10、疑問−2
マリリンは3日前にも医務室で寝ているディーンシュトのベッドの横でヒステリックに泣き叫んでいた。マリリンの気配を感じ、咄嗟にベッドに潜り込み病人を装った。
「ディーンシュト様! 何故私に何の贈り物もしてくださらないのですか!!
番って普通もっと愛を囁いて贈り物を沢山してくれるものではないんですか!? これは番に対する怠慢です! ねえ! 可愛い私には最高の舞台を用意するのが、私の番であるあなたの仕事でしょう? 可愛い私を輝かせるのが番であるあなたのし・ご・と!
ねえ、番って唯一無二の存在なのでしょう? 愛さずにはいられない存在! なのにどうして! どうしてなのよー!!」
こんな風な事を延々とベッドで横たわるディーンシュトに言い続けた。次第にグッタリしてくるディーンシュト、それで教員が間に入りマリリンを引き剥がし医務室から追い出した。
「ビーバー嬢、番間のことに口を挟むつもりは無いが、ヴォーグ君は体調が思わしく無い。このままでは舞踏会に参加できないだろう。残念だが今回は一人で参加してはどうだろう? ヴォーグ君は現在原因不明の体調不良で王宮の医官の派遣を要請しているほどだ。医者として今回の舞踏会参加は認められない」
「キーーーーーーー!! 本当にちっとも役に立たない。こんな筈じゃなかったのに!!」
小声だったがガッツリ聞こえた。
「ビーバー嬢、ここは病人がいる場所なのだ、静かに帰りなさい」
「…もう、もっと見せびらかして皆に羨ましがられたかったのに?!!」
ブツブツ文句を言って帰って行った。
「タッカー先生 お口添え有難うございます」
「ヴォーグ君、汗がすごいな。やはり彼女の側にいると体調が悪くなるな…大丈夫か?」
「正直、全身の血が抜かれたように脱力し、虚無感が広がり胸には喪失感で何も手につきません」
そう言った側からディーンシュトは意識を失ってしまった。
「この症状…アレと似てるんだよなぁ〜」
ボリボリと頭をかくが、あり得ないとその考えを振り払った。
『だが…、万が一アレだった場合、このままではヴォーグは危険だ。どうしたものか』
当日、マリリンは番がまだ判明していないダミアンと会場に現れた。
いつもの様にノースリーブのドレスに身を包み満面の笑みでダミアンの腕を取る。
マリリンは何と勝手にドレスを注文していた。
まあ、マリリンの家格から言えば、男爵令嬢の注文品は高位貴族の後回しにされてしまうので、1ヶ月前に発注しなければ間に合わないのだから仕方ないと言えば仕方ないが。
ディーンシュトが駄目となるとすぐに次の男を探した。シングルで、金持ちで、イケメン、そしてロックオンしたのがダミアンだった。泣き落としでドレスを買って貰い、今日のエスコートをお願いしたのだ。
今日も腕には金色の魔法刻印がバッチリ見えている。
ダミアンに甘えた仕草を見せるが、ダミアンは終始困った顔をして応える。それはそうだ、魔法刻印からマリリン本人がディーンシュトの番だと公言している以上、マリリンは番がいる女性、その番がいる相手に近寄るのはマナー違反だ。
泣き落としで仕方なく付き合ったが、あまりベタベタしないで欲しい。それに自分の番が現れた時に不快に思われたくない。
「ダミアン様―! うふふふ 素敵なドレスでしょう? 買ってくださり有難うございます!! ディーンシュト様ったらいっつも具合悪いって医務室で寝てばっかりでつまんないんです! やっぱり健康が一番ですよね!! 踊りに行きましょう!」
「ああ、すまない。先に挨拶を済ませてくるよ。マリリン嬢は友人とおしゃべりでも楽しんだらどうかな? じゃあ、また後でね」
そそくさとダミアンは消えてしまった。
「あん! もうつまらない。私を光輝かせてくれるのは…っと、誰かいないかしら?」
周りに視線を送ってもみんな目を逸らす。
だがこれはおかしな話ではない。
番を持つ者は番しか眼中にない。自分の番に勘違いされたくないし、番が判明している者が他の異性に媚を売ることなどないので、番以外と一緒にいることの方が珍しい。番以外の者とダンスを踊るのは、かなり親しい間柄だけ。だから12〜15歳の時期にダンスでは3人と踊りなさいとテストが行われるのだ。番を見つけてからでは難しくなるから。
面白くないマリリンは、ダンスフロアに出て1人でダンスを踊り始めた。その様子にギョッとして踊りも止めて皆が見つめる。
「ふん ふん ふん るんるん ららん るるるん トゥンタッタ トゥンタッタ くる〜んパッ! 右チョンチョン 左トントン るんタッタ」
楽しそうに踊る姿に、羨望の眼差しで美少女を見つめる観客、まるでスターになった気分で、フロアを1人縦横無尽に踊っていく。
『うふふ みーーんなが私を見てるわ! 最高の気分!!』
マリリンはご機嫌で踊っているが、周りの者たちはあまりの非常識さに言葉を失っているだけだった、それを勝手に勘違いしていた。
マリリンは1人で踊って汗をかき、疲れたのでシャンパンを飲み、ドルチェを摘み会場を見渡す。
どこもかしこもイチャイチャラブラブしている。
男男、女女でいるのは皆 まだ番が判明していない者たちだけ。殆どがカップル。
『つまらないわねぇ〜、もっと私を崇めても良いと思うんだけど…なんと言っても私は金色の刻印持ちなのよ!? はぁ〜、あり得ないわよ、普通は目の前の可愛い子に男たちは夢中になるものでしょう? 番ってなんなのよ! 面白くない!』
ダミアンが戻ってきた。
「ダミアンったら遅いぃぃ、ずっとボッチだったんだから。ね! 踊りに行こう!!」
「ああ、すまない。これから男だけで飲みにいくことになったから、悪いけどここでお別れでいいかな?」
「えー!! そんなのって無いわ! 一人ぼっちになっちゃうじゃ無い!!」
「マリリン嬢、周りを見てください。基本的に番がいる者はパートナー以外とは2人きりにはならないものです。私としても番のいるあなたとあまり親密にしているところを見られると信用を失うのです。ご理解ください。私はあなたが番がいるのにも拘らず贈り物をしエスコートまでした。これでさえ非常識なことなのです、これ以上は遠慮させてください」
他人行儀に説明すると、踵を返しダミアンは行ってしまった。
「もうーーーー!! 何なのよーーー!!」
これも全部 番であるディーンシュト様が寝込んでいるからいけないんだわ!!
マリリンは会場内を見回した。
『いない、いない、いない!!』
「ねえ! ラディージャさん見なかった?」
「いいえ、見ていないわ」
「ねえ! ラディージャさん見なかった!!」
「いいえ、今日は見ていないわ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!! 酷いわ!! ラディージャさんってばディーンシュト様とこっそり会っているんだわ!私は舞踏会で一人ぼっちだって言うのに! 番を放って置いて他の女と会っているなんてあんまりだわ!!」
会場中に響き渡る大音量で言い放った。
シーーーーーーン
マリリンの号泣する声以外は静まり返っていた。
「マリリン嬢、ディーンシュトは今日も医務室で寝ていたよ。何の根拠も証拠もないのに、無関係の令嬢を名指しで貶めるのはいかがなものかな? もう少し冷静になった方がいいと思うよ? 証拠もない事で大騒ぎするのはあなたの品位を疑われることになるからね」
「なっ! だったらどうしてここにラディージャさんはいないのですか!? おかしいじゃないですか!! ここにいないのが証拠です!」
「あのー、私 彼女と同じ学部に者ですが…、ラディージャさんはいつも睡眠を削って勉強していて、ここ数日風邪をひいてて、その症状が悪化して大事をとって部屋で休んでいます」
シラーッとマリリンを見るが、今度は
「分かったわ! 医務室で逢引しているのよー!! 具合の悪いフリをして陰で2人で会って、私を一人ぼっちにするなんて酷いわ!!」
大粒の涙をハラハラ流し、悲劇のヒロインに酔いしれる。
だがその視線は、会場中の人間が自分を見ていることに内心歓喜していた。
「はぁー、ですから! ラディージャは部屋で眠っています! 来る前に様子を見てきたんですから間違いありません!!」
反論するタミールをキッと睨みつける。
流石に周りもマリリンの主張には一貫性がない、後付けのこじ付けに呆れている。
マリリンの話に耳を傾ける者が1人2人と消えて、マリリン1人になった。
「なによーもう!!」
マリリンは大好きな舞踏会なのに、自分の独壇場にならない事に不満を抱き会場を後にした。
どこに行ったかと言えば、医務室にディーンシュトが本当に1人でいるかマリリンは見に行った。他にも数人を引き連れて一緒に見に行った。
そこには眠っているディーンシュトがいるだけで、ラディージャの姿はなかった。
「タッカー先生! ここにラディージャさんがいたでしょう? いましたよね!!」
「は? 何を言っているんだ?? 今日はヴォーグ君以外は誰も来ていないよ? 何故カラッティ嬢が来るの? もしかして具合悪いの?」
「タッカー先生隠しているんじゃないですか?」
「…はぁー、何故私が隠したり、嘘を吐かなければならない? そんな事よりカラッティ嬢の具合はどうなんだ? おい、誰か知っている者はいないか?」
「あのー、同じ学部の子の話では風邪をひいて数日部屋で休んでいるって話です」
「そうか…。来てくれれば様子も診れるんだがな」
「…本当に隠していませんの?」
「くだらない事言ってないで用が済んだのなら帰りなさい」
「分かった! ラディージャさんに頼まれて嘘を吐いているんですよね!!」
「おーい、警備兵 追い出してくれ。前も言ったがビーバー嬢、ここは病人がいるのだ、君の金切り声は病状を悪化させる。ヴォーグ君には元気になってからここ以外で会ってくれ」
「ちょ、ちょっと! まだ確認が出来てない!離してよ! ちょっと! ねえ!
もういいわよ! ラディージャさんの所行っていなかったらタッカー先生が隠してた事をバラしてやるんだから!!」
ディーンシュトはベッドの上で横になったままやり取りを聞いていた。
マリリンが部屋から出て行くと布団を被って声を殺して泣いていた。
ディーンシュトは大好きなラディージャが辛い目に遭いそうなのに、守ってやることも出来ない。具合の悪いラディージャを甘やかしてやりたかった。だけど今は何も出来ない、何の権利もない。
会いたくて、会いたくて、会いたくて、苦しかった。
今、胸を締めているのは愛しいラディージャのことだけだった。
喧しいマリリンの事はもう、頭の片隅にもない。ただ、ラディージャに会いたくて仕方なかった。
薬学部の女子寮にマリリンは本当に来た。
「ラディージャさんにお会いしたいのだけれど」
「だーかーらー、彼女は具合悪くて寝ているのよ! 迷惑だから帰ってください」
「そんなこと言って本当はいないんでしょう! いたら会わせられるはずでしょう? 会わせられないって事は本当はいないんでしょう!! あの泥棒猫!」
「あー、本当にあんたって煩い! とにかくあんたみたいな煩い人間絶対入れないわ、帰ってよ!」
「ちょっと! 煩いってなによ!!」
「あー、ちょっと通してくれる?」
「タッカー先生! どうなさったのですか?」
「んー、カラッティ嬢の体調が良くないと聞いてね、少し心配だから診に来たんだ」
「ラディージャったら無理ばかりして顔色がすごく悪いんです。それでも勉強ばかりして…あまり睡眠も取ってないみたいで…。こちらです。 アンタは入ってこないでよ! 先生2階の3号室です」
コソッと伝えた。
タッカー先生はマリリンを置いてすぐにラディージャの部屋に向かった。
コンコンコン
「カラッティ嬢、カラッティ嬢、タッカーだ、開けてもいいかい?」
返事がない。扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開けられない。
管理人を呼び扉を開けてもらうと、ラディージャは部屋で机に突っ伏したまま気を失っていた。タッカーはラディージャを横抱きし、まだマリリンがいる玄関までやって来た。
タッカー先生の腕の中にいるラディージャを見てタミールは蒼白し、マリリンは拍子抜けした。
「先生!ラディージャは大丈夫ですよね!?」
「あら…本当にいたのね。これなら逢引は無理か…」
「今晩は医務室で様子を見るから、…きっと大丈夫だ」
「はい、先生どうかお願いします!!」
「え? もしかして医務室にはディーンシュト様もいるのではないですか? ならだめよ、2人を一緒には出来ないわ!」
「いい加減にしてくれたまえ! 彼もこの子も具合が悪いのだ、君のくだらない見栄と嫉妬には付き合いきれない!」
タッカー先生はラディージャを連れて医務室へ向かった。