16、魔法訓練−1
2週間の休みも終わり日常が戻ってきた。
今日も今日とてディーンシュトはマリリンから逃げる毎日。
魔法の本格的な授業に入る。
今日は王宮の魔法省から、魔術師が派遣されて初級魔法の実践訓練が行われる。
講師として来るのはデミオン・バークレー、銀の刻印持ちだ。
火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、闇魔法の5属性が使えるスペシャリスト。
今日の授業は初級魔法の魔法陣による少し複雑な術式を展開する授業だ。
ここにいる者たちはファイアボールは全員打つ事ができる、マリリン以外。
すぐに術式を展開できない者は、魔導書を用い、事前に描いた魔法陣に核となる魔石を装着している杖を使って術式展開する。大掛かりな魔法陣は本来、複雑な術式や高等術式の時に行うものだが、不慣れな場合は、魔法陣の札は有効である。
「今日はファイアウォールをやってみるぞ。術式は覚えてきているな? まずは高さが出ればオーケーだ。慣れてくると魔力を多く流し込み壁の高さと術式の継続を目指す。まあ、5mを3〜5秒だせるようになれば合格だ。それもスムーズに早く術式展開出来るように訓練する。ファイアウォールは謂わば防御だ。それがチンタラしていたら攻撃を受けて死んじまうからな。魔法を展開するスピードは重要になってくる。
まあ、ここでグダグダ言っているより、サッサと実践に移って慣れた方が身につくだろう。
よし、1人目から行くぞー! 並べ!」
順番に魔法を展開する。
ディーンシュトはかなり真剣に魔法に取り組んでいる事もあり、他の生徒と比べていきなり2mのファイアウォールが出せた。
他の者も高位貴族は家庭教師を雇い、個人訓練をしている為1mは出せた。
魔力量が少ない者は50cmくらい出せても持続出来ない。
それぞれが真剣に取り組む中、マリリンの出番。
「いくぞー! ちちんぷいぷいのてーい! あれ? おかしいなぁ〜、テヘペロ」
しらけた空気が流れる。
「君の名前は?」
「えっとぉー、マリリンって言います。マリリン・ビーバーでぇす」
「ああ、君が噂のビーバー嬢か…」
上から下まで、顎に手を当てて見定めるようにじっとり見る。
「えー! マリリンってそんなに有名ですかぁ〜? うふふ」
「んー、イヤね 同僚にクパルって光魔法の魔術師がいるのだが知っているだろう?」
「クパル…クパル…? えっと誰でしたっけ?」
「………ふっ、君の光魔法の指導者の名前だ。覚えてない? 銀髪の彼女」
「あ! あああーー、あの嫌味なおばさん おっと、女の人…」
「ふぅ、その嫌味なおばさんが、ビーバー嬢の物覚えの悪さに辟易としていたんだが、私も今それをまざまざと感じているところだ」
「えーー! ひど〜い!あのおばさん陰で悪口言ってる訳!? もう、怒っちゃうんだから! 私が可愛いからって意地悪して許せない!」
「私は事実だと思うけど? なんならここで指先に火を出してみろ。ファイアボールの術式詠唱でもいいぞ、ほら、やってみろ」
「一生懸命やってるけど出来ないんですーーーー!」
「ファイアボールは出せなくても術式詠唱は出来るはずだろ? 覚えてきたかこなかったかそれだけだ。今すぐやってみなさい」
「むぅぅぅ、大地の火の精霊に我 マリリン・ビーバーの名にて願う。ファイアボールにて目の前の敵を討ち滅ぼしたまえ」
「間違っている。『炎の精霊 サラマンダーに願う、我の名はデミオン・バークレー、ファイアボールを臨む 対象物3mへ 対価我の一握りの魔力にて』
これが正式な術式だ。君は学院の授業でも王宮の光魔法の訓練でも、努力していると言うらしいが、こんな初歩的な事も覚えてないのでは努力しているとは言えない。
正式に魔法属性が分かったらしいな、どれ……火魔法、水魔法、風魔法、光魔法ねぇ…。
今までは光魔法の使い手だから上手くいかないと言っていたらしいが間違いだ。
魔法は自分の魔力を体内に巡らせる事ができれば、何かしら起きる、それは属性は問わない。
君はまだその感覚さえ知らないのだろう? これを怠慢と言わずして何と言う!
君は誤解しているようだからハッキリ言うが、金色の刻印を持っていても魔法が使えず、単位が取れなければ君は退学となる。そうなれば、王宮の魔法省で働く事もできない。それを理解しているのか? あと2年で卒業だろう? 卒業までに魔法が使えなければ結婚も出来ないのだぞ?」
「は!? どう言う意味? 何言ってるの? 金色の魔法刻印があって番がいれば卒業後 即結婚でしょう? 大体退学って何よ!!」
周りで聞いていた者たちはマリリンを二度見した。
『なんで知らないんだよ!』
「やっぱりね、君はあらゆる事に勉強不足だ。番がいるならば婚約状態は継続されるだろう、だが魔法が使えなければ結婚を認める家はない、という事だ。現実が分かったら折角授かった金の刻印なのだから努力をするべきだ。君は学院以外でも魔法訓練を受けている、それは君の才能を伸ばし名声を得るきっかけにもなるが、失墜のきっかけにもなり得るのだぞ?
金の刻印が有りながら退学だなんて前代未聞だ、それこそ国民の知るところとなるぞ」
「な、な、なんて事言うのですか! そんな事ある訳ないじゃないですか!…嘘でしょう?」
「よし、次いくぞー!」
終わってみればやはり、高位貴族たちは優秀な成績だった。
伯爵位以上は全員が1回で魔法行使出来ていた。男爵位、子爵位でも3回以内で成功させていた。魔力量が少ないと壁を高くする事は難しい、幅の広い高さのある壁は理想的だが、絶対的なものを無理やり求めても仕方ない。バークレーは柔軟な男で、少ない魔力量でも効果的に魔法を使えるようにファイアウォールを盾のようにコンパクトに必要量出せるようにも指導してくれる。
やるべき事をやる者、努力をする者には惜しみなく知識を分け与えてくれる。代わりに出来る事をやらない者、努力しない者には厳しい指導者だった。
「バークレー先生! 魔力量って増やせるのですか?」
「んー、訓練で多少は増えるが大幅には増えない。こればっかりは先天的に生まれ持ったもので決まってしまうかな。多少増やせるとしても、魔力量を増やす訓練は危険でもあるんだ。魔力が枯渇すると生命の危機と言うのは知っているだろう? だから命には別状がないギリギリまで魔力を消費させてから魔力を満たす、これらを繰り返す事により少しずつ容量を増やせる、それでも限界はあるがな。ただ失敗すれば死ぬか一生廃人だ、それに枯渇ギリギリの人間に魔力を供給する側も危険だ、無理やり相手が生存を懸けて魔力を吸い取れば供給側が命の危機、何にせよ危険な行為となる為、個人では出来ないと知っておいて欲しい。今は魔法省でもそこまで大魔法を行使する事もないので、行うことはない。興味本位では決して手を出してはならない、いいな!」
「「「「はい!」」」」
バークレー先生は普通は教えてくれないようなことまで教えてくれる、知りたい欲求に応えられる権限と知識があった。生徒からは大人気となった。高位魔法使いはこの国の憧れだ。家格を上げる事にもなる、一生高待遇で働ける、いい事尽くめなのだ。下剋上を狙う者、爵位継承者ではない者、それぞれ真剣みが違う。
2時間目が終わる頃にはそれぞれの生徒が手応えを感じ、魔力を体内に巡らせることが格段に上手くなっていた。
「ディーンシュト君は魔法を使うのが上手だね、誰かに師事しているの?」
「ああ、ルシアス君 えーとね、マルキス・ダートン先生に習っているよ。ルシアス君は?」
「僕はねヒハロイ・カンバーチ先生だよ。ディーンシュト君の魔法は凄く綺麗だね、コツとかあるの?」
「よく分からないんだ。実はね…今日みたいな感じになったのは初めてで、きっとバークレー先生の教え方がいいんだね。魔力を巡らせる感覚が以前と違ってスムーズでなんか早い気がするんだ」
「そうかー。じゃあ、体内に巡らせる事に意識するともっと魔法の精度も上がるのか! 有難う、すごく参考になったよ」
「お互い頑張ろうね」
だけどディーンシュトには別に心当たりがあった。
ラディージャと交わってから体調がすこぶる良いのだ。その上、魔力も密度を増した気がする。心なしか魔力量も増えた気がする、それに魔力を効率的に使えるようになった気も…? 定かではないが、確かに変化があった。これが、番によるものなのか、性交によるものか、ラディージャによるものかは判断がつかなかった。
そしてもう一つ分かった事は、マリリンに会わなくてもラディージャに会わない日が続くと、体調が悪くなっていくという事。イメージで言うところのガソリン切れ、そこへきてマリリンに接触すると一気にガス欠化が進む。
『僕にはやっぱりラディージャしかいない』
「おい、難しそうな顔をしてどうした?」
つい考え込んでしまったディーンシュトにバークレー先生が話しかけてくれた。
『しまった。またラディージャの事考えてた』
「すみません、先生のお話を聞いて魔力を巡らす感覚を研ぎ澄ましていたら、以前より魔法が扱いやすくなって、その感覚に驚いていたんです」
「そうか、ヴォーグ君は魔法を上手く使えている。まだ魔法刻印も杖も使わずにここまで出来るのだからかなり優秀だよ。君の魔力は質が良さそうだ。
えーっと、銀色か、火、水、風、土、空…空以外は教えてやれるんだが、空魔法を学ぶ気はある?」
「はい、勿論です」
努めて理性的に答えた。本当のところ何よりも上達した分野だ。
「では、空魔法を使える者に声をかけておこう」
「有難うございます!」
「それから君は、ルシアス・ガレ君か、君のことはカンバーチさんから聞いているよ。確か、水魔法が得意だって?」
「あ! はい!」
「どれ、見せてみて」
バークレー先生は個々に得意な事を褒めて伸ばしてくれる先生だった。魔法刻印の確認の際属性などは報告書で確認しているので、ここにあった指導をしてくれる。
そして魔法訓練を行う者たちは横にも繋がっていて、どこどこの誰は優秀だ、など情報交換もしている。今日初めて会う生徒たちだが、案外詳しく内情を知っていたのだ。
充実した授業を受ける生徒たちの横で、マリリンだけは苦々しくバークレーを見つめていた。
『なんなのアレ! なんなのなんなのなんなの!! 魔法がなんだって言うのよ!!
魔法がなんの役に立つって言うのよ! 意味わかんない!! そんなのどうだっていいじゃない! この国は結界で護られてて魔獣だっていないんだから!!』
授業が終わると、バークレー先生はマリリンのところへ来た。
「少しは上達したかい?」
「いえ、まだ出来ません」
「そうか、確か火、水、風、光だったな。
手を出して、魔力を巡らせる手助けをしてやる」
『はぁー? 超上から目線でムカつくんですけど!!』
バークレー先生と両手を繋ぎ目を閉じた。
ゾワゾワゾワっと身体中に静電気が走るような粟立つ初めての感覚を得た。
「キャーーー! 何これ…!?」
「分かったか? これが体に魔力を巡らせるって事だ。―これを集中して自分でも出来るようになれれば、すぐに次のステップにいけるよ。まずは今の感覚を忘れずに訓練するんだぞ!」
「……はい」
頭をポンポンされて、先程までの嫌悪感はどこかへ吹き飛んでしまった。
『魔力を巡らせるって、すごい! なんだか身体中がポカポカして気持ちいい!』
マリリンは初めての感覚に放心し魅入られていた。
「魔法って凄い!」
すっかりバークレー先生の虜になっていた。
その日、ディーンシュトは実家に帰っていた。
そして父親にお願いした。
「父上、マリリン・ビーバー男爵令嬢とは婚約を結ばないでください」
「何故だ、番との婚姻は絶対だ」
「どうしても彼女がそばに来ると体調が悪くなるのです。それに彼女は未だに魔力を体内に巡らせることも出来ません」
「刻印が刻まれてどの位経つと思っている? まさか未だにそれすら出来ないだと!?」
「はい、ですから刻印が現れて魔法が使えない可能性もあるのです」
「なんと言う事だ! 何故よりにもよってディーンシュトの相手なのだ!」
「ですから見極めるまでは、何も約束しないで欲しいのです。婚約も結婚も一度結んで仕舞えば解消するのが困難ですから」
「だが、彼女はお前の番なのだろう?」
「僕は番ではないと思っています。番がそばに来て体調を崩すなど、どこを調べてもない。何かの間違いだと思っています」
「………そうか、分かった。当分、ビーバー男爵とは取り決めをしない、これでいいな?」
「はい。感謝致します。それともう一つ郊外に屋敷が欲しいのです」
「何故だ?」
「勉学や魔法訓練に励みたいのですが、マリリン嬢が何かと騒ぎ立てて纏わりつくと体調を崩すので、物理的に距離が欲しいのです」
「ここでは駄目なのか?」
「学院にいないとなるとここに来ると思います。先日は勝手にドレスを注文していてそれを払えと追いかけ回されました。僕が医務室でぐったりしていて寝ていても横で喚き散らし、体調が悪くなる一方で…辛いのです。僕は彼女に知られない場所で静かに過ごしたいのです!」
「そうか、そこまでとは…。分かった探してみよう」
父親を説得し、誰にも邪魔されない空間を郊外に別宅として用意したディーンシュトだった。