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6

「もう出てきていいよ」


 そう言って物陰に隠れていた群青を日和は呼び出す。街灯の奥。物陰から群青は現れる。街灯に照らされて、それがさっきまで一緒にいた群青だとはっきりする。


「俺って隠れてる必要あったのか?」

「こっちは俺の仕事だからね。知らない人から撃たれるよりも、信頼してた部下から撃たれる方が面白いでしょ?」

「そうか?」

「でも多分、彩さんは全部見透かしてたと思う。見透かしたうえですべてを受け入れて自分の身を委ねる。殺し屋としての気分は最悪だ。群青が隠れてるのも多分ばれてたし、ほんと、どこまでも尊敬させられる人なんだよ」

「日和の上司、とんでもないやつなんだな」

「なんてったって俺たちのアイドルだからね」


 なぜか日和は誇らしげに言って見せた。


「群青、昔と変わったね」

「そりゃ十年近く会ってなきゃ変わるだろ。寧ろ、最近連絡とり始めたばっかなのにこんなに仲良く話せてる方が不思議だ。普通もっと他人行儀だろ」

「なに、恋人でもできた?」

「恋人まがいはできたな」

「何それ」

「携帯電話。俺には性に合わない」

「どういうこと?」

「お前が知るにはまだ早い」

「うそー。もうはたち超えてるんだけど?」


 日和の鬱陶しさを群青は身軽に避けていた。二人でじゃれ合う。取っ組み合う。でも途端に、肩と肩を互いに掴んだ状態で止まった。目の前でベンチに横たわる彩に、二人とも視線が行ったからだ。


「やっぱり血縁なんて笑えるね」組み合っていた腕をほどいて日和は群青の肩を叩く。「俺たち元からおかしいんだよ。みんな笑える」


「でも、血縁は手強い。暴力団の家に生まれればその肩書が付きまとうし、親がどこかの宗教に入っていれば、それだけで社会の目は子どもの人格を象ってしまう。戸籍がなかった俺たちは苦労しただろ。日和は何とか学校に通ったみたいだが、俺はそこまでしようと思えなかった。それと同じだ。同じような人間がこの世の中にはもっといるはずだ。俺たちだけじゃなく」


 群青は真顔でそんなことを言った。「そこは笑うところでしょ? やっぱ変わんないね、兄ちゃんは」と日和は茶々を入れる。



「ねえ、まだ二十五歳になってないよね?」と日和は群青に聞いた。


「ああ。俺が二十三で、日和が二十二だろ」

「よく、自分の年なんて覚えてられるね。俺の年も覚えててくれてるみたいだし」

「不思議だ。これも血が繋がっている証拠かもしれない」

「俺のこと大事に思ってくれてたの?」

「そんなつもりはなかったが、人間は怖いな。意識の外で、何を考えているか気づけない」

「ひどいなあ。俺のこと大事じゃなかったんだ」

「それは、おあいこだろ」


 そのときの日和の頭には、いつか彩に言われたゲバラの言葉が過っていた。『明日死ぬとしたら、本当に自分の生き方が変わると思う?』亡骸となったはずの彩が、日和の脳内に溶け込んで、耳元で囁く。現実の亡骸を見下ろし、頬に触れるとねちっこい血が手に着いた。頬が柔らかかった。温かかった。これが彩の残したものか、結構影響あったんだな、なんて思った。


「ねえさ、覚えてる? 昔、二十五歳になったら大人になれるって言ってたじゃん。でもさ、本当に二十五になったら大人になれると思う? 今の考え方とか全部崩れ去ってさ、真っ当な、今そのあたりを歩いているような人たちの思考になって、その思考を疑わないくらいに俺たちちゃんと生きられると思う?」

「無理だな」群青は即答だった。


 その群青の声を聞いて、日和は口角をキュっと引き締めた。


「俺もだ」

「日和、死ぬのは怖いか?」


 言われていつの日かの椎菜の幼き表情が過る。押し入れに詰め込まれた亡骸。コンビニのパンに入っていた防腐剤のせいで、数か月綺麗なままだった妹の額、肉体。ああ、死とは畏れ多いものだ。心臓が止まれば、ただの肉片と化する濁世。蘇る情景が、日和に教えてくれる。


「怖くない奴なんていないよ」


 そう日和が言った次の瞬間には、二人同時に動き出していて、互いに同時に銃口を向け合っていた。日和は足元に落ちていた銃を、群青は彩の腰から抜いた銃を。二人とも微笑んでしまうくらいには重なり合っていた。


 二人は、はあ、と溜息をついた。


 一つの重音が空気を切る。それは、限りなく一つに近かった


『生き……たい……』

『生きたかった……』


 新宿は驟雨(しゅうう)に包まれる。人々の知らない場所で。


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