表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/53

15、変化

寮に帰ると、父からの伝言を伝え聞いて驚いた。

『王宮? ジョシュア王太子殿下!? 何だろう?』


翌日早速王宮に向かった。

本来であれば父親が謁見に付き添うものだが、当然ラディージャには付き添ってはくれない。作法も分からず、手続きを行い控え室で呼ばれるのを待つ。


だだっ広い控え室にポツンと座って待つ。

腐っても由緒正しき侯爵家の娘、静かにそこで待つ。


暫くすると、女官がお茶を持ってきてくれた。

一口飲むと芳醇な香りに少しの渋み、奥深い味わい。

「はぁ〜」

落ち着け、落ち着け。何を聴かれるのだろうか?


『何で今日は呼ばれたんだろう? 何かしちゃった? ううん、もしかしたら魔法刻印の事かもしれない…。カラッティ侯爵家の人間で魔法刻印が出ない人間はいない。もしかしたらその件で何かあるのかもしれない…。ディーンシュトとの番の件かしら? まさかここ数日契りを交わしたことを知っている!?』

嫌な汗が流れていく。緊張して手が震えカップが持てなくなった。


誰もいない部屋でガタガタ震えている。唇は青紫になり、顔面蒼白、今にも気を失いそうだった。

『どうしよう! ディーに迷惑をかけてしまったら…、ディーまで咎められたらどうしたらいいの!?』

肩を急に掴まれて悲鳴を上げた。

「キャー!」

「あ、失礼。何度も声をかけたのですが、気づかれないようだったので…」

ラディージャは見上げたまま意識を失った。

「おい! カラッティ!カラッティ嬢!! おい、しっかりしろ!」


緊張が最高潮のところに急に声をかけられ肩を叩かれたことで気を失ってしまった。

目を覚ました時には医務室にいた。ベッドの横には女性がいた。


「目が覚めましたか?」

「あ、はい。あの、私はどうして…」

「あなたは緊張して気を失ってしまったんです。念の為、先生に診てもらいましたが特に問題はありませんでした。体調は如何ですか? どこか悪いところはありますか?」

「まあ、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。体は問題ありません…あっ! 私、王太子殿下の謁見を待っているところだったのですが、どうなりましたでしょうか?」

慌ててベッドから降りて身なりを整える。


「わたくしは殿下のお付きのテルマと申します。殿下はあなたの体を気遣いわたくしをあなたに付き添わせ、体調が悪いのならば後日で構わないと仰っています。どうなさいますか?」

「あ、いえもう大丈夫です! ご迷惑をお掛け致しました。テルマ様にもお手数をおかけし申し訳ございませんでした」


そこへ王太子殿下自ら見舞いに来てくださった。

膝をついて挨拶をすると、手を取り立たせてくれた。

「ラディージャ嬢、体は大丈夫かい?」

「も、申し訳ございませんでした。あまりの緊張で気を失ってしまっただけで、体は何ともございません。お忙しい王太子殿下のお時間を無駄に致しまして申し訳ございませんでした。また、医務室だけではなくテルマ様までつけて下さり、お気遣い感謝申し上げます」

「いや、私の考えが至らなかったのだ、すまない」

『普通で考えれば父親が付き添っただろう、だがカラッティ侯爵とラディージャの関係を考えれば、こう言う結果は想定できたはずなのに、長く待たせたことで不安だったのだろう。可哀想なことをした』


「内容を知らないのであろう? だから必要以上に緊張した、違うか?」

「はい、左様でございます。何か仕出かしてしまったかと不安で…」

『カラッティ侯爵には伝えてあったが、…はあ まったく、可哀想なことをした』

「天竜樹について聞きたかっただけなのだ、すまなかったね」

「いえ、とんでも無いことです。ですが、天竜樹様についてとは…?」


「んー、本当に体は大丈夫?」

「はい、問題ございません。それより天竜樹様の事とは何かあったのでございますか?」


「そうか、では場所を変えて少し話をしようか?」

「はい」


ジョシュア王太子殿下はラディージャを王太子宮の庭園に連れて行ってくれた。

綺麗な花が咲き綻ぶ庭のガゼボでテルマ様がお茶を淹れてくれた。

「レイ以外は席を外してくれ」

「「はっ!」」


ジョシュア王太子殿下は目の前のラディージャを柔かな表情で観察する。

『何故、 ……この娘に魔法刻印が出ないのだろうか?』


「そう緊張しなくていい。内容が気になってお茶もゆっくり飲めないのだろう?」

「はい」

「ラディージャ嬢は天竜樹に花芽がついた事は知っているよね?」

「はい。実際にはまだ拝見しておりませんが、花が咲いたら遠目でもいいので拝見したいと思っております」

「……それでね、天竜樹に花芽が確認されたのは130年ぶりなのだ、そこで何が原因だったかと思って色々関係者に話を聞いているのだよ」

『原因?』

「左様でございますか」

「ああ、それで何か心当たりはある?」

「いえ、特にございません」

「そう。 そう言えば、ラディージャ嬢は天竜樹に歌を歌ったり本を読み聞かせたり添い寝をするのだったか…」

「も、申し訳ございません!」

「ん? 違う違う、責めてなどいない。実際に花芽がついたしね、天竜樹も喜んだから花芽をつけたのかと思ってね」

「畏れ多い事です」


ジョシュア王太子殿下は砕けた話し方で、ラディージャが緊張しないよう努めて気さくに話しかけてくださる。


「随分長い時間を過ごしているようだね。飽きないのかい?」

「はい。…実は心身が疲れた時に天竜樹様のお側にいると癒やされるのです。歌を聴かせているわけではなくただの鼻歌です。本も読み聞かせしている訳ではなく…独り言です。添い寝だなんて…ついうたた寝をしてしまって、お恥ずかしいです。

とても居心地がいいのです。不敬ですが、天竜樹様のお側は基本的にカラッティ侯爵家の者しか入れないので邪魔が入らず集中も出来るのです」

「そうか…。ラディージャ嬢が居心地良く感じて感じているように天竜樹も居心地が良いのだろうな。きっとその心地よさが花芽に繋がったのだろう…」

「過分な評価でございます。天竜樹様の寛容の上に成り立っているに過ぎません。私ごときが出来ることなどございません。私がカラッティ侯爵家の者であった故にあの場へ立ち入ることをお許し頂けた幸運に感謝申し上げます」

その表情はどこか寂しげだった。

恐らく、卒業すればカラッティ侯爵家を名乗ることができなくなり天竜樹の所に行くことができなくなるからだろう。


「そうだ、昨日まで旅行に行っていたのだろう? どこに行っていたんだい?」

『お忙しい王太子殿下が私と雑談など…何かあるのだろうか?』


「マルチュチュ山です」

「待て、1人でか!?」

「はい。ちょっと無謀だったと後から分かりました」

「何もなくて良かった! ラディージャ嬢のような少女が1人で行って何かあったらどうするつもりだったの!? 何をしに行ったの? 行ってすぐに引き返したのだろう? あんな所若い女性が好むようなものは無いだろうに!」

「薬草を探しに行って参りました。将来、薬局を営めればと思っていまして、特級ポーションを作るのに必要な薬草が自生しているところを見てみたかったのです」

ガタン

ジョシュア王太子殿下の椅子が倒れ、驚愕し目を見開いていた。

「なんて馬鹿なことをしたんだ!! あの山は凄く危険なんだよ! 特級ポーションの材料を取りに行くにしてもパーティを組んで行くような場所だ! それをたった1人で行って何かあったらどうするつもりだったのだ! …よく無事で帰ってこれたものだ」

ラディージャの側に来てジョシュア王太子殿下は優しくラディージャを抱きしめた。


「なんてことだ、無事で良かった…。本当に、本当に良かった」

ジョシュア王太子はこんな小さな娘が1人で生きていく覚悟をしている事が切なかった。


「何事もなかった? いや、それより奥には進まずに帰ってきたのかな?」

「いえ、取り敢えず株を持って帰ってきたので、こちらで育つかを試してみたいと思っております」

絶句した。

あの地は足を踏み入れれば、忽ち魔獣に襲われ生きては戻れないような地だ。それに結界で覆われ普通なら立ち入ることもできないはずだ。


「薬草を取って帰ってこれたの? 魔獣に遭わなかった?」

「遭いました。でも、私が武器も何も持っていなかったせいか…見ているだけで襲われることはありませんでした」

これまた絶句。

『あり得ない! 魔獣にそんな道理が通じる訳がない。武器が有ろうと無かろうと自分たちのテリトリーに入った異物に攻撃しないはずがないのだ。

何なのだ、これは どう言うことなのだ!』


「少し疲労は感じていたのですが、宿に着いたら体の力が抜けて気を失ってしまって…、ごにょごにょ 帰ってくるのが遅くなってしまいお待たせしてしまい申し訳ありませんでした」

まさかディーンシュトと乱れた生活をしていたとは言えない。

「それは恐らく魔力切れだね。危なかったんだよ? ところでその魔力切れしたのはいつ?」

「魔力切れ…魔法が使えなくても魔力切れってあるんですか? ただの疲労かと思っていました。えーっと5日前ですたぶん」

『ほぼ確定だな。となると、天竜樹とラディージャは繋がっているのか? ラディージャから天竜樹は魔力を吸い上げている、その魔力が無くなったから花芽を落とした?』


「ラディージャ、今後は1人でそんな危険な事をしては駄目だ、いいね? 行く時は連絡しなさい。ちゃんとした準備が必要だ」

「いいえ、そんなご迷惑はお掛けできません。それに少し反省もしました。次はちゃんと準備します」

「ああ、そうして。あんな所普段誰も行かない場所だから誰も助けに行けない。本当に危険だったんだからね」

「王太子殿下は何故こんなに優しくしてくださるのですか?」

「んーーー、勿論目的はある、まあそれはいずれ明かすとして、純粋にラディージャ嬢が心配でもある。まだ小さいのに頼る人間もいない、その中でも懸命に生きようとする姿が眩しくもあり危うくも感じる」


ラディージャは何と言っていいいか分からなかった。


「実はね、今回天竜樹に関わった者たちから聴取しているのは花芽が落ちてしまったからなんだ」

「え!!」

「そう、残念なことに折角ついた花芽は全て落ちてしまった。ただ、何故花芽がついたかも何故落ちてしまったかも分かっていないから、次に活かすために調べている。天竜樹はラディージャの歌や話が好きだったのかもしれないね。だからまたあの場所でいつも通りに過ごして貰えないかな?」

「……天竜樹様は悲しんでおられるでしょうか…」

「ラディージャ嬢は優しい子だな。そうだ、ラディージャ嬢は魔力は高いのだったよね?」

「はい、小さい頃にそのように診断されたと聞いております」

「未だ魔法刻印は出ていないと報告を受けているけど本当かな?」

「はい、事実でございます」

「ラディージャ…気を悪くしないで欲しいのだが、自分では気づきにくいところに出ている可能性もあるから、今うちの侍女に確かめさせて貰ってもいいかな?」

「…はい」

「嫌なら無理にとは言わないよ?」

「いえ、魔法刻印があって欲しいような、欲しくないような。ただ怖いのです。魔法刻印が現れてもし、番と思っていた人と違うものだったら…、もう心で思うことも許されない気がして…」


『まだ腹芸も出来ない無垢な娘だ…、本当に危ういな』


「私はね、ラディージャ嬢の魔法刻印はいずれ必ず出ると思っている。

その理由は、魔法刻印が出なかった者は基本的に魔力量が少ない者である事が多いからだ。血筋に魔法刻印が出ない者を入れたと言うのも突き詰めれば同じことだろう。つまり魔力量の多いラディージャ嬢は今は出ないだけでいずれ出るのではないかと思っている。だから、検査は何度だって受ければいいと思う、諦めなくていいと私は思うんだ。

そしてね、出ない理由の一つが天竜樹ではないかと思っている。もしかしたらで仮説でしかないが、ラディージャ嬢は天竜樹に魔力供給をしているんじゃないかと思うのだ。

ラディージャ嬢の魔力を取り込んで天竜樹は花芽をつけた。そして魔力切れを起こして必要な魔力供給を受けられずに天竜樹は花芽を落とした。だからラディージャ嬢の魔力は多いのに天竜樹に流れてしまって魔法刻印が現れない、そういうことなのではないかってね。これはあくまで私の憶測だが、そうなればラディージャ嬢は1人で生きて行かなくても良くなると思うのだ」


ジョシュア王太子殿下の顔が涙で曇って見られない。

本当は凄く怖かった。カラッティ侯爵家の中で何故自分にだけ魔法刻印が出ないのか。

落ちこぼれの烙印を押され、この世界から弾き出されて居場所がなくて、愛する人の側にいる名分も失って、絶望した。何かに夢中になっていなければ、辛くて衝動的な行動を取ってしまいそうだった。

ジョシュア王太子殿下の言葉はまさに福音だった。


王太子殿下はまた優しくラディージャを抱きしめてくれた、そして胸で泣かせてくれた。


落ち着いてからラディージャの全身をテルマが確認したが、やはり魔法刻印はなかった。

だけど、今はジョシュア王太子殿下の言葉を胸にそこまで落ち込まなかった。

何よりディーンシュトをまだ想っても許される気がしたからだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ