監視なども出来たりする。
こう言う魔法の使われ方をするので、情報を盗まれない為に妨害魔法や結界魔法をかけておく必要もある。
講義の後 すぐに実践。
ここでもディーンシュトの魔法の精度が高いことに驚かれた。
「ヴォーグ君は飲み込みも早いし、魔法の精度が高いね。相当訓練したのかな?」
「はい。実は以前大切な人が倒れてしまって…助けて強く願ったら転移してしまった事があったんです。後から凄く危険な事だったと知って独自に勉強していました」
ハンヴィルは驚愕のあまり固まってしまった。
『おいおいおい、強く願ったからってできるもんじゃないって!! しかも座標も曖昧で? 魔法の天才か!?』
それを聞いてハンヴィルは更に熱を入れて指導し始めた。
最初は猫をかぶって指導していたが、その内魔法オタクの闘志に火がつき熱い指導に変わっていった。
サディアス公爵家でお茶会が開かれることになった。
主催はカルディア公爵夫人。
国内屈指の魔法の名門エリート一家、徹底した魔法能力至上主義で、能力のない者は生きる価値なしとばかりに存在自体を無視する傾向がある。しかし、高い能力を示せばこれ以上ないパトロンとなり、援助に金の糸目はつけない。この家とお近づきになれれば一流の仲間入りとばかりに挙って、サディアス公爵家のお茶会に参加する為に人が群がっていた。
サディアス公爵家は魔法刻印が単色でも問題ない、ただ能力を示せばいいだけ。
多くの才能に投資してきたサディアス公爵家は、国内屈指の大貴族でツテがたくさんある。 一攫千金を狙って連日招待状争奪戦が繰り広げられていた。
その中で招待状を受け取る者たちは、一流に一流と認められた 成功が約束された選ばれた人間、優越感を持ってお茶会に臨む。
マリリン・ビーバー男爵令嬢にも招待状が届いた。
それは一流と認められた証でもあった。
マリリンが招待されたと社交界に瞬く間に広まった、そしてそのマリリンにお近づきになろうと日々、あちこちの貴族がマリリンと接触を図ろうとしてくるようになった。
多くの貴族が小娘であるマリリンに頭を下げ耳障りのいい言葉を紡ぐ。
『あーーーこれよこれ! 気持ちいい!! 可愛いし金色だし、私が主役でしょ!』
マリリンは学院が終わると、あちこちから誘われてお茶や食事に誘われていた。
行った先々で高価な贈り物を貰って、美味しいものを食べて、みんなにチヤホヤされて楽しい時間を過ごしていた。
ディーンシュトは最近マリリンに纏わりつかれなかったが、自身も王宮へ行って魔法訓練し、空いた時間は郊外の別邸で学習と魔法訓練をしていた。門限近くなると寮へ帰る生活を繰り返し、忙しい毎日を送っていた。
ディーンシュトは4つの魔法属性がある。
火魔法、水魔法、風魔法、空魔法。
別邸での1人の時間は、魔法訓練に最適だった。
ここは週に1回平日の日中にハウスキーパーが入る、それ以外は1人の為、お茶を飲みたくても誰も淹れてはくれない。水魔法でポットに水を入れる。最初は繊細な魔法操作が難しくてポットにコップ一杯の水を入れたいのに、バケツをひっくり返したような水が目の前でドシャーって出てきて水浸し、風魔法で衣服や髪を乾かそうとすると強風で最初は窓ガラスを割ってしまった。
小さな魔力しか持たない者たちは、上手に生活魔法を使えるが、強大な魔力を持つ者にとっては、細く長く安定した魔力を放出し続ける事はかなり繊細な作業だった。ただその行為は魔力制御という意味ではいい訓練になった。
今では日課としてポットに水魔法で水を入れ、火魔法でお湯にして、お茶を飲む。使い終わったら水魔法でカップやソーサーやポットを洗い風魔法で乾かす。これも日々訓練。
この別邸で最近するのは、魔法陣を描く事。
前回は多分 想いの強さで転移する事ができたけど、次も成功するかは分からない。
そこで、魔法陣を描く練習をしている。
それから…なるべく魔法を使って魔力を消費し、休んで魔力を回復させたりしている。魔力回復にためのポーションを購入し、万が一の時は補給できるようにもしている。
生活魔法では然程魔力を消費できないので、庭の中を転移して回っている。かなり体を酷使している。寮に帰ると力が尽きて爆睡していた。
『どの位の魔力を持てば人間2人が転移できるのだろうか…?』
寝ても覚めてもその事ばかり考えていた。
天竜樹の花芽が落ちた事で、厳戒態勢が解かれ昔のシフトに変わった為、カラッティ侯爵家の人間が来ない時間帯を狙って訪れるようになった。
「やあ、カラッティ嬢いらっしゃい」
「ロペス執務室長様 こんにちは」
ラディージャが来るとどこからともなく現れて、何かと気にかけてくれる。
王宮のカフェみたいなところに連れて行ってくれたり、ラディージャには入ることができない図書室に入れてくれたり、ラディージャの疑問に答えてくれたり。
33歳のロペスは頼れるお兄さんという感じだ。
偶にラディージャと一緒に天竜樹の所へも行った、その時にジョシュア王太子が言っていた、『天竜樹が喜ぶ』ところを目の当たりにした。
『煌めく空気、その場にいるだけで自分の体まで浄化されて癒される感覚』
警備兵たちも1日の終わりに疲れているはずなのに、元気そうだ。
『ジョシュアはやっぱり凄いな、確かにお前の言った通りだ。ラディージャは特別な子だ。保護しなくてはならない天竜樹の愛し子だ。お前の判断は正しいよ』
レイアースは密かにカラッティ侯爵家の事を探らせている。そしてこちらもジョシュア王太子の予想通りのようで末娘の心配をする者は誰もいなかった。兄たちもカラッティ侯爵家の汚点を知られたくないと言う気持ちが先に立つらしい。彼らも小さい頃からカラッティ侯爵家の者として努力してきた。そして年の離れた兄たちはラディージャが5歳の時には王都に出て学院に入ってしまっていたため、記憶を共有するものが殆どないのだ。
ただ『落ちこぼれの妹』と言う感覚しかないらしい。
両親に至っては、ラディージャがまるで存在しなかったかのように自分のことで精一杯だった。カラッティ侯爵家は代々魔力量は多いが、古い伝統に固執し、領地は寂れる一方であった。サディアス公爵家のように人を惹きつけるものも持っていない。今のカラッティ侯爵家を支えているのは古く寂れた伝統だけだった。
『あと2年で大きな長女が出来そうだな』
ラディージャが悲しまないように、少しずつ距離を詰め、親しくなれるよう努力し、そっと見守っていた。
「そうだラディージャ、今度我が家に遊びに来ないかい?」
「ロペス執務室長様のお屋敷に私がお邪魔させて頂いても良いのでしょうか?」
「ああ、妻のサーシャにも紹介したいし、6歳になる娘のルチアーナにも紹介したい。実はね、妻のお腹の中には子供がいてルチアーナは刺激を求めているんだよ。話し相手になってくれたら嬉しいのだが…どうかな?」
「まあ! おめでとうございます!! ルチアーナ様はどのような方ですか? 何がお好きかしら?」
「んーーー、お転婆かなぁ〜? 好奇心旺盛で興味を持つとまっしぐらで何も他のことは考えられなくなっちゃう。この間も蟻の行列を見つけたらしく、お菓子の屑をわざと落としてどこへ運ぶのか追いかけたりして…クスクス 放って置いたら顔に土つけて手には何匹か蟻が潰れてて、『どうしたの?』って聞いたら『後ろ側がどうなっているのか気になって掴んだら潰れちゃったの』なんて言ってた。誰に似たんだか…」
「ロペス執務室長様は優しいお父様なのですね、ルチアーナ様をよく見ていらっしゃる。令嬢らしくないと叱りもせずに見守ってらっしゃって…素敵なお父様ですね」
その顔は寂しそうにも見えた。
「んーー でもね、私は王太子殿下の親友で仕事も常に一緒だろう? 忙しくて普通よりは一緒にいる時間が少ない。その上、取り入ろうと近づく輩が多いから妻たちにも注意するように言っている。だから他の家より窮屈を強いている。良い夫であり父親ってほどではないかな?」
「そんな事ないです! きっと皆さま理解しておられます! 一緒に過ごせる時間は少なくてもロペス執務室長様の愛情は感じてらっしゃると思います。ルチアーナ様が好きなことに夢中になれるのは好きなことを出来る環境にあったからです。憧れてしまいます。
奥様はどのような方ですか?」
「サーシャはね、凄く優しくて良い匂いがして私に甘くて可愛くて甘えると目がトロンとして上目遣いが最高に可愛くて背中のラインが手にフィットして私の胸に顎をつけて力を抜く姿が女神のように美しくて私から理性を奪い取る小悪魔、控えめに言っても最高の女性だよ」
『うん、番に対する愛情とか執着とか偏愛ってこんな感じだよね…。番、番か…いいな』
「奥様への深い愛情もよく伝わります。それで何がお好きでしょうか?」
それからもロペス執務室長様のクリームに蜂蜜をかけたような甘ったるい惚気を聞き、ちっとも聞きたい好みにたどり着く事はなく、お土産に悩むラディージャだった。
マリリンは近頃引っ切り無しに誘われて、人生最高の時間を過ごしていた。
「私…今度のサディアス公爵夫人のお茶会にお誘いを受けているんですけどー、公爵家からの初めてお茶会で、何を準備していいか分からなくてぇ〜」
「まあそうなのですね。ビーバー様は男爵家、確かにこれまで機会もなくご不安でございましょう? わたくしがお手伝いさせて頂きますわ!!」
こうして囁き、サディアス公爵家に取り入りたい者と、金色の刻印待ちに近づきたい者が、マリリンに何でも与えてくれた。その中でジャニス・バークレー伯爵夫人が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。お茶会や夜会にも買い物にも付き添い、授業では古文書の呪文のように聞こえていたマナーが実践でスルスルと頭に入ってくる。
「マリリンさん、サディアス公爵夫人のお茶会では白と紫の色はNGなの。どうしてか分かる?」
「お嫌いな色だから…ではないのですか?」
「ええ違うわ。寧ろ大好きな色だからよ。カルディア公爵夫人は光魔法の権威なの。5年前まではカルディア公爵夫人は光魔法の筆頭魔術師として魔法省に所属していたの。現在のシャズナ・クパルさんに代替わりするまでは光魔法の第一人者でその手腕を振るってらしたわ。
魔法の才能がお有りになる方たちはね、皆さん、ご自分の魔法刻印の色を纏う事が多いの、それは魔法刻印をあまり他人に見せないからその意思表示とも言われているけれども、実際はご自分の魔法刻印に愛着もあるし誇りに思っていらっしゃるからよ。
カルディア公爵夫人は光魔法ですから当然白色を纏う事が多くなるわ。聖職衣としても白色、でもつまらないと仰ってね、本当は白色に金色を入れたいところだけれど、その組み合わせは魔法省の許可が必要なの、それに他にも取り決めがあるらしくてね。それで差し色に紫を入れてらっしゃるの、だから 白色と紫色の組み合わせはタブーなの。敬意を持ってその2色の小物を取り入れるのはOKよ」
「バークレー伯爵夫人 いつも丁寧に教えて頂き有難うございます。学院の先生もバークレー伯爵夫人みたいに教え方が上手だったらいいのに…」
「ふふ、マリリンさんは物覚えが良いから教え甲斐があるわ」
『ふーん、色被りは駄目って事ね』
「私なら何が良いと思いますか?」
上目遣いできゅるるんと見上げれば、悠然と答える夫人。
「あなたには勿論金色よ! 金色の刻印持ちだけ許される色を使って見せつけてやりましょう!」
「うわぁぁぁ、楽しみだわぁ〜!」
2人は仲良く屋敷に呼んだデザイナーと衣装の打ち合わせをした。