11月11日 情諾
休日明けの朝。
天気は曇り、外は若干肌寒い風が吹くが、室内はどこも暖房が効いていて暖かい。
今も続く経済不況と、口直しとばかりに去年に登場したプリント倶楽部、通称プリクラがギャル達の流行りになっているというニュースを眺めながら、俺は昔の事を思い出していた。
ジュリアナ東京通いのバブリーなセレブ達の散財っぷりには最初は驚いて、その次からはニヤけが止まらなかった。だって1瓶開けて接待するだけで諭吉が10枚、指名率No. 2になる頃にはサラリーマンだった父親の年収をたったの2ヶ月で回収できてしまうのだから、今思い返しても世間はどうかしている。
前までは高価に思えたゲームやパソコン、グッチのバッグやロレックスの時計、父の夢だったマイホームだってお釣りが出るような人生を送っていたら、学歴だとか法律だとかを気にして生きていくことの馬鹿らしさといったら反吐が出るほどだ。
ペンギンは腹に捕らえた魚を蓄えてから巣に持ち帰る習性があるらしいが、それが雛のためでなくホストやキャバクラで使われている事実を知った相手の気持ちがどんなものか?
そういった傾向のあるお客様が言うには、隠れてコソコソしているイイとか、スリルがある方が興奮するとかは・・・まあ、わからないでもない。
馬鹿じゃねーの? と考えるのも一瞬の出来事で、そんなお馬鹿のおかげで潤っていく自身の財布を見ていくと、リーマン社会の人達が本当に可哀想で仕方がない。ニュースで騒がれるような悪いことでもやらなきゃ金も稼げない不況ともなれば尚更だ。
ーー《12番の 番号札をお持ちのお客様ー・・・》
・・・手元の番号札を確認。
12、俺だよ。
「木崎さん、紅葉ちゃんは私が見ていますね」
「あ、はい。行ってきます」
でも、少なくとも、蓮葉はそんなセレブ達とは違っているし、そもそも客ではない。パートで生計を立てていただけの父と母と同じ普通の人で、もしかしたら死んだのは俺のせいかもしれない。
「紅葉ちゃん、あの人がお父さんですよ〜」
「おなかすいた」
俺は紅葉を連れて、付き添ってくれている高橋と一緒に市役所にやってきているわけで・・・。
(いや、お子様ランチ完食してたろ)
とりあえず、父親になるっぽいです。
まあ、というのもーーー・・・
ーーーーーー11月9日ーーーーーー
認知してください?
「いや、無理」
死んだ元カノの産んだ子供を児童指導員とやらが連れてくるのだから馬鹿でも分かる。だからこそ前もって用意していた言葉を言ってやった。
「確かに、電話を取らなかった俺も悪いですけど、いきなり来て認知してくれ!ハイ、パパね〜って、たまごっちじゃあるまいし」
「まあ、そうですよね・・・」
「というか、遺族年金でしたっけ?なんか、国からお金が出るやつ。それで食ってけるんじゃないの?」
「今の法律では蓮葉さんの遺族基礎年金の受給対象者が紅葉ちゃんになっております。養子縁組ではなく、一般の父子関係であれば子の分であれば受給者として継続していくことができます」
「それなら、そのままでいいんじゃないの?蓮葉が借金してたとか?」
「いえ、そういった債権者からの催促などもなく、金銭面での不足は・・・ありません」
「なら親なんて必要ないでしょ」
「それは・・・」
あえて言わせて貰うなら。
「知ってる?認知ってなぁーんも親側にメリット無いの。俺さ、フリーターやってんの。社員なんて面倒臭いから。そんな奴にまともな不動産でもあると思う?仮に俺が借金してたらどうすんの?全部負うのはそいつになんの」
「・・・その」
認知とは財布に首枷をつけるようなものであって、人生においてマイナスでしかない。
さっきまで笑顔で受け答えをしていた高橋の表情がピシッと固まるように強張ったのを見て、俺は溜め息を吐く。
俺が知らないとでも思っていたのか、文句ばかりを言う男にイラついたのか、そんなことはどうでもいい。
「児童養護施設だかなんだか知んないけど、知らない人からいきなり認知してくれって・・・する必要がないでしょ」
死んだ父が残した具合が悪くなるほどの借金と、遺書と、最後に相続放棄の仕方と手順がビッシリと書かれたノートを見て、親というのは碌な立場じゃないこと知っている。
とにかく面倒臭い。
どこで暮らしても養育費を強要されるし、ニュースでも安易に認知なんてしたせいで戸籍から浮気がすぐバレる。親側にメリットが毛ほどもないのに好きになるわけがないだろうに。
子供ができたと聞いて、逃げた俺は悪くない。
大丈夫だから、という言葉に釣られて避妊をしなかったのは・・・100歩譲って悪いことをしたかもしれないけれど、それでも嫌なもんは嫌である。
今は言い訳でもなんでも言って、目の前の彼女にはお引き取り願いたい。こんな酒浸りな家より養護施設とやらで生活した方がマシに決まっている。
・・・。
沈黙の後にボーッとしたような顔のまま何も無い天井ばかりを眺めている紅葉をテディベアの人形のように自身の膝上に高橋は乗せ、小さな手を掴んでは手遊びをし始める。
「その気持ち、分かります」
「・・・え?」
「無理矢理、親にさせられるって嫌ですもんね」
責任を取る気もないのに子供を作るクソみたいな男に対して罵詈雑言でも浴びせてでもくれれて出ていってくれたら良かったのに、予想外の返答に口が回らなくなる。
PTAからタコ殴りに遭っても可笑しくない男を意見を尊重しては児童指導員の立つ背がない。
「朝園の児童養護施設では私を含めて3人のスタッフ、施設には紅葉ちゃんも含めて13人の子供達が過ごしています」
「13人って多いの?」
「そうですね・・・木崎さんは小さい時、どんな玩具を買って貰ったか思い出してみてください」
「え?玩具ですか?えっーっと・・・」
簡単な事なので言われた通りに思い返す。
ウルトラマンや戦隊モノのソフビ人形やデンジマンのような変形ロボット、ゲーム・ウォッチを持ってるだけで自慢ができたしファミコンを買ったら当然ソフトも揃える。大人びてからはウォークマンやらコンポを買って、有名どころのカセットテープにCDもあるだけ集め、ガシャポンは見かけるたびに欲しいものが出るまで回すほどハマっていたし、ラジコンで遊んでいるだけで注目の的だった。
「思いついた数だけ13人分全員に用意してみてくだされば、分かりやすいかと・・・」
「少ない、というか・・・あー」
この不況の平成時代にできるわけがない。人数が足りない、が適切かもしれない。
総額でも100万は超えそうな俺の経費もバブルだから許されていた気もするが、それは横に置いておく。
「もちろん公費や募金から教育費と教養娯楽費、つまり子供達の玩具や勉強道具に回ります」
「ん?国とかから出してもらって、遺族年金も出るわけだから、なんか問題あるの?」
「これはまだ、公にはしていないのですが・・・」
紅葉と手遊びをしていた高橋の手が止まる。
「その公費を責任者が長年、横領をしていたことが発覚しまして・・・人数減少と信用問題から朝園は来月には取り潰される事になりました」
嫌な話を聞いてしまい、今にも泣きそうな彼女の顔を見てしまう。まるで家を出された子猫のような、そんな可愛さに不覚にもドキッとさせられるが、とりあえず平常心を取り戻す。
「他の養護施設に移る事になったのですが、そちらも人員が足りていない状況なのに13人も子供が移るんです。この間なんて養子を組みたいと声があった人なんて遺族年金が出ない途端に断るし、だからって虐待に遭った子達を親元に返すなんてとても・・・ほんとに、どうしたら・・・」
「・・・」
俺は考える。
(逃げればいいのに、なんでかね)
抱え込まなきゃ楽になるのに、真面目な人間ほど得が無いのが世の常だ。
眠たげで大きな茶色い瞳、ほっぺは大福のように柔らかそうで、開いた口から涎が垂れている。隠しきれない涙声で話す、今にも泣きそうな彼女の膝上に座る幼児の姿はなんとも間抜けだ。緊張感の“き”の字もない。
俺が隠れてから3年間、育てて、守って、疲れて死んで、残ったのが子供。
(本当にコイツ、俺の子か?)
俺も昔はこんなだったのかと疑問である。そうだった気もなくは無いが、ここまでアホっぽくはなかったはずだ。多分。というか、少しは口を閉じる努力をしろよ。さっき飲んでたジュースも出てるだろうが。
・・・。
「1人、子供が減るだけでも助かるんですか?」
「・・・え?・・・はい」
ただ、見ていると不思議と死んだ親父たちに会いたくなってくる。
懐かしい、と言うべきか・・・何なのだろうか?
同棲していた元カノを思い出したからか?
よくわからない。
「まあ、色々言いたい事とかあるんですけど・・・この子の親になってもいいですよ」
「あの、本当にいいんですか!?」
「って言っても、なんかあったら高橋さんのとこ」
「良かったね紅葉ちゃん!!ああ〜〜!ほんと、ほんろ良かったよぉぉ」
「よかった」
「あ、あのー」
流石に自分の蒔いた種で困ってる人を目の当たりにして、可哀想に思えたからかもしれない。
今更になって俺のせいで蓮葉が死んだんじゃないか〜とか、少しは罪悪感も感じてる。
まあ、実際に種を蒔いたわけだけど。
「ではあの!印鑑と身分証を、あ、保険証や免許証で大丈夫ですからね!今日は休日なので市役所は月曜日に!それとこちらの朝園で一時的にお預かりさせていただいている紅葉ちゃんに相続されている遺産や不動産の鑑定資料を」
「あのーーーー?」
とりあえず、父親になります。
まあ・・・子供1人くらいなんとかなるでしょ。