ー 朝園
市役所の長い手続きが終わり、俺は紅葉を連れた高橋の呼んだタクシーに乗って、ある場所へと案内をされていた。
「ここ、本当に潰れちゃうんですか?」
「はい。私が動けるのも家政婦さんを雇ってるからでして、あはは」
児童養護施設である朝園。
外から見たところ、二階建ての建物で横に広く、窓ガラスの多さから部屋は複数あることが分かる。小さなグラウンドには申し訳程度にブランコと砂場と地面に突き刺さった色のついたタイヤがあり、如何にも子供が好みそうな場所が広がっていた。
スライド式の入り口を高橋が開けて、ヨタヨタと紅葉がそれに続いて中に入ったのを見てから俺も入ると、暖の通った温もりで体が暖まる。
「ただいま〜!」
「ただいま」
俺が扉を閉めるなり、そんなことを言う2人に俺は思った。
(ああ、家なのか。なんか学校の職員室を思い出したわ)
これまでは不思議に思わなかったが、小学校や中学校で感じる独特の匂いというのは忘れられないもので、その気になれば今でも母校の校歌を歌える自信はある。
だが、ここは養護施設。学校とはどう違うのかがサッパリよくわからない。どうせ潰れるのではあろうが。
「おかえりなさー・・・だれ?」
髪は短髪、短パンに横ラインのシャツを来ていて、子供特有のダサい服を着た男の子が出迎えるなり、誰、の一言。まあ、初対面ならそうもなるか。
「こちらは木崎 仁さん。紅葉ちゃんの新しいお父さんですよ!」
「・・・ふーん」
「あ、木崎さん。この子はルームメイトのリョウ君です」
体格的に小学生。子供と面と向かってまともに話すのは・・・いつぶりだろうか?コンビニやスーパーのバイト先でお菓子コーナーにポツンと眺めてる姿を見ることはよくあるが、話しかけられるようなこともなければこっちから話しかける理由もない。
とりあえずは挨拶か。
「ども、木崎です」
「あっそ。あっち行って」
「え?」
・・・ああーーー。
ああーーーーーー思い出した。
「っていうか、入ってくんなよ!いんきんたむし〜!」
「こ、こら!!何言ってるのリョウ!?」
酒を買いにスーパーの会計に並ぼうと向かったら食玩の箱握ってギャーギャー泣き喚いてたクソガキを。
平成元年から消費税というグリコの上のオマケに値段を付けたかのような税金制度が日本にまで侵食してしまう事態が起こってしまったのだ。
その額は3%と小さく見えるが、仮に今シーマ現象でも起きようものなら最低でも平均3000万円以上が国に入るわけだ。全部フランスのせいだ。ふざけんな。
それからは変化に慣れていないか面倒くさかったのかは知らないが、消費期限の長い菓子類や そんなものが存在しない玩具みたいな放置しがちな商品の値札をそのままにしている店も少なくないし、値札シールが間違っていることも多かった。
とはいっても、レジにバーコードで通せば計算ズレは起きないし、財布を握る大体が同伴している親。家電ならともかく安い商品の3%くらい対して気にはならないし許容範囲なわけだ。
それが原因で何が起きたかって、その中トトロが100円玉を右手に、100円シールの貼られたドラゴンクエストの食玩を右手に持ってレジに向かったところを案の定103円になったものだから詐欺だ詐欺だとボロボロに泣きながら騒ぎ出したわけだ。ドングリでも拾ってればいいのに。
そして、会計を済ませようと無視してレジに向かった途端、突然そいつは俺のズボンを掴んでこう言った。
“なんでぇたすけでぇの!!おどなだろ!!”
6年くらい前だったか、あのキョトンとした可愛くないマギー審司のような顔には心底ムカついたわけで。
「その芝生頭にラピュタの雷落としてやろうかコイツ?」
「かがやく」
「き、木崎さん!?すみませんっほんと!すみません!」
その中トトロと同じ顔で俺を見る、リョウにも心底ムカついたわけである。